バリトルス戦(第二形態)討伐そして素材採取
「こいつ、トラクターか!?」
リアが叫びながら飛び退く。足元で地面が抉れ、泥と根が舞い上がる。
「畑だったらいい土になるのにな~」
「……畑じゃなくて残念だったな。早く仕留めないと、俺たちも耕されるぞ」
バリトルスは止まらない。破砕機のように前進し、遮蔽物となるはずの木々をまとめて粉砕していく。木に隠れても意味がない。回避もままならず、次第に戦場が広場のような更地に変わっていく。
そして、バリトルスはその中心で立ち止まり、再び叫び始めた。低く、長く、うねるような咆哮。
「……おかしい、さっきまで突進してきたのに」
「威嚇か? 動きを止める……つもりじゃないよな……?」
岩陰で動向を注視していたそのとき、ふと、リアが声を上げる。
「この粘液、可燃性じゃなかったっけ?」
「そうだ。薄めれば美容液に使えるが、原液は……」
顔を見合わせる二人。
「……燃やす?」
「燃やせば倒せるだろうが、素材が……報酬が……」
沈黙が一瞬、流れた。
「でも、仕方ないか……今回は生き延びる方が大事だもんな」
「火矢、いくぞ……————————」
だが、そのとき。
咆哮が唐突に止んだ。バリトルスの体がゆらりと揺れ、地に沈むように崩れていく。頭を持ち上げようとしてはグラつき、倒れ込む。
「……ん? あれ、バテてない?」
「まさか……スタミナ切れ?」
リアがぽかんと口を開ける。
「飛び回ってエネルギー切れ起こして、動けなくなったってこと…? えっ、ハエかな……?」
「次からハエ型の魔物が出たら、逃げまくってみるか?」
苦笑しながら、ルゴルが矢を構える。最後の一撃。
「……粘液素材、少しは残ってるといいな」
斧と矢が同時に放たれ、バリトルスの鳴かぬ体へと突き刺さった。
勝利は、意外な形で、静かに訪れた。
――――
沼の縁で、リアは荒い息を整えながら、ゆっくりと斧を下ろした。辺りは粘液の匂いと、湿った草の蒸気でむせかえるような空気だ。
バリトルスの巨体は、つい先ほどまでの暴れようが嘘のように、ぐったりと地に沈んでいた。腹部から矢と斧の傷が広がり、粘液と瘴気の混じったものがじわじわと漏れ出している。
「……やっと、終わったか」
リアの声に、ルゴルもこくりとうなずいた。肩で息をしながらも、背負っていた革袋を前にずらして、中から手早く採取道具を取り出す。
「粘液、急がないと。時間が経てば揮発して、素材にならない」
「あぁ、そうだな。手伝うよ」
リアは手甲を外し、手慣れた様子でバリトルスの脇腹あたりにしゃがみ込む。すでに気化が始まっている箇所もあり、うっすらと蒸気が立っていた。
「見て。皮膚の層、剥がれてる部分から保湿成分が滲んでる。たぶんここ、いいやつだ」
ルゴルも目を凝らし、うなずいた。
「この状態なら……保存瓶に入れれば、ギルドの査定も通るかもな」
二人は息を合わせ、丁寧に容器へ粘液を掬い取っていく。リアが瓶の蓋を閉じると同時に、森の奥で鳥の声が一つ、鳴いた。
静けさが戻っていた。さっきまで地形ごと暴れ回っていたとは思えないほど、森は落ち着いている。
「……木、だいぶ倒したな」
「うん。でも、そのぶん明るくなった。……あっち、抜けられそうじゃない?」
リアが指差した先には、倒木の向こうにわずかに光の帯が走っていた。今まで茂みと霧に隠れて見えなかった場所だ。
「抜け道、か。元からあったのか、こいつが暴れてできたのか……」
ルゴルは立ち上がり、矢筒を背負い直した。
「どっちでもいいさ。行こう。少なくとも、こっちの道は“静か”だから」
二人は最後に一度だけ、バリトルスの亡骸を振り返った。巨体はすでに乾き始めており、湿気を帯びた風にまぎれて、かすかな腐臭が混ざる。
報酬は得た。命も守った。なら、次に進むだけだ。
『先のことは帰ってから悩もう。今は……休憩と、帰り道!』
森に差す光の先を目指し、二人は静かに歩き出した。倒木と土砂に覆われた森の裂け目が、ほんのわずかに道らしき輪郭を見せ始めていた。
頑張って縄張り守ったけど力尽きてしまいましたね。さよならバリトルス…