王族の厨房に放り込まれた結果、俺の料理が進化した件
ひと段落ついた後。
王カエサルが、ゆっくりと口を開いた。
「……たける」
その声だけで空気が張り詰める。
威厳というより、圧。
俺は背筋を伸ばして答えた。
「はい」
カエサルは俺を見据えたまま、低い声で問いかけた。
「いつも、このような料理を作っているのか?」
その問いには、どこか試すような響きがある。
だが、たかが料理だ。
俺は変に取り繕わず、正直に答えた。
「いえ。普段は普通の料理です。今回のは……宿屋のおばさんに挑戦状みたいなのを突きつけられて」
カエサルの眉がわずかに動く。
俺は続けた。
「ゆなが休みを取りたいって言ってたんで、休みを取る条件として“店で出せる料理を作れ”って言われたんです。それで色々試してるうちに、これができました」
ユリアナが小さく笑った。
「ふふ……なるほど。ゆなのため、だったのね」
ガラテアも頷く。
「それは、素敵なお話ですわ」
だがカエサルは、表情を崩さない。
むしろ、さらに真剣になった。
「そうか……」
そして、また問いを重ねる。
「この料理以外にも、考えている料理があるのだな?」
「はい」
俺が答えると、カエサルは少しだけ顎を引いた。
そして――当然のように言った。
「ならば、それも作れ」
「……え?」
思わず声が漏れた。
俺は慌てて言葉を続ける。
「いえ、あの……それはゆなの休みを取るためのもので、宿屋に出す予定で……」
だが、カエサルは平然と返した。
「何か問題があるのか?」
いや、問題しかない。
俺が言葉に詰まると、ユリアナが優しく、しかし逃げ道を潰すように微笑んだ。
「宿屋のことなら、こちらで対応します。あなたは料理に集中しなさい」
……やっぱ王族って横暴だ。
俺は心の中でため息を吐いた。
だが、こういう時に逆らえるほど俺は強くない。
「……わかりました」
俺がそう言うと、アスタナが嬉しそうに手を叩いた。
「やった!また食べられますね!」
ガラテアも期待に満ちた顔で頷く。
「お父様、良い判断ですわ」
ユリアナは上品に紅茶を置いて言った。
「今日の夕食が楽しみね」
(いや、今日作るの!?)
俺は内心叫んだ。
普通、“また今度”だろ。
だが、彼らの目は本気だった。
俺はせめてもの抵抗として言った。
「……あの、家にいるしずかたちに事情を話してからでも……」
すると、クレアが淡々と答える。
「私が伝えに行きますので問題ありません」
冷たい声だが、仕事は完璧。
俺の逃げ道は完全に消えた。
こうして俺は――
王族の夕食を作る羽目になった。
その後、俺は謎に真面目な説明を受けた。
今回採取した魔石の価値。
それがどれほど貴重で、どれほどの僥倖か。
そして、アブソルがその魔石で作る品が、どれほど国家的に重要か。
俺は途中から理解を諦めた。
話が長い。
だが、最後にカエサルが言った一言だけは印象に残った。
「アブソルの品が完成したら、必ず知らせよう」
その言葉で話は終わり、俺はクレアに連れられて城の厨房へと向かった。
城の厨房は、広い。
清潔で、整っていて、熱気がある。
そして――人が多い。
料理人たちが忙しなく動き回り、俺を見た瞬間、一斉に視線が集まった。
(うわ、場違いだ……)
俺はとりあえず頭を下げた。
「えっと……今日料理を担当する事になった、たけるです。俺、料理人じゃないんですけど……」
嫌がられるだろうなと思った。
だが、返ってきたのは意外な反応だった。
料理長らしき男が、目を細めて言う。
「貴様が……“甘味で王族を黙らせた男”か」
「いや、黙らせたっていうか……」
すると料理長は、ふっと笑った。
「面白い。何を作る?」
敵意はない。
むしろ興味の塊だ。
料理人というより、研究者みたいな目をしていた。
俺は少しだけ安心し、今回考案した三品を説明した。
「肉料理、野菜料理、それとデザートです」
「調理法は?」
「えーっと……こんな感じで……」
俺がアバウトに説明すると、料理人たちは眉をひそめた。
「……分量は?」
「火加減は?」
「その調味料は何故そこに?」
「煮込む時間は?」
質問の嵐。
俺は内心焦ったが、正直に答える。
「いや、分量は適当です。感覚で……」
料理人たちは固まった。
そして次の瞬間、料理長が叫ぶ。
「面白い!!!」
(え、怒られる流れじゃないの?)
だが、料理人たちは怒るどころか燃えていた。
すぐに材料の下ごしらえが始まる。
肉を切る音。
野菜を洗う音。
火を起こす音。
全てが無駄なく、綺麗で、速い。
俺が「こうしたい」と言えば、
その意図を読み取るように完璧な形に整えてくれる。
俺は思わず呟いた。
「……プロってすげぇな」
料理長が笑う。
「当然だ。王族の口に入る料理を扱う者だぞ」
俺が作ったたれを見て、料理長が少し香りを嗅いだ。
「この香辛料より、こちらを混ぜた方が味が馴染む」
別の料理人が言う。
「野菜は先に軽く炙った方が甘みが出る」
俺は感嘆しながら頷いた。
言われた通りに試すと、確かに味が変わる。
料理が、より繊細になる。
より上品になる。
結果――
俺が作ったものより、明らかに完成度が高い料理が出来上がった。
(……俺、いらなくね?)
そう思ったが、料理長は真剣な目で言った。
「いや、発想は貴様のものだ。技術は我らが補う。最高の組み合わせだろう」
その言葉に、俺は少しだけ嬉しくなった。
料理って、こうやって進化していくんだな。
俺の中で何かが変わった気がした。
そうして出来上がった料理は、王族の部屋へ運ばれた。
カエサル、ユリアナ、ガラテア、アスタナ。
全員が、作法通りに一つ一つ味を確かめるように口へ運ぶ。
頷き。
沈黙し。
また一口。
俺は料理人たちと共に、部屋の端で立ったまま見守る。
そして、料理が綺麗に消えた。
皿が空になる。
誰も言葉を発さない。
沈黙が、逆に怖い。
だが――
その沈黙を破ったのは、王カエサルだった。
カエサルは皿を置き、料理長の方を見た。
「……料理長」
料理長が一歩前に出る。
「はっ」
カエサルは、重々しく口を開いた。
「この料理を――城の正式な献立に加えよ」
その瞬間、料理長の目が見開かれた。
ユリアナが微笑む。
「ふふ……やっぱりね」
ガラテアは嬉しそうに頷き、アスタナは満面の笑みを浮かべた。
「また食べられますね!」
俺は呆然とした。
(え、俺の料理、国家の献立になった……?)
料理長が震える声で答える。
「……承知しました。王よ」
カエサルは満足そうに頷き、そして俺を見た。
「たける」
「は、はい」
「お前は……面白い男だ」
それは褒め言葉なのか、警戒なのか分からない。
だが、次の言葉で俺は理解した。
「今後も、城の食に関わってもらう」
(いや、俺、平民なんだけど!?)
俺の人生は、魔石から始まり――
いつの間にか王族の胃袋に支配され始めていた。




