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宿屋の女将からの挑戦状

買い物リストを作り、ついでに家の掃除も済ませる。


 昼食は何にしようか、なんて話をしていた時だった。


 ――コンコン。


 聞き慣れたノック音。


 そして、護衛の声。


 たけるは「あー、やっぱ来たか」と小さく呟きながら扉を開けた。


 そこに立っていたのはローワンだった。


 旅の時の砕けた雰囲気はなく、城の護衛らしい引き締まった顔をしている。


「よう。たける」


「どうもです。例の件ですか?」


「ああ、魔石の件だ。報奨金は明日渡す。コウヘイの分もまとめてな」


 たけるは思わず顔をしかめた。


「……また城に行く必要が?」


「いや、今回は俺が午前中に持って来る」


「助かります……!」


 心からの安堵が漏れた。


 あの謁見の間に行くたび、妙な疲労感が残る。


 何もしてないのに。


 ローワンは軽く頷き、踵を返す。


「では、また明日」


「よろしくです」


 ローワンはそのまま去っていった。


 扉を閉め、部屋に戻ると、しずかがいつもの椅子に座って外を眺めていた。


「……城、行かなくていい?」


「ああ。明日、金だけ持って来るってさ」


「……よかった」


 小さな安堵の声。


 それを聞いて、たけるも肩の力が抜けた。


 昼食を食べ終え、さて外に行こうかと考えた時、たけるはふと思い出した。


 ゆなの宿のおばさんに「食べに来なさい」と言われたのに、結局一度も行っていない。


 それに、ゆなの休みの件も気になる。


「しずか。今日さ、ゆなの宿に行ってみない?」


「……宿?」


「ランチもやってるらしいし。ついでに買い物もして帰ろう」


 しずかは少し考えて、頷いた。


「……行く」


 たけるはしずかの髪色を金に変え、外出の準備を整える。


 すると――


 エンデが当然のように玄関まで付いてきた。


「にゃぁ」


「いや、お前は留守番だ」


 たけるが言うと、エンデは尻尾をぴんと立て、明らかに不服そうな顔をする。


 だが、たけるは折れなかった。


「外に連れてくのは違う気がする」


 そう言って、小さく焼いた肉を皿に乗せて差し出す。


「これ食って待ってろ」


 エンデは肉を見た瞬間、露骨に態度を変えた。


 しずかはその様子を見て、小さく呟く。


「……単純」


 エンデはぷいっと顔を背けながら肉にかぶりついた。


 宿へ向かう道中。


 しずかは前より落ち着いていた。


 以前は人の視線を気にして縮こまっていたのに、今日は店先の品を眺めたり、看板を読んだりしている。


 たけるはそれを横目に見ながら、少し嬉しくなる。


「慣れたな」


「……うん。前よりは」


「それならいい」


 ゆっくり歩きながら宿へ向かい、扉を開けると――


「たけるさん!!」


 ゆなが嬉しそうに駆け寄ってきた。


 そして、二人並んでいるのを見て、少し頬を膨らませる。


「ずるいです!二人で来るなんて!」


「買い物ついでの視察だよ。あと、休みの件もある」


 その言葉を聞いたゆなは、すぐに仕事モードに切り替わった。


「なるほど!じゃあ今から忙しくなりますね!」


「いや、そこ張り切るとこじゃないだろ」


 たけるが苦笑する。


 勧められたランチは、スープにパン、それと肉入りの野菜炒めのような料理だった。


 見た目は悪くない。


 だが――


(……正直、俺の料理の方がうまい)


 たけるはそう思った。


 しずかも、黙って食べながら小さく頷いている。


 きっと同じ感想だ。


 それでも。


 宿の中のがやがやした空気、他の客の笑い声、湯気の立つスープ。


 そういう雰囲気が、料理を少しだけ美味しくしていた。


 食べ終え、会計を済ませようとすると――


「おや、来てくれたんだねぇ」


 宿屋のおばさんが声をかけてきた。


 恰幅のいい体格。


 腕組みしたまま、にこりと笑っている。


「ゆなとはうまくやってるみたいだね。ゆなから話は聞いてるよ」


「そう言ってもらえてるなら、よかったです」


 たけるが素直に答えると、おばさんは満足げに頷く。


 そして――


「ちょっと待ちな」


 帰ろうとしたたけるを呼び止めた。


 ゆなは、どうしても旅に行きたかったらしい。


 今日、仕事前に休みの交渉をした。


 だが、結果は却下。


 その話を聞いて、たけるは「あー、やっぱ無理か」と思った。


 だが、おばさんはそこで終わらせなかった。


「たける。あんた、料理がうまいんだろ?」


「まあ……それなりには」


「最近ねぇ、うちの飯がまんねりしてるのさ。客も飽きてきてる」


 おばさんの目が細くなる。


「店で出せるような品をいくつか作ってくれたら、ゆなに休みを出してやるよ」


 その言葉には、隠れた意味があった。


 ――できるもんならやってみな。


 そういう挑発だ。


 たけるは、少し笑った。


 そして、おばさんの目を見返す。


「楽しみにしてて下さい」


 その返事に、おばさんもにやりと笑う。


「言ったね?」


「言いました」


 ゆなが横で「えっ……」と固まっていたが、たけるは気にしなかった。


 火がついた。


 こうなったら絶対にうならせてやる。


 宿を出た後、二人は買い物に向かった。


 リスト通りの食材を買い、さらに新しい料理に使えそうなものも次々と追加していく。


 たけるは完全に料理モードだった。


 調味料を見ては考え、香辛料を見ては笑い、肉を見てはニヤつく。


 しずかが横でぽつりと呟く。


「……楽しそう」


「そうか?まあ、ちょっと楽しい」


 たけるは隠す気もなく答えた。


 しずかは少し間を置いて言う。


「でも、食べられない物ができあがる可能性もある」


 その言葉と同時に、視線をすっと逸らした。


 たけるは笑った。


「前にも言ったけど、失敗は成功の元だ。失敗も楽しめば食べられないものなんてないよ」


「……わかった」


 しずかは頷き――次の瞬間、淡々と宣告した。


「残骸ができた時は、たけるが全部食べる。ゆなにもそう伝えておく」


「おい!?」


 たけるは思わず声を上げた。


 しずかは表情を変えないまま、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 たけるはそれを見て、ため息混じりに笑う。


「……お前、最近ちょっとずるいな」


「……そう?」


「そう」


 二人は買い物袋を抱えながら、夕方の街をゆっくり歩いた。


 次の旅の話も。


 宿屋の女将との勝負も。


 まだ何も始まっていないのに、妙に楽しくなってきた。

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