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第1話 出会い

 自分ではない誰かの人生を生きてみませんか。

 目に入った文章に思わず親指が止まる。その短い文章は猪狩春斗(いがりはると)の心を動かすのには充分だった。春斗はすぐに詳細を開く。

 とあるゲームのサーバーの宣伝だった。自分とは違う名前のキャラクターを作って演じる、いわゆるロールプレイをしながらゲームをするサーバーらしい。

 使用しているゲームはフィクション・タウン・シミュレーター・オンライン。略してFTSO。ゲームを職にしている人間として、名前だけは知っている。複数人で職業を分担して街を運営するゲームだ。

「あなたは警察官か、救護隊か、飲食店店員か、もしくは……犯罪者か。好きな役職になって街を運営しましょう!」

 好きな役職。画面を見ながら呟いた。好きではじめた仕事を続けられないと思っている春斗にとっては痛い文章だ。それでも、今の自分ではない誰かになれるというのは魅力的だった。

 参加条件は、基本的に配信をしながら参加し、ロールプレイをすること。それからSNSのフォロワーと、配信するためのプラットフォームのフォロワーがどちらも五千人以上いること。数が条件になると、途端に新人や無名は振り落とされる。しかし春斗にとって数字の方は難しい条件ではなかった。

 ぐっと下唇を噛む。配信をするのはまだすこし、勇気が出ない。

 猪狩春斗は、H4ru(ハル)という名前で十六歳からゲーム配信活動をはじめた配信者だ。それから十八歳の時に今所属しているGaming Box(ゲーミングボックス)というeスポーツのプロチームに誘われた。二十歳になった今現在も籍を置いている。

 春斗はとうとうスマートフォンを投げ出して、そのまま枕に顔を埋めた。配信をせず、事務連絡以外のメッセージは返さず、引きこもって四ヶ月。このままでは良くないことは分かっている。純粋にH4ruを心配する声があることも知っていた。

 それでもやはり、防音室に入ろうと思うと足が竦む。手が震える。呼吸が乱れそうになって、引き返す。これの繰り返しだった。誰にも相談していないが、春斗がした失敗とファンの反応を見れば、春斗が今どういう状況なのかの想像はできるだろう。

 XXX(トリプルエックス)というスリーマンセルのバトルロイヤルゲームで、Gaming Boxは世界大会の常連であった。今年その切符を逃したのは最終試合で春斗が失敗したせいだ。昨年世界で戦って、厳しい壁があることを知った。だから今年は一層の鍛錬をして挑んだはずだった。国内は余裕だと思っていたわけではない。むしろ、Gaming Box以外の国内プロチームも力のある選手ばかりで、勝利を掴むことは昨年より難しかった。

 言い訳だ。春斗のせいで負けたという事実は変わらない。

「自分ではない誰かの人生を」

 H4ruではなく、別の誰かとして配信をする。それなら、できるかもしれないと思った。ゲームが嫌いになったわけではないし、他にやりたい職業があるわけでもない。高校はなんとか卒業したが、大学受験はしなかった。今更配信以外の道はないだろうと思ってもいる。

 春斗は投げ出したスマートフォンを手繰り寄せてもう一度募集要項を読み込むことにした。

 果たして一か月後、春斗はなんとか防音室の扉を開け、パソコンの電源を入れ、ゲーミングチェアに腰かけることができた。ゲームダウンロードやスムーズに始めるためのキャラクリエイトなどは済ませている。それから、SNSではプロを引退する旨を発信した。ずっと配信をしていなかったから、ファンからすれば大方予想の範疇だっただろう。それでも惜しんでくれる声は嬉しかった。大会の結果について言及するコメントが混ざり始めてそれ以上ファンからのコメント欄は見ていない。

 十分後から約五ヶ月ぶりの配信だ。大会に関してや配信をしなかったことに対して言及するつもりはない。けれどそれ関連の質問が来ることも覚悟はしている。

 春斗は深呼吸をした。指が震えそうになるが、大丈夫、と自分に繰り返し言い聞かせる。ゲームはすでにダウンロードしてあり、キャラクター作成も済んだ。サーバーにアクセスする許可も下りている。一応、FTSO配信をするという告知だってしたのだから、やっぱりやめます、とは言えない。

「ふぅー」

 深呼吸をした。配信サイトStream(ストリーム) Channel(チャンネル)内で配信開始ボタンをクリックすれば、インターネットにマイク音が乗る。春斗は耐えかねて、予定時刻の二分前から配信を始めた。

 配信用の画面枠内にはサーバーに接続する前のホーム画面が映されている。以前まで使っていた自分を映す用のカメラは切った。ロールプレイという慣れないことをしている顔は見られたくなかったし、まだ人前に姿を晒すのは躊躇われたからだ。

「あ……」

 配信が始まったという通知を受け取った人々が、どんどん集まってくる。同時接続数があっという間に二桁から四桁になった。ゲームを表示しているモニターとは別のそれには「待ってた!」「こんばんは」「始まった」など思い思いのコメントが表示されていく。

 一瞬、頭が真っ白になった。いつもどうやって始めていたのかが分からなくなる。

「こんばんは。久しぶり、です」

 無音を続けてはいけない。なんとか絞り出した挨拶は味気ないものだった。

「……まず、ずっと休んででごめんなさい。今日からまた、配信はやっていこうと思います。SNSで告知した通り、FTSOをやります」

 案の定、コメント欄は質問のランだ。「XXXはもうやらないのか」「競技やめるってこと?」「FTSOって何のゲーム?」など。春斗はその中から、FTSOに関する質問コメントを拾って答えた。

「俺が今日から入るサーバーはセリさんって人が立ててるストリーマーサーバーで、ロールプレイしなきゃいけないので最初はコメントあんま拾えないかも。……ああ、ロールプレイっていうのは、……今から見せるよ」

 サーバーへ接続、というアイコンをクリックする。接続前に、接続するキャラクターを選択する画面に切り替わった。

 ハル=ガリーというキャラクター名と共に金髪の西洋人が現れる。透き通るような碧眼にバランスのとれた鼻と唇。髪型はとりあえず耳上まで刈り上げたツーブロックを選択していた。髪型以外の顔面パーツや体型はあとから変えられないというので、作成には時間をかけたのだ。西洋人なのはデフォルトである。

「かっこいいっしょ。今から俺はハル=ガリーとして街で生活をします。ルールとしてゲーム内のことはゲーム内で、って感じだから、あんまり外の事はコメントしないでね。あと鳩も禁止。誰がどこにいるとか、話してる相手がどういう配信者だとか。俺が知ってる人がいてもハル=ガリーは初対面だし、そういう感じで」

 とはいえ春斗もまだ住人とは話をしていない。伝わりきるだろうかと心配が過ぎるが、やってみないことには伝わるものも伝わらないだろう。

「じゃ、インしまーす」

 キャラクター選択をして街に入る。出てきたのは、小さな部屋だ。安いアパートの一室のようである。

「ここ現状の俺んち。最初にもらえる家ね」

 ベッドとタンスのみが置かれた簡素な部屋だ。タンスにはいくらか持ち物が入れられるようになっている。

「第一村人はどんな人でしょうか」

 そう言いながら家を出た。廊下やエレベーターがあるわけではなく、すぐに建物の外だ。マンション前は大きな道路が通っている。トラックや乗用車が行き交っているが乗っているのはNPCばかりだ。

「ちなみにマップはこんな感じ」

 キーボードのMを押して地図を開く。地図の左上にはインディガンと書かれていて、それがこの街の名前だ。FTSOというゲーム固有の地名である。

 中心には湖があり、北側はそれを囲うように山が並ぶ。東には遊園地と港、西は高級住宅街、南は倉庫街だ。東と南の間に市役所や中央警察署が存在しており、そこが街の中心とされている。現在地を表すアイコンは、中央警察署の近くにあった。

「適当にぶらぶらしますか。いろいろ考えたんだけど、前に住んでた街で傭兵業をやってたっていう感じにした」

 春斗は手元にあるキーボードとマウスを操作して、画面内の分身、ハルを動かす。視点操作と車体制御がマウスでそれ以外の動きはほとんどキーボード操作だ。人と交流中にもたつかないよう事前にすこしだけ練習用フリーサーバーで操作は試している。

「一応ね、初心者は人を見かけたらガンガン声かけてねって感じなので、人を見かけ次第……お、」

 ゲーム内音声をミュートにしながら視聴者に話しかけていると、ようやく画面内にハルとNPC以外の人影を見つけた。

 緊張しながら近づいていく。徐々に姿が明瞭になり、それがロングヘアの女性だと分かった。

「すみませーん」

 ぎりぎり声が届く位置で話しかけてみる。声が届く範囲が決められているのだ。

「はーい。あ、初心者さんだ。はじめまして」

 ゲームシステム上、自分が操作するキャラクターの上部に名前が出るようになっている。七日間経過するまで自動的に名前のはじめに初心者を表わす星マークが付く。だから、声を掛けて表示されている名前を認識してもらえればこちらが不慣れなことは伝わるだろう。

