優雅すぎる出発と、四人だけの約束
急に決まった旅の支度を終え、俺は外に出た。
――そして、頭が痛くなった。
「……は?」
目の前に並んでいるのは、どう考えても平民が遠出するための馬車ではない。
金の装飾が施された豪奢な馬車が二台。
護衛も数名。
明らかに「お忍び」ではない。
一台は俺たち用だと理解できる。
問題は、もう一台だ。
その窓から優雅にこちらを眺めている人物を見て、俺は確信した。
(嫌な予感しかしない)
馬車の扉が開き、ガラテアが姿を見せた。
優雅に、当然のように。
「どういう事?」
小声でゆなに尋ねると、ゆなは困ったように笑った。
「ガラテア様も、私たちが向かう先にご用事があるみたいで……ついでだから一緒に、って」
「ついでって……」
一応、王には「今回は家にいる四人だけで気楽に旅したい」と伝えてある。
了承ももらっている。
その話をゆなにもした。
「気楽な旅になりそうですね!」なんて笑っていた矢先だ。
王女同伴。
気楽とは。
ゆなの表情も、わずかに不安が滲んでいる。
そこへ、ガラテアが馬車から降りてきた。
「おはようございます。急な出発になってしまいましたけれど、不備のないよう準備は整えております。快適な旅になると思いますわ」
にっこりと微笑む。
だがその視線は、明らかにしずかに向けられている。
俺とゆなは、こっそりとため息をついた。
すぐにガラテアがしずかを自分の馬車へ案内しようとする。
俺は慌てて声をかけた。
「えーと、すみません」
ガラテアがゆっくりとこちらを見る。
「何か?」
「馬車を用意していただいたのは本当にありがたいんですが……今回は四人で旅する計画だったので、しずかは俺たちと同じ馬車でお願いできればと」
不敬かもしれない。
だが、王の了承は得ている。
この国の王族は話が分かる。
……はずだ。
だが、ガラテアの表情が変わった。
「……数日間、わたくしは一人で馬車に揺られていろとおっしゃいますの?」
声は静かだが、怒気を孕んでいる。
背筋が伸びる。
ゆなも明らかにびびっている。
「い、いえ、そういう意味ではなく……」
王の了承の件を説明しようとするが、ガラテアはそれを遮った。
「お父様から話は聞いておりますわ」
――聞いているのか。
「ですが、わたくしは無理を言って今回の旅に同行できるよう説得してここにいるのです」
真っ直ぐなしずかへの視線。
「お姉さまと離れて一人で?そんな事、許せませんわ」
(めんどくせぇ……!)
言いかけたが、さすがに飲み込んだ。
諦めるしかないのかと思った、その時。
「途中で、私がガラテアの馬車に乗ったりもするから大丈夫」
しずかが、静かに口を開いた。
全員が彼女を見る。
「一人でなんて事はない」
「……お姉さま」
ガラテアの声が一瞬柔らかくなる。
しずかは続けた。
「でも、最初は四人で馬車に乗って移動してみたい。私も、こんな旅は初めてだから。最初はちゃんとした“初めて”を経験してみたい」
その言葉に、ガラテアは言葉を失った。
一瞬だけ、うっと詰まる。
そして。
「……わかりましたわ」
渋々、といった様子で頷いた。
「お姉さまの望みなら」
「ありがとう」
しずかが小さく微笑む。
ガラテアは少し顔を赤くして視線を逸らした。
「ただ、お姉さまが“初めて”を経験なさるのであれば、わたくしは……」
言葉を濁す。
何を言いかけたのか分からない。
しずかは首を傾げた。
「……意味が分からない」
ガラテアはさらに顔を赤くした。
俺とゆなは、深く追及しないことにした。
護衛も数人同行するらしい。
男だけの魔石採取に行ったあの二人はいないが、問題はないだろう。
簡単な説明を受け、荷物を積み込む。
そして、馬車が動き出した。
ゆなは目を輝かせている。
「馬車なんて初めてです!こんな豪華なの、絶対乗れないですよね!」
「確かに」
俺も内心わくわくしている。
平民がこんな馬車に乗れるなんて、普通はない。
出発前は色々と不安もあった。
だが今は、ゆなの笑顔と、しずかの静かな期待と、エンデの楽しげな尻尾を見ていると、どうでもよくなってくる。
窓の外の景色が流れていく。
見慣れた道だ。
何度か通ったことがある。
それでも――
一緒にいる人が違えば、景色は全く別物に見える。
ゆなは窓から顔を出しそうな勢いで外を見ている。
しずかは静かにその様子を眺め、エンデは俺の膝の上で丸くなる。
俺は深く息を吐いた。
(……まあ、いいか)
王族の横槍もあった。
豪華すぎる馬車もある。
だが――
これは間違いなく、四人での初めての旅だ。
馬車は揺れながら、街を離れていく。
こうして俺たちは、思っていたよりもずっと豪勢な形で、四人だけの旅へと出発したのだった。




