浄化の卵と、ベリーの誘惑
昨日の夜は料理のことばかり考えていたせいか、しずかやエンデの話をあまり聞いていなかった気がする。
いつもより早く目が覚め、寝ぼけた頭のまま布団から起き上がると――珍しく、しずかとエンデが少し離れた場所で眠っていた。
(……なんか、距離あるな)
そう思ったが、今はそれを気にしてる場合じゃない。
宿屋のおかみに勝つ。
そのために、俺は朝から動いた。
まずは野菜の料理だ。
朝だし、優しい味付けの野菜料理はベストだろう。
派手なものじゃなくていい。
むしろ、シンプルでいい。
その分、味を繊細にする。
俺は野菜を切り、たれを作る。
塩味を整えて、甘味を少し足して、香りを入れる。
できたたれを指につけて舐めると――
「……うん。これ、いい」
狙い通りだ。
ここまでうまくいけば、勝負はもう決まったようなもんだ。
次はデザート。
生クリームはない。
けど、この世界の果物ならある。
なら、果物のムースみたいなものを作ればいい。
角煮で勝てる確信がある以上、デザートはそこまで気合いを入れなくてもいいだろう。
そう思って、俺は割と適当に作った。
味見もあまりしてない。
なんとなく、いい感じ。
最後に、魔法で氷を出して冷やす。
――こういうとこ、本当に便利すぎる。
料理の革命って、魔法の力で簡単に起きるんだなと改めて思った。
そんなことをしていると、いつの間にか時間が経っていたらしい。
部屋の奥から、布団が擦れる音がして、三人が起きてきた。
しずかが目を細めてこちらを見る。
エンデは猫の姿で伸びをし、ゆなは寝癖のまま欠伸をしていた。
「おはようございます……」
ゆなの声はまだ眠そうだ。
「おはよう。朝飯、できてるぞ」
俺は野菜料理とムースを並べる。
正直、デザートは手抜きだ。
でも、出してみたら――
ゆなが一口食べた瞬間、目を丸くした。
「……え?」
しずかも静かに口に運び、無言で頷く。
エンデはムースを食べた途端、耳をぴくっと動かした。
そして。
全員、二口目に突入する。
沈黙。
無言で消えていく皿。
まただ。
うまいものの前では、言葉が消える現象。
食べ終わった後、ゆなが勢いよく顔を上げた。
「たけるさん!! これ、昨日より軽いのに凄く美味しいです!!」
「……手抜きだったんだけどな」
「手抜きでこれなら本気はどうなるんですか!?」
知らん。
俺が一番聞きたい。
しずかも淡々と言った。
「……おかわり」
エンデも、猫のくせに妙に堂々とした態度で鳴いた。
「にゃぁ」
絶対、要求してる。
だが、試作なので人数分しか作っていない。
「無理。試作だから終わり」
ゆなは本気で悔しそうな顔をした。
「えぇ……」
しずかも同じ顔でこちらを見る。
「……残酷」
「残酷じゃない。現実だ」
俺がそう言うと、ゆなは名残惜しそうに椅子から立ち上がった。
「じゃあ私、仕事行ってきます! 宿のおばさんには今日伝えますね!」
「頼んだ」
「でも、また作ってください!」
それだけ言い残して、ゆなは元気に出ていった。
扉が閉まり、部屋に残ったのは俺としずかとエンデ。
今日の午前中は、ローワンが来る予定だ。
報奨金を持ってくると言っていた。
その間に、余った材料で別のデザートでも作るか。
そう思って、俺は台所に戻りながらしずかに聞いた。
「しずかは、どんなデザートが食べたい?」
「……美味しいもの」
「それは分かってる。もっと具体的に」
しずかは少し考えてから、ぽつりと言った。
「……ベリー」
ベリー。
イチゴみたいな果物だ。
手当たり次第に買った中に、確かにある。
「ベリーか……なるほど」
俺は棚を漁りながら考える。
(ベリーのムースは作ったし……別の形がいいよな)
そこで、ふと気づいた。
――魔法あるじゃん。
この世界にも卵はある。
ただ、どうにも信用できない。
前の世界みたいに「生でも平気」とかいう感じじゃないし、衛生観念も違う。
でも、しずかは治癒魔法を使える。
浄化できるなら、卵も安全になるんじゃないか?
そう思った瞬間、俺の頭の中にレシピが浮かんだ。
シフォンケーキ。
軽くて、甘くて、ふわふわ。
ベリーを乗せたら絶対うまい。
俺は卵をいくつか取り出して、しずかに差し出した。
「これ、浄化魔法かけてくれない?」
「……卵に?」
しずかが露骨に困惑した顔をする。
「病気にならないようにしてくれれば大丈夫だと思う。多分」
「……多分?」
「デザートがうまくなる」
その一言で、しずかの目が少しだけ真剣になった。
「……わかった」
しずかは卵に手をかざす。
淡い光が卵を包み、空気が少しだけ澄んだ気がした。
卵に魔法をかけてるだけなのに、妙に神秘的だ。
俺は思わず見惚れてしまう。
(……綺麗だな)
しずかが光を消して、淡々と言った。
「……これで大丈夫」
「ありがとう。助かる」
俺はすぐに卵を割り、泡立てて、生地を作った。
魔法の補助も入れて、温度も調整して。
焼く。
膨らむ。
成功。
焼き上がった生地に、ベリーを乗せる。
――見た目がもう勝ってる。
「……できた」
作っておきながら、俺自身が少し呆気に取られていた。
この世界で、こんな菓子ができるとは思わなかった。
すると足元で、エンデがぐるぐる回り始めた。
猫の姿なのに、分かりやすすぎる。
しずかも椅子から立ち上がり、言った。
「食べよう」
「いや、待て。ゆながいないだろ」
「……ゆなは仕事」
「そうじゃなくて、一緒に食った方がいいだろ」
しずかは一瞬黙ってから、渋々頷いた。
「……わかった」
エンデは明らかに不満そうに尻尾を床に叩きつけた。
その瞬間だった。
コンコン、と扉が叩かれる音。
聞き慣れた声がする。
「たける殿。いるか?」
ローワンだ。
俺はケーキを守るように台所から顔を出し、玄関へ向かった。
「はいはい、今出ます!」
扉を開けた先にいたのは、いつもの護衛――
旅の時とは違う、城の顔をしたローワンだった。




