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第4話 初対面


 壁の一面が鏡になっているレッスンスタジオ。レイたち4SEASONS四人はライブの練習のためにそこに集まっていた。スタッフの一人が説明を始める。

「ライブまであと三ヶ月。今日からドキュメンタリーを撮らせてもらいます。事前に説明したとおり、ライブのDVDに特典としてつける予定です」

 映像を撮るためのカメラが練習場に設置されるという話だ。今の練習ではモーションキャプチャー用の器具を着けていないため、音声のみを使うのだろう。器具がないとバーチャルアバターの動きを反映させることが出来ない。

「今まで通りやってもらえれば大丈夫です。使えるものがなければリハの映像だけにするので」

 はーい、と全員で返事をする。

「では始めてください」

 スタッフがダンス講師へ引き継いだ。

 残り三ヶ月。曲は全部で二十曲。それぞれのソロ曲や、ペアでの曲を除くと四人で歌うのは十二曲。振り付けがあって踊るのは六曲。さすがに振り付けは覚えたが、今日からは細かいところを詰める作業になる。四人それぞれに動きの癖があるためそれを合わせていくのはかなり難しい。少なくともレイはそう思っているし、一番足を引っ張る自覚もあった。

 今日からはより一層気を引き締めなければならない。そうして休憩を挟みつつ五時間のレッスンを終えた。

「レイ、このあとホンマに買い物行くんか」

 床に倒れて天井を仰ぎながら、ハジメが訊ねてくる。今日のレッスンのあとに洋服を選んでほしいと頼んでいたのだ。

「無理かもー……。次空いてるときにして……」

「あはは、終わりすぎだろ」

 体力に余裕があるランが、転がっている三人を見て笑う。

「というかハジメと買い物ってどこ行くんだ」

「ああそれ、おれも気になってた。家電?」

 身体を起こしながら、オボロも訊いてくる。

 ハジメは家電オタクだ。洗濯機や電子レンジを買い換えるときは、ユニット内だけではなく事務所のスタッフにすら頼られている。

「ううん、洋服。僕ほんとに全然持ってないから」

 家電にも詳しいが、頼から見てユニット内ではハジメが一番おしゃれだ。サングラスやバケットハットなどの小物類もいちいち様になっている。

「あら。おしゃれに目覚めちゃって」

 オボロのそれは、まるで思春期の娘を揶揄うような口調だった。ユニット内の実年齢最年長で、コラボではよく世話を焼き、「ママ」と言われている。提出物の締め切りも全てまとめてくれていて、裏でもしっかり者だ。

「そんなんじゃないって。ちょっと、い、いっぱい人に会うから……」

 少し前に来ていた招待状。リアルミッションを見に行くことにしたのはいいが、打ち上げまで誘われてしまった。あるらしいけど行くか、と誘ってくれたのがハルだったため二つ返事で承諾したのだ。いい加減、ハルには会ってみたい。

 仮にもゲーム内の恋人に会うなら、ちゃんとした格好をしなければと思ったのだ。

「珍しいね。オフコラボでもティーシャツジーパンなのに」

「いいじゃん別にっ」

「ゲームの人と会うからおしゃれしたいんやって」

 かわええよなあ、とハジメが続けた。ユニット内の実年齢最年少だからか、一番身長が低いからか、無駄に子ども扱いをされることが多い気がする。

「あ、もしかしてFTSOの恋人か!」

 ランに言い当てられてぎくりと固まった。恋人、と大声で言われると恥ずかしい。そして訂正しないせいでレッスン室内にああ、と納得の空気が流れる。

「ランはなんで知ってんの……」

「おすすめに切り抜きクッソ流れてくるから見たんだよ」

「見たの!?」

「おれも知ってるよ」

「オボロまでぇ……」

 縋るようにハジメを見た。

「見るわけないやろ。オボロもランも物好きやなあ」

 よかった。一人が見ていないだけで救われる。身内だと思っている人間に見られるのはデートを覗かれるようなものだ。

「レイの彼氏さん、元々おれが見てたチームのプレイヤーだから気になったんだよ。ごめんね」

「その彼氏さんってやめてね? ロールプレイの中だけだから」

 穏やかに話すオボロは、見た目と物腰に反してFPSのプロシーンが好きだ。昔から追いかけているらしく、オボロ自身もFPSが上手い。事務所外の大会にもよく出ている。

「Gaming Boxだっけ。よく知らないんだけど、やっぱり強いの?」

 自分が標的の話を逸らすべく、オボロの得意分野に踏み込んだ。自ら調べるほどではないが気になっていたことでもある。丁度いい。

「GBはねえ、今年含めほぼ毎回世界大会まで行ってるよ。世界常連の日本チームはここだけだね」

 Gaming Boxの他にも、日本にはプロチームが存在している。いくつかは知っていて、けれどどこのチームがどう活躍しているのかは分からない。頼自身が今までFPSに触れてこなかったからだろう。

