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第5話 恋人


 丸い瞳。薄く色づいた唇。ウェーブがかった髪は自分で巻いたのだろうか。黒縁眼鏡が少し野暮ったい感じがしたけれど、そんなのは関係ない。眼鏡を外したらモテにモテて、なんていう漫画のような展開になったら困る。

「かっ……わいかったー……」

 下腹部を押さえてベッドに倒れ込む。目を閉じて先ほどまで一緒にいた男を思い出した。ゲーマーらしく日に焼けていない白い肌に形のいい鼻。ずっと隣にいたから、横顔ばかりだ。

 冬芽レイのバーチャルアバターより現実のレイ―本名はきっと違うだろうが―の方が好みの顔だった。もちろん小森冬雪を加えても、本物のほうがいい。

「冬芽レイ、……レイ」

 名前を呟く。本当に、よくない。会わなければ良かった。後悔と歓喜が身体の中で綯い交ぜになる。

 練習で疲れていただろうに打ち上げまで来てくれたし、ライブのために頑張っている話もそうだが、普段接している通りの優しい人だった。

 記憶に残っている映像を反芻するたびに体温が上がっていく。だめだ、我慢できない。

 高校生の頃、好きな女の子で自慰をしてしまったという話が聞こえてきたことがある。当時の春斗には、自慰といえばグラビアアイドルの際どい写真やアダルトビデオを使って想像するという知識しかなかった。高校一年生だった。

 好きになったのは同じクラスで出席番号が一つ後ろの梅津という男子生徒。身長が伸びる前の春斗より小さくて、黒髪で、気が弱いタイプだったと思う。名前順で並べられた机の前の席も隣の席も女子生徒で、声を掛けたのは消去法だった。そこで同じMMORPGゲームが好きだと分かり、次の日には通話をしながら同じミッションに挑んだ。趣味が同じだということで心の距離が近くなるのも早かった。

 彼を好きだという自覚を持ったのは、笑顔を可愛いと感じた瞬間だ。

 それから好きな子で想像してもいいと知った夜、梅津で抜いた。出した後に後悔するまでがセット。ただ、周りの男子生徒と違い告白もできないのだからこれくらいは許されるだろう、なんて傲慢に考えていたとも思う。

 可愛いと思う瞬間が好きになる瞬間なのだろう。春斗の中ではそうだった。

 レイは、顔も態度も可愛かった。イベント会場のバックルームで不安そうに立っていたのに、声を掛けたのが春斗だと分かった瞬間にあからさまに安心した顔をした。あんなに信頼を預けられて可愛いと思わないわけがない。好きになってしまった。

 幼さの残ったあの顔が快楽に染まるところが見たい。春斗の手でどろどろに溶かしてしまいたい。

 思い出すレイの顔に知っている面影を見つけた気がして、記憶を探る。

「……yu1taか」

 呟いてため息を吐いた。つくづく、好みのタイプというものは変わらないなと呆れる。

 yu1taは、春斗のチームメイトだった男だ。彼もレイと同じような、年齢より幼く見られる顔立ちをしている。自分でも素直すぎると思うくらいに同系統の顔だ。

「ごめん、れい」

 小さく謝って起き上がり、邪な妄想を飛ばすように首を振った。

 グラスホッパーの新サービスを試させてほしい。そんなメッセージが飛んできたのはその翌日のことだった。セリ鯖には何組かの男女カップルがいる。春斗が演じるハルもそのうちの一組だ。サーバーの歴史上ではもっとも新しいカップルになる。わざわざそんな自分たちに話を持ち掛けてきたのはカナリアだ。

 現実の恋人たちが行うデートの中には、レストランでの食事がある。が、セリ鯖にはそういった、デートに使えるようなコースメニューを提供する店が存在しない。カナリアはハルに恋人が出来たあとから構想を練っていたという。ありがたいやら恥ずかしいやら、言葉にし難い感覚を覚えた。

 誘いを断る理由は特にない。ただし、冬雪だけではなくプレイヤーに対する好意を自覚してしまった以上、彼女を誘う行為にすこし緊張した。とにかく打診してみようとメッセージを送って、あっさりモニターが決まる。それはそうだ。ゲームの中のハルと冬雪は恋人同士なのだから。

 果たしてモニター体験日、食事を堪能したのち、意見を出し合った。一通り済ませると、カナリアから雑談を持ちかけられる。話題は二週間ほど前のリアルイベントについてだ。とはいえ、ハルも冬雪も出演はしていない。

