七夕は年に一度の復讐の日
今日は七夕。
一年に一度だけ、あの人に会える日。
「織姫様。もうすぐ天の川の対岸に着きます」
小舟を漕ぐ従者の声で、私は黙想をやめて目を開いた。
正座の状態から立ち上がり、輝く星々の流れる川の向こう岸を睨みつけた。
あそこに彦星がいる。
見た目はいいけれど、性格は最悪の私の元クズ亭主。
「ことしこそ殺ってやみせますわ」
私は決意を口にした。
一般的な七夕伝説はこういうものでしょう?
わたし織姫と彦星は結婚後二人とも働かなくなり、父である天帝の怒りを買った。
そして天の川の両岸に引き離し、会えるのは年に一度の七夕だけにされた。
だけどそれは風評被害も良いところ。
まず、結婚後に働かなくなったのは彦星だけ。
私はちゃんと機織りの仕事を続けていたの。
それなのに────。
「彦星さま! 私が作ったその織物は売って今月の生活費にしないといけません! だから持っていかないで!」
「織姫! うるさいぞ! よこせ!」
パチン!
彦星は私を張り倒して、一生懸命作った織物を奪って家を出て行く。
そして織物をどこぞの女にプレゼントして懇ろに。
そう。
彦星はニートなだけはなくDV夫で浮気男。
最悪の亭主だった。
それに天帝である父も大概。
相談してもまともに取り合ってもらえずに……。
「彦星は私が真面目な男と見込んでお前に引き合わせたのだ。織姫や。夫婦の問題があるとすればお前に責任があるのではないのか?」
男性が圧倒的に優位な古代では女の私の弁明は受け入れられなかった。
ようやく彦星が働いていない実態が伝わっても、なぜか両成敗のような形にされてしまったし。
でもお父様。ありがとう。
「まじめに働くなら一年に一度、七夕の日だけは会わせてやろう」
うふふ。
それなら復讐ができるわ。
「彦星さま! 隙あり!」
ある年は羽衣で首を絞め────。
「覚悟!」
ある年は青龍偃月刀を振りかざし────。
「狙いを定めて、ロックオン!」
時代が流れるとライフルなどの文明の利器も使うようになったわ。
でも、毎年ギリギリのところで失敗してしまうのだけど。
「さてと。今年はこれで行くわ」
私はレコーダーを見つめた。
時代は女性の人権に目を向け始めているし、そして情報社会。
結婚時代のDVを告白させて録音してネットに流してあげるわ。
そうすれば彦星はキャンセルカルチャーの餌食よ。
私はレコーダーを服に忍ばせると天の川の対岸に降り立った。
「ではごゆっくりと」
従者はギーコギーコと小舟を漕いでいって見えなくなった。
そして────。
「やあ。織姫。一年ぶりだね。会いたかったよ」
彦星がやってきた。
「彦星さま。お会いしとうございましたわ」
ああ。
相変わらずイケメン。
性格は最悪。
でもやっぱり見た目だけは最高。
私の胸中では愛憎が渦巻いている。
「いやー、君にプレゼントをするためにパチンコでお金を増やそうとしたんだけど、スッちゃってね」
「まあ。わたくしのために?」
「うん。生活にも困ってて、ちょっと援助して欲しいんだ」
「ええ。どうぞ。この織物を売ればあるは程度お金になるでしょう」
「ありがとう! 来年こそはこれまでの織物代、全部返すよ!」
「ええ。信じて待つわ!」
「うん。じゃあね! (くくく。ちょろいぜ。殺されそうになる年もあるけれど、もうあしらい方が分かってきた。さーて。あいつの織物は出来がいいから、女にやると喜ばれるんだよね。さっそくGO!)」
ああ。
彦星さま
利用されているのは分かっているわ。
だから殺したくなる年もある。
だけど、それでも愛しているのよ。
来年の七夕には真面目になってくれると信じているわ。
さてと。
その願いを短冊に書こうかしら。