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王の威厳と、王妃の好奇心

王の言葉を受け、謁見の間にわずかな緊張が走った。


 しずかの存在が目の前にあるというだけで、空気が妙に重い。

 ――いや、正確には「目の前にあるはずなのに見えない」という異常さが、皆の感覚を狂わせているのだろう。


 玉座に座る王カエサルは、低く咳払いをして場を整えた。


「よいか。しずか殿の存在は、この場にいる者のみが知るものとする。口外すれば国家反逆と同等に扱う。……命はないと思え」


 声は静かだが、威圧感は本物だった。


 その一言で、貴族たちの背筋が一斉に伸びる。

 ざわつきかけていた空気が、ぴたりと止まった。


 カエサルは満足そうに頷き、次に話題を切り替える。


「では、札の件についてだ」


 王の視線が、俺に向いた。


「正直に言おう。書かれている言語が分からぬ。ゆえに効力も、意味も、解析不能だ」


「……え?」


 誰かが小さく声を漏らした。


 貴族たちがわずかにざわめき始める。

 それも無理はない。王が「分からない」と明言すること自体が異常なのだ。


 カエサルは構わず続けた。


「宮廷特使アルバトス――他国の言語に精通し、各国を渡り歩く男だ。あやつを呼び、さらに複数の学者にも見せた」


 王の口元がわずかに歪む。


「……だが、誰も読めなかった」


 ざわり。


 空気が揺れた。


「はっきりとは断定できぬが、我らの知らぬ言語、あるいは別の世界の言語である可能性が高い。調査は続けるが……結果が出ることは期待しすぎぬ方がよい」


 その言葉は、貴族たちに向けたものではない。


 明らかに――俺と、しずかに向けられていた。


 俺は一瞬、しずかの顔を見た。

 相変わらず無表情だが、目だけが冷静に状況を理解している。


「わかりました」


 俺がそう答えると、しずかも小さく頷いた。


「……うん」


 王は満足したように頷く。


「また何か分かった場合、あるいは別の問題が起きた場合は呼び出す。その時は応じよ」


「はい」


 それで話は一旦終わった――はずだった。


 カエサルが手を軽く振ると、高位貴族たちは一斉に頭を下げ、静かに部屋を出ていく。


 謁見の間に残ったのは、

 俺としずか、王カエサル、王妃ユリアナ、ガラテアだけだった。


 空気が少しだけ柔らかくなる。


 そのタイミングで、王妃ユリアナがふわりと微笑んだ。


「今回は、先ほどまでいた貴族達にしずかさんの存在を周知するために、黒髪のまま来ていただきました」


 ユリアナの声は柔らかい。

 だが、内容は冷静で現実的だ。


「ガラテアから聞いています。外出の際には髪色を金に変えるのですよね?」


「はい」


 俺が答えると、ユリアナは興味深そうに首を傾げた。


「その魔法を行使する上で、不都合や副作用などはありませんか?」


「今のところはありません。試しましたけど、特に体調が悪くなるとか、そういうこともなくて」


「そう……」


 ユリアナは小さく頷いたあと、少しだけ悪戯っぽい顔で言った。


「それなら、今度私の髪色も変えてもらえるかしら?」


「……え?」


 俺が間抜けな声を出した瞬間。


 カエサルがものすごい勢いで反応した。


「何を言っておる!?」


 椅子から立ち上がりそうな勢いで、王が声を荒げる。


「髪色を変える必要などあるものか!」


 ユリアナは全く動じず、湯気が立つ紅茶でも飲むようなテンションで返した。


「少しくらい試してみたいではありませんか」


「気持ちは分かるが、そんなことをせずともお前の髪色は美しい。変える必要などない!」


 突然始まった夫婦の会話に、俺としずかは黙って見ていた。


 ガラテアだけが、なんとも言えない顔をしている。


 ユリアナは優雅に微笑みながら、追撃する。


「その言葉は嬉しいですけど……少し違った私を見てみたくはないですか?」


 カエサルが、ぴたりと固まる。


「……それは」


 言葉を詰まらせた王に、ユリアナは勝ち誇ったように微笑む。


「ふふ」


 そしてカエサルは、観念したように咳払いをした。


「……興味がないと言えば嘘になるな」


 その瞬間、ガラテアが一歩前に出た。


「お二人とも。そのような会話は部屋に戻ってからにしてくださいませ」


 声は丁寧だが、圧が強い。


 王と王妃は、同時に「うっ」となったような顔をした。


 俺は心の中で、ガラテア強いな……と思った。


 カエサルは咳払いをし、威厳を取り戻したように言う。


「う、ううん。……しずか殿はそのまま戻ってもよいが、平民街では目立つであろう。馬車を出す。ガラテアの部屋で着替えてから帰りなさい」


「ありがとうございます」


 しずかが淡々と礼を言う。


 解散の流れになりかけたその時、俺は思わず声を上げた。


「すみません!」


 カエサルが立ちかけた身体を止め、椅子に座り直す。


「何かあるのか?申してみよ」


 俺は少しだけ迷ったが、ここで言わないと面倒になる気がした。


「街の店主のアブソルに頼まれてまして……魔石を確保しに行く必要があります。そのため、数日街を離れたいです。許可をいただけますか?」


 王は目を細める。


 少しだけ考え込んだ後――答えたのはユリアナだった。


「そういうことでしたら、問題ありませんよ」


 即答だった。


 カエサルも頷く。


「うむ。許可する」


 ほっとしたのも束の間。


 ユリアナが続けて、さらっと言った。


「ただし、運搬や護衛も必要でしょう。以前アスタナを護衛した者――いつもの護衛二人と、ウィルも同行させなさい」


「えっ……」


 正直、過剰な気もしたが。


 この国にとっては魔石が重要なのだろう。


「……ありがとうございます。助かります」


 俺が頭を下げると、ユリアナは満足そうに微笑んだ。


「気を付けて行ってきてくださいね」


 こうして俺は、しずかをガラテアに任せたまま、

 一足先に城を後にすることになった。


 ――そして。


 この時点で俺はまだ知らなかった。


 城の中で、しずかが妙なテンションで“何か”を仕込んでいることを。

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