 レイを送り届けたあとに自身がしたことを思い出してしまうので、極力イベントには触れないようにしてきたが、こういう時はそうもいかなかった。

「俺も行きたかったなあ」

 カナリアが羨むような声を出す。プレイヤーであるowlは高知県に住んでおり、イベント当日は仕事の関係上どうしても行けないと言っていた。プロを引退してから家業である産業廃棄物運搬関係の仕事に従事しながら時々ゲームをしているという彼のスタイル上、仕事が休めずに飛行機に乗れないというのは仕方がないことだろう。

「カナリアさんにも会ってみたかったです」

「えっ、嬉しいこと言ってくれるねえユキちゃん! ハルとは会えた?」

「会えました。打ち上げですけど」

 カナリアに会う必要なんてない。器の小さい嫉妬にモニターの前で唇を尖らせる。

「私がお酒飲んで寝ちゃったの、送ってくれたんですよ」

「え、送り狼ってこと?」

「ばっ、お前、……現実とロールプレイを混同する視聴者みたいなこと言うなよ!」

 慌てて発言したせいで思うより大きな声が出た。この場合の送り狼は冬雪に対するハルではく、レイに対する春斗という意味になる。ロールプレイではなくプレイヤー同士のやり取りを指すなら今後のためにも否定しなければと思った。春斗はレイのことが好きだけれど、レイはそうではない。彼で抜いた罪悪感も相まって必死の否定になってしまった。

 コメント欄には「草」「刺すな刺すなw」という文字が流れていく。春斗の焦りが伝わっていなくてよかった。

 すぐに謝って話を変えてくれたカナリアのおかげで変な空気は続かなかったが、なんとなくぎこちないまま冬雪と別れる。

「じゃ、今日はここで終わります。体験面白かったし、いろんなカップルのデートが見れるといいね」

 努めて明るく挨拶をした。お疲れ様、ありがとうなどのコメントの中に「運動会のメンツ知りたい!」というものがあった。

「あー、そっか。ちょっと待って」

 インターネットブラウザで所属している事務所のSNSを確認する。「Gaming Box冬の大運動会!」と題したイベントが発表されていた。三日間で事務所所属の配信者たちが五つのゲームをプレイするというものだ。それぞれ勝者には景品があるらしい。小さな大会と言ってもいいだろう。

「これね」

 そう言ってブラウザをキャプチャし、配信画面にイベント特設サイトを映す。一日目から三日目までタブが分かれていて、それぞれにゲームタイトルと参加者が記載されていた。

「一緒に見てくか。俺はまずここね」

 一日目、ゲームタイトルはBattle(バトル) of(オブ) Legends(レジェンド)MOBA(モバ)と呼ばれる種類のゲームだ。BoL(ボル)は五人一チーム、五対五で戦うシステムである。

「チームBのほうにドラフトしてもらった。Xai(カイ)さんに選んでもらったからには五番手とはいえ頑張んないとね」

 出場しない二日目もざっくり見て、三日目のタブを開く。

「三日目はここ。XXXな」

 ゲームタイトルをカーソルでぐるぐる囲う。プロとしてプレイしていたゲームだ。事務所内の小さな大会とはいえ、また選手として出場することになるとは思わなかった。実際、マネージャーから連絡が来たときは一度断っている。

「リーダーしか出てないけど、まあ、俺も含めまだチーム決まってないんだよね」

 特設サイトにはチームが決まった場所から埋められていくと表示されている。現状揃っている場所は一チームもなかった。

「あと一人探しててー……。決まったらSNSで言うよ。予想しといて」

 どっちも頑張りたいね、なんて言いながら配信を締めた。

 三人一組のチームのうち、一人はリッカという男性バーチャルストリーマーに決まっている。リッカはセリ鯖の管理者でもあるセリが社長を務めているバーチャルストリーマー事務所に所属しており、友人づてに知り合ってから何度か配信上で一緒にゲームをした仲だ。

 最後の一人が決まっていない。運営スタッフからは、ランクが低い、もしくはプレイしたことないくらいの配信者を探してくれと言われている。パワーバランスを保つためだ。もともとプロプレイヤーだった春斗の交友関係上にそういう人間は少ない。

 一時期配信者間で爆発的に流行したゲームということもあり、FTSOで出会った人の中でもほとんど触ったことがない、という人を探すのが難しかった。

「そろそろ決めなきゃだよなあ」

 イベントの告知が出たからには早く見つけたほうがいいだろう。心当たりがないわけでもないが、話を聞く限りライブまで忙しそうで声を掛けづらい。それに、今声を掛けるということは彼ともっと一緒に時間を共有したいという下心も込みになる。

 春斗はツールズで冬芽レイのチャットタブを開く。しばらく悩んで、閉じた。リッカからは誰でも大丈夫という許可をもらっている。喋る頻度が少ない人も候補にいれてみてもいいかもしれない。長期間練習するわけでもない軽い大会だ。

