湯けむりの誓いと、姫を巡る新たな同居人!?
「ち、ちがーうっ!!!!」
湯気を震わせるような叫び声と共に、エンデはばしゃりと湯を蹴った。
そしてモルダの手を勢いよく弾き、ぎろりと恨めしそうな目を向ける。
「私は生娘などではなく、立派な淑女だ!覚えておけ!」
そう言い捨てると、湯船から上がり、ぷんすかと脱衣所の方へ去っていった。
一瞬、追いかけるかと思われたモルダだが――
意外にも、動かない。
ガラテアが静かに問う。
「追いかけなくてよろしいのかしら?」
モルダは肩をすくめた。
「どうせすぐ戻ってくるので大丈夫ですよ!」
その口調には妙な確信がある。
しずか、ゆな、ガラテアは顔を見合わせ――
「……そっか」
と、なぜか納得してしまった。
きっとあちらの世界でも、こうやって騒ぎ、怒り、そしてすぐ戻ってくる日常だったのだろう。
エンデの過去が、少しだけ見えた気がした。
しずかが湯に浸かったまま、ぽつりと口を開く。
「……エンデの呪いを解くことはできない?」
モルダは顎に手を当てる。
「うーん……できないことはない!」
三人が一斉に顔を上げた。
「だが、なぜお前がそんな事を気にする?そもそも、お前たちは姫様の何だ?」
もっともな疑問だ。
わちゃわちゃしていたが、まだ何も名乗っていない。
ガラテアが姿勢を正した。
「わたくしはこの国の王女、ガラテア。こちらがしずか、そしてゆな。姫様――エンデと、たけるという男性と四人で一つの家に住んでおります」
その瞬間。
「なんだと!?」
モルダの緑の瞳が見開かれる。
「男と姫様が住んでいるのか!?」
「……うん。よく一緒に寝てる」
しずか、淡々。
「……なに?」
モルダ、完全停止。
「姫様は……汚されてしまったのか……」
人生が終わったかのような絶望顔。
そこへ、ゆなが慌ててフォローに入る。
「あ、あの!エンデちゃんは猫の姿でいるので、たけるさんはあの少女の姿になる事を知らないんです!」
モルダの顔が、がばっと上がる。
「……そうなのか?」
「はい!たけるさんはエンデちゃんをただの猫だと思ってます!」
数秒の沈黙。
そして――
「……そうか」
深い安堵の息。
だがどこか複雑な表情も混じる。
「では、姫様の純潔は守られているのだな」
「そうですね」
ゆなもほっとする。
落ち着いたところで、ガラテアが本題に入った。
「では、いくつか質問してもよろしいかしら?」
「ああ」
モルダは素直に頷く。
「他の魔族がこの世界にどの程度来ているのか」
「魔族がこの世界で悪さをする可能性はあるのか」
「そして、魔族とはどのような存在なのか」
三つの問い。
モルダは迷いなく答えた。
「ゲートは発現も行き先も不明。基本的に入らぬ。だが行方不明者はいる。少数だが、この世界で暮らしている魔族がいてもおかしくない」
「魔族も人間も基本は変わらぬ。ただ、寿命や能力は人間より優れている」
「人間に善悪があるように、魔族にも善悪がある。悪さをするかどうかは個体次第だ」
さらに。
「こちらに送られている強いとされる魔物は、魔族領ではそこまで強くない存在だ。我らはもっと強い魔物と戦っている」
つまり。
わざわざ行き先も分からぬ異界を侵略しようなどとは考えない、ということだ。
ガラテアは静かに息を吐いた。
「戦争になる可能性は低い、ということですわね」
「ああ」
その言葉に、ガラテアは心底安堵したように微笑んだ。
そして、静かに提案する。
「あなたが側にいれば、彼女が帰れる可能性もあるのでしょう?」
「可能性はある」
「ならば、我が国に滞在するのはいかがかしら?親と離れ離れというのも寂しいでしょうし」
モルダは目を細める。
「ありがたいが……大丈夫なのか?」
「事情は理解しております。お父様もお母様も反対はしないでしょう。それに……少し確認したい事もありますの」
意味深な言葉。
「ただし」
モルダが付け加える。
「私の場合、突然ゲートが現れ連れ去られる。いつ消えるか分からぬぞ」
「構いませんわ」
ガラテアは即答した。
「我が国の場所さえ知っていれば、再び来た時の目印になるでしょう?」
モルダは数秒考え、頷く。
「……感謝する」
こうして。
自然な流れで、モルダの滞在が決まった。
しずかとゆなは、視線を交わす。
(……また増える)
(……面倒ですね)
声には出さないが、心の中で同時にため息。
湯けむりの中で、新たな同居人の未来が、静かに確定したのだった。