「H4ru選手が引退する前の最後の試合が、世界大会の切符を逃した試合。インタビューでは『来年は必ず』って言ってたけど、シーズン終わったらすぐに引退表明でいなくなっちゃったんだよね」

「へえー……」

「すっごい叩かれてたよ。最後におっきいミスしたのが二人で、二人とも」

 だろうな、と思う。世界大会なんて規模になって文句を言われないわけがない。しかもレイ宛てにくる「下手くそ」より改善の余地がない。努力で変えられる未来ではなく起きてしまった過去のことで責められるのだ。思わず眉間に皺が寄る。

「それを本人がどう思ってたのかは分からないけどね」

「俺みたいにガン無視するやつもいるからな」

 ランは、良くも悪くも自我が強い。やりたいこととやりたくないことがはっきりしていて、多少の誹謗中傷は気にせず、基本的に誰とでもスムーズに話せる。頼は逆立ちしたって彼のようにはなれない。

「そうだね」

 一区切りつくと、話しながらてきぱきと帰り支度をしていたランが「また明日」とレッスンスタジオを出ていった。

 オボロとハジメもようやく立ち上がる。

「レイ、帰らへんの」

「七時まで借りてあるって言ってたから、練習してから帰る」

 慣れない買い物に行く元気はないが、今日のおさらいをするくらいならできると思った。

「えらいなあ。そんなに気を張らなくても大丈夫だからね」

 配信予定を立てているというオボロと、体力が保たないというハジメも帰っていく。頼は深呼吸をしてから鏡の前に立つ。

 曲を口遊みながら動きの確認を始めた。

 歌もダンスも得意ではない。お荷物だ、と他メンバーのファンを装ったアンチにそう言われている。自覚があるから反論できないのだが、それでも頑張ると決めた以上は負けたくなかった。

 今頑張れることは今やる。アンチは行動で黙らせるしかない。このユニットでやっていく以上、自分がそう決めた以上は、努力するしかない。頼は残りの体力を振り絞って時間いっぱいダンスの練習をした。


 ***


 ユニットでのダンスレッスン、個人の歌レッスン、普段の配信、プロモーション配信。ほとんど休みなく日々を繰り返していく。

「レイ、服ちゃんと持ってきたか?」

 朝。レッスンスタジオに入ったところで、ハジメに話し掛けられた。

「持ってきたよ」

 いつものリュックとは別で手に持っていた紙袋を掲げる。ハジメに選んでもらった服だ。

「よーしよし。今日は早く終われるように頑張ろうな」

 頭をぐしゃりと撫でられる。子ども扱いするなと苦言を呈したことがあるが、これはハジメの癖みたいなものらしい。妹がいるのだそうだ。

 今日はセリ鯖のストリーマーがステージ上でパフォーマンスを披露するイベント「リアルミッション」の本番だ。本番と言っても頼が出演するわけではない。招待をもらって、観に行くだけだ。そのあとに出演者と観覧にきた配信者が入り混じっての打ち上げがある。

 ハルと初めて、顔を合わせる日。

 そわそわした気持ちを押し殺しながらレッスンを受け、練習をし、終了予定時刻の三十分前にお開きになった。

「レイ、早よ着替え」

 ハジメに急かされてジャージを脱ぐ。選んでもらった服を紙袋から取り出して身につけた。ワイシャツの上から首元が少し緩いニットを着て、パンツは裾が広がっているものを履く。

「ほなこっち座って」

 手招きで呼び寄せられる。大きな鏡の前に座らされ、コンセントにプラグを挿し込んだハジメが手に持ったものの電源を入れた。何をするつもりなのだろう。

「な、なにそれ」

「ヘアアイロン。見たことない?」

「……実家にあったかも」

 三人の姉のうち、二人は実家を出た。残った次女は「パパとママの老後の面倒を見るから」と実家で暮らしている。頼が実家を出たのは大学へ入学する時。それでも長く暮らしていたからか風呂場の鏡前に同じようなものが置いてあった映像が記憶の片隅に残っている。