 近づいてきてくれた第一村人は、全体的に水色だった。メイド風のフリルエプロンと水色をベースにしたストライプ柄ワンピース。ハーフアップにした髪も水色で、ウェーブがかかっている。頭頂部にはフリルのカチューシャがあった。ゆるい雰囲気の可愛らしい女性だ。

「なにかお困りごとですか?」

「あ、いや、あの今来たばっかりでどうしようかなと」

「そうなの? 私でよければ案内するよ。まだお店開けてないし」

 どうやら店を持っているらしい。案内をするという申し出は願ったり叶ったりだった。

「ありがとうございます。ほんとに何にも分かんないんで……」

「私、小森冬雪(こもりふゆき)です。冬雪でいいよ」

 冬雪は手を出してきた。アクションを受け入れるという吹き出しを選択すると握手になる。

「俺はハルです。よろしくお願いします」

 お互い、頭上に表示されている名前を名乗った。それから冬雪が路肩に停めていた小さな車に乗って冬雪の店へ向かう。

「ハルくんは何をしにこの街に来たの?」

 見た目とは裏腹に声は落ちついていて、女性にしてはすこし低い。ここでは基本的な質問なのだろう。春斗は作ってあったキャラクター背景を思い出しながら応える。

「スローライフですかね。前の街はその、……傭兵業をしていて」

 自分で考えたとはいえ設定を口にするのは若干の気恥ずかしさがあった。ロールプレイをするにはこれを乗り越えなければならないだろう。カメラを切っておいてよかった。

「傭兵かあ。ここも人が多いから、元々そういう仕事してたっていう人も何人か聞いたことあるな」

「そうなんですね」

「銃とか上手いなら、警察とかいいかもね。……でもスローライフにはほど遠いかな」

 車はほどなくして目的地に着いた。

「銃はまあ、あんまり触る気ないんですよね。そういうのってやっぱ飲食店がいいんですか」

「んー? そんなことないよ。救護隊と、メカニックもある」

 車を降りて白い外壁の建物の前に立つ。

「ここ、私の店なんだ」

 そう言って鍵が掛かった扉が開く。中に入ると、パステルブルーを基調とした明るい内装が出迎えてくれた。

「店長さんなんですか」

 問うと、冬雪はうん、と肯定する。

「ほんとに来たばっかりなんだよね」

「はい」

「そしたらとりあえず働いてみる? 初心者がバイトしてるときは皆買いに来てくれるし、最初は色々お金必要だと思うし」

 冬雪の提案を、春斗はすぐに呑んだ。何かをするにしても、銃を持たない職業を一通り触ってみた方がいいだろう。警察やギャングをやる気分にはなれない。

 店に立つために必要なこととして服屋に連行され、制服を作った。男性の制服は水色のシャツに白のソムリエエプロンだ。

「男の子が働いてくれるの、実は初めてなんだ」

 念のため制服を作っておいてよかった、冬雪が呟く。洋服を買うには服屋で膨大な量の型紙とテクスチャから選ばなければならない。幸いなことに型紙とテクスチャにはそれぞれ番号が振られていて、番号を入力するだけで同じ服を購入できるシステムだ。

「今は女の子しかいないんですか」

「うん。かわいいサンドイッチ屋さんだし、働きたいって言ってくれる子がみんな女の子だったからね」

 それから、相手へ請求する方法、請求されたものを支払う方法、商品の作り方、食事の仕方など基本的な動作を一通り教わって店を開けることになった。ゲーム内のSNSで冬雪がハルを撮った写真と共に初心者と店を開けているという旨を発信する。

 五分と経たずに、客がやってきた。

「いらっしゃいませ」

 緊張しながら希望のメニューを聞いて、冷蔵庫から商品を取り出し客へ渡し、代金を請求。その間に自己紹介をしあったり、この街に来た目的、前職のことなどを聞かれ、操作とロールプレイに必死になりながら数名の対応をした。全員が全員、ハルと連絡先を交換しようと言ってくれ、それに応じる。操作自体はこの数名で慣れてきたが、ロールプレイはまだぎこちない。

「おつかれ」

 ずっと後ろで見守ってくれていた冬雪が労いの言葉をくれた。

「ありがとうございます。変じゃなかったですか?」

「大丈夫だと思うよ? あ、いらっしゃいませー」

 初心者がいる時はお客さんが来るというのは本当らしい。客足が途切れたのもつかの間、今度は白いスーツに身を固めた男性が入ってきた。サングラスをかけて金髪をオールバックにした男からはどことなく怪しい雰囲気が漂っている。

「タチバナさん、いらっしゃい」

 先に声を掛けたのは冬雪だ。春斗たちのように頭上に名前が表示されていない。

「初めまして」

 冬雪に構わず、タチバナは春斗に挨拶をした。

「初めまして。ハル=ガリーといいます。よろしくお願いします」

「どうも、タチバナです。とりあえずおすすめの食べ物と飲み物をくれるかな」

「あ、はいっ」

 おすすめ、と言われた時は「デラックスフルーツサンド」と「ごろごろいちごミルク」を勧めるよう、冬雪から教わっている。商品名を読み上げてこれでいいですか、と訊ねるとすぐに了承の返事が来た。

「さっきウチの子が買いに来たでしょう」

「ウチ……?」

 商品を受け渡しながら、画面の前の春斗は首を傾げる。タチバナという名前の客は目の前の男が初めてだ。

「ミツキくんが来てたね」

「あ、ああ。ミツキさん! 買いに来てくださいました」

 息子という設定なのだろうか。ミツキという名前しか聞かなかったため分からなかった。

「ミツキから聞いたんだけど、傭兵やってたんだってね」

「はい。前の街では」

 請求書作成のポップアップで商品名を選んで数量を入力しながら、話を続ける。

「よかったらウチでも傭兵やらない? 銃もあげるよ」

「タチバナさん、初日の子にそんなもの渡さないで」

 物騒な単語に冬雪がストップをかけた。すこし怒気を含んだ声。

 タチバナは身なりを整えていて、話し方から圧を感じる。その理由が分からなかったが、目の前の男がギャングであると春斗はようやく気がついた。

 断らなければ、と口を動かす。

「いや、この街での傭兵はあんまり考えてなくて」

「ふうん。……でもそのうち銃撃ちたくなるよ」

 ハルのポケットにピストルがねじ込まれた。モーションがないため冬雪は気がつかないだろう。

「やりたくなったらミツキに連絡して。じゃあ」

 あっ、と思った時にはすでに店の外へ出て行ってしまっていた。なにを言ったらいいのか、ピストルをどうしたらいいのか分からずに固まる。撃ち合いはしないと決めてこのゲームを始めたのだ。

「ハルくん、大丈夫?」

「あ、……はい」

 ポケットを無意味に開いたり閉じたりしながらピストルの処分方法を考える。今ここでポケットから出せば店の床に放置されることになってしまう。それは避けたい。

「驚かせてごめんね。タチバナさん、ギャングのボスなんだ。いつも良くしてくれるんだけど……、嫌な勧誘だったね」

「冬雪さんのせいじゃないんで、気にしないでください」

 仕事をしないかと誘われただけだ。誘いは断ったし、ピストルはなんとかなるだろう。こんなことで混乱していてはゲームを続けられない。ロールプレイに必要だからと前職をわざわざ傭兵業にしたのは春斗だ。FPSをやっていたということをロールプレイに落とし込むなら傭兵か軍所属か元警察か、そういう設定しか思いつかなかった。自身と乖離する役を作るのは難しいと判断しての事だ。だからなおのこと、上手く流せるようにならなければいけない。

 三時間ほど働いた。フェアリーサンドは一時閉店とする、という旨をSNSで発信し、店鍵をかける。最後の三十分は客が来ず、ほとんど冬雪と雑談をして過ごした。

「飲食店はこんな感じかな。今は三十分くらい人来なかったから閉めちゃったけど、普段は用事がない限りお店開けてて、暇な時は……その、メタいけど視聴者と雑談してる」

 後半、いたずらっぽく告げられた言葉にふは、と笑う。基本的に、ゲーム内で起きていること以外はこの世界に関係がないことだ。つまり外から見られているという事実はロールプレイに反映されない。完璧にロールプレイをするなら多分、暇な時は店の掃除をしているだとか、そういう適当な言い訳をつくらなければならないだろう。