 SNSのフォロー欄やStream Channelの新着動画一覧を見ながら二時間ほど考えて、結局、再びレイのチャットタブを開いた。

 自分に素直になろう。声を掛けて断られたらそれでいい。もし一緒にやってくれるなら、やりたい。

「さっきはコース体験ありがとう。全然関係ない話なんだけど、今度うちの事務所でこういうイベントがあります。同じチームでXXXをプレイできる人を探してるんだけど、一緒に出ませんか」

 イベント特設サイトと、チームメンバーの紹介代わりにリッカのStream ChannnelのURLを貼り付けてメッセージを送信した。

 冬の大運動会、と題したイベントは十二月の十二日から十四日にかけて行なわれる。十二月と一月は配信者も様々なイベントがあり、予定があって出られないという回答が返ってくる可能性もある。レイも事務所所属の身だ。参加するにしろマネージャーを通して会社にお伺いを立ててからとなる。返答は早くないだろう。春斗はツールズを閉じて夕飯を作ることにした。

 レイから返事が来たのは翌日の昼。

「予定は空いてるけど、僕、XXX全然やったことないよ?」

 出てくれるかもしれない。レイからの文章を読んで心臓が高鳴った。

「全然やったことない人を探してるので、空いてるなら出てくれると嬉しい」

 今度はすぐに返答が来る。

「そういう事なら出るよ。でもちゃんとやりたいから教えて」

 講師の約束までついてきた。緩む口元をそのままに、お願いします、と送った。早速リッカにもメンバーが決まった旨を伝え、三人のメッセージグループを作る。練習は数回、本番はたったの一日だけれど、プロとしてプレイするほど好きなゲームで想い人と同じチームで遊べるのは、とても楽しみだ。


 ***


 つい数日前まではアウターが不要だったのに、気がつけばコートの出番がやってきていた。とはいえ防音室は密閉された空間かつパソコンからの熱気で寒くはない。エアコンを冷房運転することもあるくらいだ。

 春斗は時期外れの半袖ティーシャツを着てモニターの前に座る。自分に向けるカメラの電源を入れて接続を確認し、配信で映る画面上にワイプを置いた。GB運動会というロゴを配信画面の左上に出す。その下にコメントを表示させてレイアウトは完成だ。

「ふー……」

 大きく息を吐く。集合時間まであと十分。

 二週間ほど前、レイに乞われてXXXのレッスンをした。それからチーム練習として二人や三人で何日か配信上でプレイもした。練習してしまったからこそ緊張する。

 マウスを握る指先が震えて、一度手を離した。目を閉じて椅子の背に凭れる。今日はたった三戦だ。すべての試合で最終円―最終の安全エリアのことだ―に残れば優勝の可能性がある。レイは今日のために二週間練習してくれていた。その努力に報いたい。

 そう思えば思うほど失敗の可能性が脳裏を過る。

 プロ引退を決意した最後の試合のようになるかもしれない。あの時は、最終円で指が引き攣って銃の誤射をしたことが原因で敗北した。春斗のせいで世界大会の切符を逃したのだ。前の年も、次の年も世界大会までは進めている。あの年だけだ。

 最終試合の前に行った試合で、安全エリアの収縮にあと一歩のところで追いつけなかったyu1taが欠けたせいで部隊が早期壊滅となったこともあり、yu1taは「H4ruのせいじゃないよ」と言ってくれていた。好きな人にそうして慰められることはただただ苦しい。最終円で自分が撃ち勝てていればyu1taのミスなどなかったことになって世界大会へ行けたはずなのだ。

 春斗とyu1ta、owlの三人とも、二度目の世界大会への切符がかかっていた。二人と事務所に申し訳ない。ひたすらそう思った。

 春斗は勝負を背負うという重圧とインターネット上での非難のランに耐えきれず、パソコンの前に座れなくなり、プロをやめる決断をした。yu1taへの恋心も一緒に捨てた。

 もうパソコンの前には座れるようになったし、FTSOでのリハビリを経て普通の配信でXXXをプレイできるようにもなった。

 今まで大会の誘いは断ってきたが、今日のこれは事務所の大きいイベントということもあり、マネージャーに押し切られた。けれど、いい機会だとも思う。レイとFTSO以外で遊ぶことができたことも嬉しかった。この先ストリーマーとして活動していくにも大会は避けて通れない。所属がゲーミングチームならなおさら。

