カミングアウト
「ニナ嬢!」
「はい?」
「嫌です!」
「何がでしょう?」
「ブリスでもラオルでもなく、私だけのニナ嬢でいて下さい!」
「はいい?!どういう意味ですか?!」
「ラオルと浮気しないで下さい!ブリスをあなたのM豚認定しないで下さい!!」
「はいいい?豚?何?!」
「あなたの下種豚は私だけです!!!私だけのドSでいて下さい!!」
「ええええええええ?何を気持ちの悪い事を公衆の面前で行ってるのですか?!」
「はい!気持ち悪いあなたの下種豚です!躾が必要です!」
「あ、あなたイケメンなのにおかしいでしょ?!」
「もうずっとおかしいです!ニナ嬢に調教される日を楽しみにしていました!」
「あ、あなた私の暴言に喜んでいるの?!」
「はい!カフェのドタキャン放置かつ看板の裏から観察されるのも、首輪もタグも私を女性に襲わせて嘲け笑っていたのも、女性物の下着を着用させられたのもすべて最高なご褒美でした!もうニナ嬢の怒Sなしで下種豚は生きられません!!」
「ちょっと待って、あの下着あなたが着用したの?!真正の変態じゃない!!」
「ニナ嬢のご命令でしたので!さすがに登校時はバレたらどうしょうとドキドキが止まりませんでした!でもそのご命令も私だけにして欲しいです。こんな豚ですが、ニナ嬢が大好きです。これからもずっと私だけの怒Sでいて下さい!」
「はぁ?!何これプロポーズなの?おかしくない?!」
「こちらを」
ベルナール様は黒いビロードの箱を取り出し私の前に跪きます。これは女子が一度は憧れる場面ではありませんか。そして私に向かってゆっくりと蓋を開け⋯⋯⋯⋯
「っておい!手錠じゃねぇか!ここは指輪にしなさいよ!そのビロードの箱の大きさがやけにデカいとは思ったけど!」
「そのお怒りを私に向けて下さい!!あなたの専用の豚ですから!」
「いい加減にしろ!周りのギャラリーがドン引きだよ!こっち来い!」
「はいいいい!!!」
マズイ。私まで五枚ほど被っていた猫が剥がれてかけてる!素行も口も悪い日本人時代が出てしまったわ⋯⋯⋯⋯?あれ?なんて事かしら。
そうだわ、そうだったわ。私は元ヤンでバリバリ尖がった少女時代を送っていたんだった。でもさすがに卒業する年になって、誰も私の過去を知らない都会で社会人になってみたけれど、毎日刺激の無い生活に鬱々としていたんだわ。
そこで出会ったのがNTR。もし寝取られたらその男と浮気相手の女を合法的にボコ⋯⋯アレしょうと思ってその日を楽しみにしていたのよね。でも合法?ではなかったのかしら?
なんだ。じゃあNTRは必要ないわね。だってここにいじめ甲斐のあるおもちゃがいるのだもの!彼がいれば刺激的な生活が手に入るわね!猫を被る必要も無いし!
私は人気の無い壁へ彼を押さえ込み豚足の間に膝を割り込ませ脅す。
「おい下種豚だったか?お前明日からどんな噂を流されると思ってんだ?今日ここでの事は明日には社交界中に伝わるぞ?この国で豚野郎=お前の公式になるんだよ」
「致し方ありませんね。私の我慢が足りませんでした。それもまた良し」
随分と潔いですね。これからの侯爵家は大丈夫でしょうか?
「でもご安心下さいニナ嬢!私はそれなりに優秀ですからドMでもきちんと仕事は熟します!!」
「そうか。ならまぁいいか。じゃあ下種豚、植物園も見に行くぞ?少しでも遅れたら食虫植物の餌にすんぞ!」
「はい!よろこんで」
――その後――
「おいベルナール⋯⋯⋯⋯お前の動植物園での噂が凄い勢いで広まってるぞ?そ、その噂は真実で、お前は変態なのか?」
予測通り学園内の噂は私のMで持ち切りだ。まぁM豚が公で吊るし上げられるのも悪くはないな。
「ブリスか?噂は真実だし私はニナ嬢の豚だ。男の二言は無い。私からもブリスに質問がある。君はMか?」
「はぁ?!噂は本当なのか!?俺はそんな趣味ないぞ!なぜかそんな噂が流れてるけどな」
「そうかよかった」
ブリスはM豚じゃなかった!これでニナ嬢のお仕置きを二人で分けなくて済むな。
「なんで嬉しそうなんだよ?!」
「いつもなら群がってくる女性が私の元に来なくていい。私の弩M力に恐れをなしたのかもな。ははははは」
「お前の得体の知れなさが恐ろしくて誰も近づけねぇよ!」
私の学園生活は想像以上に快適になった。
「ベルナール様、お父上がお呼びでございます」
「はぁ、父上か」
父上に私のドM話が耳に入ったんだな。怒鳴られるのか呆れられるのか、失望されるのか。
気が重いが父の元へ向かう。
「父上お呼びですか?」
「ああ、入れ。すまぬがお前達、息子と二人だけにしてくれ」
みんな出て行ってしまった。父と二人きりは緊張するな。
「ベルナール、ここへ来なさい」
私は父が指定した書類が積んである書類棚の前に行く。
「ここの書類の下にこのからくりがあるんだ。引いてみなさい」
「はい⋯⋯」
なんだこの仕掛けは?私は少し緊張をしながらそれを引いた。
そうすると書類棚の裏に扉が出現した。そして父は慣れた手つきでドアを開けた。
「中に入りなさい」
「はい⋯⋯⋯⋯え??なんですかぁここ?!」
「うむ。我が侯爵家代々に渡って受け継がれてきたM用具の数々だ。とうとうお前に継ぐ日が来たようだな。後継者として合格だ」
「えええええええええええ」
父曰く、我が侯爵家は先祖代々ドM家系で、歴代の当主達がドM用品をここに隠し、ドM子孫に侯爵家当主の座と共に託してきたらしい。
「ま、まさか父も?!」
「当たり前だ。ひよっこのお前よりM歴は長い。お前はまだまだだな。だが婚約者は良い怒Sを選んだ。そこは高評価する」
なんと!父上は私など足元にも及ばない超Mだった。一度ニナ嬢に会っただけで彼女の怒Sに気づくとは。さすがだ。
「我々に相反するSS女性は中々見つからないものだ。お前は本当に運が良い」
確かにそうだ。ドS女性の全体数はそれほど多くないし、中でもニナ嬢は伯爵家のご令嬢で侯爵家との婚姻になんら問題はない。そして何より高嶺の花と言われるほどの美貌。私はなんと幸せなM豚だろうか。
「ここにある物は自由に使ってもらって構わない。だが絶対に見つけた貴重なSSは逃すなよ。我が侯爵家だけでなくM界隈にとっての損失だ。ベルナール、Mを精進せよ」
「はい父上」
こうして私は素晴らしい婚約者と侯爵家を受け継ぐ資格を得たのだ。