猫姫のうっかりと、知らぬは本人ばかり
「そういえば……」
湯船に肩まで浸かりながら、ゆなが首を傾げた。
「エンデちゃん、まだ戻ってきてませんよね?」
湯気の向こうで身体を洗っていたモルダが、くすりと笑う。
「戻ってくる。もうすぐだ」
やけに自信に満ちた声だった。
「どうしてそんなに――」
ダダダダッ!
廊下を走る足音が近づき、勢いよく戸が開く。
バシャーン!
小さな身体が豪快に湯船へ飛び込んだ。
盛大な水しぶきが上がり、しずかの顔へばしゃりとかかる。
しずかは両手でお湯をぬぐい、淡々と問いかけた。
「……なにをしているの?」
「えっ!?ああ……その、たけるに見られてしまったから逃げてきた」
「……その姿を?」
「う、うむ。すぐに逃げたから、本当に見られただけだ」
「……そう」
あまりにも温度の低い返事に、湯気の中の空気がふわりと揺れる。
その瞬間、モルダが勢いよく立ち上がった。
「姫様!?もしや、その柔肌を見られてしまったのではありませんよね!?」
エンデはちらりと視線を向け、すっと逸らした。
「……」
「なんて事だ……だから言っているではありませんか!!あの姿で生活していると、こういう事態になると!!」
モルダの話によると、エンデは猫の姿で生活するのを好むらしい。
服を気にしなくていいのが一番の理由だという。
その影響で、人型に戻った際に服の概念を忘れ、裸のまま部屋の外に出ようとすることもあったらしい。
王や王妃、侍女たちが何度も注意していたという。
「何度言えば分かるのですか!?気をつけて下さいと!」
「う、うん。わかっておるわ!」
大人が子どもを叱るような光景に、ゆなは小さく吹き出し、ガラテアはため息混じりに微笑む。
「……仲がよろしいのですね」
しずかは静かに言った。
「……過保護」
それから身体を洗い、全員が湯から上がる。
エンデにしっかりと服を着せると、彼女はいつものように猫の姿へ戻った。
事情を知る三人は特に何も言わない。
外へ出ると、護衛とたけるが待っていた。
合流すると、モルダに視線が集まる。
「姫様。その女性はどなたでしょうか?」
護衛の問いに、ガラテアがすっと答える。
「異国の者です。わたくしたちと共に国へ戻りますので、そのつもりで」
「はっ!」
即座に姿勢を正す。
先ほど温泉で見せていた気の抜けた顔はどこにもない。
たけるは内心、流石だなと感心した。
湯上がりの身体で夜道を歩くのは少し面倒だ。
硫黄の匂いをかすかに感じながら、一行は街へ戻る。
その道中、たけるが口を開いた。
「そういえば、白い髪の女の子を見かけたんだが……そんな子いたか?」
ゆなは一瞬考え込み、曖昧に笑う。
「いたような……いなかったような?」
だが、しずかははっきりと言った。
「見た」
そして、たけるの肩に乗る猫へ、ちらりと視線を向ける。
「えっ!?言っちゃうんですか!?」とゆなが慌てる。
たけるは気にした様子もなく頷いた。
「そっか」
「……気になる?」
「ああ。かなりな」
その言葉に、エンデのしっぽが嬉しそうに揺れる。
だが、次の一言でぴたりと止まった。
「ただな、あのくらいの女の子が裸でうろつくのはまずいだろうって思ってな」
「……うん。そう思う」
しずかが静かに同意する。
エンデは思い出した。
“見られた”ことを。
しっぽはしゅんと下がり、その後宿に戻るまで、ご機嫌に揺れることはなかった。
知らぬは、たけるばかり。
エンデが本来の姿を見せるのはまだ先のお話。