 今日は優勝できなくてもいい。せめて最下位だけは避けよう。

 目標を低く設定して目を開ける。ヘッドセットを装着してボイスチャットに参加した。既にリッカとレイが入っている。

「おはよう」

 時刻は午後三時。大会は三十分後からだ。各々から挨拶が返ってくる。

「配信っていつから始めたらいいかな」

 リッカが訊ねた。

「それ僕も聞きたかった」

「ああ、多分もういいと思うよ。招待コードだけ気を付けてもらえれば」

 三枚目のモニターにメイン配信を映しながら答えた。メインの方では参加者の紹介をしている。このあとルール説明をしてから試合開始だ。

「みんなメイン配信見てるの?」

「俺は見てる。もうそろ俺ら紹介されると思うよ」

「僕も見ようっと」

 今日のチーム名は「立春冬(りっしゅんとう)」。これは視聴者の案を採用したものだが、戦場で殺し合いをするにはきれいな名前になってしまった。チーム名と共にメンバーが読み上げられる。

「こういう大会初めてだから緊張してきた」

 レイがか細い声で呟く。

「大丈夫だよ。三番手の人、そういう人たちが多いから」

「そうそう。俺らについてくれば大丈夫」

 メイン配信では「唯一神(ゆいいつしん)」というチームが紹介されている。リーダーはyu1taだ。参加することは知っていたが、改めて見ると身が引き締まった。元チームメイトで、今でもプロシーンに居残っているのは彼だけ。だから、強いことは知っている。勝ちたいとは思わないけれど、情けない姿は見せたくないと思う。

 全十五チームの紹介が終わり、今日限定のルール説明が始まった。

「俺、そろそろ配信つけるね」

 断ってから配信開始ボタンをクリックする。ボイスチャットのマイクをミュートにして視聴者へ挨拶をした。

「コメント欄で俺のことを言うのは良いけど、熱くなりすぎてメンバーとか他チームを叩いたりしないでね。ほぼ初心者がいることを忘れないように」

 大会ではありがちなことだ。プロプレイヤーならまだしも、はじめたてのレイに暴言など吐かれたらたまらない。

 春斗はあの時一生分以上の罵詈雑言を浴びたため何を言われてもいいが、チームメイトの失敗が指摘されるのは嫌だ。したくて失敗しているわけではないことを痛いほど知っている。

 視聴者へきちんと釘を刺してからボイスチャットへ戻った。ほどなくして、第一試合が始まる。

「右から来る。リッカ」

「はい」

「後ろからも足音!」

「それ俺がやる」

 撃ちやすく移動がしやすい真ん中にレイを置いて、前と後ろを守る。練習ではこれでいいところまでいった。一番慣れていないレイを先に死なせてはいけない。

 第一試合は出会う部隊に次々撃ち勝って最終円まで生き残った。

「あーやばいこっちいる! 無理」

 残り四チームとなったところでリッカから部隊を崩され壊滅。

 第二試合は移動が遅れて、それでも最終円手前まで他のチームを退けながら生き残った。

「あー、惜しかったー」

「ごめん、死んじゃった」

「どんまいどんまい」

「出遅れたにしては良い順位じゃない?」

 レイはよく頑張っている。慣れてない人を選んでいるのだから、元プロである春斗や恒常的にプレイしているリッカのようにいかないことは承知だ。

「たしかに。さっき四位だったしね」

「まだワンチャンあるかなあ」

「あるだろ」

 実力差を考慮して三試合とも十位以下で終わる、という展開を予想していたが、案外上位に残れている。最終試合の撃破数と順位次第では優勝もありえるかもしれない。

 どき、と心臓が跳ねる。優勝。指が震えそうになった。モニターから目を逸らしてペットボトルの水を飲む。今日はワイプがあるから、春斗の動きは全て見えているのだ。落ち着け。そう自分に言い聞かせる。

 そして第三試合が始まった。

「エリア南だ。銃拾ったらすぐ行こう」

 広大なフィールドが時間経過と共に崩れ落ちていく。エリア外に残っているとゲームオーバーだから、北側にいる春斗たちは速く移動をしなければならない。ランダムで発生する銃と弾、盾を拾って南へ移動する。

 安全エリアの端っこから前にいる部隊を狙う。自分たちが通る道にいる部隊を全て蹴散らしていけば順位は確実に上がるはずだ。

「ハルさん、ちょっと待って」

 リッカの声に、前方向を入力していたキーボードから中指を離す。後ろを振り向くとレイが少しだけ遅れていた。

「ごめんごめん。まだ余裕あるからゆっくり行こう」

 焦るな。自分を戒めて短く息を吐く。

「ありがとう。岩に引っかかっちゃった」

「わかる。俺もよくやっちゃうよ」

 崩れないように移動して、背後から別のチームを狙撃し、三試合目も最終円までやってきた。残りは三チーム。春斗たち以外の二チームでやり合ってくれれば、それを後ろから刺すだけで勝てる。