「妹の借りてきてん」

 ハジメは現在高校生の妹と二人暮らしをしている。大阪で暮らしていた妹は、母が再婚し、再婚相手とわだかまりなく暮らしてもらうために大阪から避難してきたそうだ。

「地下アイドルの追っかけやっとって、よく『ヘアメしてー』って頼まれるんよ」

「それで勉強してちゃんとやってあげるんだから、えらいよね」

 いつの間にか頼の隣に椅子を持ってきていたオボロが感心したように呟く。オボロと並んで鏡に映ると、オボロの顔立ちが整っているのがよく分かった。ハジメが選んだという丸いフレームの眼鏡も似合っていて、こういう顔だったらもっとおしゃれしたかも、と意味のないことを考える。

 その間にもハジメの手によって肩までの髪の毛がストレートからウェーブになっていく。熱を与えるだけでこうなるのか、と感心しながら手元を追った。

「ワックスやってええか?」

「うん」

 鏡の中の自分を見ながら頷く。オボロがわざわざ髪の色を抜いているみたいに、頼も今日のために染めるくらいはすればよかった。ハジメの手によってワックスが手櫛で髪に塗布されていく。

「はい、髪はおーわり」

「わ、すごい」

 小さな歓声を上げて立とうとすると、ハジメに肩を押さえられた。

「まだやね。ついでやしメイクまでやるで」

「め、めいく……?」

「オボロの出番や」

 ハジメの指でせっかく整えた前髪を避けられ、クリップで留められる。ハジメに頼んだのはヘアセットだけだ。メイクなんて聞いていない。そう思っているとオボロが目の前に立った。

「え、あの」

「ハジメから勝手に聞いておれもなんかできないかなって思って、はい、目閉じてー」

 いつの間にオボロを巻き込んだのだろう。コットンに含ませた化粧水が肌に当たる。冷たい感触。そのあと乳液で整えられた。ハジメが背後から腕を組んで眺めている。

「ほんまやったらコンタクトにせえって言うところやけど、持ってへんよな」

「持ってない」

 ほんのちょっといつもより身綺麗にしたくて服選びを手伝ってもらい、流れでヘアメイクをしてもらうことになった。それがこんなことになるとは。

「これが下地ね」

 うん、と曖昧に頷く。メイクなど覚えている限りではしたことがない。薄い眉毛の形を整えるように鉛筆のようなものを使われたり、若干色の付いたリップクリームを塗られたり、粉をはたかれたりして、オボロの思うままに変身させられた。

「これで完成」

「……おお……」

 鏡の中にいる頼は間違いなく頼なのに、別人のようだ。印象が全然違う。

「どう? 完成した?」

 振りの確認とストレッチを終えたランが背後から鏡を覗き込んでくる。

「いいじゃん。似合ってる」

 一連の騒ぎに全く興味を示さなかったランだが、完成形は気になったらしい。褒められるのはむず痒かった。

「あ、ありがと」

 それでも素直に礼を言って髪を摘まんでみる。いつも真っ直ぐの髪の毛がうねっていて、改めて不思議だ。

 そうしていると、とんとん、とオボロが優しく肩を叩いてきた。

「ほら、そろそろ時間じゃない?」

 壁に掛けてある時計に目をやる。もうすぐスタジオを出なければならない時間だ。

「楽しんで来な」

 飲み過ぎないようにね、と背中を押されて帰り支度をし、わたわたとスタジオを出た。

 電車を乗り継いでホールの最寄り駅に着く。開演が近いということもありファンと思われる人たちは少ない。それでもキャラクター名の刺繍が入った服を着た人や、キャラクターの缶バッジをバッグにたくさんつけた人などが輪になっているのを見かけて嬉しくなった。知り合いを応援してくれている人達を観るのは純粋に嬉しかった。マスクの下で緩みそうになる口元を引き締める。

 駅からは白を基調とした服装の女性二人組の後ろをついて歩いた。背中にギャングであるウロボロスのロゴがプリントされたティーシャツを身に着けているから、目的地は同じだろう。ストーカーじゃないですよ、と思いながら着いていく。地図を開く手間が省けた。