「いいですね。接客かあと思って飲食店じゃないことしようと思ってましたけど、飲食でも楽しそうで」

「楽しいよ! テイクアウトだけじゃなく店内にいてくれる人とお喋りすることもあるし、新メニュー考えたりとかも面白いし」

 そう話す冬雪の声は弾んでいて、本当に飲食店経営を楽しんでいることが分かる。

「よし、とりあえず今日のバイト代をあげます。……って連絡先聞いてなかったね」

 電話番号を交換し、電話番号と紐づいているらしい銀行口座にアルバイト代が振り込まれた。ゼロの桁が多い。一、十、百と頭の中で数えていく。合計一千万円だった。

「え、こんなにもらっていいんですか」

「普段はこんなに稼げないよ? この街に来てくれてありがとう代が半分くらいね」

「あ、ありがとうございます」

 売っていた商品が最低一個一万円だということを考えてもバイト代五百万円ですら破格な気がする。しかしここで返すのも好意を無下に扱うことになる気がして、ありがたく受け取ることにした。手持ちには五十万円ほどしかなく、銀行口座は今貰った一千万円しかない。

「ハルくんが次に初心者の子に会ったら優しくしてあげて」

「それはもちろん」

 次の初心者に優しくできるだけ、このゲームが長続きすればいい。一瞬だけそんな願いが過ぎった。飽き性ではないが、ここは人と交流するサーバーだ。馴染めなかったらログインしなくなる可能性だってある。

「今日この後予定……はないよね」

「はい」

「初心者がやることでもない気がするけど、農場行くから一緒に来る?」

「行きます。俺、何でもやりますよ」

 アパート前の大通りから店に来るまでに乗せてもらった小さな車ではなく、八人乗りの乗用車の運転席と助手席以外を改造したバンがガレージから取り出された。運転席に乗る冬雪と共に助手席に座る。

「そういえば免許とかも持ってないよね。割とすぐ発行できるんだけど、先にそれやろっか」

「農場はいいんですか」

「うん。ちょっと免許センターに電話するね」

 そう言って冬雪は免許発行の権利を持っている市民対応課の警察官に連絡を取り、免許センターという建物で落ち合った。二分の教習用ビデオを見て、簡単な車の操作を学び、実演。ものの十五分でポケットに免許証が入れられた。

「免許にも種類があって、今渡したのは普通自動車免許。レースとかするんだったらレース用の高速自動車用免許の発行が必要になるので、その時はまた市民対応課に来てね。持たないでレース出たのバレたら罰金切られるので気を付けて」

 青いシャツに黒いベストという出で立ちの警察官にそう言われ、はい、と頷く。

「あとこれ普通自動車免許で発行費用十万かかるんだけど、ユキちゃんが払ってくれたから。お礼しときな」

「え、マジですか。分かりました。ありがとうございました!」

 当の本人は、すぐ終わるの分かってるからと免許センターの向かいにあるバーへ入っていった。終わったらバーで合流しようということになっている。十万くらいなら手持ちからでも出せた。初日だからか、冬雪にとことん甘やかされている気がする。

 免許センターをあとにして道路を渡る。「グラスホッパー」という看板がついた建物の前に立った。扉を開けて中に入る。バーという響きに似合って店内は薄暗い。

 パントリーと客席を隔てる長いカウンターがあった。カウンター以外の客席部分は案外広く、二階へ続く階段もある。冬雪はカウンター席に座って店員らしき人物と談笑していた。

「いらっしゃい」

 店員のほうが先に気がついて声を掛けてくる。冬雪もこちらを振り向いた。いつの間にかフリルエプロンからジーンズのオーバーオールに着替えている。髪もハーフアップではなくまとめ上げられており、農場に行くと言っていたことを思い出した。農業用スタイルなのだろう。

「免許取れた?」

「はい。思ったより簡単でした」

「あはは。取れない人ほぼいないらしいからね」

「っていうか、冬雪さん、お金」

「いいよ。初心者なんだから」

 礼だけではなく返そうと思ったが、そう言われてしまえば返せない。ありがとうございます、と言って冬雪の隣に腰かけた。

「ユキちゃん、さっき言ってた子?」

「うん。ほら、自己紹介しなよ」

 促されて店員の頭上を見る。酒酔好人(さけよいよしと)と書いてあった。

「今日からこの街に来たハル=ガリーです。よろしくお願いします」

「よろしく。俺は酒酔好人だ。酔っぱらうのが好きと書く」

 さけよいさん、と口にする。自分でキャラクターを作れるからこその名前だろう。せっかくだから何か買っていけと言われてメニューにある赤ワインとビステッカ・アッラ・フィオレンティーナを十個ずつ購入した。ここでも冬雪が奢ろうかと言い出して、流石に自分で支払った。結局今手元にある金は冬雪からもらったものなのだけれど。

 この街を楽しんで、と好人に見送られてグラスホッパーを後にする。店の裏の駐車場でバンに乗り込んだ。

「冬雪さんて、誰にでもこうなんですか」

 助手席で揺られながら思わず訊ねる。毎日とはいかないかもしれないが、新規住民は少なくないだろう。その度にこんなことをしているのかと気になったのだ。

「んー、誰にでもってわけじゃないよ? お店やってるからある程度お金は入るけど、欲しい車とか買いたい場所とかもないし、だったら初心者の子を助けてあげたほうがいいなって思ってるだけ。人と話すのが好きだから、新しい人が定着してくれればしてくれるほど嬉しいんだ」

「ああ、なるほど」

 ただの慈善事業というわけでもないと冬雪は言うが、殊勝だ。初心者がゲームを楽しく思えるように手助けをしてくれるプレイヤーが運営陣以外にもいてくれるから街が成り立つのだろう。

 農場では冬雪が飼っている牛と鶏の世話をして、小麦を育て、材料を獲得した。これを使ってサンドイッチを作るらしい。飼っている牛や鶏を殺した場合は肉料理の材料になるらしく、育てて殺すプレイヤーもいるとのことだった。冬雪はそちらではなく乳を搾ったり卵をもらったりしている。

「今日は手伝ってくれたおかげでちょっと早く終わったな。ありがとね」

「こちらこそ。体験させてくれてありがとうございます」

「私は今日もうこれで終わるけど、どこか行きたいところある?」

 バンに材料を詰め込みながら会話をした。区切りがいいため、春斗も終わるつもりだ。

「あー、明日も来ようと思ってるんですけど、どの職業にしようか迷ってて」

 残念ながら冬雪の店では雇えないと雑談中にやんわり断られている。体験は良いが既に冬雪のほかに五人ほど店員がいるらしい。給料が売上に依存するため、雇ってもいい人数に限界があるとのことだった。元々飲食店で働く気はなかったが、働けないと言われると惜しい気がしてくるのだから不思議だ。

「そうだねえ。救護隊は事前申請しなきゃだし……メカニックとかどうかな。ちょうどバン直してもらわないとだし、寄ってこ」

「ありがとうございます」

 冬雪が向かったのは4649番地。そこは車やバイクの修理を専門にしているメカニックが働いている店だ。店の名は「マックスギア」。

「おねがいしまーす! あ、ヨンヨンさんだ」

「あら。これからファーム?」

「ううん。終わったとこ」

 冬雪はどこへ行ってもユキちゃんと呼ばれ、皆に親しまれている。それだけ人当たりがよく善良な人間なのだろう。第一村人が冬雪で良かった。プレイヤーがどういう人なのかは知らないが、配信を切ったらメッセージでも礼をしようと決める。

「ハルくん、一回降りて」

「ああ、はい」

 修理をするには車を降りないといけないらしい。有人のガソリンスタンドではないのだから当たり前だ。

「初心者さんよね? こんにちは。私ここの社長のヨンヨン」

 ハルの姿を認めたヨンヨンが青いツナギでバンの下に潜り込みながら声を掛けてくれる。本日何度目か分からない自己紹介を口にしながら、視点を動かして店の内装を眺めた。車を収めるために店内はかなり広い。店の入り口は車を検知して自動で開閉するシャッターがついていた。工具用の棚が壁際にいくつも置いてある。

「さっきフェアリーサンドのSNSに載ってた子でしょ」

「そう。体験してもらってた」

 ゲーム内のSNSを見て店に来てくれる客がいたくらいだ。来なくとも見ているひとはいるだろう。

「まだ一日目なんですけど、いろいろやってみたくて。明日ここで体験させてもらえませんか」

 おんぶにだっこ状態を脱したくて自ら交渉を始める。社長と言っていたから人を雇う決定権は持っているだろう。

「そんなの大歓迎よ! 私は明日もいるから、いつでも来てちょうだい。」

 こうして体験はあっさり決まった。冬雪がバンの修理費を払って、メカニックを後にする。

「ずっと乗ってるだけでも、タイヤとかエンジン摩耗しちゃうんだよね」

「あ、そうなんですね」

 まだ動く車をメカニックへ持っていった理由を教えられた。エンジンが摩耗しすぎると急に爆発することもある、という話に笑っているとあっという間にアパートの前に着く。

「ここでいい?」

「はい。今日はありがとうございました」

「困ったことあったら連絡してね」

 冬雪は水色のバンに乗って走り去っていった。それを見送ってからアパートに入る。

「と、いうわけで今日はここで終わりたいと思います。こんな風にね、このインディガンで暮らしてみようかな、という感じで。一応、明日もやるつもりなんで」

 配信中、ほとんどコメントを見なかった。今になって「面白かった」「明日も楽しみ」という肯定のコメントを目にして気が抜ける。

「冬雪さんいい人だったな」

 今日の感想としてそう呟いた。配信者の言葉に応答する視聴者は、「そうだね」「可愛かった」「いい人だね」とコメントする。その中に、「あれで男なのえぐいw」というものを見つけた。