 そう思って隠れていた家の外壁から顔を出した。

「いる!」

 角で分からなかったが、敵チームが近くに待機していたらしい。頭を出した春斗を狙って撃ってきた。体力が半分以上削れる。敵が追ってくる。

「カバーする」

 リッカが春斗の前に出る。レイも続いた。春斗は回復アイテムを使って五秒、回復するのを待つ。ほんの一秒で勝負が決まる世界だ。

「やったやった、二人だった」

 リッカが報告する。

「ナイス!」

 つい声に力が入った。あと一チーム壊滅させれば、勝ちだ。右上に出ている撃破数を数えて確信する。

「ちょっと削れちゃったから回復使う」

 レイの報告にオーケー、と答えて銃を構えた。敵チームはきっともう距離を詰めてきているだろう。先ほど春斗が考えたように、二チームでやり合っている間に動くのがセオリーだ。漁夫の利という言葉の意味を知るにはピッタリのシチュエーションである。

「ハルさんこっち!」

 リッカがシグナルを出した方向へ銃を向ける。彼と並んで慎重に進んだ。背後ではレイが回復中である。

 目の前のコンテナの影から敵の頭が見えて引き金を引く。タイミングが遅く、全弾コンテナに当たった。くそ、と内心で悪態を吐く。

「回復できた」

「よし。詰めよう。リッカは左、レイは俺と一緒に右から」

 コンテナを左右で挟み撃ちにする作戦だ。コンテナ裏に敵チームが三人とも揃っていれば勝てる。春斗とレイはコンテナの右側に走り込んだ。

 裏にいたのは、二人だった。

「ワンやった!」

「リッカ後ろ!」

 一人をリッカ、もう一人を春斗が撃破する。挟み撃ちのおかげで二人は倒せたが、最後の一人がコンテナからすこし離れた岩陰に隠れていた。岩陰から、リッカが撃たれる。

 おもわずレイの前に出た。春斗に敵の弾が当たって体力ゲージが削れていく。右クリックで発射される弾の照準が岩陰の敵に合わない。倒せない。焦って無駄撃ちをしている間にこちらの体力が尽きた。

「あ……」

 また、勝てない。負けてしまった。一瞬で身体が固まる。

「よっしゃー!」

「やった! 勝てた!」

 しかし、ヘッドフォンから聞こえてきたのは歓喜の声だった。はっと我に返る。モニターには「You Win」の文字。

「……勝った?」

「勝ったよ! ハル! 当たった!」

 岩陰の一人は、どうやらレイが春斗の後ろから発砲した弾で倒れたらしい。理解すると、じわじわ喜びが湧いてくる。

「そっか。……そっかぁ」

「これ総合優勝あるかも」

 リッカの言葉を聞いて、春斗はモニターに再びメイン配信を映す。集計中で、実況解説がリプレイを見ながら喋っているようだ。リプレイには春斗たちが戦っている姿もある。

「すみません運営スタッフです。勝利者インタビューいいですか」

「あ、はい」

 忘れていた。各試合の一位は勝利チームとしてインタビューをされるのだ。メイン配信の画面にはチーム名と各々のアイコンが表示された。マイクに音が乗らないようこっそり深呼吸をする。何でもないように振る舞えているだろうか。指先が震えている。

「それでは、立春冬の皆さんです。第三試合勝利しましたがいかがでしたか? リーダーのハルさん」

「はい。まずはここまで練習したり一緒にやってくれた二人に感謝ですね。練習でもあんまり一位取れなかったので、素直に嬉しいです」

「ハルさんの現役の時を感じさせる移動ムーブも要所要所で見ることが出来て、実況解説は盛り上がってましたよ」

「あはは、ありがとうございます」

 受け答えは思いのほか冷静にできた。じわじわと、勝ったのだという実感が追いついてくる。

「プレイで魅せていたといえばリッカさん」

「え、はいっ」

「かなり撃破数多かったですが、いかがでしたか?」

 指揮をする春斗より、リッカの方が撃破数が多い。春斗の指揮のないところでも、その嗅覚で敵に弾を当てていたから当然だろう。

「いやー、三人で助け合った結果だと思います。実際最後真っ先にやられちゃいましたから」

「それでも確実にチームへ貢献していたと思いますよ。で、最後と言えば、最後の最後、勝利を決めたのは冬芽レイさん。いかがでしたか?」

「えー、っと、こういう大会初めてだったんですけど、勝てて、良かったです」

 ライブで三周年と言っていたから新人ではないはずなのに、インタビューに不慣れなところがかわいい。にやけそうになる口元を締めて、メイン配信を見るふりでカメラから顔を隠した。