 五分ほど歩くとホールが見える。女性たちとはそこでお別れだ。関係者受付の看板を見つけて、そこへ向かう。

 ホールの周りには駅前よりたくさんの人がいた。ほとんどが女性だがちらほら男性も見える。自分たちがイベントに出演するときも観客の大半が女性のため、なんとなく見慣れた光景な気がしてきた。

 関係者として受付を済ませ、スタッフからチケットの半券を受け取る。案内通りに階段を上がって、ホールに入った。二階席の真ん中数列が、関係者席として隔離されているようだ。頼はその中から自分の席を探す。十二列の四十二番。既に座っている人の前を通って空席のプレートを確認した。チケットと同じ番号のその場所に座る。

 関係者席にいるのは、セリ鯖に参加している配信者たちらしい。きっと同じ列に、隣に座る人も配信者だろう。頼のように顔出ししないバーチャルストリーマーもいるはずだ。そして、この中にハルがいる。ハルが来る。まだ、来ていないかもしれないけれど。

 イベントの後に会えるというのに、探してしまう。

 顔を全く知らないわけではない。元プロゲーマーで、出せるときは顔出し配信をしていることもあり、探せばH4ruの写真は山ほど出てくる。しかし頼は画像を何度か見かけた程度で、うすぼんやりとしか顔を覚えていなかった。

 FTSOの中で出会う人たちの中身であるプレイヤーのことは、極力調べないようにしている。キャラクターと対面したときに雑念を抱きたくないからだ。長く付き合いのあるキャラクターならいいが、初対面とそれに近いうちにプレイヤーの顔を覚えてしまうとそちらがどうしても頭を過ぎる。ロールプレイに慣れない頼はそうして情報を遮断してきた。

 H4ruに会ってもいいと思ったのは、彼の顔を覚えてもロールプレイに支障がないほど長く接したと思えたこともある。

 そんなことを考えているうちに、インディガンで知事という扱いをされているサーバー管理者、セリのナレーションが流れ、イベントが始まった。

 ゲーム内のキャラクターに扮した配信者たちが舞台上で演劇をする、みたいなものだ。ミッションと称して市内の大きな銀行の金庫を襲いにいくギャングと、それを阻止する警察のパフォーマンスがメインストーリー。その後座談会と称して普段見ることのない組み合わせや、仲のいい人たちで稽古中やゲーム内の話をし、最後に全員でイベントのために作られたオリジナルソングを歌って幕を閉じた。

 観客の盛り上がりも良く、イベントは大成功だったと思う。

 頼は終演後、スタッフの案内のままにバックヤードへ行った。キャラクター扮装のおかげで見慣れた顔がある。けれど特別仲のいい配信者がいるわけでもなく、ぽつんと部屋の隅に佇んだ。楽しそうに話す輪を見つめながら学生時代を思い出す。大勢の輪の中に入るのはあまり得意ではない。

 視線がゆっくり落ちていく。黒縁眼鏡がすこしずり落ちる。見えるのはハジメに選んでもらった幅が広いグレーのパンツと、白いラインが入った黒スニーカー、傷ついたビニルタイルの床。パンツの裾をきゅっと握った。手触りがいい生地だ。

「……誰かが空くの待ってるんですか」

 右隣から話しかけられて、ぱっと顔を上げた。聞きなれた声のほうへ向く。目の前に一人の青年が立っている。

 明るい髪はミルクティーのように染められていて、前髪が中央で分かれているおかげで顔がよく見えた。目尻が上がる形の瞳は明るいブラウンをしている。こんな顔をしているのかと見上げた。

