女だけの朝は、だらしなくて最高だ
今日はゆなも休み。
そして――たけるはいない。
それだけで、この家の朝は信じられないほど堕落する。
普段なら「朝です!起きてください!」と元気に動き回るゆなも、今日は完全に気が抜けていた。
最初に目を覚ましたのは、そのゆなだった。
「……ん……」
目をこすりながら体を起こす。
昨夜は折角だからと、しずかにくっつくようにして寝たはずなのに――
隣には、いない。
ゆなはぼんやりと周囲を見回した。
しずかは少し離れたところで、たけるの布団に包まり、まるでミノムシみたいになって眠っている。
そして。
「……エンデちゃんは……?」
視線を動かすと、そこには人型のエンデがいた。
大の字。
無防備。
気持ちよさそうに寝息を立てている。
しかも。
寝相が最悪だった。
服がはだけていて、ギリギリ見えてはいけないものが見えそうな状態だ。
ゆな自身も似たようなものだった。
髪はぼさぼさ、服は乱れ、寝間着の紐はどこかへ消えている。
女だけの朝。
それはもう、戦場の後みたいにだらしない。
「……今日はしょうがないですよね」
ゆなは小さく呟き、何故か自分に言い聞かせた。
しっかりしなければいけない。
それは分かっている。
でも――。
こういう朝も、たまには大事だ。
誰にも見られない。
誰にも怒られない。
たけるがいないだけで、こんなにも空気がゆるむ。
「……なんか、平和ですね」
ゆなはふわっと笑い、そのままふらふらと部屋を出た。
トイレを済ませ、顔も洗わずに椅子へ座る。
そして、テーブルに顔を潰した。
「……朝ごはん、どうしようかなぁ……」
頭の中では、ちゃんと考えている。
考えているはずなのに。
体がまったく動かない。
テーブルが、妙に心地いい。
木の感触が、温かい。
ゆなはそのまま頬を押し付け、だらだらと天井を見上げた。
すると、背後からのそのそと足音が聞こえた。
「……おはよう……」
振り返ると、人型のエンデが寝ぼけ眼で立っていた。
髪はぐしゃぐしゃ。
顔はむくんでいる。
しかも目が半開きで、いつもの生意気さが微塵もない。
ゆなはその姿に、思わず少し笑った。
「おはようございます……」
声もやる気がない。
完全に休日モードだ。
エンデは椅子に座り、ゆなと同じようにテーブルに顔を潰した。
……偉そうな態度はどこへ行ったのか。
威厳の欠片もない。
ゆなはのろのろと立ち上がり、エンデのためにお茶を用意する。
しずかから「エンデは背が届かない」と聞いていたからだ。
湯を沸かし、茶葉を入れ、湯を注ぐ。
それをテーブルに置くと、ゆなはまた椅子に戻り、顔を潰した。
エンデは湯気の立つ茶を見て、ぼそっと言った。
「……朝食はどうするのだ?」
「どうしましょうねー……」
ゆなは死んだ目で答えた。
「エンデちゃん、何か食べたいものありますか?」
「……食べられるものなら、なんでもいい」
「そうですかー……」
会話がふわふわしている。
やる気が、地面に落ちている。
ゆなは少しだけ首を傾けた。
「……エンデちゃんって料理作れるんですか?」
すると、エンデは急に顔を上げ、ふんっと鼻を鳴らした。
「当然だろう。私はおぬしらよりも長く生きている淑女だぞ?朝食など簡単に作れるわ」
言葉だけは立派だった。
しかし。
今のエンデはテーブルに顔を潰している。
淑女というより、ただのだらしない小動物だ。
ゆなはにっこり笑って言った。
「じゃあ今日は、エンデちゃんが朝食を作ってください」
「……ああ、まあよかろう」
即答。
完全に脳死の返事だった。
少し沈黙が落ちる。
その沈黙の後、エンデがぱっと顔を上げた。
「……私が作るのか!?」
「はい、お願いします」
ゆなは顔を潰したまま答えた。
逃げ道はない。
エンデは固まった。
「……う、うむ……」
しぶしぶ立ち上がり、キッチンへ向かう。
だが。
内心は大混乱だった。
(まずい……料理など作ったことがない……)
せいぜい、部下が捌いた肉を焼いて食べたくらいだ。
しかもこの世界の食材は、知らないものばかり。
だが、言ってしまった以上、引くに引けない。
エンデはキッチンに立ち、食材を眺める。
調味料を眺める。
鍋を眺める。
包丁を眺める。
そして――。
「……な、何からやればいいのだ……」
そもそも背が届かない。
棚の上の皿が取れない。
炉の火の扱いも分からない。
エンデはじわじわと追い詰められ、最後にはおろおろと立ち尽くした。
その時。
布団がごそっと動いた。
しずかが起きたのだ。
たけるの布団に包まれたまま、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出てくる。
髪は寝癖がついている。
表情はいつも通り無表情。
そして眠そうに目を細めながら、淡々と言った。
「……おはよう」
ゆなは顔を潰したまま返す。
「おはようございまーす……」
しずかもふらふらと甕の水を飲みに行き、喉を潤す。
そして、ゆなの隣の椅子に座った。
そのまま。
テーブルに顔を潰した。
女二人が並んでテーブルに顔を潰す光景は、もはや終わっていた。
そこにキッチンから小さな足音がする。
しずかが顔を上げ、視線を向けた。
そこには、完全に挙動不審なエンデ。
肩を震わせている。
額に汗を浮かべている。
しずかは淡々と聞いた。
「……なにをしているの?」
エンデはびくっと跳ねた。
「う、うん!? あ、ああ!私が今日は朝食を作ろうと思ってな!」
「……そう」
しずかはそれ以上興味がないように、またテーブルに顔を潰した。
その態度が、逆にエンデの心を削る。
しばらくしても、何かを作っている気配はない。
火の音もしない。
包丁の音もしない。
流石に気になったゆなとしずかは、のろのろと立ち上がりキッチンへ向かった。
そして、見た。
エンデが――しゃがんで頭を抱えている。
ゆなが素朴に尋ねる。
「どうしたんですか?作り方が分からないんですか?」
エンデは顔を上げ、咳払いをした。
「ん!?……んん。そうだな。私のいた世界とは食材が違うようで少し困惑している」
苦しすぎる言い訳だった。
しずかは無表情のまま、すべてを察した。
(……作ったことないんだ)
ゆなはぱっと笑顔になった。
「そういう事なら私が作りますよ!」
するとエンデは、驚くほど早く切り替えた。
「そうか!?では、またそのうちだな!」
急に偉そうな顔に戻り、椅子に座り直す。
完全に逃げた。
しずかは静かに言った。
「本当に料理を作ったことがあるの?」
エンデはぎくっとした。
「……ま、まあ、回数は少ないが作ったことはあるぞ」
声が裏返りそうになっている。
しずかは何も言わず、ゆなと一緒に朝食作りを始めた。
エンデは椅子に座り、腕を組み、ふんっと鼻を鳴らす。
「……ふむ。やはり料理は任せるに限るな」
だが、ゆなとしずかは聞こえないふりをした。
そして、ゆなは小さく呟く。
「……たけるさん、早く帰ってきてくれないかなぁ」
しずかも小さく頷いた。
「……うん」
エンデは茶をすすりながら、ぼそっと言った。
「帰ってきたら……私は忙しくなるのう」
二人は聞こえないふりをした。
だらしない朝は、まだまだ続く。




