空を裂く影と、初めて避けられた雷
温泉街で土産を買い、
新たな旅仲間――モルダを加えた一行は国へ戻ることになった。
帰り道は穏やかだった。
……穏やか“すぎる”ほどに。
だが問題は平穏ではなく、人間関係だった。
しずかの隣を当然のように陣取るガラテア。
エンデにぴたりと張り付くモルダ。
正直、面倒くさい。
たけるはため息をつき、ゆなに小声で言った。
「……俺ら、別の馬車に乗るか」
「はい。きっとしずかさんに恨み言を言われますけど」
「しょうがない。帰ったらうまいもん作って機嫌直してもらおう」
「それで許してもらえるといいですね」
そんな他愛ない会話をしながら、街へ向けて馬車は進む。
行きにも休憩した、見渡しのいい平地。
馬車が止まり、全員が外へ出て身体をほぐす。
護衛たちは周囲を警戒しているが、空は青く、雲も穏やかだ。
「平和だな」
たけるが呟いた、その瞬間。
ゴオオオォォォッ!!
突風が吹き荒れた。
馬車が揺れ、馬が嘶き、砂煙が舞い上がる。
「どうどう……落ち着け」
たけるは近くの馬の首を撫でる。
風が止み、砂が落ちる。
そのとき。
「あれはなんだ!?」
護衛の一人が空を指差した。
全員が視線を向ける。
最初は鳥かと思った。
だが違う。
大きすぎる。
ぐんぐんとこちらへ近づいてくる影。
翼。
長い尾。
鋭い爪。
「……なんであいつが!?」
モルダが叫ぶ。
「なんですの、あれは!」
ガラテアの問いに、モルダが歯噛みする。
「ワイバーンです!」
「ワイバーン……」
「魔界の魔物だ!強すぎるわけではないが、空を飛ぶ!厄介だ!」
ガラテアの目が鋭くなる。
「普段はどう倒しますの!?」
「火を使える者か、空を飛べる者が対応する!」
「それならわたくしが魔法を放ちます!」
ガラテアは前に出た。
「詠唱に時間がかかります!わたくしを守りなさい!」
護衛たちが即座に円を組む。
「たけるさん!魔法を放つタイミングで誘導を!」
「わかった!」
正直、タイミングも位置も分からない。
だが、やるしかない。
空を見上げる。
晴天。
太陽が眩しい。
ワイバーンは大きいが、逆光で見づらい。
(サングラス欲しいな……)
そんな場違いな思考が一瞬よぎる。
だが次の瞬間。
ワイバーンが急降下してきた。
口が開く。
嫌な予感。
「とりあえず――雷だ!」
バチィッ!!
空へ向け雷を放つ。
いつもなら、これで終わる。
だが。
ワイバーンは翼を大きくひねり、雷をかわした。
「なっ!?」
初めて、避けられた。
その一瞬の動揺。
ワイバーンは一直線に突っ込んでくる。
速い。
思考が追いつかない。
(やばっ――)
ドンッ!!
緑色の光が弾けた。
ワイバーンは何かに弾かれ、空へ跳ね返る。
「……なんだ、今の」
振り向く。
そこには、片手を前に突き出すしずかの姿。
緑の結界が、淡く揺れている。
「……間に合った」
小さな声。
結界が、ゆっくりと消える。
たけるは思わず息を吐いた。
「助かった」
「……たける、ぼーっとしてた」
「いや、初めて避けられてな」
「……それは仕方ない」
ワイバーンは再び上空で旋回している。
まだ終わっていない。
ガラテアの詠唱が風に乗る。
空気が震え、熱が集まる。
モルダが低く呟いた。
「あいつ、ただのワイバーンじゃない……」
その声に、ほんのわずかな不安が混じっていた。
空の影は、さらに大きく見え始める。