 返事をしない頼に、ハルと思われる青年が怪訝な顔をする。頼は慌てて、あの、と声を出した。あれはハルの声で間違いない。

「ハル、さんですよね?」

 間違えたら失礼だ。慎重さのせいで下がり眉になりながらおそるおそる訊ねた。青年の目が見開かれる。天井灯の光が入って瞳が煌めいた。

「ふゆき」

 半信半疑のままキャラクター名を呼ばれる。そうだ。この声に呼ばれるなら「レイ」より、「頼」より、これだ。彼からはずっとそう呼ばれてきた。

「うん、そう。……びっくりしたぁ」

「はは。俺も」

 目を合わせてふふ、と笑い合う。たまたま声をかけたのがレイだったなんて向こうも思わなかったはずだ。

「冬雪は、誰か待ってるの」

「ううん。なんか、話しかけられないなーって見てた」

「分かる。さっきまで店長と一緒にいたけど、あの人は警察にもギャングにも友達いっぱいいるから気づいたら消えててさ」

 分かる、と言ってもらえたのがなんだか嬉しかった。輪の中に入れないさみしさを、H4ruも知っているのだろうか。

「冬雪がいてよかった」

 壁に背を向けて並び立っているせいで右の鼓膜ばかりが震える。いつもヘッドホン越しに聞いている低音だ。

「ぼ、僕も」

 目の前では、三、四人で写真を撮っている集団がいる。SNSにアップロードする用だろうか。顔出しをしていないと写る機会はない。

「冬雪は顔出ししてないんだよね?」

「うん。うちの事務所の人たちはみんなしてない」

 バーチャルストリーマーの中には、バーチャルアバターを持ちながらSNSのサブアカウントなどで顔出し写真を乗せる人もいるのだ。レイが所属するぶいタメでは身体の一部すら見せることはしない。

「ハルは、FTSOやってるときもワイプ出してるの」

「いーや。FPSとか雑談のときくらいじゃないかな。さすがに恥ずかしくて」

 ゲーム内ではできないような話をしながら、打ち上げ会場へ向かうという先発隊が出るのを待って、それについていった。

 打ち上げの参加人数は五十人らしい。会場に着くと幹事に従ってメカニック・飲食店グループのテーブルについた。あとは警察のテーブル、ギャングのテーブルに分かれているらしいがコース料理を配るためであり、行き来は好きにしていいという。成り行きで下座に座った。もちろん隣はハルだ。

「おなか空いちゃった」

「俺ら観てただけなのにな」

「ね」

 頼の空腹はダンスレッスン後ということもあるだろうが、そもそもがいい時間なのだ。鍋用カセットコンロや取り分け皿などが置かれたテーブルを前にして焦らされている気分になる。

 そんなことを考えていると、頼たちよりあとに会場を出た参加者が続々と入ってきた。自分が属するグループを確認して着席していく。

「あ、ハルくん! いつの間に」

 不意に、ハルを見つけた女性が駆け寄ってきた。聞いたことがある声だ。

「先に消えたのはそっちでしょ」

 呆れたようにハルがそう言うのと同時、女性がこちらを覗き込んでくる。誰だったっけ、と考えているうちに自己紹介をされた。

「初めまして! 私、ヨンヨン。お名前は?」

 はっきりとした目鼻立ちに、青のアイシャドウが目立つ。ヨンヨンという名前に、あっと目を開いた。ハルが勤めるマックスギアの社長だ。

「あ、ぼ、……私、冬雪です」

「えっ! ユキちゃん!」

 頼がキャラクター名で名乗るとヨンヨンはぱあ、と顔を輝かせる。ハルの彼女というのはヨンヨンにも知られているし、冬雪が車を直しに行くのは大抵マックスギアだ。付き合いで言えばヨンヨンとのほうが長い。

「じゃーあたしこっち座ろっ」

 ハルの正面にヨンヨンが座った。肩のあたりで真っすぐ切り揃えられた髪は、頼と同じく黒い。本日の彼女はショートヘアだが、ゲーム内では青のロングだ。着ているニットの色も青で、だからキャラクター設定の外でも青が好きなのだろうと思う。

 ヨンヨンの背後にはいくつかのテーブルと、そこに行儀よく座る人々が見えた。ここにいる全員が、同じ街に暮らしている。もちろん今日ここへ来ていない人間も含め、たくさんの人が関わって出来上がっているコミュニティなのだということを改めて噛みしめた。

 栓を開けた瓶ビールが回ってくる。ハルとお互いにそれを注ぎ合った。ハルはヨンヨンへも注いでいて、瓶はそのままテーブルに置かれる。

 飲み過ぎないように、とオボロに言われたとおり、頼は酒に強くはない。とはいえ成人しているのだし乾杯のビールくらいは飲める。バーチャルストリーマーとはいえ、人と人の付き合いが大事な職業だ。飲めるようにしたと言うのが正しいかもしれない。

 幹事が空間の真ん中に立って音頭を取った。イベント成功の礼と共にグラスを掲げて、「かんぱーい」と各々声を出す。近くにいる人や立ち歩く人達とグラスをぶつけ合って挨拶を交わした。

 頼は初めてだったが、セリ鯖で遊ぶ人たちでオフラインイベントを開催するのは初めてではない。乾杯が終わって大皿で料理が運ばれてくると、顔見知りは顔見知り同士で集まり盛り上がりはじめた。