「え、マジ? 冬雪さん実は男なの? それどっ……触れていいやつ?」

 キャラクターのネタバレだとしたら悪質な鳩行為だ。急いでStream Channelを開いて「FTSO 冬雪」と調べる。結果が出ると同時、別のコメントで「中身が男」という追加情報が与えられた。おそらく冬雪というキャラクター事態は女性っで合っているだろう。

「ほんとだ、Vなんだ。全然気づかなかったな。冬芽(ふゆめ)レイさんね」

 検索して出てきチャンネルの概要を見る。冬雪のプレイヤーは、春斗も知っているバーチャルストリーマー事務所に所属している男性だった。略してブイストと呼ばれる彼らは、春斗のように顔出しをせず、2Dイラスト等のアバターを用いて配信をする。

「まあ、こういうのはいいけどキャラのネタバレはしないでね。これは絶対」

 よろしくね、と言って翌日の予定を告げ、配信を切る。続いてボイスチャットやテキストのやりとりができるアプリケーションを立ち上げた。春斗が参加した、セリが運営するサーバーの運営チームとのやりとりはこのアプリケーション「ツールズ」で行っている。運営と参加者が全員見るグループが作成されており、探せばレイと連絡が取れるはずだ。SNSからメッセージを送ってもいいがこちらのほうが気づきやすい。百二十人ほどの参加者の中から「rei」というアカウントを見つけた。アイコンは水色の瞳のぬいぐるみの接写である。

「えーっと、」

 冬雪さんですか? と打って消し、今日はありがとうございました、と送った。人違いだったら謝ればいい。このアカウントの他に冬芽レイに似た名前のアカウントはなかった。

 SNSで冬芽レイを探すか、とブラウザを起ち上げるとちょうど返事が返ってきた。画面の右下に小さなポップアップが表示される。

「ハルくんの人ですよね? こちらこそ、街に来てくれてありがとう」

 レイからの返答に、名乗っていなかったことに気づく。活動者名がH4ruだからツールズの表示名もそのままだが、名乗るべきだった。春斗と同じくレイもこちらの中身がH4ruだということを知らなかったはずだ。

「いろいろ助かりました。また街で会ったらよろしくお願いします」

「楽しんでね!」

 短いやりとりだったがプレイヤーとしても感謝を伝えられて満足した。ふとレイからのメッセージの三つ下の「H4ruのせいじゃないからね」というメッセージが目に入る。五か月前に送られてきた、返せなかったメッセージ。元チームメイトのyu1ta(ユイタ)からだ。

 目を逸らすためにぎゅっと目を瞑る。瞼の裏にyu1taの顔が浮かぶ。春斗のせいじゃないと言ってくれる人は他にもいたけれど、彼にそう言わせることだけはしたくなかった。

 幼さが残る顔立ちだった。丸い瞳に桃色の唇。同い年なのに春斗より背が低く痩せていて、守りたくなるような可愛さがあった。春斗は、yu1taが好きだった。もちろん友達、同僚としてではない。可愛い顔が快感でぐちゃぐちゃになるところが見てみたいと思って自慰をしたこともあった。

 思い出して下唇を噛む。好きだと、守りたいと思っていたのに結局守り切れなかった。世界大会への切符を掴めなかった敗因は、客観的に見て二つある。一つは春斗のミス。最終試合の終盤、生き残れば世界大会へ行けるという場面で指が引き攣って銃を誤射。居場所がバレた春斗たちは他チームに蜂の巣にされて負けた。

 もう一つは最終試合の前に行った試合にある。安全エリアの収縮に追いつけなかったyu1taが欠け、そのせいで部隊が早期壊滅となった。スリーマンセルのチームでは一人欠けるだけでかなりの損失になるのだ。

 世界大会へ出られるのは先に順位ポイントを五十ポイント貯めた二チーム。どこかの二チームが五十ポイント貯めるまで試合を続ける。つまりずっと好成績を保っていられればすぐに切符を獲得できる仕組みだが、運の要素が関わることもあり、そううまくはいかない。その中でも春斗たちGaming Boxはずっと一位から四位を彷徨っていた。

 春斗たちの順位が低かったのはyu1taが欠けた試合だけで、それは最終試合となった試合で春斗がミスをしなければ帳消しにできた。ちょうど三位で終わってしまったのだ。

 春斗のミスを責められるだけならよかったが、yu1taも含めて期待外れだと罵られた。春斗のところに来ていたような誹謗中傷のメッセージがきっとyu1taにもいっていただろう。春斗がミスをしなければ、全部、なかったことにできた。ただの反省点として世界大会では気を付けようと言い合うだけで済んだはずだ。

「はあー……」

 五ヶ月も前だ。それでも、まだ五ヶ月しか経っていない。既に次のシーズンに向けてチーム練習は始まっていて、yu1taは続けるようだった。これだけは気になっていて、SNSでyu1taのアカウントを確認したから間違いない。先に折れてプロを辞める判断をした自分が情けなく、悔しかった。

 だから、プロの肩書と一緒にyu1taへの気持ちは捨てることにした。春斗よりよっぽど強い男だった。こうなってまで好きだと言えるほど強情ではない。約二年、一緒にゲームができたことだけを思い出にしようと決めた。

 ゲーミングチェアに凭れたままもう一度大きなため息を吐いた。せっかく新しいことを始めた日なのだ。うじうじと考えるのはやめようと防音室を出た。


 ***


 昨日ログアウトしたのが自身の勤務先であるメカニックの事務所だったからか、ツナギを着た状態で一日が始まった。マックスギアの従業員が着る青いツナギは胸元に歯車が二つ組み合わさった刺繍が入っている。色については、社長のヨンヨンの好きな色が青だから、らしい。

 初めてメカニックで働いてからもうすぐ一年が経つ。救護隊や警察を経験することなくメカニックに就職したのは、それだけこの仕事が面白かったからだ。

「さて、今日も働きますかー」

 視聴者だけに聞えるようにしてからそう言って、事務所から出る。店舗内ではすでに出勤しているヨンヨンと、車を修理に来た客が談笑していた。

「こんにちは」

 ヨンヨンの背後から客に向かって挨拶をする。青い長髪を高い位置で結んでいるヨンヨンは、大抵サーバーが開く十七時から二十四時すぎまで出勤している。サーバーが閉じるのは二十九時。後ろの五時間は別のスタッフが勤務する。春斗も配信開始が遅くなった時は深夜帯に店番をすることもあった。なによりゲームの中で現実の仕事とは違う。誰もいなければいないで、どうにかなるようにできていた。

「ハルくんおはよう! 今日もヨロシクね」

 ハキハキとした明るい声。ヨンヨンはどちらかというと元気系だ。社長だけあって頼りになる。実際、春斗は就職してから仕事のことで何度も助けられた。

「はい。でも先にご飯買ってきてもいいですか」

「いってらー」

 手を振るモーションで送り出されて、ガレージから取り出した移動用自家用車に乗り込んだ。買ったときは黒だったが、自身で白に塗装して乗り回している。メカニックの仕事には、車両の色や模様を変えるというものもある。

 スマートフォンを開いて、地図を確認した。開いている飲食店はロゴが明るく点灯するシステムになっている。SNSで開店告知を確認するより早い。春斗はフェアリーサンドのアイコンが点灯していることを確認して、車を発進させた。

 走行中にスマートフォンでSNSをチェックして、今フェアリーサンドを開けている従業員が誰かを確認。今のところ冬雪一人らしい。久しぶりに当たりだ。

 エンジンをかけて法定速度百二十キロで店を目指す。冬雪とは初日以降も連絡を取り合っていて、今では春斗にとってこのサーバーで一番話す友人という立ち位置にいる。一日一回は話さないと落ち着かないと言ってもいいくらいだ。

「いらっしゃいませー」

 白い扉を開いて中に入ると、ヘッドフォンから掠れた高めの声が聞こえてくる。冬雪のプレイヤーであるレイが男性だと知ってからは女性の声だと思わなくなった。アバターと普段の立ち居振る舞いだけであれば、まだ新規住民を騙せるだろう。

