石造りの家と、初めての夜
こうして、成り行きとはいえ同棲生活が始まることになった。
借りた家は、平民街の外側からさらに少し離れた場所にある。
立地は正直よくないが、元は貴族が住もうとして建てた家らしく、平民街では珍しい石造りの立派な家だった。
「……でかくない?」
思わず口に出る。
「すごいですね……。平民街の家とは全然違います」
ゆなも、きょろきょろと周囲を見回している。
平民の生活といえば、桶に水を溜めて布で身体を拭くのが普通だ。
だがこの家には、小さいながらも石造りの“風呂っぽいもの”が設置されていた。
正直、それを見た瞬間が一番テンションが上がった。
「ここ……風呂、ですよね?」
「たぶん、そうだね」
案内してくれていたおばさんが、くすっと笑う。
「金は受け取ったし、今日から住めるよ。
掃除はしてないから、ほこりっぽいけどね」
「それでもいいなら、今日から寝泊まりしても構わないよ」
「今日から住みます」
俺は即答した。
それから一度、宿へ戻る。
部屋を借りたこと、そしてゆなも一緒に住むことを、宿屋のおばさんに伝えた。
「そうかい」
おばさんは少し驚いた様子だったが、すぐに頷いた。
「あんたなら大丈夫だろう。
ゆなのこと、しっかり面倒みてやってくんな」
「その代わり、たまにはうちの飯、食べに来るんだよ」
「ありがとうございます」
なぜか俺に絶大な信頼を寄せてくれていて、話はあっさりまとまった。
ゆなの荷物は驚くほど少なかった。
俺も、これまで泊まっていた宿の最低限の荷物をまとめ、二人で家へ向かう。
その道すがら、ふと気になって聞いてみる。
「……さっきのおばさん、なんであんなに俺のこと信用してるんだろ」
ゆなは少し困ったように笑った。
「えっと……たけるさん、気づいてないと思うんですけど」
「宿に泊まる男の人たち、結構……だる絡みしてくる人が多くて」
「視線も、ちょっと嫌な感じで……」
「ああ……」
なんとなく察する。
「でも、たけるさんは全然そういうことなくて。
普通に挨拶して、普通に話してくれて」
「それが、すごく安心できたんです」
信頼されるのは嬉しい。
だが、理由は単純だ。
俺は女性にこっぴどく振られ続け、成り行きで男でいいやと思っただけ。
正直、女性に対しては苦手意識がある。
男との経験はあるが、女との経験はない。
だから、邪な感情を抱かないだけだ。
……とはいえ。
同棲となると、これまで避けてきた“普通の生活”を送ることになる。
本当に何も思わないのか、正直、自分でも分からない。
だが、この世界に来てから、なぜか性欲自体があまり湧かない。
「……まあ、なんとかなるか」
楽観的に考え、家へ向かった。
家に着くと、ゆなが元気よく言った。
「まずは掃除しましょう!」
「だよな。汚いより綺麗な方がいい」
そこまで汚れているわけではなく、簡単な掃除だけで済んだ。
思ったよりも、あっさり終わる。
夜も遅くなってきたので、帰りに買ってきた食材で簡単な料理を作り、一緒に食べる。
「……なんか、変な感じだな」
俺は箸を止めて言った。
「思った以上にトントン拍子で家を借りて、
その日に住むことになるとは思ってなかった」
「わかります」
ゆなも頷く。
「嬉しいですけど、正直、早く眠りたい気分です」
「だよね」
ふと、昼間見たものを思い出す。
「そういえばさ、ここ風呂ついてるよな?
使えるのかな」
「どうなんでしょう……」
ゆなが首を傾げる。
「貴族の人しかお風呂に入らないって聞きますし、
私は桶で身体を拭くだけの生活だったので……」
そんな会話をしながら、就寝の時間になった。
簡素だが、ベッドのようなものがあり、部屋は別々に一つずつある。
「じゃあ、今日はそれぞれの部屋で寝ようか」
「はい。おやすみなさい」
部屋に入り、ベッドに横になる。
……そういえば。
この家、一人で住むと“何か出る”って言ってたよな。
二人なら大丈夫、とは言っていたが、どういう理屈なんだ?
そんなことを考えつつ、少しだけ警戒していたが――
疲れが勝った。
俺は、そのまま深い眠りに落ちた。
同棲初日の夜は、
静かに、何事もなく更けていった。