「誰が誰だか全然わかんないや」

 隣のハルは動く気配がない。それを嬉しく思いつつ、ハルにだけ聞こえるようにこっそりそう伝えた。

「俺も」

 とはいえ、ハルを認識して話し掛けに来る人達は何人かいた。顔出しをして配信しているからだろう。ついでに隣の君は? と聞かれ、小森冬雪ですと名乗ること複数回。

「あっカップルだ! いいねえ」

 などと揶揄われることも、複数回。

 三時間の宴会コースの半分を過ぎる頃には元のテーブルに着いている人が半数いるかいないかだった。メカニック・飲食店グループの卓の下座には、頼とハルしか残されていない。

 最近はめっきり連絡が減っているけれど、みなみについての近況も話した。彼氏ガードが功を奏したのか、あまりにも冬雪が釣れなかったからか、どちらにせよ何事もなく離れてくれたのは良いことだろう。ツールズ内の招待者用のグループにも名前はなかったから、今日は安心して来た。

「そういえば、今日も練習だったの」

「うん。なんだかんだであと三ヶ月くらいしかないから」

「大変なんだなあ」

「んー……、まあ、でも頑張るって決めたから」

 低アルコールと書いてあった林檎サワーのジョッキを両手で握りながら答えた。大変ではあるが、ここで負けたくはない。一人でもレイのことを応援してくれるファンがいるならそれに応えたいという気持ちもある。

「すごいな、冬雪は」

「す、すごくないよ」

 褒められて顔が熱くなった。誤魔化すためにサワーを煽る。

「よう、ハル」

「お疲れ様です、カオルさん」

 ハルの隣にジョッキを持った見知らぬ男が座った。名前はおろか、声も聞いたことがない。ハルが発した名前のほうは配信者名なのかもしれないけれど。

 顔見知りではないため頼はそっと気配を消した。

「最近はどうなん。やっぱFTSOメイン?」

「そうですね。ちょこちょこコラボでXXXやったりはしてますけど」

「えっ、俺も呼んでよ。てか俺ともやろう」

「はは。いいですよ」

 こっそり会話を聞いていると、目蓋が重くなってくる。乾杯のビールと林檎サワーが効いてきたのだろう。朝から動いていたせいもあってアルコールに抗えなくなってくる。

 飲み過ぎたかも、と思ったときには眠りに落ちていた。

 はっと目を覚ましたのは朝。部屋は外からの陽射しで明るく、確実に毎日寝起きしている寝室だった。

「え、……どう……?」

 一体どうやって帰ってきたのだろう。全く覚えていない。けれど、家の鍵は自分で回した気もする。慌ててスマートフォンを探すと、ポケットに入っていた。

 配信者間の連絡で使っているアプリを開く。仕事の連絡とは別で、ハルからメッセージが届いていた。

「部屋まで送ろうと思ったけど、自分で帰れるって言うからマンションの下までにした。無事に帰れてる? 今日は会えて良かった。忙しいのにありがとう。また遊ぼうね」

 どうやらハルがマンションの下まで送ってくれたらしい。申し訳なさと嬉しさが胸の内でぐるぐると混ざり合う。頼はすぐに返事を打った。

「今起きた。ちゃんとベッドで寝てたよ。僕も会えて良かった。送ってくれてありがとう。迷惑かけてごめん。今度お礼にご飯でも奢ります」

 そして時刻は午前八時。今日は個人のボイストレーニングが十一時から予定されている。

「やばいっ」

 まずはシャワーだ。頼は急いで準備を始める。ひとまず今日の予定はボイスレッスンだけで、それをこなしてしまえば今日はフリーだ。それだけは頑張ろうと気持ちを切り替えた。


 ***


 グラスホッパーで、コース料理を作ることになったらしい。バー営業と月一のライブだけでなく、デートスポットとしての場の提供がしたいのだそうだ。実際、飲食店で提供する食べ物と飲み物は基本的に持ち帰りの選択肢しかない。飲食物はポケットに詰めて持ち歩き、ゲージが空腹に傾いたら使用するアイテムだ。テーブルの上に置いて少しずつ食べるなんて動作は用意されていない。

 しかし現実世界のバーやカフェ、レストランは店内飲食ができる。それと同じようにグラスホッパーでもテーブルについてゆったり話ができるコースメニューが作りたかったらしい。