「そう、レイさん初めてなんですよね。初めてでこれは気持ちいいですねえ」

「いやあ、もう、そうですね。誘ってくれたハルに感謝です」

 勝利者インタビューを終えて、総合順位発表を見守る。十五位から十位、九位から五位までの発表に、立春冬はなかった。

「え、どうしよう、どきどきする」

「あと四チームか……」

 コメント欄でも「ワンチャン優勝!」「いけるぞ」などと書かれている。彼らは設定により五分ほど前の映像を見て発言しているが、気持ちは一緒だ。

「次一位の発表だって」

 音ありで見ているのだろうリッカがそう教えてくれる。メイン配信の画面上で、一位のための映像が流れた。ぱっと現れたのは、「立春冬」の文字。

「わっ、優勝だ」

「やばい、まじで優勝じゃん」

 レイとリッカが反応する。春斗は遅れて呟いた。

「……ほんとに、優勝した……」

 最終円で自分が撃ち勝ったわけではない。それでも勝てた。メイン配信の画面を凝視したまま固まる。

 少しだけ、過去の自分が救われた気がした。


 ***


 運動会の優勝商品として都内高級焼肉店の食事券十万円分をもらった。三人で十万円だ。みんなで行こうね、と予定を合わせた。

「これでいいか」

 ジーンズ生地のセットアップの中に淡いイエローのシャツを着て鏡の前に立つ。チェーンネックレスを着けて完成。レイに会うのは二回目だけれど、いい格好で会いたかった。

 マネージャーから、事務所に取りに来れば渡せますと言われたので待ち合わせ時間より前に都内にある事務所へ顔を出した。レイはレッスン終わり、リッカは事務所での用事を済ませてから集まる。店は夕方七時からで予約した。

「あれ、H4ruじゃない?」

 会議室を目指して事務所内を歩いていると、背後から声を掛けられて振り向く。そこにはyu1taが立っていた。

「……yu1ta」

 記憶より大人びた、それでも童顔の青年。春斗と同い年で、二十歳のはずだ。

「久しぶり」

 彼には引退以降連絡をしていない。春斗が連絡を返せなかったからか、最後のメッセージ以降は全くやりとりがなかった。

「事務所に来るなんて珍しいね。どうしたの」

「賞品もらいに来た」

「あー! そうだ。おめでとうだね」

 yu1taは胸の前で小さく拍手をする。ありがとう、と礼を言った。

「強かったよ。途中でおれ轢き殺されたの気づいてなかったでしょ」

「……あんま、名前まで見る余裕なかったわ」

「んはは」

 本当に気がついていなかった。レイに敗北の記憶を残したくないことと、久しぶりの大会で必死すぎたのかもしれない。

「……競技、戻らないの」

 控えめに訊ねられる。春斗が戻らないことを分かっていて訊いているような、そんな雰囲気があった。

「戻れないよ」

「戻れるよ。お前とまた、」

「ありがとう。yu1taが俺を買ってくれてるってだけで嬉しいよ。俺は今のままでいいって思ってるから」

 早口で言い切って、じゃあね、と背中を向ける。

 今更あの頃のようにXXXに没頭することは出来ないと思う。自身がプレッシャーにさほど強くないことを知ったし、反射神経などが求められるFPSではより若い方が有利だ。二度目は無理だったが一度でも世界大会に出られたことを誇りに思う。

 マネージャーと待ち合わせた会議室に入り、そこで仕事をしていた彼から食事券をもらった。

「おめでとうございます」

「あざす」

「H4ruさんの活躍見て、今後はもっと事務所の大会に出てもらわないとなあと思ったので、覚悟してくださいね」

「えー……勘弁してください」

 所属事務所であるGaming Boxではほぼ毎月ゲームの大会を開いている。全国だの世界だのという規模ではなく、オーナーやそのチームのリーダーになった人が呼びたい人を呼ぶ遊びの大会だ。ゲームタイトルはその時々で違う。

「もったいないですよ! 断ってもいいですけど、諦めませんからね!」

 前のめりで詰め寄られ、曖昧に返事をして逃げるように事務所を出た。待ち合わせの時間には余裕で間に合う。

 大会もXXXとは別のタイトルなら出てもいいのかもしれない。マネージャーもyu1taも恐らく、春斗に向き合えと言いたいのだろう。プレッシャーから逃げるな、ゲームから逃げるな。あんなに真剣に向き合って技術を培ってきたのにもったいない。言いたいことはこう。たまに同じようなことを視聴者からも言われる。

