無礼講の夜、狩りと魔法と裸踊り
無礼講――その言葉の意味を、俺はようやく理解し始めていた。
……いや、理解したというより。
この護衛二人、完全に“素”を出してきている。
野営地に荷物を下ろし、川のせせらぎが耳に心地よい中。
俺はふと、ある重大なことに気付いた。
「……そういえば食料とか無かったんですけど、どうするんですか?」
素朴な疑問だった。
だがローワンは、当たり前のように首を傾げる。
「うん? そんなもん現地調達に決まってるだろ?」
「……決まってる、の意味が分からない」
俺が思わず呟くと、ローワンはにやりと笑った。
その顔は、いつもの“護衛貴族”の顔じゃない。
完全に、悪ノリした上司の顔だった。
「折角だ! たける! コウヘイ! ウィル!」
名前を呼ばれて、俺たちは反射的に背筋を伸ばす。
「お前らが今日の食料を調達してこい!」
「……はい」
「最下位のやつは――裸踊りでもして貰おうか」
「は?」
俺の口から素で声が漏れた。
ベイリーが嬉しそうに拳を握る。
「いいですねぇ!! 旅って感じがします!」
「いや旅ってそういう感じなんですか!?」
コウヘイが叫ぶが、ローワンは満足げに頷いた。
「旅とはそういうものだ」
絶対違う。
絶対違うのに、なぜか妙に説得力がある。
無礼講とはいえ逆らえる雰囲気ではない。
俺たちは顔を見合わせ――
そのまま一目散に散開した。
「うわ、マジかよ!」
コウヘイが走りながら叫ぶ。
「負けたら死ぬぞ!」
「死なないだろ!」
「社会的に死ぬんだよ!!」
確かに。
この世界のノリ、時々怖い。
でもまあ、こういう旅の空気は嫌いじゃない。
俺は軽く息を吐き、魔力を巡らせた。
「……ズルするか」
卑怯かもしれない。
だが裸踊りは絶対に嫌だ。
俺は雷をまとい、風を踏むように森の中を駆けた。
ざざざ、と木々が流れていく。
視界の端で、草むらが揺れた。
次の瞬間。
そこにいたのは――
「……豚?」
大きい。
というか、デカい。
野生の豚というより、筋肉の塊みたいな豚だ。
牙もあるし、目つきも悪い。
……こいつ、普通に危険だな。
だが、今の俺は焦らない。
「悪いけど、今日の夕飯になってくれ」
そう呟いて、手をかざす。
バチッ――と空気が裂けた。
雷が走り、豚のような魔獣は一瞬で硬直し、どさりと倒れた。
「……よし」
あっさり倒れたのはいい。
だが問題はここからだ。
「……これ、どうやって運ぶんだ?」
持ち上げられる重さじゃない。
引きずるにもデカすぎる。
俺は腕を組み、少し考えた。
そしてふと思った。
「……魔法で運べないか?」
魔法って、思った以上に何でもできる。
だったら――。
俺はイメージする。
風で浮く檻。
中に獲物を入れて、引っ張れる紐をつける。
子供の頃に見た、空飛ぶ荷車みたいなもの。
……それをそのまま形にする。
すると。
緑色の淡い光が集まり、空中に檻が組み上がった。
倒れた豚の魔獣が、すぽっと収まる。
同時に、檻の先に紐が生えるように伸びた。
檻は、ふわりと浮いた。
「……え、できた」
俺は紐を握る。
すると檻がすっと追従する。
……軽い。
まるで羽のようだ。
「魔法やばくね? なんでもできるじゃん……」
便利すぎて逆に怖い。
こんなの、文明が滅びるだろ。
いや、文明の前に俺の生活が壊れる。
俺は軽く頭を振り、急いで野営地へ戻った。
裸踊り回避のために。
野営地に着くと、ローワンとベイリーが川辺で待っていた。
俺が檻を引きずって現れた瞬間。
ローワンが目を丸くする。
「……もう捕まえたのか? それはなんだ?」
「豚? ですかね」
ベイリーが呆れたように言った。
「いや、その運んでる“檻”が何なのか聞いてるんだよ」
「ああ……なんとなく魔法でできないかなって思ったら、できたのでこれで運んできました」
俺がそう言うと、二人はぽかんとした。
沈黙。
そして――
ローワンが大きく息を吐いた。
「……流石だな」
ベイリーも額に手を当てる。
「いや、便利すぎだろ……」
ローワンは肩をすくめ、俺を見て言った。
「今回の旅での食料調達は、たけるに一任する」
「……え?」
「お前がやる方が早い」
「……わかりました」
よく分からないが、俺はこの旅の“食料担当”になったらしい。
なんでだ。
狩りゲームのルールが崩壊してるじゃないか。
その後、ローワンとベイリーが馬の世話を始めた。
馬の毛並みを整え、水をやり、餌をやる。
手つきが慣れている。
俺はそれを見て、ずっと思っていたことを口にした。
「……俺も馬の世話、やってみたいです」
ベイリーがにやりと笑う。
「お、いいぞ。教えてやる」
俺はブラシを受け取り、馬の背を撫でるように整えていく。
猫や犬みたいに分かりやすく喜ぶわけじゃない。
でも、耳がぴくっと動いたり、息が落ち着いたり。
なんとなく、気持ちよさそうにしている。
それが嬉しくて、俺は夢中になった。
「……馬って、いいな」
ベイリーが笑った。
「だろ? 慣れると癖になる」
俺は二頭とも丁寧にブラッシングし、水をやり、餌を与えた。
気づけば、かなり満足していた。
そうしているうちに、先にコウヘイが戻ってきた。
肩に担いでいるのは――
「おお! 兎っぽいの捕まえたぞ!」
ローワンが頷く。
「よし、悪くない」
コウヘイは胸を張った。
「俺、狩りとか初めてだけど結構やれるな!」
「お前、調子に乗るなよ」
俺が言うと、コウヘイが笑う。
「たけるが豚持ってきてる時点で俺の勝ちはないけどな!」
確かに。
あれは反則だ。
最後に戻ってきたのはウィルだった。
……だが、手にしているものが違う。
草。
実のついた植物。
薬草みたいなもの。
あと、なんか根っこ。
全体的に地味。
ローワンが腕を組む。
「……ウィル」
「はい」
「今回の最下位はウィルだな!」
ウィルの肩がぴくっと動いた。
「食事の後に裸踊りを披露しろ! 楽しみにしているぞ!」
ベイリーも笑って追撃する。
「期待してるぞ! ウィル!」
ウィルは一瞬だけ目を泳がせたが、逃げられないと悟ったのか、小さく頷いた。
「……はい」
その返事が妙に素直で、逆に笑ってしまう。
俺は思った。
……可哀想だな。
でも。
こういうノリも、たまには悪くない。
俺は焚火の準備をしながら、ぼそっと呟いた。
「……ちょっとだけ楽しみになってきたな」
コウヘイが即座に頷く。
「俺も」
ウィルが聞こえないふりをしていた。
ローワンは満足そうに笑い、焚火を見つめる。
「よし。今日は宴だ。男だけの夜を楽しむぞ」
川の音と火の爆ぜる音が混じり合う。
空気は穏やかで、少しだけ騒がしい。
こうして。
俺たちの“男だけの旅”は、ますます馬鹿な方向へ進んでいった。