「なんか、緊張するね」

 コースメニューを提供するにあたり、提供の間隔、バーの雰囲気などを調査したい。という依頼がハルにあった。ハルと冬雪が付き合っていることを知っていて、モニターになってほしいということだ。

「ね。宣伝用に写真撮られるらしいし」

「洋服これで良かったかなあ」

 今日の服は、ディナーデートを意識して選んでいる。紺色のレース生地がメインのドレスに、パールのネックレス。靴は白のピンヒールだ。

「似合ってるよ」

「へへ。ハルもいつもと違う感じでかっこいいね」

「……おう」

 ダークグレーのチェックスーツがよく似合っている。いつもは無造作におろしている前髪を後ろに撫でつけているのも格好良かった。おだやかに互いを褒め合う。音声通話だけで気持ちを伝えるにはきちんと言葉にすることが大事だ。察してほしいは通じない。

「お待たせいたしました」

 店長のカナリアが食前酒とアミューズを持ってきた。それを二人のポケットに入れる。

 アイテムを観るためにポケットを開いた。食前酒のシャンパンは、細長いシャンパングラスの足にリボンが巻かれている。これがテーブルの上にあると想像しながら会話をした。

「このリボン、かわいいね」

「ほんとだ。凝ってるな」

 店で売る飲食物は、手描きイラストや写真をゲームに登録して使用している。このシャンパンは実写に近いイラストだ。リボンの細部まで丁寧に描かれている。

「いただきます」

 飲み物のゲージが空いていたため、シャンパンを使用した。飲み物を飲むモーションが出る。

 その後もポケットの中のアイテムを見ながら話をして、次の料理を待つ間にいつも通りの会話をする。食後のコーヒーが出るまでの一時間をゆっくり過ごした。

「さて、どうだった」

 コーヒーの後、十分程度でカナリアがやってくる。モニターとしての意見を話す番だ。

「お料理、全部凝っててよかったです」

 冬雪が感想を伝えると、ハルもそれに続く。

「冬雪が言ってたけど、シャンパングラスのリボンとかは喜ばれると思うよ。あとデザートもハートで良かったよね」

「うん、かわいかった」

 カナリアはうんうんと頷きながらこちらの感想を書き留めているようだった。カタカタというキーボードの音がカナリアから聞こえてくる。

「提供の間隔は? とりあえず十分おきくらいに出してみたんだけど」

「いいんじゃないかな」

「私も、特に気にならなかったです。飲食店の店長目線としては、お客さんがめっちゃ盛り上がってるって時は待った方がいいかも? とは思いました」

「あー……そうだよね。時間ばっか気にしてたな。話の邪魔しちゃった?」

「ううん。邪魔はなかったです。話の途中で入ってくるのって難しいよねっていう」

「ありがとう。参考にする」

 他には、と問われて、頼はモニターの前で首を傾げる。街で初めての試みということもあり体験する側も手探りだ。頼に経験があればよかったが、二十三年の人生でフレンチレストランでの食事などしたことがない。

「そうだなあ。BGMはもうちょっと静かめのほうがいいかも。たまに音楽だけすっごい盛り上がってる時があった」

 ハルが思い出しながら指摘する。そういうところまでは意識していなかった。グラスホッパーでは今もゆるやかにジャズが流れている。

「あー、そうか。普段の営業通りじゃない音楽ね。ちなみに他の客は入れてもいいと思う?」

「いいんじゃない? 普通のレストランとかもそうでしょ」

 グラスホッパーは二階建てだ。一階にバーカウンターといくつかの椅子があり、二階はテーブルセットが置いてあるだけの空間である。買い物をしに来る客は、冬雪の経験も含めて、二階にはあまり上がらない。店員もおらず、上がる理由がないのだ。

「でもその日自分しか出勤してなかったら、コースの提供が遅れちゃったりしないですかね」

 頼も思いついたことを口にする。

「ああー……ありそう。場合によってはお客さんと話し込んじゃったりもするし。よし、やめよう。一時間の貸し切りの方向でいこう。貴重な意見、ありがとう」

 有用な意見が出せただろうか。頼はマウスを操作して冬雪のポケットを開く。満腹で使用できなかったデザートにカーソル合わせた。商品説明がポップアップする。

「あなたたちの甘い時間を彩る甘いデザート。かわいいハート型のムースはあなたたちの愛のかたちにピッタリ!」

 少し寒い気もするが、商品紹介なんてこんなものだろう。ハート型のムース、いちご、ブルーベリー、マンゴーが皿に載っていて、赤いソースがかかっていた。

 せっかくだから使わずにとっておくことにする。このコース料理を体験する人によってはどのアイテムも使用しないという可能性もあるだろう。アイテムを使用しなくとも食事をしているふりはできる。そう考えると、食べてしまったことがすこしもったいなかったような気がしてきた。

