湯けむりの忠臣と、暴かれる姫の真実
湯煙の奥から現れた女は、勢いそのままにエンデへ飛びついた。
ばしゃん、と湯が跳ねる。
「姫様ぁぁぁ!!」
抱きついたその女は、二十代ほどに見える長身の女性だった。百六十センチほどのすらりとした体躯。オレンジと黒が混じり合うくせ毛の髪は首元までで、湯気に濡れて艶やかに揺れている。緑の瞳は宝石のように鮮やかで、顔立ちは整っている――はずなのに、その目の奥には明らかな“偏り”があった。
「まさかこのような場所でお会いできるとは!!この柔肌が恋しかったのです!」
「おい!さりげなく尻を触るな!」
モルダと呼ばれた女は、エンデの小さな体をがっしり抱え込み、当然のように手を滑らせる。
「いいえ!探していた私へのご褒美は必要です!日課の触れ合いがなかった私に褒美を与えるべきです!」
「そんな日課はない!えーい!離れろ!!」
「無理です」
即答。
その様子は、忠臣というより重度の崇拝者だ。
後から入ってきたしずか、ゆな、ガラテアは、しばし固まった。
「……何、あれ」
ゆなが小声で呟く。
ガラテアが一歩前に出た。
「あなたも魔族ですの?」
「そうだが?」
モルダはエンデに抱きついたまま答える。
「姫様とおっしゃっておりましたけれど、その子はどのような立場ですの?」
「我が国の唯一の姫様だ!可愛らしいだろう?」
どこか挑発的な笑み。
しかも、手は止まらない。
「……はぁ。面倒ですわね」
ガラテアは早々に諦め、身体を洗い始めた。
やがて全員が湯船に浸かる。
湯気の中、ガラテアが問いかける。
「エンデがこの世界に来た理由、あなたは知っていますの?」
モルダは当然だと言わんばかりに頷いた。
「魔族領に突如現れる光のゲート。姫様はそれに吸い込まれた」
しずかとゆなは静かに頷く。
「あのゲートは発現位置も行き先も不明。普通は誰も入らない。だが――」
「姫様が消えたと聞いた瞬間、私は飛び込んだ」
緑の瞳がぎらりと光る。
「姫様の後を追う事は私の役目ですから!」
笑顔だが、どこか狂気を孕んでいる。
さらにモルダは続けた。
「ここ数か月で三度、魔族領とこの世界を往復している」
「往復!?」
ゆなが声を上げる。
「私が一人の時にだけ、ゲートが現れるのだ」
エンデが眉をひそめた。
「何をしておるのだ……」
「姫様を連れ戻すための試行錯誤です!」
胸を張る。
「王様と王妃様には、姫様が見つかるかもしれないと伝えた」
その言葉に、エンデはほっと息を吐く。
だが。
「しかし」
モルダの声が低くなる。
「姫様がいないことで、王様と王妃様に禁断症状が出ています。一刻も早く戻らねば大変なことに」
「簡単に戻れたら苦労はせんわ」
エンデは湯に沈みながら唸る。
「お前と一緒にいれば戻れるか?」
一瞬の沈黙。
「……わかりません!」
あっさり。
「何度試しても、私が一人の時にしかゲートは現れないのです」
「また難儀な……」
エンデはため息。
――そしてその間も、モルダの手は止まらない。
「触るなと言っておるだろうが!」
話が一段落したところで、しずかがぽつりと呟いた。
「そんな事より」
全員の視線が集まる。
「エンデは元の世界ではナイスバディーだと言っていた。それは本当?」
静かな爆弾。
「エンデとは姫様のことか?」
「そう」
モルダはきょとんとした後、真顔で答えた。
「ナイスバディーの意味はわからないが、姫様はずっとこの姿のままだ」
沈黙。
ゆっくりと視線がエンデへ。
「ば、バカを言うな!私は誰もが羨むスタイルのいい女性だ!」
必死の抗議。
しかしモルダは、エンデを抱きしめたまま語り出す。
王族には多くの王子が生まれた。
だが、女の子は生まれなかった。
そんな中、ようやく誕生したのがエンデ。
王と王妃は溺愛した。
異常なほどに。
男との接触を禁じ、城の外に出さず、徹底的に守った。
そして。
「今の姿になった時、これ以上成長するのが惜しくなったらしい」
モルダが淡々と続ける。
「成長する姿と、この姿を維持する呪いをかけた」
結果、失敗。
猫の姿に変身できる能力。
そして――成長が止まる呪い。
湯気の中、静寂。
エンデの顔は真っ赤だ。
しずか、ゆな、ガラテアが何とも言えない視線を向ける。
「それは……大変でしたわね」
ガラテアが慎重に言う。
「な、なんて言えばいいのか……」
ゆなも困惑。
どう考えても親のエゴだ。
だが。
しずかが淡々と言い放つ。
「やっぱり淑女ではなく、ただの箱入り娘」
「違うわ!私は経験豊富な淑女だ!」
「えっ?姫様は男性と会話すらまともにできませんよ?」
モルダ、無邪気な追撃。
「ちょ、やめろ!」
「思った通り、ただの生娘」
「ち、ちがーうっ!!!!」
湯けむりの中、エンデの悲鳴が虚しく響き渡った。
そしてその横で、モルダは幸せそうにエンデを抱きしめ続けていた。