「あ、ハルじゃん。おはよう」

 冬雪がキッチンからひょこりと顔を覗かせる。水色の長髪が揺れた。

 来客がハルだと分かって声が柔らかくなるこの瞬間が好きだ。嬉しそうな反応が嬉しい。

「おはよ」

 ハルを演じながら操作をしている春斗の頬は、確実に緩んでいる。FTSOをやっているときは毎回ワイプを出さないようにしていて正解だと思う。

「一週間もおやすみしちゃったからすごい久々な気がする」

「そうだよね。全然見なかった。忙しかった?」

 キッチンを出てショーケースの後ろにいた冬雪が、ハルの隣に移動してきた。忙しかったか、というのはゲーム内の生活の話ではない。冬雪を演じているレイにもかかった質問だった。

 出会った当初はデビュー一年目だったレイは、前よりレッスンや収録で配信を休むことが多くなったという。二人でいる時間が多すぎて、レイとは時々ロールプレイを外した会話をすることもあった。

「も、あるけど、風邪ひいて寝込んでた」

「治った?」

「うん」

 話しながら、パステルブルーで彩られた店内の、白いダイニングチェアへ腰かける。天板が丸い形のテーブルとセットだ。

「俺しかいないんだし、病み上がりなんだから座りなよ」

 風邪をひいていたというのも冬雪のロールプレイではなくレイ本人だろう。分かっているがロールプレイに落とし込みたくてそう言った。

 それに、店員だからと隣に立って話されるより一緒に座ってもらう方がいい。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 フリルエプロンを着た冬雪がハルの向かいに座った。出会った時から変わらない水色ストライプのワンピース。

「今日はファームするの」

 ファームというのはゲームをする人間特有の用語で、例えば経験値アップのために弱い敵を倒し続けたりすることを指す。FTSOでは何かを作るための素材を集めることをファームと呼んでいる。春斗が初日に冬雪と行った農場での作業もファームのうちだ。

 素材がないとメカニックは車を直せないし、飲食店は商品を作れないし、ギャングは武器や防具が作れない。ゲーム内生活をよりリアルに近づけるためのシステムだ。

 ただし倉庫で段ボールを運んだり、川で水を汲み続けたり、原石を洗い続けたりと画面映えしない作業も多い。そのため一人でファームをするときは配信を見てくれている視聴者と雑談するくらいしか盛り上がる要素がないのだ。

 ハルはメカニックとして、冬雪はギャングからの依頼でファームをするため、二人ともログインしているときは誘い合わせている。ただ、病み上がりで長時間配信がきついなら今日はやらないかもしれない。

「する! そろそろ足りなくなりそうって言われたから、お店閉めたら行くつもりだった」

「ほんと? じゃあ俺も行く」

「行こう。連絡するね」

 一週間ぶりに会えたのだ。積もる話がたくさんある、というわけではないが、話はしたい。

「そういえば、十日って空いてる?」

 冬雪が思い出したかのように問いかけてきた。

「十日? ちょっと待って」

 春斗はパソコンの近くに置いていたスマートフォンを手にとり、自身の予定を確認する。キャラクターのハル自体に大きな予定はないが、春斗が事務所に出向く用事や人に会う予定があればログインはできない。

「ああ、多分空いてる」

「ほんと? うちのモネくんがライブに出るんだけど、よかったら一緒に観に行かない?」

「ライブ? どこでやるの」

「展望台前の広場だって。野外フェスらしい」

 ゲーム内イベントの誘いのようだ。野外フェスはメカニックの同僚も出ると言っていた気がする。この街では歌唱ライブやお笑いライブ、朗読劇などのイベントが行われていて、それらを見に行くことも生活の一部だ。春斗は自身があまり音楽にもお笑いにも演劇にも興味がないため行かない選択肢を取ることが多い。ハルがどうと考えるより先に、春斗がその場にいたところでたいした反応はできないだろうと思ってしまうのだ。約一年ハルとしてロールプレイを行っていてもできないことはある。

 ただ、冬雪に誘われるなら話は別だ。

「いいよ」

「やった。チケット、あとで持っていくね」

「もう買ってあるの?」

「モネくんにもらったんだよ。ぜひ見に来てって」

 誘って貰えたのはいいが、なんとなく面白くない。冬雪と一緒にイベントに行くことは楽しみなはずなのに、喜びきれない。うちのモネくん、と言われたことが引っかかった。

 ハルがアルバイトをした時は「今人を雇ってる余裕がなくて」と断られていたというのに、つい三か月前に新しく雇われたのがモネという男だ。もともと雇っていた人たちのログイン率が低くなってしまったため新人を雇ったという話をファーム中に聞いたときは、自分に声を掛けてくれればよかったのに、と思った。街に来た初日とは違って、飲食店で冬雪と働くハルは想像ができる。

「……店であんまり見かけないな」

「モネくん? いい人だよ。歌も上手いし」

 面白くなさを誤魔化すために歌うというキャラクターに触れた。ハルが自発的に訪れる飲食店はフェアリーサンドだけだが、それでも中々タイミングが合わずほとんど接客をしてもらった記憶がない。

 フェアリーサンドに体験で働いている新人がいるときはたくさん買うようにしていて、モネとも体験中に挨拶をしたことは覚えている。冬雪からもらった恩を返すように、初心者には優しくしている。

 一緒にゲームで街づくりをする人は助けてあげたい。春斗自身もチームゲームをしていた者として協力の心得はある。

「そうなんだ」

 モネを褒める冬雪にもやもやしたものを感じて、相槌が素っ気なくなった。冬雪は気づいていないようで話を続ける。

「でね、うちも提携してオリジナルメニュー作ったんだよ。これ試作品」

「え、まじ」

 手持ちの中に見たことのないサンドイッチが増える。パン生地に挟まれているのは白いクリームと星形にくりぬかれた黄色い何か。商品名は「キラキラサンド」と表示されている。

 こういった試作品を見せてくれるのは、従業員を除いてハルだけだと以前聞いた。従業員が入るということはモネも入る。浮かれそうになった気持ちがすっと引っ込んだ。

「うちは食べ物で、グラスホッパーが飲み物の提供するの。可愛いでしょ」

 グラスホッパーは、フェアリーサンドが開いていない、かつ飲食物が欲しくなった時に寄る店として認識している。どうやら二つの店舗が野外フェスを運営するイベント会社と提携して当日に商品を売るようだ。

「うん、かわいい」

 カーソルを商品のイラストに合わせると、説明が出た。「織姫と彦星が出会えますように。天の川をイメージした星形のパイナップルとホイップクリームの相性はバツグン!」だそうだ。

「野外フェス、日にちは遅いけどタイトルは七夕にちなんで『キラキラ満天フェス』っていうんだよ」

「へえ」

 よく考えたら数日後は七夕だ。七夕にちなんだイベントごとがあるなんて、小学校以来かもしれない。春斗が通っていた小学校では毎年笹を飾って、短冊を書いていた。中学校には笹はなかったし、それ以降は全くだ。

「七夕っぽくていいね。食べていい?」

「めしあがれー」

 ちょうど少し食事ゲージが減ってきている。もらった試作品を、使用するというコマンドで消費した。ハルがものを食べる動きをして手持ちのキラキラサンドが一つ消えていく。五個もらったので残りはあと四個だ。

 プルルル、とスマートフォンが着信を告げる音が鳴る。

「あ、ごめん電話だ」

 冬雪はそう言って立ち上がるとこちらに背を向けて店の端へ歩いていった。声が聞えなくなったため電話の内容は分からない。何か用事だろうか。

「ハル、ごめん。今から体験の子見ることになった」

 どうやら誰かから街に来た新人を紹介されたらしい。会話しながら地図アプリを開くと、開いている飲食店はフェアリーサンドのみだった。

「わかった。ごはん買おうと思ったけどまた後で来るね」

「うん。準備できたらSNSで言うから、買いに来てあげて!」

 じゃあね、と言って店を出る。乗ってきた車で勤務地であるマックスギアへと帰った。

 自分の車をガレージに仕舞ってから店の中へ入ると、修理待ちの車が三台並んでいる。出勤しているのは店長一人。

「すみません! お待たせしました」

 停めた車の前で修理待ちの客同士が談笑していた。そこに声を掛ける。

「おお、ハルくん。タチバナさんのからやってあげて」

「はーい!」

 この街の車やバイクは、走っているうちにボディやタイヤ、エンジンの耐久値が減っていく。人間の体力減少と同じシステムで、それを回復するには修理という作業が必要になる。修理ができるのがハルの職であるメカニックだ。

「ハルくんさあ、メカニック飽きないの」

 素材を使ってボディを直していると、腕を組んだタチバナが渋い声で問いかけてくる。彼が来るといつもこうだ。避けられるときは避けている。今回は仕方がない。

「まだ飽きないっすよ。最近は俺に会いに来てくれるお客さんもいるんで」

「つれないなあ。銃とか触りたいって思わない?」

「車触ってる方が楽しいですね」

 タチバナが持ってきた白いスポーツカーの車体の下に潜りながら答える。もはや向こうも本気ではないような定型文の誘い文句だ。

 タチバナはこの街の犯罪集団、ギャング「ウロボロス」のボスである。ハルや冬雪とは稼ぎ方が違う、いわゆる黒い市民。

「初日に冬雪に取られなきゃなあ」

「……俺の意志ですよ」

 冬雪の名前を出されて思わず返答に間が空いてしまった。確かに初日、第一村人が冬雪でなくタチバナだったら、気がついたらギャングに入っていたなんて未来があったかもしれない。

