森の中で始まった制裁劇と、勘違いした男の暴走
急な尿意を済ませて、俺は鼻歌まじりに戻った。
……いや、鼻歌なんて歌ってない。
ただ、すっきりしただけだ。
草むらの向こうに、雷で倒れたコウヘイがまだ突っ伏しているのが見える。
頭を木に突っ込み、尻を突き出したままの、あの間抜けな姿勢だ。
「……まだ痺れてんのか?」
そう思いながら歩いていくと、聞こえてきた。
低くて、不穏で、妙に熱のこもった声が。
「この時を……僕は待っていた!」
俺は反射的に足を止めた。
木の陰から覗くと、そこには――
ウィルがいた。
そしてウィルは、木に頭を突っ込んでいるコウヘイの尻を、ねっとりと撫でていた。
いや、正確には――
コウヘイが着ている服が、俺の服だった。
旅に出る時、コウヘイが「着替え持ってねぇ」とか言い出して、仕方なく貸したやつ。
つまり今、後ろ姿だけ見れば、ウィルにはこう見える。
――たけるが尻を突き出して倒れている。
そしてその尻を撫でながら、ウィルは続けた。
「僕を売った代償を……ここで支払ってもらう!!」
言ってる事は物騒だ。
やってる事は尻を撫でているだけだ。
しかも撫で方が執拗だ。
ウィルは、まるで長年抱えていた恨みを解放するみたいに言葉を重ねる。
「あなたは僕が裸踊りをしている時も傍観し……楽しんでいた!!」
「卑怯だ!!」
……いや、楽しんでたのは事実だが。
ウィルはさらに声を荒げた。
「僕を売った事への償いをするつもりなら、もっと僕の事を構うべきだ!!」
「僕の事を考えるべきだ!!」
言ってる内容が面倒くさい。
そしてその間も、手はねっとりと尻を撫で続けている。
コウヘイは、痺れたふりをしているのか本当に痺れているのか分からないが、ぴくりとも動かない。
そしてウィルは――
コウヘイの腰に手をかけた。
ズボンを引き下ろそうとしている。
(あ、これ……完全に俺と勘違いしてるな)
……いや、勘違いだろうがなんだろうが、状況が終わってる。
俺は心の中で深いため息をついた。
前の世界にもいた。
こういうタイプの男。
独占欲が強くて、面倒で、妙に執着してくるやつ。
電話に出ろ。
他の男と話すな。
俺だけを見ろ。
そういうのは、恋愛じゃなくて拘束だ。
ウィルがこのまま成長すると、絶対に面倒な存在になる。
この旅が終わっても城で顔を合わせるだろうし、今のうちに釘を刺しておくべきだ。
俺は一歩踏み出し、声をかけた。
「おーい。……何してるんだ?」
その声に、ウィルがビクッと震えた。
バッと振り向く。
そして俺の顔を見た瞬間――
ウィルの動きが完全に止まった。
数秒の沈黙。
ウィルの視線が俺と、尻を突き出したコウヘイを行ったり来たりする。
「……え?」
ウィルの口から、間抜けな声が漏れた。
その瞬間、ウィルはようやく気づいた。
尻を撫でていた相手が、俺じゃないという事に。
……いや、気づいても遅い。
俺は冷静に言った。
「遊ぶのはいいが、今回の目的は魔石採取だろ」
「王妃から受けた依頼でもある。依頼の最中に遊ぶのは違うんじゃないか?」
正論をぶつけた瞬間、ウィルは慌てて手を引っ込めた。
まるで悪事がバレた子供だ。
「……そうですね」
ウィルはしゅんと肩を落とす。
「すみません……」
俺は少しだけ息を吐き、声を落ち着かせた。
「無礼講ってことで、ここまで結構好き勝手やってきたからな」
「気が緩むのは分かる」
「でも、お前も今は城で働く兵士だろ?」
「仕事と息抜きは分けた方がいいぞ」
ウィルは唇を噛み、頷いた。
「……はい」
俺は続ける。
「気を抜く時は抜け」
「でも仕事をやる時は当たり前にやれ」
「それができてれば、ストレスも減るし、人間関係も崩れにくい」
ウィルは少し驚いた顔をした。
まるでそんな言葉を誰からも言われた事がないみたいに。
そして小さく頷く。
「……覚えておきます」
俺は一度、コウヘイを見た。
相変わらず尻を突き出したまま、微動だにしていない。
……こいつ、絶対起きてる。
俺は話を戻した。
「それで? なんでこっちに来たんだ?」
ウィルは真面目な顔になって答える。
「魔石が取れず、変わった魔物も増えてきました」
「一度集まろうという事になって……呼びに来ました」
「変わった魔物?」
嫌な予感しかしない。
俺はコウヘイの背中を軽く蹴った。
「おい、コウヘイ。動けるか?」
するとコウヘイは、何事もなかったようにスッと身体を起こした。
草木から顔を出し、平然と言う。
「おう。じゃあ行くか」
「……お前」
俺は目を細めた。
「結構前から動けただろ?」
コウヘイは何も言わない。
視線を逸らし、口笛でも吹きそうな顔をしている。
俺は呆れて言った。
「強そうな動物もいるんだぞ。動けるならすぐ動け」
「……だな」
コウヘイはにこっと笑った。
だがその視線は――
前を歩くウィルに向けられていた。
俺は確信した。
(……こいつら、変な方向に仲良くなるな)
俺はため息を飲み込み、歩き出した。
「行くぞ。合流だ」
こうして俺たちは、ローワンたちの元へ戻る事になった。




