女三人、作戦会議。――そしてエンデは逃げた
エンデの叫び声が家の中に響き渡ったあと。
しばらくの間、三人の間には妙な沈黙が落ちた。
ゆなは「まあまあ」とでも言うように肩をすくめ、しずかはいつも通り無表情で、エンデだけが頭を抱えていた。
「……普通とはなんだ。普通とは……」
エンデは椅子に座り直し、額を押さえながらぶつぶつ言う。
「とりあえず、落ち着いてください」
ゆなが苦笑いを浮かべる。
「エンデちゃんが混乱するのも当然ですよ。私も最初は……心臓止まるかと思いましたし」
その言葉に、エンデが顔を上げた。
「……最初から受け入れていたわけではないのか?」
「はい。怖かったですよ。しずかさん、急に出てきて、しかも……」
ゆなは言葉を濁しながらも続ける。
「でも、たけるさんが普通に話し始めたんです。私が混乱してる間に」
しずかが、ぽつりと口を挟む。
「……たけるは、驚いたけど。すぐに受け入れた」
エンデはその言葉を聞いて、深いため息を吐いた。
「話を聞くだけで頭が痛くなるが……こうして普通に生活できているのは、たけるが一番の要因なのは分かった」
そして腕を組み、じっと天井を見上げる。
「あっさり受け入れたたけるの度量が凄いのか……それとも鈍感なのか……いや、どちらにせよ、人間の認識を改める事になりそうだ」
「最初は、やっぱりそう思いますよね」
ゆながくすっと笑う。
しずかは少しだけ首を傾げた。
「……魔族には、そういう事例はない?」
「ないな」
エンデは即答した。
「死んだ人間がふと現れれば問題になるか、その場には近づかんようになるだけだ」
「……そう」
しずかは一瞬、視線を落とした。
「魔族も、人と変わらない気がする」
その言葉に、エンデは目を見開いた。
「違う!!」
机を叩くほどの勢いで声を上げる。
「こんな状況を受け入れておる人間が複数人もおり、その国の王までもが認めるなどありえん!人と魔族を同じように考えるな!」
だが、ゆなは首を傾げた。
「うーん……でも、魔族も結局、驚くんですよね?」
「驚くのは当たり前だ!」
「じゃあ、驚くところは一緒ですね」
「……むぐ」
エンデが詰まった。
しずかが静かに言う。
「……同じ」
「同じではない!!」
エンデは顔を赤くして叫んだが、ゆなとしずかの表情は変わらなかった。
むしろ、少しだけ楽しそうだった。
その後。
エンデが渋々落ち着いたところで、三人はお互いのことを少しずつ話し始めた。
ゆなが話す、たけるの普段の様子。
しずかが話す、死んでから目覚めた時の感覚。
そして、今の生活。
エンデは途中から何度も「ありえん」と呟きながらも、最後には納得したように腕を組んだ。
「……まあ、理解した」
エンデはふんっと鼻を鳴らす。
「たけるが普通ではない。良い意味でも悪い意味でもな」
「良い意味ですよ」
ゆなが即答する。
「……まあ、そういうことにしておこう」
エンデはそう言ってから、視線を逸らした。
しずかが不意に聞く。
「……エンデ。トイレはどうしてるの?」
「……は?」
エンデの目が点になった。
ゆなも一瞬固まり、そして吹き出した。
「しずかさん!それ聞きます!?」
「必要な情報」
「必要かもしれませんけど!」
エンデは顔を真っ赤にして叫んだ。
「普通に行くに決まっておるだろうが!!」
「……普通に」
しずかが納得したように頷く。
「それなら安心」
「安心するな!!」
ゆなは腹を抱えて笑い、エンデは怒りで震えた。
だが――
そういうどうでもいい会話が続くほど、空気は柔らかくなっていった。
少なくとも、最初のような警戒はもうなかった。
昼頃。
ゆながエンデをじっと見て言った。
「エンデちゃん、料理作れるようになった方がいいですよ?教えましょうか?」
その言葉に、エンデはふんっと胸を張る。
「私は食べる専門だ。作るのは任せる」
ゆなはにっこり笑って言った。
「あっ、届かないですもんね」
「なんじゃとっ!?」
エンデが椅子から立ち上がり、背伸びをして威嚇するが――
全く迫力がない。
しずかは無表情で呟いた。
「……届かない」
「言うな!!」
