献上って何だよ!?俺のシフォンケーキが王城に拉致られた件
扉を開けると、そこに立っていたのはローワンだった。
旅の時よりは堅い雰囲気だが、それでもどこか砕けた空気がある。
ローワンは懐から袋を二つ取り出し、無造作に俺へ差し出した。
「昨日言っていたように報奨金だ。こちらの少ない方がコウヘイの分。こちらがたけるの分だ」
「ありがとうございます」
「コウヘイには渡しておいてくれ」
「わかりました」
袋を受け取った瞬間、ずしっと重みが手に伝わる。
(……うん、金だ)
現実味があってありがたい。
するとローワンが鼻をひくつかせ、眉を少し上げた。
「……何やら甘い匂いがするな」
その言葉に俺は、思わず苦笑いする。
「あー……ちょっとしたことで宿のメニューを考えることになって、さっき余った材料でデザート作ってたんですよ」
ははっと笑って誤魔化した。
だが、ローワンの顔は笑っていなかった。
むしろ真剣だった。
「お前の料理は旅の中でも美味かった。デザートまで作れるとはな」
「……はぁ」
「姫様には献上したのか?」
献上。
その単語が出た瞬間、俺は固まった。
「……献上って、何ですか?」
「……は?」
ローワンが逆に驚いた顔をする。
俺も驚いている。
「いや、俺ただ作っただけなんですけど……献上って、王様に差し出すみたいなやつですよね?」
「当然だ」
当然らしい。
俺の中では当然じゃない。
ローワンは腕を組み、呆れたようにため息を吐いた。
「アスタナ様、ガラテア様、ユリアナ様は甘い物が好きなのだ」
「えぇ……」
「お前の料理がうまいと、俺らは報告している。献上もせず勝手に食べていることが知られたら、面倒なことになるぞ」
言ってることは分かる。
分かるけど――横暴すぎる。
「いやいや……俺、別に城の料理人じゃないですよ?」
「だからこそだ」
意味が分からない。
ローワンはやけに真剣な顔で続けた。
「出来がいいならさっさと報告しておけ。あとで怒られるぞ」
「いや、どうやって報告するんですか。俺、城に行く予定ないですし」
俺がそう言うと、ローワンは口の端を上げた。
「では私が話しておこう」
……嫌な予感がする。
「話せばすぐに誰かが来る。早めに用意しておけよ」
にやり。
その笑いは、完全に護衛の顔じゃない。
嫌な上司の顔だ。
「……はい」
納得していないが、とりあえず返事をした。
ローワンは「ではな」とだけ言い残し、さっさと去っていった。
扉を閉めた瞬間、俺は額を押さえた。
「献上ってなんだよ……」
意味が分からない。
だが、あのローワンがわざわざ忠告するなら、現実になる。
そう思った俺は、急いで台所に戻った。
さっきの試作じゃまずい。
どうせなら、ちゃんとしたものを作ってやる。
買い出しに行きたいが、時間がない。
家にある材料で勝負だ。
俺はシフォンケーキをもう一度焼き直した。
生地を丁寧に泡立てて、温度も慎重に調整して、焼き加減も完璧に寄せる。
――多分、さっきより上質だ。
ただ、切り分けるわけにもいかないし、味見もできない。
(……まあ、いけるだろ)
そう思ったところで。
コンコン、とノックが響いた。
早すぎる。
俺は嫌な予感を抱きながら扉を開けた。
そこに立っていたのは――クレアだった。
アスタナの侍女。
表情は薄い。
声も冷たい。
そして何より、仕事が速すぎる。
「ローワン様から話が上がったところ、すぐに献上するよう命令が下っています」
「え、今!?」
「できているのですよね?」
「……一応、今焼きました」
「それではこれからすぐ城へ向かいます。準備してください」
断れない空気が、全身を包む。
俺は心の中で盛大に舌打ちした。
(あのローワン……絶対楽しんでるだろ)
俺はしずかとエンデのところへ戻り、事情を説明する。
しずかは相変わらず表情を変えないまま言った。
「……献上?」
エンデは猫の姿のまま、しっぽを揺らした。
明らかに面白がっている。
「にゃぁ」
絶対「行ってこい」って言ってる。
俺は焼きたてのベリー付きシフォンケーキを慎重に箱に入れ、クレアに渡した。
「落としたら殺されますよ」
「落としたら殺されるのはたける様です」
「……ですよね」
俺は白目になりながら、クレアと共に馬車へ乗り込んだ。
馬車の中は静かだった。
揺れのたびにケーキが崩れないか気になって仕方ない。
俺は耐えきれず、聞いた。
「……何となく作ったものでも献上って必要なんですか?」
クレアは窓の外を見たまま、淡々と答えた。
「普通は必要ではありません」
「じゃあ、なんで俺は必要なんですか」
クレアは少しだけこちらを見た。
「たける様は特殊ですので」
「特殊って何ですか……」
「特殊です」
「……はい」
会話にならない。
俺は馬車の外を眺め、現実逃避した。
するとクレアが急に口を開いた。
「……これは、私の分もあるのでしょうか?」
「え?」
「私も甘いものが好きです」
知らねーよと思ったが、口には出さなかった。
「……多分、数人分はあります」
死んだ顔で答えると、クレアは少し満足そうに頷いた。
「よろしいですね」
(何がよろしいんだよ……)
城へ到着すると、俺はそのまま王妃ユリアナの部屋へ案内された。
クレアの後をついて歩くだけで、足が勝手に動いている気がする。
部屋へ入ると、そこには――
ユリアナ。
アスタナ。
ガラテア。
この三人が揃って座っていた。
俺が入るなり、ユリアナがにこりと上品に笑った。
「急な呼び出しでごめんなさいね。座ってもらえる?」
「……はい」
俺は言われるがまま椅子へ座る。
すると当然のように、アスタナが隣へ移動してきた。
「私はここですね!」
「いや、えっと……」
拒否できない。
沈黙のまま、俺はなすがままになる。
ガラテアは腕を組んで、ため息をついた。
「はぁ……お姉さまから聞いた通りでしたわね。たけるさん、余計なことをしないでくださいませ」
「余計なことって、ケーキ作っただけですよ……」
ユリアナは微笑みながら言った。
「ふふ。いいじゃない。たけるさんの行動はいつも面白いのよ」
面白いってなんだ。
俺は料理で遊んでるわけじゃない。
するとユリアナが、穏やかな声で指示を出した。
「クレア?切り分けて持ってきてもらえる?」
「かしこまりました」
クレアは一礼し、ケーキを持って部屋を出ていった。
しばらくして戻ってくると――
切り分けられたベリー付きのシフォンケーキが、綺麗に皿へ並べられていた。
部屋の空気が、わずかに変わる。
甘い香りが広がり、三人の目が同時に光った。
俺は思った。
(……これ、試食じゃなくて裁判だな)
そんな嫌な予感が、確信へ変わりつつあった。




