誘導、炎、そして檻
ガラテアの詠唱が風に溶ける。
空気が震え、熱が集まる。
ワイバーンとの距離は、しずかの結界のおかげで一瞬だけ開いた。
そのわずかな隙。
たけるは声を張り上げる。
「あとどのくらいで魔法を放てる!?」
「もう少しです!」
ガラテアの声は焦りを含みながらも澄んでいる。
「どの辺に誘導すればいい!?」
「あの雲と雲の間!合図を出したらそこへ!」
「わかった!」
即興すぎる。
だが今は迷っている暇はない。
「しずか!」
「……なに」
「ガラテアの指定場所に誘導する!そこに結界、もう一度張れるか!?」
「いける」
即答。
「よし!」
たけるは深く息を吸う。
無数の火の玉を思い浮かべる。
空へ放つ。
だが焦りがイメージを乱す。
いくつかの火球は外れ、空を焦がすだけ。
ワイバーンは警戒しながら旋回する。
(違う、もっと――逃げ道を作れ)
たけるは視線を動かす。
雲と雲の隙間。
そこへ逃げたくなるように。
火球の軌道を変える。
連続で放つ。
徐々に、動きが誘導されていく。
「たけるさん!」
ガラテアの合図。
たけるはしずかに目配せ。
そして。
火球を一段と大きくイメージする。
逃げ道を塞ぐように、最後の一撃を放つ。
ワイバーンは本能的に空間へ逃げ込む。
その瞬間。
パキィンッ!!
緑の結界が閉じる。
ワイバーンが弾かれ、動きが止まる。
ガラテアの声が響く。
詠唱が終わる。
「焼き払え――」
次の瞬間、特大の炎が放たれた。
ドォォン!!
轟音。
円形に留まる灼熱の光。
視界が白く染まる。
やがて火が収まると――
ワイバーンが空から落ちていくのが見えた。
地面に叩きつけられた巨体。
だが、まだ微かに動く。
「まだ生きておりますの!?」
ガラテアの声に焦りが混じる。
「もう魔法は打てませんわ……!」
たけるは眉をひそめた。
(動かれたらまずい)
以前使った高速の光刃。
だが今回は違う。
(閉じ込める)
炎を檻の形に。
囲う。
圧縮する。
「おりゃっ!」
ボォンッ!
ワイバーンの周囲に、揺らめく炎の檻が出現した。
「えっ……これもできるのか?」
自分で驚く。
ワイバーンが暴れ、炎に触れる。
「グオォォォッ!」
悲鳴。
やがて力尽きる。
ぴくりとも動かなくなった。
全員が慎重に近づく。
炎の檻のせいで距離は保ったままだ。
ガラテアが安堵の息を吐く。
「討伐は……致しましたが、まだ息がありますわ」
視線は鋭い。
「このような個体は見たことがありません。調べる必要があります。城へ急ぎ報告を!」
「はっ!」
護衛の一人が馬に飛び乗り、駆け出す。
砂煙が上がる。
静寂が戻る。
ガラテアが振り向いた。
「たけるさん。先ほどはありがとうございました」
「いや、なんとなくやってみただけだ。うまくいってよかったよ」
「お姉さまも」
「……うん」
今回は、視線が平等だった。
特別ではなく、感謝として。
「たけるさん?」
ガラテアが檻を見つめる。
「この魔法は、いつまで続くのかしら?」
「わからん」
「……そうですか」
緊張はまだ解けない。
その時。
「たける」
しずかが前に出る。
「結界を張る。張り終わったら消して」
「わかった」
しずかは手をかざす。
緑の光が正方形に展開し、ワイバーンを囲む。
透ける結界。
だが確実に閉じ込める。
「消して大丈夫」
「おう」
たけるは炎の檻を消す。
揺らめく緑の箱の中に、傷ついたワイバーンが横たわる。
沈黙。
風だけが吹く。
モルダがぽつりと呟いた。
「……人とは、こんなにも強いのか……」
その声は驚きと、わずかな警戒を含んでいた。
空は青い。
だが、その青さはもう、先ほどまでの穏やかな色ではなかった。