 電車の車窓を通り過ぎていく景色を眺めた。

 自分でも分かっているのだ。FTSOで銃を持たないのは逃げ。もちろんメカニックもとても楽しいけれど、最初にギャングを選ばなかったのは緊張感のある撃ち合いをしたくなかったからだ。ずっと緊張感のあるゲームをしてきたから、ゲーム内でのんびりした人生を送れることもとても魅力的だった。

 目的の駅に着いて電車から降りる。待ち合わせ場所と決めたモニュメントの前まで歩く。時間まであと十分だった。

「……レイ?」

 以前会った時とは違い、白いファーのキャップとマスクで顔はほとんど見えない。髪は後ろで括っている。けれど背格好と黒縁眼鏡がれいだった。

「ハル」

 僅かに顔を上げたれいが小さく名前を呼ぶ。

「早かったね。寒くない?」

 グレーのロングコートに白マフラー、黒手袋の重装備だ。対する春斗はジーンズのセットアップの上に合皮のジャケットを羽織っているだけ、という軽装である。

「練習早く終わったから」

「お疲れ様。ライブ来月だっけ」

「うん」

「楽しみだなあ」

 4SEASONSのライブは来月、二月の中旬。かなり早い段階から招待をもらっていて、春斗も楽しみに予定を空けている。

 ブー、とマナーモードにしていたスマートフォンが震えた。リッカからの電話だ。

「もしもし?」

「着いたんですけど、もういます?」

「いるよ。あ、あれか」

 見回した先にスマートフォンを耳に当てて立っている青年を見つける。恐らくあれがリッカだろう。レイいと同じバーチャルストリーマーであるため、顔を見るのは初めてだ。

「お待たせしました。あ、レイさんです?」

「はい。初めまして」

 軽く挨拶をして三人で焼き肉店に向かう。予約の猪狩です、と告げると広めの個室へ案内された。左右に二脚ずつ置かれた椅子に、春斗とれい、リッカで分かれて座る。顔が見たかったからレイの対面が良かったなと思ったが、今から座り直す適当な理由が見つからずに諦めた。

 上質なタンから始まり、あれこれ言いながら肉とアルコールを頼む。練習時の楽しかったことや本番当日の緊張感などを話しながらあっという間に三時間が過ぎた。

「じゃ、また遊びましょうね。お先に失礼します」

 店を出たリッカが先に帰るというので、春斗とレイは手を振って見送る。後ろ姿が見えなくなるまでそうして、手を下ろしたあとに顔を見合わせた。

 二次会と称して引き留めたい。しかし多忙そうなレイを引き留めるのはどうなのか。明日もきっと何かあるのだろう。

「僕、乗り換えが面倒だから地下鉄まで歩いて帰るね」

 どうしたら長く一緒にいられるかを考えている間にレイがそう切り出した。

「乗り換え?」

「うん。地下鉄からのほうが楽なんだ」

「あ、じゃあ送る」

 不自然だっただろうか。レイは少し首を傾げた。それから俯く。

「僕、女の子じゃないよ」

 寂しそうな声音だった。どうしてそんなことを言うのだろう。春斗が彼の事を冬雪と同一視していると考えているのだろうか。春斗として、レイと一緒にいたいからだということが伝わっていないかもしれない。