「そいやこれはメタなんだけど、ハルもユキちゃんもイベント行ったんだっけ」

 ヒアリングに満足したらしいカナリアが、先日のイベントについて訊ねてくる。アルコールに負けて失態を犯してしまったけれど、いつまでも引きずっていると気まずくなってしまう。

「ギャングと警察のリアルバチバチ、面白かった」

 ハルが答える。

「俺も行きたかったなあ」

「カナリアさんにも会ってみたかったです」

「えっ、嬉しいこと言ってくれるねえユキちゃん! ハルとは会えた?」

「あ、会えました。打ち上げでだけど」

 もう二週間も前だ。思い切って、自分の失敗を掘り返した。

「私がお酒飲んで寝ちゃったの、送ってくれたんですよ」

 ハルはゲーム内でもゲーム外でも優しい。それを伝えたかった。

「え、送り狼ってこと?」

「ばっ、お前、……現実とロールプレイを混同する視聴者みたいなこと言うなよ!」

 ハルにしては珍しく大きく、慌てた声だ。優しくしてくれたというだけの話なのに、まずいことを言ってしまったかもしれない。さあ、と身体から血の気が引いていく。カナリアだって、「ハルと冬雪」がカップルだから揶揄っただけで、「H4ruとれい」について言ったわけではなかったはずだ。

「そ、そうそう。ハルは優しいから、家まで送ってくれただけだよ」

 冬雪も慌てて否定をする。コメント欄にも「てぇてぇ」「ごちそうさまです」などと流れていく。

「悪かったって。リスナーも変に広めるなよー」

 両耳のあたりで手のひらを上げるモーションで降参を示すと、カナリアはイベントの話を切り上げた。

 それからは適当に話をして店を出、作業があるからと伝え、ログアウトを選ぶ。

「今日も見てくれてありがとうございました。明日はハジメのチャンネルなので、よろしくねー」

 冷凍弁当のPR配信がある。それを伝えて挨拶代わりにぶんぶんと頭を振り、アバターを動かした。配信を切って、カメラも切り、ふう、と息を吐く。

『現実とロールプレイを混同する視聴者みたいなこと言うなよ!』

 先ほどのハルの言葉が蘇って、唇を噛んだ。

 ハルとH4ruが同一人物ではないということは分かっている。同じように小森冬雪と冬芽レイと前嶋頼も同一人物ではない。分かってはいるがあんな風に拒絶されるのは、悲しい。

 大丈夫だよと返してくれたけれど、送ってもらったことはきっと迷惑だったのだろう。読み返せば頼が送った文章の「お礼に食事でも奢ります」という部分に対する答えは返ってきていなかった。もう会いたくもないかもしれない。じわ、と涙が浮かんでくる。

 自分で自分に驚いて、慌ててティッシュに手を伸ばした。眼鏡を取って閉じた瞼にティッシュを押し当てる。どうしてこんなことで泣いているのだろう。

 あんなに怒ると思わなかった。あれは多分、ハルではなくH4ruとしての言葉だ。だって、ハルは冬雪に声を荒げたりしない。頼相手に送り狼だと言われたことがそんなに嫌だったのか、と、考えて腑に落ちる。当たり前の話だ。男相手に男が送り狼だなんて。

「はは、は……」

 浮かれていた自分に気がついた。頼は歴とした男で、向こうもそう。けれど彼に好いてもらいたかった。

 今更だ。

「なんだ、それ」

 ゲーム内の恋愛ロールプレイでは飽き足らず、現実でも愛してもらいたかった。いつからこんな欲望が自分の中に巣食っていたのだろう。

 また涙がこみあげてきた。二枚目のティッシュを取り出して目頭に当てる。始まってもいないのに失恋したかもしれない。それも、男相手に。

 ショックと驚きと戸惑いが全部混ざって胸を圧迫する。苦しい。息を吐いた唇が震えて、情けなさが増す。

 気づかなければよかった。後悔が防音室の中を満たしていく。押しつぶされそうで、パソコンの電源も切らずに立ちあがった。



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