ただいまの破壊力が強すぎる件
数日ぶりに、たけるが帰ってくる。
それだけの事なのに、しずかはどこか落ち着かなかった。
いつも通り椅子に座り、お茶を飲み、窓の外を眺めている。
表情も、声も、何も変わらない。
――変わらないはずなのに。
玄関の方へ視線を向ける回数が、明らかに多い。
その様子を見ていたエンデは、ため息を吐いた。
「落ち着きがないな」
「……そんな事ない」
即答だった。
だが、しずかはまた玄関へ視線を向ける。
エンデは呆れたように目を細めた。
「たけるが帰るのが待ち遠しいのだろう?」
「……別に」
「ふん。素直になればいいものを」
その後も、しずかは黙ってお茶を飲み続けた。
ただ、夕日が沈み、部屋が薄暗くなるにつれて、玄関の方を見てしまう回数は増えていった。
そして――
日が完全に落ちかけた頃。
扉が開く音がした。
「ただいまー」
いつもの声。
いつものトーン。
その瞬間、しずかの胸の奥がすっと軽くなる。
「……おかえり」
たったそれだけの言葉なのに、自分でも驚くほど安心した。
しずかはちらりとエンデの方を見る。
――いつの間にか、エンデは猫の姿に戻っていた。
しかも、何事もなかったように尻尾を揺らしている。
たけるは荷物を置きながら、大きく息を吐いた。
「はぁ……やっと帰ってこれたよ」
「大変だった?」
「いや、大変ではなかったけど……疲れた」
「……そう」
その会話だけで、しずかは十分だった。
たけるがちゃんと帰ってきた。
それだけで良かった。
たけるは腕を伸ばし、背中を鳴らす。
「とりあえず風呂沸かそうか。俺も入りたいし」
そう言って、すぐに風呂の準備を始める。
しずかは、猫姿のエンデをじっと見た。
「エンデ?」
「……」
「私は楽しみにしていたのに。なぜその姿になっているの?」
しずかの問いに、エンデはぷいっと顔を背けた。
そして、まるで逃げるように、風呂を沸かしているたけるの方へスタスタ歩いていく。
「……」
しずかが無言で見つめていると、しばらくして――
風呂を沸かし終えたたけるが、エンデを抱きかかえて戻ってきた。
エンデは、完全に猫として腕の中で丸くなっている。
しずかには、どう見ても「小さい少女が抱えられている」ようにしか見えなかった。
たけるは椅子に座り、エンデの頭を撫でながら言う。
「しずかー、俺がいない間、何かあった?」
「ない。どうして?」
「いや、エンデがさ。やたら甘えてくるんだよな」
そう言いながら、たけるはエンデの喉元を撫でる。
エンデは「にゃ」と小さく鳴き、目を細めた。
たけるは笑った。
「可愛いからいいけど」
「……」
しずかの胸の奥に、もやっとしたものが生まれる。
何だろう、この感覚。
嫌だとか、怒りとかではない。
でも、落ち着かない。
しずかは少し間を置いてから口を開いた。
「お風呂、先に入る?」
「うーん……どっちでもいいよ。しずか先に入ってきたら?」
その言葉を聞いて、しずかは自分でも意味が分からないまま言った。
「一緒に入る?」
たけるの手が止まった。
「……はっ!?なんで!?」
驚きすぎて、声が裏返っている。
しずかは答えない。
たけるはエンデを抱いたまま、目をぱちぱちさせる。
「……ほんと何かあったのか?」
「……冗談」
しずかは立ち上がり、淡々と告げる。
「お風呂行ってくる」
そして何事もなかったようにスタスタと風呂場へ向かった。
残されたたけるは、ぽかんとしていた。
腕の中のエンデを撫でながら、ぼそっと呟く。
「……なんだったんだろうな?」
エンデは答えない。
ただ尻尾を揺らし、たけるの腕の中で気持ちよさそうに目を閉じた。
その様子がまた、しずかの胸をちくりとさせるのだった。
その後は、いつもの流れだった。
しずかが先に風呂に入り、たけるが次に入る。
そして夕食の準備。
たけるは甕を覗き込み、目を丸くした。
「……え、待って。水、かなり減ってるんだけど」
甕の中は、もう底が見えかけている。
しずかは平然と答えた。
「……残骸と戦った結果、少なくなった」
「なんだそりゃ……」
たけるは思わず笑ってしまう。
だが、しずかの口調は淡々としているのに、どこか楽しそうに見えた。
たけるは深く追及せず、包丁を握る。
「まあ、いいか。水はまた魔法で出せばいいしな」
「……うん」
しずかは頷き、野菜を切り始めた。
二人で作る夕食。
それは特別なことではない。
でも、しずかにとっては十分すぎるほど「戻ってきた日常」だった。
いい感じに夕食が完成した頃。
玄関の扉が開く。
「ただいまです!」
元気な声が響いた。
「おかえり」
「おかえり」
たけるとしずかが同時に返す。
ゆなはたけるの姿を見るなり、目を輝かせてテーブルに駆け寄った。
「たけるさん!お帰りなさい!どうでした旅!?魔石取れました!?え、ケガしてないですか!?」
「大丈夫大丈夫。元気だよ」
たけるは笑いながら言った。
「……っていうか、先に風呂入ってこい」
「えっ、いいんですか!?」
「久しぶりだろ」
ゆなの顔がぱっと明るくなる。
「やったぁぁぁ!!久しぶりのお風呂!!」
叫ぶように言いながら、ゆなは風呂場へ飛んでいった。
しずかはその背中を見ながら、ふと呟く。
「……元気」
「ゆなはいつでも元気だな」
たけるも苦笑いする。
エンデは猫の姿のまま、静かにその光景を眺めていた。
ゆなが風呂から上がり、三人で夕食を食べ始める。
久しぶりのたけるの料理に、ゆなの目はきらきらしていた。
「うわぁ……これ、たけるさんの味です……!」
「味ってなんだよ」
「味です!」
しずかは黙って食べているが、箸の動きが少し速い。
エンデは猫のまま、小さく切られた肉をちまちま食べている。
そんな平和な食卓。
だが――
ゆなは、数口食べたところで急に顔を上げた。
そして、目をランランと輝かせて言った。
「たけるさん!!私、どこかに行きたいです!!」
あまりにも唐突な宣言だった。
たけるは箸を止める。
「……どこかって、どこ?」
ゆなは胸の前で手を握りしめ、勢いよく言った。
「分かりません!!でも、どこかです!!」
「いや、分からんのかよ!」
たけるが突っ込むと、ゆなはへへっと笑った。
そして、しずかの方を見る。
「しずかさんも、行きたいですよね!?」
しずかは一瞬だけ目を逸らし――
小さく頷いた。
「……うん」
たけるはそれを見て、少しだけ驚いたように目を細めた。
「……珍しいな。しずかがそんなこと言うの」
しずかは小さく答える。
「……たまには」
その言葉に、エンデの尻尾がぴくりと動いた。
まるで「よし」と言っているようだった。




