角煮は世界を黙らせる
家に戻った俺は、まず風呂を沸かした。
それから、宿のおかみに言われた「新しいメニュー」の試作に取り掛かる。
正直、こういう勝負事は嫌いじゃない。
この世界の料理は、どちらかといえば肉料理が主流だ。
味付けも濃い。
豪快で、悪くはない。
ただ――雑だ。
そして、街を歩いていると匂う人が多いのも、肉中心の生活が影響してるんだろうな、と最近は思うようになった。
(なら、肉料理は外せない)
そう結論を出した俺は、鍋の前で腕を組んで考える。
肉を使う。
だが、ただ焼くだけじゃつまらない。
濃いだけの味付けが当たり前の世界で、逆に繊細な味を出したらどうなる?
そう考えた時、俺の頭に浮かんだのは――角煮だった。
(柔らかい肉。甘さと香り。口の中でほどける感じ)
この世界で出したら、絶対に驚かれる。
それに、城でも食べたことのないような味になれば、貴族向けの料理としても通用する。
そう思った瞬間、もう止まらなかった。
俺はこれまで試してきた調味料や香辛料を並べ、煮込み用のたれを作り始める。
甘味、塩味、香り、少しの酸味。
ただ甘いだけじゃなく、奥行きを出す。
手が止まらない。
そして、完成したたれを指先で味見した瞬間――
「……やば」
自分でも声が漏れた。
今まで作った中でも、かなりいい。
この世界で初めて「これは勝てる」と思える味だった。
肉を鍋に入れ、じっくり火を通す。
時間をかけて、ホロホロになるまで煮込む。
その間に、この世界の根菜っぽいものも一緒に入れて、味を染み込ませる。
試作品の角煮とは別に、夕食用のあっさりした料理も作る。
そして、角煮は火を止め、そのまま置いた。
煮込み料理は、冷める時間が勝負だ。
味が肉の奥まで入っていく。
俺は満足しながら、風呂へ向かった。
風呂に入りながらも、頭の中は料理のことばかりだった。
たまに火を入れ、鍋の様子を確認する。
その繰り返しをしていると、玄関から声が聞こえた。
「ただいまです!」
ゆなが帰ってきた。
「おかえり。宿、どうだった?」
ゆなは少し口を尖らせる。
「やっぱり、長い休みは無理って言われました……」
「まあ、そうだろうな」
「でも!」
ゆながぐっと拳を握る。
「おばさんが料理の条件出した時、たけるさんが強気に返事したの、すっごくかっこよかったです!」
なんだそれ、と少し照れたが、悪い気はしなかった。
「とりあえず一品できたから、食べて判断して欲しい」
「はい!楽しみです!」
ゆなも風呂に入り、夕食の時間になる。
「今日は俺がやる。二人とも座ってろ」
そう言うと、ゆなは素直に椅子に座り、しずかもいつもの場所に座った。
エンデは猫の姿でテーブルの端に丸まり、尻尾だけゆらゆら動かしている。
俺は鍋を開け、皿を並べた。
湯気と一緒に甘い香りが広がる。
これはもう、成功の匂いだ。
角煮。
煮込んだ根菜。
そして夕食用のあっさり料理。
テーブルに並べ終えた瞬間、ゆなが目を輝かせた。
「……すごい匂いです……!」
しずかも、無言のまま鍋の方を見ていた。
俺は軽く咳払いして言う。
「じゃあ、食べようか」
「「いただきます」」
全員で手を合わせ、食べ始める。
俺も一口食べた。
――うん。
この世界に来てから食べた料理とは、まるで別物だ。
濃いだけじゃない。
甘さがあって、香りがあって、口の中でほどける。
繊細だ。
まだ調整できる部分はある。
でも、これは十分及第点。
そう思った次の瞬間だった。
食卓が――静かになった。
ゆなも、しずかも、エンデも。
一言も発しない。
ただ箸が動き、肉が消えていく。
そして、鍋の中身が減っていく。
(……またか)
前にもあった。
うまいものの前では、言葉が消える。
沈黙の中、料理だけが消えていく。
俺はその光景を見て、確信した。
(いける)
気づけば、皿は空になっていた。
鍋もほぼ空。
俺は二人に問いかける。
「どうだった?」
その瞬間、ゆなが勢いよく顔を上げた。
「こんな柔らかいお肉、食べたことないです!!」
目がきらきらしている。
「すっごく美味しいです!びっくりしました!」
しずかも続けて言う。
「この味付けは……城でも食べたことがない」
その言葉に、俺は内心ガッツポーズした。
「好評みたいでよかったよ。これなら宿のメニューに入りそうか?」
ゆなは即答だった。
「確実に入ります!!!」
その笑顔を見て、俺は思わずにやりと口元を歪める。
――一品目、クリア。
「他にはデザートと、もう一品って考えてるんだけど、どう思う?」
その言葉に、ゆなが食いついた。
「デザートですか!?」
そして勢いよく言う。
「それならこの料理とデザートとデザートいっぱいでお願いします!!」
「いや、デザート二つはない」
即却下すると、ゆなはしゅんと肩を落とした。
「そうですかぁ……」
完全に甘いものしか見えていない。
俺はしずかに視線を向けた。
「しずかは?」
しずかは少し考えて、淡々と言う。
「野菜を使った料理がいいと思う」
「野菜?」
「味付けも、今日みたいに優しいのがいい」
なるほど。
俺は頷いた。
この世界、野菜はある。
だが、料理として活かされてない。
せいぜい煮込むか、焼くか、適当に食うか。
だったら――
そこに俺の工夫を入れる余地がある。
そして何より。
(これ、しずかが食べたいだけだろ)
そう思ったが、口には出さなかった。
俺は笑って言う。
「わかった。野菜で一品考える」
しずかは小さく頷く。
「……期待してる」
ゆなも元気を取り戻して拳を握った。
「たけるさん!絶対勝ちましょう!」
俺は椅子にもたれながら、鍋の残り香を感じた。
角煮は成功した。
次は野菜。
次はデザート。
宿屋の女将がどんな顔をするか――
それを想像するだけで、妙に楽しくなってきた。