「知ってる。俺もそっちから帰るよ。もうちょっと喋りたいんだ」

 だから、何でもないことのように本音を言った。レイがわずかに顔を上げて、わかった、と頷く。

「大会、楽しかった?」

「うん。まだ全然へただけど、勝てて嬉しかった。チームが強かったね」

 小声で話しながら、地下鉄の駅に向かって歩きだした。

「優勝できたのは、レイのおかげだよ」

「そんなことないよ」

「いや、本当にそうなんだ。俺、最後の一人は全部弾外したんだよ」

 静かに告げる。無闇に自身のトラウマについて語る気はなく、先ほどの祝勝会ではリッカもいたため言わなかったことだ。

「照準が合わなくて、焦って外した。だめなんだ」

「だめ?」

「昔、プロだった頃、最終円のああいう局面でチームを負けに追いやった。そっからうまくいかなくて」

 無理矢理送ると言った上で暗い話をして申し訳ないと思ったが、レイにはどうしても感謝を伝えたかった。礼を言うにはこの話をする必要がある。

「だからあの時、俺が倒せなくてレイまで倒されるんじゃなく、レイが倒してくれて、すごく……、すごく、救われたんだ」

 自然と足を止めてしまっていた。一歩遅れて気がついたレイが振り返る。眼鏡のレンズの奥にある瞳をじっと見つめて白い息を吐いた。

「ありがとう」

 嚙みしめながら伝えると、レイはぶんぶんと首を振る。

「僕はなんにもしてない。夢中で撃ってただけだよ。それで勝てたんだから、ハルとリッカくんが強かったんだ」

「そんなことない。強かったよ」

 不毛な褒めの押しつけあいだ。春斗は一歩前に出る。

「俺、レイにはずっと助けられてるよ」

 好きだと思ったレイのことを、レイ自身がそんなに貶めないでほしい。春斗は必死に言い募る。それでもレイは首を振った。

「ごめん、ここまででいい」

 春斗に背を向けて、レイは急に駅の方向へ走って去ろうとする。

「待って、」

 慌てて手袋とコートの境目を掴んだ。

「っな、なに」

 振り仰いだレイが泣きそうな顔をしていた。どうして、と思いながら指に込めた力を強める。

「俺はレイが好きだ」

 思わず口が滑った。助けられているし、レイという人を好ましく思っている。それを伝えるにはこれしかない。言ってしまってから、きっと今のタイミングしかなかっただろうとも思った。

「きゅ、に、……そんな」

 涙目になったレイがその場にしゃがみ込んだ。春斗が掴んだ左手だけが宙に浮いている。

 スマートフォンをいじりながら通りすがる女子学生にちらりと見られ、春斗は周囲の建物を見回した。幸いチェーンのカラオケ店を見つけ、レイを無理やり引き上げ、そこへ連れて行く。店員に不審な目で見られながら受付を済ませて、個室のソファに座らせた。

 ドリンクバーからオレンジジュースと紙おしぼりを持って戻る。封を開けて手渡すと、レイは手袋をしたままの手でそれを受け取った。眼鏡を外して目元に紙おしぼりを当てる。

「ごめん」

 少し震えた涙声だった。ずず、と鼻を啜って大きく息を吸うと、いよいよ本格的に泣き出してしまう。

 待ち合わせ前に、何かあったのかもしれない。あの話の中にレイが泣き出すような要素はなかったと思いたいだけかもしれないが。

 これ以上言葉を掛けるのは難しかった。原因が分からないままでは無意識に傷つけるようなことを言いかねない。春斗は隣に座って静かにただ背中を擦っていた。

「きょう、……全然練習うまくいかなくて。本番まで一ヶ月で、一ヶ月毎日スタジオに行けるわけじゃないのに、僕のせいで全然合わなくて」

 嗚咽の合間に、レイが話し出す。

「うん」

「FPSも頑張ったけど結局下手なままなのに、ハルに感謝されるようなことしてないのに、今日褒められるのは苦しくて」

「……うん」

 ごめん、とは言わなかった。今日でなければ、もう少し春斗の感謝を受け入れてくれたのかもしれない。

「だからほんとに、ハルは悪くない。ごめん」

 謝るれいの背中を叩いた。

「謝らなくていいよ。俺はレイのことが好きだから、レイに自分をあんまり卑下してほしくなかっただけなんだ」

 今日がちょっとネガティブ思考の日だっただけなら、それでいい。春斗が救われたという事実は今更変わらないのだから。

「っそ、それは、友達として好きでいてくれてる、ってことなんだよね?」

 顔を上げたレイが春斗の顔を覗き込んで訊いてきた。泣いたせいで目元が赤くなっている。眼鏡を外した顔を初めて見た、と思った。今まで想像しかしてなかった顔だ。その想像も、いかがわしい想像ばかりだった。

 罪悪感で目を逸らす。全身が熱い。

「……え?」

 レイが戸惑ったような声をあげる。最悪だ。もちろん友達として好きだと即答できなかった自分が憎い。ここから入れる保険がほしい。

「う、うぬぼれて、いいの」

 ジャケットの袖をつままれる。今度は春斗が戸惑う番だった。

 レイに目線を戻すと、まだ丸い瞳で春斗を見つめている。なんと答えたらいいのか分からなくなった。

 代わりに手のひらでおそるおそる頬に触れる。顔を傾けて近づけた。嫌だとひっぱたかれたらそれでいい。触れる直前で目蓋を閉じた。

「ん、」

 そっと触れ合わせた唇を、離す。ゆっくり瞼を開いたレイが抱きついてきた。被っていたキャップが頭からずれる。

「うれしい」

 レイの声が春斗の服に吸われた。それは春斗のセリフだ、と思いながらなんといえばいいか必死に考える。

「恋人、ってことで、いい?」

 ようやく口に出せたのは、格好のつかない確認だった。

「ハルが、いいなら」

「ありがとう」

 レイを抱きしめ返す。思いもよらない急展開を飲み込めてない脳みそは、今この瞬間が幸福だということだけを認識した。


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