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修道院の奥、祭壇跡に棲むもの(2)

 やがて、森を抜けた先に修道院が見えてきた。

 白い石壁が昼下がりの陽光に照らされ、眩しく輝いている。だが門は固く閉ざされており、リアが叩くと、内側から足音が近づいた。


 わずかに開いた扉から修道女の顔が覗き、冒険者の装いを認めて安堵の色を浮かべる。

「よかった……外から来た方々ですね」


 案内された中は質素ながら清潔で、薄い香草の香りが漂っている。桶の水を分けてもらい、喉を潤すと、修道女たちがぽつぽつと話を聞かせてくれた。


「夜になると……壁のこちらまで、獣が息をひそめているようで……」

「子どもたちは怯えて泣き止まず、姉妹たちも眠れぬ夜を過ごしています」

「獣舎の牛が乳を出さなくなってしまって……これでは冬の備えもままならないのです」


 言葉を交わすたびに、修道女たちの目には不安が浮かぶ。祈りで慰めようとしても心が追いつかないのだろう。


「……やっぱり、ただのナルボスじゃなさそうだね」

 リアが肩を回しながら小声で言う。


「放っておくわけにはいかないだろう」

 レネアが真剣な顔でつぶやくと、ノエルは杖を握り直した。

「ええ。用心していかなきゃね」


 ノエルの静かな決意がにじむ言葉に、二人は笑顔でうなずいた。


---


 不安を背負う修道女たちの視線に見送られ、三人は再び森へと向かっていた。森の奥へと進むにつれ道は細くなり、木々の影が濃く落ちている。湿った土の匂いに混じって、鼻を刺すような瘴気の気配が漂いはじめていた。