 春斗がこのサーバーにログインした初日、右も左も分からないうちにタチバナから「そのうち銃を撃ちたくなる」と声を掛けられた。ゲームの目的自体が仮想の街で犯罪を楽しむというものだから、犯罪者志望でこのゲームをしに来る人も珍しくはない。

 あとになって、「そのうち」がハル=ガリーではなく春斗にかかっている言葉だということに気がついた。普通にロールプレイをしていたら、初対面でそのうち撃ちたくなる、などと言わない。案の定タチバナからはハルの中身がFPSのプロだったから他のギャングに入られないようにしたかった」というようなことも言われている。

「はい、三か所修理で五十万の請求です」

 立ち上がって請求書を発行しタチバナへ送った。

「ま、気が変わったらおいで。ウロボロスはいつでも歓迎するよ」

「気が変わったらお伝えします。ありがとうございましたー」

 あしらいかたはうまくなったと思う。

 車に乗って去っていくタチバナを見送ってから、次の客を振り返った。

「お待たせしました」

「うい。修理と、車体の色変えてほしいっす」

「わかりました。色の希望は?」

 そこからは忙しい時間に突入し、ギャングの車や一般市民の車、バイクなどを修理しながら客と話しているうちに二時間が経った。この二時間のうちにハル以外の従業員が二人出勤してきて、店の中もかなり賑やかだ。

「ハルくん、おねがーい」

 また一台、修理依頼の客が入ってくる。バイクに跨った金髪の美女だ。

「エヴァさん。今日もありがとうございます」

 身体に吸い付く黒い革のスーツに、黒のヘルメット。揺れる胸元はチャックがギリギリのところまでおろされている。男性の欲を煽るような格好だ。

「今日はどうですか」

「ヤク売って銀行強盗してぇー、今指名手配中」

「あはは。順調っすね」

 マックスギアは中立地帯だ。警察から指名手配をされている人間が逃げ込んできても通報はしない。しかし、警察が訪ねてきたらここにいることを教える。だから犯罪者はメカニックたちに迷惑をかけないように、手配中は長居しない人が多い。エヴァも同様だ。

「あ、ちょっと電話出てきます」

 バイクのタイヤを修理している途中に、着信があった。一言断ってバイクから離れる。画面には、小森冬雪と表示されていた。

「もしもし?」

「あ、ハル? もうそろそろお店閉めちゃうけど、来れそうかな」

「行く。今修理してるの終わったら行くから」

「わかった。待ってるね」

 忙しすぎてスマートフォンに届くSNSの通知を見逃していたらしい。冬雪の方から電話をしてくれて良かった。

 ハルは電話を切ってから急いでバイクの元へ戻る。ボディの修理を終わらせて、請求書をエヴァへ送った。

「社長! ちょっと出てきます」

「はーい、いってらっしゃい」

 他の従業員も出勤してきて、やることは落ちついている。二度目の外出もヨンヨンは快く送り出してくれた。先ほどガレージに仕舞った自家用車で再びフェアリーサンドまでの道のりを走る。

「ごめん、お待たせしました!」

 扉を押し開けて駆け込んだ。店内に他の客はおらず、ワンピースに身を包んだ店員二人が出迎えてくれる。

「い、いらっしゃいませっ」

 緊張で上ずる声。黒髪にツインテールという髪型をした彼女の上には「浜菜(はまな)みなみ」という名前と、星の絵文字が表示されている。星の絵文字は街に来たばかりという証だ。

「激甘イチゴサンドと特製カフェラテを二十個ずつください」

「イチゴサンドと、カフェラテを、二十個ずつですね!」

 みなみはハルの注文を復唱してカウンターから在庫を取り出す。それからゆっくりとした動作でサンドイッチとカフェラテを渡してくれた。

 激甘イチゴサンドはイチゴがハートの形に切られていて見た目がいい。甘いものと合わせるならという考えでジュースではなくカフェラテを選んでいる。実際は操作しているキャラクターが食べるという行為で体力ゲージの回復をしているだけで、どのくらい甘いのか、どんな味がするのかは想像でしかないけれど。

「ありがとうございます。請求してください」

「はいっ! えっと、一万円が二十と二十で、……四十万円の請求です!」

 そういって作成された請求書がハルの元に届いた。支払う、というボタンをクリックする。所持金から四十万が引かれる表示が出て、正常に支払えたことが分かった。

「ちょっとは慣れましたか」

 まだ緊張している様子のみなみに話しかける。飲食店はただ買い物をするためだけの場所ではない。どちらかというとそこで働く人との交流がメインだ。

「いやあ、もう、やっていけるのかなこんなんで」

「大丈夫ですよ。浜菜さんならできます」

 ここ二時間彼女の働きを間近で見てきた冬雪が肯定する。冬雪は初心者にとことん優しい。

「そうですかね……」

「お名前は浜菜さん、でいいんですよね。よかったら連絡先交換しましょう」

 初心者の頃は知り合いがいるというだけで心強かったものだ。ハルはスマートフォンを取り出して自分の電話番号を送った。

「あ、ありがとうございます。ハル=ガリーさん……なんてお呼びすれば?」

「ハルでいいです。みんなそう呼ぶので」

「わかりました。私は浜菜みなみといいます! 好きなように呼んでください」

 みなみからも連絡先が送られてきた。顔と名前を記憶するように目で確認して、スマートフォンを仕舞う。

「浜菜さんね。俺は4649番地にあるメカニックで働いてます。車ほしくなった時とか、どういう車があるか知りたくなったら連絡してください」

「メカニック……なるほど」

「うちは今体験も募集してないんですけど、働いてみたかったら体験できるメカニックの紹介もするんで」

「わ、はいっ。ありがとうございますっ!」

 マイクの向こうでお辞儀をしていてもおかしくないくらいの声の勢いだった。街に来たばかりで知らないことも多いけれど、同時に楽しみなこともたくさん待っているだろう。知らないということは期待ができるということだ。

「よかったね。浜菜さん、ちょっとここで待ってて」

 ハル、と店の端に連れ出された。ひそひそ声で申し訳なさそうに切り出される。

「この後浜菜さんに街を案内することになっちゃって、今日ファームできそうにないかも」

 いきなり楽しみにしていた予定がなくなってしまった。しかし初心者案内をするという冬雪を責めることは出来ない。冬雪がそういう優しい人間だからこそ、ハルも助けられたのだ。

「いいよ。案内頑張って」

「ごめんね」

「ううん。またね」

 冬雪とショーケースの前に戻る。みなみにも別れを告げて、店を出た。

「……はー。まあね、しゃーないよな」

 思わずひとりごとが漏れる。それに対して視聴者が思い思いのコメントを送ってきた。

『フられちゃったね』

『初心者だいじにー』

『どんまいw』

「ほんとね、どんまいすぎる。しゃーないからファームは君らと雑談だよ」

 車をメカニックへ向かわせながら、縦型の画面を流れるコメントに向かってそう宣言する。やった、ありがとう、と返事をくれる視聴者たちで良かった、と思った。


 ***


 グラスホッパーは運転免許センターの向かいに店を構えている。酒を取り扱う店がこの立地でいいのかと思うが、店を開ける立地が限られていたと聞いて同情した。

「で? 今日もフられて暇だから来たってことか」

 店長であるカナリアは低い声で同情するように言う。名前には似合わないがバーのマスターとしては適した声だ。

「まあ……そう」

 訊かれたことを肯定すると、あっはっはとカナリアは豪快に笑う。顎髭を生やして眼鏡をかけ、銀髪をオールバックにした渋い見た目の通りの笑い方だ。合っていないのは名前だけである。

 昨日に続き、冬雪は今日もみなみを案内するといってしばらく店を開けたあと二人で出掛けてしまった。急を要するほど足りない素材はなく、仕方なしにグラスホッパーを訪れ、昨日から冬雪と話せていないという不満を垂れ流している。

「かわいそうに。お前一年いて友達ユキちゃんしかいねーのか」

「別にっ、……そういうわけじゃないけど」

 思いもよらない角度から刺されて狼狽える。カナリアとは街に来てしばらくして知り合った。実は、カナリアのプレイヤーであるowl(オウル)とは同じ事務所である。H4ru、yu1ta、owlの三人で世界大会へ出場したこともあるほどの濃い付き合いだ。

