修道院の奥、祭壇跡に棲むもの(3)
戦いを終えた三人は、大型と小型のナルボスの遺体を前に、討伐の証を集める作業に取りかかった。
小型の数匹から牙を抜き、大型の方からは牙と爪を慎重に外す。骨に深く食い込んだ牙は抜きにくく、リアが体重をかけて斧でこじ開けると、レネアが力任せに引き抜いてみせた。
「よし、これで十分だな」
袋に収められた牙と爪を確かめ、リアが頷く。
残された巨体は森の中でひときわ目立ち、このまま放置すれば、別の獣を呼び寄せるのは時間の問題だった。その体からはすでに血の匂いが立ち上りはじめている。
「処理は任せて」
ノエルが一歩前に出て、静かに詠唱を始めた。彼女の掌から薄紫の光が広がり、巨大な死骸の表面を淡く覆っていく。血の匂いが薄れ、肉の表面がわずかに乾いていくように見えた。
「今すぐ消すことはできないけれど、三日もあれば土に還るよ。数日もつ結界も張ったから、多分これで大丈夫」
魔法を終えたノエルが、少し息を整えながら言う。
「助かる。これで他の獣も寄りつきにくくなるな」
リアが頷くと、レネアも腰に手を当てて笑う。
「さすがだね。こういう魔法、ありがたいよ」と笑みを浮かべる。
リアは最後に袋を背負い直し、森の奥を一瞥した。
「じゃあ、証拠もそろったし……修道院に顔を出してから、本格的に奥に入ろっか」
三人は荷を整え、森を出て修道院へ向かう道を歩き出した。
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修道院の白壁が見えてくると、三人は自然と歩みを緩めた。森から戻ってきた冒険者の一行に気づいた修道女たちが、敷地の門前まで出迎えに現れる。
「お戻りになりましたね。怪我はありませんか?」
淡い茶髪を布で覆った年長の修道女が、心配そうに声をかけた。
「大丈夫です。無事に討伐は済ませました」
リアが袋を掲げ、中から大きな牙と爪を取り出して見せる。陽の光を受けて、白い牙が鋭く光った。
修道女たちの間に小さな安堵の声が広がる。中には胸の前で手を組み、静かに祈りを捧げる者もいた。
「こちらの森に棲みついていたナルボスは、大型を含め数頭。すでに討伐済みです。残骸も処理しましたので、しばらくは安全でしょう」
レネアの報告に、修道女たちが深く頷く。
「本当に……ありがとうございます。獣舎の牛も落ち着きを取り戻すでしょう」
先ほどの修道女が涙ぐみながら言った。
「ただ、奥の方にはまだ何かが残っているかもしれません。完全に安心するには、もう少し調査が必要です」
リアが補足すると、別の修道女が一歩前に出て頭を下げた。
「それでも、この辺りが静かになるだけで十分です。冬の備えを整える時間ができましたから」
ノエルが穏やかに微笑んで頷く。
「用心は必要だけど、森を越えてまで襲ってくる気配はなさそう。安心して、備えを進めてくださいね」
修道女たちの表情に少しずつ明るさが戻っていく。門前に漂っていた重苦しい空気が和らぎ、庭で働く修道女たちの手つきも心なしか軽やかになる。
三人は修道女たちに礼を返し、井戸で水を汲んで喉を潤すと、帰る準備を整え始めた。
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協会の人々に見送られながら石畳の小道を歩き、やがて修道院の門をくぐる。緑の丘陵に伸びる道に沿って進むと、待たせてあった馬車が見えてきた。御者に声をかけ、荷を積み込むと、三人は木の座席に腰を下ろした。
車輪が土道をがたがたと進み、馬の蹄が乾いた音を刻む。風はまだ夏の熱を含んでいたが、森の影が遠ざかるにつれ、心持ち軽やかに感じられた。
レネアが背もたれに体を預け、大きく息をついた。
「ふぅ……思ったより早く片付いてよかったな。あの調子だと、あと一晩は続くかと思ったよ」
リアは口元に笑みを浮かべ、窓の外を流れる景色を眺めながら頷いた。
「夜が深まる前に帰れるのはありがたいね。何より、あの人たちがやっと安心できると思うと、こっちも報われるな」
隣でノエルが小さく微笑む。
「……ええ。あのままだったら、きっと冬の支度どころじゃなかったでしょうし。私たちが役に立てて、よかったです」
リアがちらりとノエルを見やり、軽く肩をすくめてみせる。
「ほら、ノエルだって十分頼りになってたじゃないか。魔法がなかったら、今日一日じゃ終わらなかったし、多分無傷では済まなかったよ」
リアの言葉に、レネアも頷いた。
「私は普段から魔導士と組んでるけど、今日ノエルと一緒に仕事してみて、すごくやりやすかったよ。電撃の狙いが正確だし……あの大きなナルボスの脚、焼いてたよね? 戦いながら”火力、強っ!”って思ったもん」
思い出したように笑うレネアにつられて、リアとノエルも自然と笑みを浮かべる。
「そうそう。それに、ノエルの魔法なしじゃ、死骸の片づけはもっと大変だったよ」
「大変っていうか……実際どうする? 切り分けて埋めるのも骨が折れるよね」
二人が口々にノエルの功績を褒めると、ノエルは頬を赤らめ、視線を伏せた。
「ううん……大したことはしてないよ。ただ、できることをしただけ」
そう言って、二人がいてくれたから集中できたのだと続けるノエルに、レネアがくすりと笑い、拳で軽く自分の胸を叩いた。
「できることをやったから依頼が終わったんだ。謙遜するなって」
馬車は揺れながら、緑の丘を抜けていく。夏草の匂いと乾いた土の香りが風に混じり、三人の笑い声をさらっていった。
この三人は、多分これからもたまにご飯を食べに行ったりする関係になるのだろうと思います。それぞれ、他の人といる時とは違う顔が見られると面白そうだなと思います。何となく、ノエルはお酒強そうですね……。