そんな調子で、女だけの空間は平和に過ぎていった。
退屈ではない。
むしろ、妙に楽しい。
そして、たけるが帰ってくる当日。
三人は朝食を食べながら、ぼんやりしていた。
そんな中、しずかがぽつりと口を開く。
「……今日は、たけるが帰ってくる」
エンデの肩がぴくりと跳ねた。
しずかは続ける。
「エンデは、たけると子を成す為の行為を今日するの?」
「ぶっ――!」
エンデが変な咳をしてむせた。
「ま、まあ!?私の気分が乗ればじゃな!!」
ゆなは箸を止め、にやにやしながら聞く。
「気分が乗ればですか?」
「そうだ!その行為は気分が一番大事なのだ!」
エンデは必死に続けた。
「どうせなら気分が乗った時にする方が、一番幸せを感じられるからな!」
しずかとゆなは顔を見合わせた。
そして、同時に生ぬるい目になる。
「へぇ……」
「……へぇ」
「な、なんだその目は!!」
エンデが叫ぶと、ゆなが笑いながら言った。
「楽しみにしてますね」
「私も応援している」
しずかが真顔で追撃する。
エンデは耐えられなくなったのか、勢いよく話題を変えた。
「しずかよ!」
「……なに」
「おぬしはもう外に出られるのであろう!?たけるとどこか行こうなどと思わないのか?毎日家にいるだけでは退屈だろう!」
しずかは少し考えた。
確かに――
城ではずっと息を潜めるように生きていた。
誰かの役に立つために動くだけで、自分のために出かけたことなどなかった。
初めての外出は、たけるとゆなと街へ行った時。
あれは、人生で初めて「自分の意思で出た外」だった。
「……どこかって、どこに行くの?」
しずかがそう言うと、エンデは呆れたように腕を組む。
「避暑地や有名な場所など、いくらでもあるだろう。行った事のない場所へ行き、見識を深めるのも必要な事だぞ」
そして、しずかを見下ろすように言った。
「おぬしは少し世間を知らなすぎる節がある」
しずかは静かに頷いた。
「……たけるが帰ってきたら、聞いてみる」
「聞いてみる?ここに行きたいと言えばいいだけだろう」
エンデは本気で理解できない顔をした。
その会話を聞いていたゆなが、ぱっと顔を明るくする。
「それいいですね!私も一緒にどこか行きたいです!」
「……ゆなも?」
「はい!」
ゆなは嬉しそうに笑う。
「たけるさんって、なんだかんだ言いながら付き合ってくれますし!みんなでお出かけしたら楽しそうです!」
エンデは腕を組みながら頷いた。
「ふむ。ならば、私も同行してやろう」
「え、エンデちゃんも?」
「当然だ。私が監督せねば、二人は何も決められんだろう」
「監督……」
しずかが小さく呟く。
「……偉そう」
「なんじゃと?」
ゆなが笑って、机に頬杖をついた。
「じゃあ、どこ行きましょう?エンデちゃん、行きたいところあるんですか?」
エンデは一瞬言葉に詰まった。
そして、咳払いをして言った。
「……うむ。景色の良い場所だ。魔力の流れが美しい場所がこの国にはある」
「魔力の流れ……?」
「まあ、行けば分かる」
しずかは静かに頷いた。
「……行ってみたい」
そう言った自分の声に、しずか自身が少し驚いたようだった。
けれど。
その気持ちは嘘ではなかった。
やがて、ゆなが立ち上がる。
「じゃあ、たけるさんが帰ってきたら相談ですね!」
「……うん」
しずかが頷く。
エンデもふんっと偉そうに言った。
「よし。たけるが戻ったら決定だ。拒否権はない」
「それはどうでしょうね」
ゆなが笑って言い、荷物を持った。
「それじゃあ、行ってきます!」
「……いってらっしゃい」
「気を付けて行けよ」
ゆなが家を出る。
扉が閉まった後、家の中にはしずかとエンデだけが残った。
しずかは窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。
「……出かけるの、少し楽しみ」
エンデはそれを聞いて、何も言わずにお茶を飲んだ。
そして心の中で思った。
(……たけるが戻れば、また面倒が増える)
だが――
悪い気分ではなかった。
そんな平和な朝が終わり、たけるが帰るその時を待つ時間が始まった。