 大柄な男で、広い肩幅をぎゅっと狭めて前屈みでゲームをするのが彼の癖だった。

 事務所の先輩で、人生の先輩でもあるowlは限界が見えたと言ってプロを引退している。しかし引退後FTSOをプレイしていることは知らなかった。

「気に入った人間とばっかり話したがるのは昔からだけどさ」

「ちょっと」

「いいだろ。他にお客さんいないんだから」

 このサーバー内では、現実の友人関係や現実の出来事などの「演じていないこと」を持ち出すのは推奨されていない。サーバーの管理者であるセリが定めたルールの一つだ。ロールプレイを、架空のキャラクターを作成して、そのキャラクターの人生を生きるように遊ぶこととしている。

 しかし、プレイヤー同士が知り合いであったり、それが許される雰囲気の中ではロールプレイをせず、プレイヤー同士の会話になることもある。配信者同士の交流も兼ねているからだ。

 カナリアが言う「昔から」は、春斗のことを指している。ちょっと、とは言ったが本気でやめてほしいわけでもない。

「……人見知りなんだよ」

「だよなあ。あ、今度ここで合コンやるけど、参加する?」

「しない。なんで人見知りに合コン参加させるんだ」

「新しい出会いが必要かなって」

 余計な世話だ。owlはよく、春斗とyu1taの世話を焼いていた。そういう性格なのだということも知っている。

「昨日、新しい人に会ったよ」

 出会いという言葉で思い出したことを口にした。

「お、どんな子」

「浜菜って子で、フェアリーサンドで体験してた」

「ユキちゃん繋がりじゃねえか」

 図星過ぎて返す言葉がない。実際、昨日フェアリーサンドで体験をしてなければ会っていなかっただろう。誤魔化すように手持ちのカシスオレンジを使用した。ハルが飲み物を飲むモーションが出る。

「……そんなに拗ねるならさ、付き合っちゃえば?」

 予想もしていなかった提案だった。春斗は眉を寄せてカナリアから言われたことを一文字ずつ脳内で確かめる。

「カナリア、それ、冬雪が……」

 冬雪が男だと知ってて言っているのか。キャラクターとプレイヤーを混同した言葉は喉に引っかかって出てこなかった。しかし向こうは春斗が言わんとしていることを察したらしい。

「知ってるよ。でも可愛い女の子だろ」

 小森冬雪は女性アバターだが、プレイヤーの冬芽レイは男性だ。いくらハルと冬雪が男女ペアに見えるとはいえ付き合うという発想に至ったことはない。

 春斗が冬雪のプレイヤーが男だと知っているからというより、冬雪を女性として扱っているから恋愛だと思わないのだろう。選択肢を与えられて気がついた。ハルは春斗じゃないのに、やはりこういうところでロールプレイに不慣れな部分が出る。

「好きは好き、だけど、……うん」

 一番遊ぶ友達としばらく遊べていないのが寂しいというだけだ。無理矢理でもそう思い込みたい。友人に対して恋愛感情を持つのは苦しいと、春斗は知っている。画面の前で下唇を噛みしめた。

「でも、恋人になったらさすがにお前のこと優先してくれるんじゃないか」

「初心者案内しないで俺と一緒にいてよって言ってくる彼氏、嫌すぎるでしょ」

「あはは、それはそうだ」

 ぱちぱちと拍手をするモーションを出してきたカナリアに、はあ、とため息を吐いた。ちら、とモニターのコメントを見る。

『告白きちゃ!?』

『それも面白そう』

『恋愛って思ってないならなあ……』

『フられたら友達いなくなるぞw』

 想定より肯定的なコメントが多くて驚いた。男女カップルならこの街に何組か存在していて、視聴者はもとより住民からも支持されている。

 だから、そっちに舵を切っても面白い配信にはなるのだろう。告白をすると決めたわけでも、ハルは冬雪に恋愛感情を持っているという設定を付与したわけでもないのに、心臓がうるさい。誤魔化すように話を逸らした。

「そういえば、満天フェスだっけ? 新しいメニュー出すの」

 つい昨日聞いたばかりの話だ。カナリアはこのグラスホッパーの店長であるため、もちろん知っているだろう。

「青いクリームソーダとチャイナブルーの二種類ね。飲む?」

「いいよ、当日買いに行くし」

「めずらし。フェス来るんだ」

「うん。冬雪に誘われて」

 言ってしまってから、あ、と思った。別の話題を振ったつもりだったのに、結局戻ってきている。

「ふうん」

 含みのある声音で、カナリアの向こうにいるプレイヤーのowlが楽しんでいることが分かった。顔を知っている友人だからこそそう感じるのだろう。

「冬雪のとこの従業員が出るんだってさ。知ってる? モネって人」

「知ってるよ。来月ウチでライブする」

「へえ」

 本当に歌を売りにしているらしい。グラスホッパーでは月に一度店内でライブをするイベントがある。バーという場所の特性を生かして街に娯楽を提供しているのだ。

「お前もライブする?」

「なんでそうなるんだよ」

 モネと張り合いたいわけではない。春斗は歌ではなくゲームをしてきた配信者である。owlもそれを分かっていて雑なことを言っているだけだ。

「モネくん、歌はうまかったし、気になるなら来なよ。買い物してねってだけでチケット代とかいらないし」

「ああ、うん、わかった」

 適当に返事をして席を立った。暇つぶしの相手を間違えた気しかしない、と思いながらスマートフォンを開く。

「ユキちゃんと一緒に見においでね」

 ハルが帰ることを察したカナリアが近づいてきてフライヤーをポケットにねじ込んだ。どうせライブの告知ポスターだろう。見もせずに「ありがとね」と礼を言って店を出た。

「どう思う? リスナー」

 適当に車を走らせながらコメント欄に問いかける。基本的にキャラクターを演じているプレイヤーに対して視聴者は指示できない。プレイヤー側も、視聴者からの意見はなるべく聞かないようにしている。その塩梅は個人に委ねられているけれど。

「ハルは冬雪が好きなのかな」

 自分で演じているキャラクターなのによくわからない。一年近く一緒にいて、気が合うと思っていて、自分以外の人間に取られたくないと思った。ハルの感情であり、春斗の感情でもあるのだろう。

『俺がハルなら好きだな』

『冬雪さんかわいいしなあ』

『向こうもかなり好いてくれてるよね』

『ハルくんが男女の友情成立派だったら無しかも』

 いつもよりコメントの流れが遅い。視聴者もちゃんと考えて答えてくれているようだ。

「あー、男女の友情なあ。俺個人はあると思うけど、ハルはどうだろうね」

 春斗は、女性に対して恋愛感情を抱けない。幼い時からそうだった。グラビアアイドルの際どい写真を見ても興奮しないし、清楚な女性を見ても何も思わない。好きになるのはいつも一緒に遊んでくれる同性の友人や、同じ趣味を持つ同性の先輩だった。

 直近で好きだったのは、yu1taだ。最後まで戦友だったけれど、最後まで好きだった。些細な言動やふとしたボディタッチで胸が締めつけられるような経験を思い出しそうになる。

『社長のことはどう思ってるの?』

 流れていくコメントの中で、ヨンヨンについて訊ねるものを見つけてああ、と声を出す。身近な女性とハルの関係値を考えていくのもいいかもしれない。

 時間はあるし、ロールプレイを深めるためにキャラクターについて深めてもいい。

「社長……は、ただの上司かな。冬雪みたいに長時間二人きりで一緒にいることないしね。大体お客さんいるし」

『エヴァさんもハルくん好き好きだよね』

「あー、エヴァさんかあ。……服がいつも際どくて、ハルとしては目のやり場に困ってるんじゃない」

 身の回りにいたヘテロの男性の反応を想像しながら話した。エヴァは常連で、いつも豊満な胸を強調するように、身体のラインが出る服ばかり着ている。

『エッ、だよな』

『あれは反則』

『わかるー』

 男性視聴者たちの素直なコメントを目にして笑った。春斗の視聴者は比較的男性が多い。最後に確認したときの男女比率は男性七割、女性三割だ。プロの頃は男性九割だったから、これでもかなり女性視聴者の割合が増えたと思う。

「でもあの人絶対男を弄ぶタイプだよ。てか彼氏いるんじゃなかったっけ」

 はじめましての頃に、本人からではないが聞いた気がする。「エヴァは嫉妬深くてコワイギャングの彼氏がいるから手を出さないほうがいい」と忠告されたはずだ。いるよね、という同意のコメントとマジかよという驚きのコメントが同時に流れていく。

