修道院の奥、祭壇跡に棲むもの(1)
宿の食堂は、まだ人影もまばらだった。
窓を開け放った木枠からは、夜明けの冷たい風が細く吹き込んでいる。卓上の燭台は消され、かわりに差し込む朝日が木の机を明るく照らしていた。
焼いたパンの香ばしさと、温かいスープの匂いが混ざって漂う。
湯気の立つ皿を前に、リアとルゴルは向かい合って腰を下ろしていた。
「久しぶりの別行動だね」
パンをちぎり、スープにひたして口に運んだリアが言った。素朴な味が舌に広がり、ほっと息をつく。
ルゴルは木の匙を動かしながら短くうなずいた。
「ああ。気をつけていこう」
リアはその言葉に笑みを浮かべ、手にしたカップを軽く掲げる。
「じゃあ、無事に帰るために」
淡い音が食堂に響き、茶の香りがふわりと立ちのぼった。
ルゴルは食べ終えると席を立ち、腰の弓を確かめる。
「……ギルドで合流する」
「うん、行ってらっしゃい」
リアはひらひらと手を振って見送った。
彼の背が食堂の扉の向こうに消えるのを見届け、リアは残りの茶をゆっくり飲み干した。器を卓に戻したちょうどその時──
「おはよー、リア!」
入口からひときわ明るい声が響く。
明るい笑顔で手を振ってきたのは、剣士のレネアだった。その隣には、薄紫のローブをまとったノエルが静かに立っていた。
「おっ、タイミングいいね」
リアは席を立ち、肩に斧をかけ直す。
「よし、行こうか」
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「今朝は気持ちいいね」
剣を背にかついだレネアが、腕を伸ばして背を鳴らした。
リアも肩で息を吸い込み、頷く。
「うん。昼になったらどうせ暑くなるだろうけど、出発には丁度いい」
ノエルは息を小さく吐きながら、荷を背負い直して歩みを進める。
「協会の仕事以外で、こんなに遠くに行くのは久しぶりかも」
そう言って笑った顔は、どこか楽しげだった。
三人は並んで石畳を歩き出す。道端ではパン屋が扉を開け、香ばしい匂いを通りに流し始めていた。街の広場を抜け、徐々に町の外れへと足を進めていく。
「修道院って、確か男子禁制なんだよね?」
レネアが何気なく口にする。
「うん。元々は戦後に未亡人を受け入れてた施設だから」
リアが答える。
「宗教的な理由もあるけど、生活の場として女性だけの環境を守ってきたんだって。だから今回も、敷地に入れるのは女性だけ」
ノエルが真面目な声で確認する。
「なるほど……魔物が出るのは外の方で、院の中までは入ってこないんだね」
「そうそう。祈りと魔法の守護で結界が張られてるって話だし」
リアは軽い調子で返し、足を進める。
「でも、外でうろつかれると活動できないから、討伐依頼が出たってわけ」
レネアは納得したように頷き、鞘に手をかけて軽く鳴らした。
「じゃあ、腕の見せどころだね」
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町を離れると、畑の広がる一帯を抜け、やがて緑の濃い丘陵に入っていった。
馬車の車輪が石ころをはね、木枠が小さくきしむたびに、積んだ荷や装備が揺れる。夏草の匂いが濃くなり、虫の羽音が時折耳をかすめた。
道の両脇には背丈を越える葦が揺れ、朝の光をきらめかせている。
「森に入ると、空気が変わるね」
ノエルが呟く。杖を握る手に、自然と力がこもっていた。
「魔素も少し濃いな」
リアは歩みを緩めて辺りを見回す。視線の先に、不自然に押し分けられた草の跡があった。
「……来るぞ」
茂みの影から現れたのは、狼をひとまわり大きくしたような姿――ナルボス。
狼のような精悍さはなく、ボサついた毛並みと痩せ気味の体つきは、どことなく貧相に見えるが、その牙は狼よりもずっと大きく鋭い。暗い灰色の毛は、夜なら見分けにくいだろう。
五体。唸り声を響かせながら、三人を取り囲むように散開する。連携は粗いが、数で押す狩りを得意とする魔物だ。
「肩慣らしには丁度いいね」
レネアの声は低いが、剣先は迷いなく敵に向けられていた。
「じゃ、前は任せるよ」
リアは斧を構え、身体をやや横にずらして間合いを広げる。
「援護するね」
ノエルの声に合わせ、杖の先が淡く光を帯びる。
レネアが踏み込み、剣閃で最前の一体を押さえ込む。横から飛びかかった別の一体を、リアが斧の腹で弾き返す。その隙にノエルの放った雷撃が走り、魔物の動きを止めた。
「いい流れ!」
リアが声をあげる。
息を合わせるように、レネアの剣が横薙ぎに閃き、ノエルの魔法が重ねられる。
数呼吸の間に、小群れは地に伏していた。
周囲に再び静寂が戻る。
「よし。このメンバー、強さが安定してるし、息も合ってるな」
リアは斧を肩に担ぎ直し、軽く息を吐いた。
「この調子なら大丈夫そうだな」
レネアは剣先を払って鞘に収め、笑みを見せる。
「油断しなければね」
女性三人パーティー、アップが終わったので次は修道院へ向かいます。




