休みの日と、初めての風呂と、出る理由
何事もなく、朝を迎えた。
目を覚ました時、まず思ったのは――
静かだな、ということだった。
今日は俺が休みで、ゆなが仕事の日だ。
一緒に簡単な朝食を取り、身支度をするゆなを見送る。
「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてな」
玄関でそう言葉を交わし、扉が閉まる。
一人になると、家の広さが少しだけ際立つ。
趣味も特にないし、やることもない。
……が。
「風呂、入りたいな」
昨日見た石造りの風呂が、頭から離れなかった。
普通なら、掃除をして、水を汲みに行って、何往復もして――
考えただけで面倒だ。
「これ、貴族が住まなかった理由、
水運びが原因なんじゃないか?」
そんなことを思いながら、腕を組む。
風呂には入りたい。
でも、水を運ぶのは嫌だ。
「……あ」
そこで、ようやく気づく。
「魔法、あるじゃん」
雷も出せた。
氷も出せた。
なら、水も――いけるんじゃないか?
俺は風呂場に立ち、現代の蛇口をひねった時の水の出方を思い浮かべる。
勢いはほどほどでいい。
普通に、生活用水が出る感じ。
「……水、出てくれないかなー」
かなりふんわりした気持ちで、手を風呂に向ける。
すると。
ざあ……っと、
普通に水が出た。
「えーっ!?
水も出るの!?」
理解が追いつかない。
魔法の原理、さっぱり分からない。
だが、使えるものは使う。
「もうちょい、勢い欲しいな」
そう思った瞬間、水量が増えた。
「……調整できるのかよ」
試行錯誤しながら、俺は風呂に水を溜めていく。
――完了。
だが。
「……水風呂だな」
俺は、熱い風呂に入りたい。
どうしたものかと考え、
そして、ひどく単純な結論に至る。
「……火、入れれば沸くよな?」
何かの漫画で見た時は、
頭悪すぎだろと思ったやつだ。
だが、いざ自分がその立場になると、
なぜか試したくなる。
「水、雷、氷って出たんだし……
火も、出るだろ」
楽観的なまま、手をかざす。
「……てい」
ぼわっと、火が出た。
「……出るんだ」
そこからは試行錯誤だった。
火の強さ、当てる位置、時間。
結果。
しっかり熱い風呂が完成した。
「……勝ったな」
誰にかは分からないが、俺は勝利を確信した。
この世界に来て、初めての風呂。
俺はすぐに服を脱ぎ、身体を洗い、
風呂へと――ダイブする。
「……あ゛ぁ゛……」
言葉にならない声が出る。
最高だ。
本当に、最高だ。
俺はのんきに鼻歌を歌いながら、湯に浸かっていた。
その時。
ずり……ずり……
風呂の入り口から、不穏な音がする。
「……?」
湯に浸かったまま、音のする方を見る。
そこには――
這いつくばりながら近づいてくる、長い髪の女がいた。
普通なら、悲鳴を上げる場面だ。
だが、外はまだ明るく、
日の光も差し込んでいる。
なぜか、怖さはなかった。
俺はその女をじっと見つめながら、
全然関係ないことを考える。
「……水じゃなくて、
お湯も直接出せるのかな?」
試しに、手をその女に向けて伸ばす。
すると――
お湯が出た。
「おーっ!」
感動している間に、
お湯を浴びた女は、すくっと立ち上がった。
そして。
薄手の白い服を、
ごく自然に脱ぎ捨てる。
「……え?」
そのまま、風呂に入ってきた。
俺は完全に、あっけにとられていた。
女は一度、頭まで湯に沈み、
ばしゃり、と顔を上げる。
長い髪に隠れて見えなかったが、
その顔は、整った――綺麗な顔立ちだった。
表情はなく、
どこか薄幸そうな美人、という印象。
風呂の中で、
俺と女は無言のまま視線を合わせる。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
耐えきれず、俺は口を開いた。
「……どゆこと?」
だが、その女は、何の反応も示さなかった。
ただ、
静かに、湯に浸かっているだけだった。