「あ、エヴァさんに相談してみようかな。どう? 良くない?」

 理由は分からないがハル目当てにマックスギアに通ってくれている女性だ。少しくらい個人的な相談を持ち掛けてみてもいいかもしれない。

「そうしよ。今日いるかな」

 思い立ったが吉日。スマートフォンを取り出してエヴァの連絡先を探す。電話を掛けると、呼び出し音が鳴った。

「もしもし? ハルくん?」

「エヴァさん、今って時間ありますか」

「あるよー。ちょうど暇してたとこ」

「ちょっと相談があって……、話聞いてほしいな、みたいな」

「あたしでいいなら聞くよう。どこいけばいいの」

「あざます。迎えに行くんで番地教えてください」

 教えてもらった場所へ車を走らせる。いつものように真っ黒の服装だが、ぴったりした革スーツではなく丈の短いレースのワンピースを着ていた。

「いつもと雰囲気違いますね」

「今日はお仕事してないからねえ」

 革素材のあれは仕事着らしい。

「んで? どこいくの」

「決めてないんで、適当にドライブでもいいすか」

 エンジンを入れて車を走らせる。

「話ってなぁに」

「エヴァさんに聞くのが正解かわかんないんすけど、人生相談的なことをしたくて」

「えーっ! 聞きたい聞きたい! あたしそういうの大好きっ」

 思わぬ勢いに気圧されながら、どこから話そうか考えた。エヴァも街の住民である。冬雪のことは知っているだろう。だからこそ名前を出さずに話さなければならない。噂になるのは嫌だ。

「俺、ある人とよくファームしながら雑談したりして遊んでて」

「うん」

「昨日ちょうど久々に会えたんでファームしながら話そうか、って言ってたんすけど、向こうが初心者案内するからってなくなって。今日もその続きで案内するらしくて一緒にファームできないって言われて」

「いやなの?」

「嫌っていうか、……俺とも遊んでよー、みたいな感じなのかな」

 高速道路に乗って北へ向かう。山を越えた先に海があり、ひとまずそこまで車を走らせようと思った。

「その子のこと好きなんだ」

「……わかんない。けど、カナリアに相談したら、告白して自分のものにしちゃえば? って言われたからそういうもんか? と思って」

「女の子をモノ扱いはだめでしょ」

「んはは。ね、俺も別に自分のものにしたいとかはないんすけど」

 相手にも相手の都合があるだろう。今回のケースだって、付き合っていたら初心者案内よりハルを優先してくれたかどうかはわからない。友人ではなく恋人という立場での我儘は言えたのかもしれないけれど。

「でもまあ告白って言われて、え、俺その子のこと好きなのかなあって考えちゃって」

「うわあーっ、いいなあ」

 まるで目をキラキラと輝かせているかのような声音。運転している車を背後から見る視点のため、もしエヴァが何かのモーションをしていても春斗からは見えない。

「そうやって考えてる時点で、好きなんだよ。その子のこと」

 好きじゃない、と断言できない時点で好きなのだろうか。恋愛と友情の線引きが難しい。春斗の恋愛対象が女性であればすぐに決められたのだろうか。

 冬雪が男性だったら、と考えるがうまくいかない。本質的には男性であると分かっているから、好きであることを認めたくないのかもしれなかった。

「……エヴァさんは、彼氏いるんですよね」

「うん」

 ロールプレイで恋愛を扱うというのはどういう気持ちなのだろう。本当は聞いてみたいが、エヴァのプレイヤーのことはうっすらとしか記憶にない。いわゆる「中の人話」ができるほどの仲ではなかった。

「どういうところが好きなんすか」

 問いかけるとエヴァがうーん、と少しだけ悩む。

「色々あるけど、あたしのこと、世界一可愛いお姫様みたいに扱ってくれるとこかな」

 エヴァは、相当溺愛されているらしい。愛されていて幸せそうだ。

「めちゃめちゃ愛されてるじゃないすか」

「めちゃめちゃ愛されてるよ。ハルくんもユキちゃんのことお姫様にしてあげな」

「……え、」

 思わず指が滑ってキーボードを誤押しした。車が一回転する。

「あはははっ」

 エヴァの悪戯っぽい笑い声が車内に響いた。冬雪の名前は一言も出していないはずだ。エヴァに対して冬雪とファームに行っているという話も、したことがない。

「分かるよぉ。この街って噂回るの早いんだから。ユキちゃんとこそこそファームしてるんでしょ」

「こ、こそこそって」

 隠れなければいけない犯罪とは違って、ファームは悪いことではない。

「あたしも見かけたことあるんだから。仲良さそーって思って声かけなかったけど」

「ええー……全然声かけてくださいよ」

「やぁだよ邪魔したくないし」

 ハルは気を取り直してアクセルを踏む。周りからそんな風に見られていたなんて気が付かなかったし、知らなかった。

「女の子はね、大げさなくらい愛されるほうが嬉しいの」

 エンジンの音に搔き消されそうなほど小さな呟き。小さな足音や銃声を聞き分けてゲームをしていた春斗は、それを拾ってしまう。きっとハルに伝えるために言ったわけではない。聞いた言葉は胸に秘めることにした。

「着きました、っと」

 駐車場に車を停めて、運転席から降りる。

「久々に来たかも。いつも南海岸ばっかだから」

「まああんまり来ないっすよね」

 車関係の仕事をしていると、ドライブをする機会が多い。新しい車の走行感覚を知っていないと、より馬力のあるエンジンの載せ替えやより走りやすいタイヤへの交換を提案できないからだ。

 二人で砂浜に足を踏み入れて三角座りをする。並んで話の続きをした。

「で? 告白するの」

「んー、まだ悩み中です」

「こういうのは当たって砕けろだよ」

「砕ける前提なんすか」

「エヴァも彼氏に告白するとき振られると思ってたもん」

「あ、エヴァさんから告ったんですね」

「そう」

 この街の女性は能動的だ。社長のヨンヨンのようにメカニックの会社を作ったり、なにかを企画して始めようという人が多いイメージがある。エヴァも同じで、自ら好きな男性に告白する行動力とそれ相応の想いがあったのだろう。

「告白したときは、どんな気持ちだったんですか」

「うーん、この人が他の女の子と仲良くしたり、付き合ったりするのはやだなあって思ったかな。どう? ユキちゃんがハルくんじゃない人と付き合うの」

 問われて、考えてみる。冬雪が他の男性と付き合うことになった、とハルに報告してきたとしよう。ファームの時間は彼氏と過ごしたいからと誘いを断られたり、冬雪と連絡を取って話す回数が減る。街のどこかで冬雪と彼氏が二人で仲良く歩いているところを見かける。

「あー……うー……ん」

 少し嫌かもしれない。嬉しいことでないのは確かだ。既に、モネを雇っていることにもやもやとしたものを感じている。

「そういう反応するって事はさ、快く送り出せないってことじゃない? だったら告白してみるのも手だよ」

「んはは。……まあ、そうっすね」

 春斗にとっての恋愛は秘めるものである。好きになるのは同性の友人や先輩で、彼らの恋愛対象は女性で、だから告白なんて選択肢ははじめからない。選択肢があるだけでこんなにも悩ましいのか。

「まあ、ユキちゃんがどうするかは分からないしねえ。結局はハルくんがこうしたい! って思ったことをすればいいよ。また迷ったらお姉さんが相談乗ってあげる」

 モーションを送信されて、受信許可のキーを押すと抱きしめられた。いやらしさのない握手のような抱擁だ。

「ありがとうございます。街まで送ります」

 相談に乗ってくれたエヴァに礼を言って、車に戻る。そのままエヴァが言う場所まで運転した。手持ちにあった激甘イチゴサンドを礼として渡す。ありがと、とウインクをしてエヴァは去って行った。

「まー……するか? 告白」

 これだけ人に相談しておいて「しない」というのも後ろ向きすぎる。なにより配信者としての春斗が、面白そうと思ってしまった。

 コメント欄は頑張れだのフられるなよだのという野次で盛り上がる。

 そうと決まれば準備だ。冬雪とは、誘えば二人きりになれる。問題は告白するための雰囲気作りだろう。例えばバーを貸し切って告白するとか、例えば観覧車に乗って告白するとか。春斗は人生で意中の人間に告白という行為をしたことがないため、想像や友人から聞き及んだ話を土台にする。

「フェスよくない? フェスのあと連れ出して告白するの」

 ふと思い浮かんだイベントが口に出た。

「イベント後の展望台の上なら人いないだろうし」

 もしかしたらイベントの名残を感じたくて登る人がいるかもしれないが、そのときは少しドライブでもすればいい。冬雪なら疑問を持たず誘いに乗ってくれるはずだ。

『いい!』

『展望台とか告白にぴったりすぎ』

『がんばれハルー』

 視聴者からのコメントにも背中を押される。

「よし。じゃあ、というわけで次インするのはフェスの日になると思うから、楽しみにしててね。明日はなくて、明後日はコラボ。メンツはまたあとでね」

 そう言って配信終了ボタンをクリックした。車をガレージに入れてからゲームをログアウトする。長時間ゲームをしても疲れないように作られている椅子の上で伸びをした。

「ふあー……」

 いつもと違うロールプレイをしたからか少し疲れがある。首や肩をぐるりと回して身体を解した。

 告白が成功してもしなくてもいい。春斗としての人生でやってこなかったことができる。そう考えるとすこし、ロールプレイの面白さを味わえる気がした。



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