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川岸のニムと洞窟の冷気(1)

 ギルドの扉を押して入ると、むっとした熱気と昼どき特有のざわめきが迎えた。

 陽射しで熱を帯びた空気が建物の中にも流れ込み、カウンターにはいつもの顔ぶれが並んでいる。奥の机では、冒険者たちが冷たい水や簡単な食事をとりながら、依頼の相談をしていた。


 リアとルゴルが奥へ進むと、帳簿に目を落としていたヤルクが顔を上げた。


「お、ちょうどいいところに来たな。お前らにぴったりの仕事がある」


 どっかと椅子から腰を浮かせ、手にした紙をひらりと振ってみせる。

 リアが手すり越しに身を乗り出すと、依頼書の表には見覚えのある名――“スキタリド”の文字が躍っていた。


「……あー、またあれか。で、今度はどこに出たの?」


「こっちの山沿いの洞窟だ。去年とは別の場所だが、近いもんだ。町からなら馬も荷もいらん。日帰りで行ける」


「ふむふむ、野営なし。今の時期にしては優良案件じゃん」

 リアは頷きながら返し、ちらとルゴルを見る。彼は無言のまま、すでに壁の地図へと目を走らせていた。


 ヤルクはそんなふたりを見て、鼻を鳴らした。


「去年、まだ面識がなかったあんたらが、あの成体を倒して帰ってきた時は、そりゃ驚いたさ。今じゃ安心して任せられる」

 そこまで言って、依頼書の端で自分の手のひらを軽く叩く。

「……とはいえ、慣れた頃に牙を剥くのがあいつらだ。油断はするなよ」


「へーいへーい、心得ておりますって」

 リアが軽い調子で返す。けれど、心のどこかではしっかりとその忠告を受け取っていた。

 こうして小言をもらえるのも、気にかけてくれている証拠だ。


「この分岐をこう取れば、川沿いに出られるな」

 ルゴルが地図の一角を指で示すと、リアが肩越しに覗き込む。


「わ、じゃあ途中で川に寄れるじゃん。涼んでいけるな、これは」

 ぱっと表情を明るくして、振り返りざまにヤルクへ片手を振る。


「じゃ、明日の早朝に出発ってことで。お土産、期待してて」


「はいよ。気をつけてな」

 ぶっきらぼうな声の奥には、どこか安心した響きがあった。


 ギルドを出ると、日差しのまぶしさが肌を刺すようだった。

 石畳はすっかり熱を持ち、軒先に吊るされた布が風に揺れている。

 リアとルゴルは並んで歩き出し、その足音が、昼下がりの町に軽く響いた。


---


 宿に戻ると、ふたりはそれぞれの部屋で荷をまとめ、明日の準備に取りかかった。

 リアは道具袋を広げ、使い慣れた小物類をひとつひとつ確認しながら、布類を入れ替える。

 ルゴルは弓具の点検を終えると、矢羽のほつれを手際よく直していく。手を止めることはほとんどない。


 盛夏の空気はまだ熱を含み、窓を開け放っても涼しさはほとんど届かない。

 ふたりとも装備はできるだけ軽く、衣服も風通しの良いものにして、汗をかくのは明日にとっておくことにした。


 準備が済むと、階下の食堂に向かう。夕暮れ前で、客はまばら。

 リアとルゴルはいつものように、空いていた卓に向かい合って腰を下ろした。


 この日の献立は、冷ました豆と香草のスープ、軽く炙った鶏肉の香草焼き、やや堅めの黒パン。塩気のきいた冷たい野菜のマリネも添えられていた。暑さを見越した宿の、地味ながら気の利いた内容だ。


「……そういえばさ」


 スプーンを手にしたリアが、豆の浮いたスープをかき回しながら言う。

 パンをちぎって口に運びながら、続けた。


「レネアとノース、宿決まったってさ。二部屋とったって言ってた」


「そうか」


 ルゴルはスープを一口飲み、そのまま頷いた。


「うん。……にしても、びっくりしたな。あの発表。なんの前触れもなく、あんな昼メシ時に」


「前触れは、あっただろ」


「え、どこに?」


 リアが目を丸くする。ルゴルはパンの端をちぎりながら、一度だけ視線を持ち上げた。


「鱗……ああ、あの時?」


 リアは思い出すように視線を上げ、視線をしばらく動かした。


「レネアが喉のとこ見せて、『昔はこっちが流行だった』って言ってたあれ?」


「いやいや、あれは雑談でしょ。まさか、そこ拾って『そういうことか!』にはならないでしょ」


 手をひらひらと振るリアを気に留めず、ルゴルはパンを噛みながら少しだけ口角を動かした。


「可能性の話だ」


 その淡々とした言い回しに、リアは思わず笑いを漏らした。


「……ほんとさ、お前、たまに勘が良すぎて怖いんだけど」


 ルゴルは「そうか?」とだけ返し、魚の皿に手を伸ばすと端を切り分けた。

 香草の香りが立ち上り、リアはそれを横目にパンをちぎった。


「しかもさ、あのウインク。あんな見事にキマる!? なんかもう、ぜんぶ持ってかれたって感じだったよ、あの時の昼はさ……」


 リアが肩肘をついて笑うと、ルゴルもわずかに口元をゆるめた。

 パンをちぎってスープに浸しつつ、リアが続ける。

「……ノース、“付き合うことになりました”って、料理の感想みたいなテンションでさ。あれがまた妙に堂々としてて……」


 パンを口に放り込み、椅子の背もたれに身を預けたリアを見て、ルゴルは軽く笑いながら言った。

「あれは”報告”だったな」

「そうそれ。『一応報告しておきます』くらいの感じでさ~……!」


 そんなことを言い合いながら、ふたりは黙々と食べ進めた。

 マリネの酸味が舌に心地よく、会話も食事もテンポよく進んでいく。


 食後、出された茶を口にしながら、リアがぽつりとつぶやいた。


「……明日、晴れるといいな」


「早く出れば、暑くなる前に洞窟に入れる」


「そっか。じゃ、日の出前集合ってことで」


 ふたりは軽く頷き合い、立ち上がった。

 町の屋根の向こうで、蝉の声が一瞬だけ遠くに響いた。宿の外では、空がゆっくりと群青に変わり始めていた。


夏と言えばやっぱり川と虫だよな~と思い、2連続昆虫系になりました。

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