「……空気が重いな」

 リアが低く言う。肩を回し、斧を担ぎ直す。


 しばらく行くと、開けた場所に出た。かつて祭壇があったと分かる石の残骸が、草に覆われながらも形を留めている。その中央に、ひときわ大きな影が立っていた。


 ナルボス。だが、先ほどの小群れとは明らかに異なる。

 普通の個体より二回りも三回りも大きく、毛並みは逆立ち、目には赤い光が宿っている。周囲に控える小型の個体たちが、まるで命令を待つように距離を保っているのが分かる。


「……ナルボスには、たまに頭の切れるリーダーが現れるって聞くけど」

 レネアが剣を構えたまま低く呟く。


「ああ。私も以前やりあったことがある」

 リアは巨躯を見上げ、息を整える。

「でも、あれほどじゃなかった。せいぜい一回り大きい程度だった。でもこれは……」


 ノエルが眉を寄せ、額の汗を指先で拭った。

「多分……魔素の影響ね。古い祭壇跡から瘴気を感じる」


「やっぱりか」

 リアは短く笑って肩を回し、斧を構え直す。

「前にも似たことがあったんだ。沼地の祭壇跡で、巨大化したバリトルスが出た。そのときは、体の作りまで変異していた」


 低い唸り声が森に響く。

 巨体のナルボスが一歩踏み出すと、呼応するように小型の群れが動き出した。

 静寂が破られ、戦いの気配が一気に張り詰める。


---


 草むらのざわめきとともに、灰色の影が低く走り抜けた。

「来るよ!」

 レネアが声を張ると同時に、鋭い爪が剣に弾かれ、甲高い金属音が森に響く。

「足止め――!」

 ノエルの詠唱とともに、青白い火花が地面を駆け抜け、ナルボスの足元で弾けた。動きが一瞬鈍った隙を逃さず、レネアの剣が滑り込む。


 リアは横から別の個体が回り込もうとするのを見つけ、身をひねって斧を振り払った。骨にあたる鈍い感触が手に伝わる。


「ノエル、次!」

「はい!」

 火花が再び走り、群れが距離を詰めきれずに足を取られる。その間に、リアとレネアが息を合わせて押し返す。


 荒い息を整えながら、リアは仲間の位置を確認する。

「数は多いけど、動きは単調だな」

「ええ。焦らなければ大丈夫」

 ノエルが短く答え、再び詠唱に入った。


「囲まれる前に片づけるよ!」

 レネアの声に、二人が頷く。


 森の空気はざわついていたが、三人の呼吸は揃っていた。


---


 連携の流れが整い始めると、三人の動きに無駄がなくなっていった。

 斧の軌跡に押され、剣が突き、魔法が支える。互いの声は短く、しかし確実に伝わる。


「右からもう一頭!」

「任せろ!」

 レネアが地を蹴り、影のように滑り込む。剣が閃き、唸りをあげたナルボスが倒れる。


 ノエルは大きく息をつきながらも、視線を逸らさずに詠唱を続ける。額に浮かぶ汗を手で拭う余裕もなく、彼女の声に応じて青白い稲光が枝葉の間を走った。


「まだ数は減ってないけど……足並みが崩れてきた」

 リアが斧を構え直す。


「なら、ここから畳みかけよう」

 レネアの声に力がこもる。


 暗灰色の毛並みが揺れるたび、森の空気はざらりとした緊張に包まれる。だが、三人の足取りは乱れない。


 斬り倒されたナルボスが草に沈むたび、森のざわめきは少しずつ静まっていった。息を荒げつつも、三人の動きは揃いはじめ、押し返す手応えが確かにある。


「……数、減ってきたな」

 リアが斧を構え直し、荒い呼吸を吐く。


「うん。この調子なら――」


 レネアの言葉は、低く響いた唸り声に遮られた。

 巨体のナルボスが、ついに動いたのだ。


 赤い光を宿す瞳がギラリと揺らめき、周囲に残った数頭のナルボスが同時に走り出す。巨体は正面から圧をかけ、小型たちは側面へと散っていった。


「くっ……あれ、やっぱり指示してる……!」

 レネアが横から走り寄るナルボスを剣でさばきながら歯を食いしばる。


 大型の爪が振り下ろされる。地を裂く衝撃を、リアが辛うじて横に弾き返した。

「ノエル、援護を厚めに頼む!」

「まかせて!」


 稲光が枝葉を走り、小型の進路を焼く。それでも怯まず、巨体の隙を補うように襲いかかってくる。


 優勢だったはずが、再び均衡に引き戻される。

 息を整える暇もなく、三人は群れの連携に押されていった。


 それでも数は確実に減っていく。やがて残るは二頭、そして一頭へ――。


 大型のナルボスが、低く吠えた。その声に最後の一頭が飛びかかり、道を塞ぐ。

 巨体はその隙に、森の奥へと身を翻した。


「逃げる気……!?」

 レネアが踏み込むが、間に合わない。


「行かせない!」

 ノエルの声と同時に、稲妻が地面を這った。迸る閃光が森を裂き、大型の退路を塞ぐ。


 巨体が吠え、振り返った。

 赤い瞳が、まっすぐ三人を射抜く。


 退路を塞がれた大型のナルボスは、牙を剥き出しにして吠えた。

 その声に空気が震え、森の小鳥たちが一斉に飛び立つ。


 レネアが正面から踏み込み、巨体の爪を受け止め、流した。剣と爪がぶつかり、硬質な金属にも似た音が響く。押し負けそうになりながらも、彼女は足を止めない。

「今のうちに!」


 リアが横から斧を振り下ろす。分厚い毛皮と筋肉を裂き、鮮血が飛び散る。だが、浅い。巨体は痛みに怯むどころか、怒りを増して体当たりを仕掛けてきた。


 辛うじてかわしたものの、その衝撃にレネアの足がきしみ、リアがよろめく。

 そこへ稲光が走り、巨体の片脚を焼いた。ノエルが杖を握り締め、必死に集中している。


「押さえて……!」

「あと少し……耐えてくれ!」

 レネアとリアの声が重なる。


 巨体はなおも動きを止めず、狙いを切り替えてノエルへ突進する。

 その背に、リアが飛びかかった。斧の重みで肩を抑え込み、進路を逸らす。

「ノエル、下がって!」


 巨体が振り回すように暴れ、リアの体が宙に放り出される。

 咄嗟に受け止めたのはレネアだった。

「無茶するなって!」

「言ってる場合か!」


 短いやりとりの間に、巨体は呼吸を整える。次の咆哮に合わせて再び突進が来る――。


「……ここで!」

 ノエルが地を叩いた。閃光が地面を駆け、大型ナルボスの足元を縫い止める。わずかに動きが鈍る。


 そこへ、リアとレネアが左右から踏み込んだ。

 斧が首筋を裂き、続けざまに剣が腹を抉る。


 咆哮は断末魔となり、巨体は大きくのけぞった。

 数歩よろめいた末、地響きを立てて崩れ落ちる。


 森に、再び静寂が戻った。


冬を越える準備できないの、かなり困りますね。ノエルは戦闘に不慣れなようでいて、派遣先で魔導士達と連携しての討伐に参加した経験はあります。ただ、「魔導士は自分一人」という状況が初めてでした。

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