川原で休息(そしてエルフは石を粉砕する)
森の奥、倒木と土砂の間を縫うように進んでいくと、ふと視界が開けた。岩場に囲まれた細い川が流れており、そのほとりに、ちょうど腰を下ろせるほどの平坦なスペースがあった。
「……ここ、いいね」
リアがそう言って地面を指でなぞる。湿り気は少なく、枯葉も少ない。風も穏やかで、火を起こすにはうってつけだった。
鳥のさえずりが聞こえる。枝を揺らす風の音、どこかで虫の羽音。さっきまで緊張に縛られていた森が、少しずつ日常の顔を取り戻しつつある。
ルゴルは水の流れを確認してから、川の浅瀬にしゃがみ込んだ。
「……清水だな。魔素の影響も薄い。けど一応――」
腰の革袋から、薄い青色の石を取り出す。親指の先ほどの大きさで、表面にはごく小さな魔法陣が刻まれている。
「魔石?」
「ああ。使い切りの浄化用。野営のときは、念のためな」
彼は石をそっと水面に浸す。静かに光が広がり、波紋のように流れを包んだ。魔法というより、祈りのような所作だった。
リアは見守りながら、石を集めて焚き火の囲いを組み始める。慣れた手つきで枯枝を重ね、火打石を取り出そうとしたところで、ルゴルが片手を上げた。
「着火なら、俺がやる」
右手をかざすと、小さな火花が弾けて、細い炎が焚き火に灯った。
「……へぇ」
リアは火の揺らぎを見つめながら、素直な感嘆の息を漏らす。
「魔法、使えるんだ」
「火と浄化だけな。猟師の心得ってやつだ」
「猟師……か。頼りになるのも納得だな」
リアはくすっと笑い、草の上に座り直す。湯を沸かすための小鍋を取り出し、川の水を汲んで火にかけた。
湯が沸くまでの間、二人は何気ない雑談を交わした。その中で、何がどうしたのか「どちらが遠くまで水切りできるか」という流れになり、勝負することになった。
「よし、じゃあさ、水切り勝負しよ。何回跳ねるかで勝負!」
そう言って、リアが石を選び始めると、ルゴルはすでに一つ手に取っていた。
「先にやっていいか」
「お、どうぞどうぞ」
ルゴルが投げた石は、水面を軽やかに跳ね、遠く対岸にたどり着くほどに飛んでいった。
「おー、器用だね!飛ばせるのは弓矢だけじゃないってことだ。……よし、次は私の番」
リアは勢いよく投げるが、石は跳ねずに向こう岸の岩に直撃し、鈍い音とともに砕け散った。
「…………ふふ、これはこれで勝ちじゃないか?」
「ああ、威力では間違いなく」
互いに笑い合い、風が吹き抜ける。
やがて湯が沸き、お茶を入れて一息つく。温かな香りが、ほのかに鼻をくすぐった。
ルゴルは弓の弦を確かめ、リアは靴を脱いで足を伸ばす。
どちらからともなく、ぽつりと何かを言いかけ、また火を見つめて黙る。
そんな時間が、しばらく流れた。
――――
帰り支度を整えて歩き出した矢先だった。予定していた帰路が、倒木で塞がれているのを発見した。
「……これは、倒れたばかりだな」
ルゴルが倒木の根元に膝をつき、土の崩れを指でなぞる。斜面はごっそりと抉れ、あちこちに剥き出しの岩肌がのぞいていた。
「地滑りか。こっちは、通れそうにないな」
リアが辺りを見回して言う。
ルゴルは地形図を広げ、川筋と山の尾根を目で追い、
「迂回するしかなさそうだ。北東の尾根を回れば、たぶんギルドに出られる」と言って目を上げた。
「じゃあ、そっち行ってみようか」
二人は地図にない小道――かつて獣が通ったかのような痕跡を辿りながら、森の奥へと踏み入っていく。
進むにつれて空が見えにくくなり、地面はふかふかの草は土に覆われていく。湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつくようだった。
足元では、太く伸びた木の根が地面から浮かび上がり、迷路のように絡み合っている。
「なんか、森の形が……違ってきたね」
「……ああ。植生が変わってる」
やがて、二人は奇妙な場所に辿り着く。
太い幹が立ち並び、まるで柱のように整然と連なる空間。幹と幹の間には、自然のアーチのような通路が続いている。
木の一部は中が空洞になっており、人が通れるほどの幅があった。
「……これ、通っていいのかな」
リアが囁くように言う。
ルゴルは幹に手を当て、耳を澄ます。かすかに、音が反響していた。風か、小動物か、あるいは――
「これは……自然のものか?」
思わず漏れた言葉に、リアも小さくうなずく。
不思議な静寂が、あたりを包んでいた。
「納品の品……どうする?」
リアの問いに、ルゴルは腕時計代わりの道具で時間を確かめ、軽く頷いた。
「夜が近い、今日はここまでだ。一度ギルドへ戻る」
「探索はまた今度、だね」
「……一緒に行くことになってるのか?」
「えっ? そうだろ?」
そうして二人は、少し遠回りの道を選んで森を抜ける。
荷物は重いが、足取りは軽い。
『次にすること』があるのは幸せなことだ。今日の仕事も無事に終わって、こうして帰ることができる。しかも、息の合う――いや、息が合いそうな予感のする、相棒と。
戻ってくるときには、準備を整えて。食料は、何日分いるだろうか。
――頭の中でひとつひとつ計画を組み立てながら、森をあとにした。
大分打ち解けてきました。