美容素材や希少部位は高報酬なので
翌朝、ギルドを訪れたルゴルはカウンターで書類に名前を書き終え、地図を広げて手早く目的地を確認していた。
――さぁ、行くか。
地図を畳んで出口に向かおうとたところで、年季の入ったベテラン受付係であるヤルクに引き留められた。
『このままお前を行かせるなど、元冒険者の受付係としてあるまじきことだ』
そう書いてあるかのごとく顔をしかめたヤルクからの、熱心な説教が始まろうとしていた。
「おいおい、ルゴル。……お前さん、本気で“祭壇跡の森”に一人で行く気か?」
「……問題ない。この二件、まとめて受けられるって話だったよな?」
そう淡々と返すルゴルに、ヤルクは眉根を寄せて説教を加速させていった。
「十分ったってな……あそこはただの森じゃねえ。あんなもん、沼喰いがごろごろしてる毒の沼に、スキタリドまで混じってくる場所だ。前に行ったやつぁ、片足引きずって戻ってきたぞ?それに――おい聞いてるのか?大体お前はいつも――」
そんなヤルクの説教を浴びながらもルゴルは言葉を返さず、ただ手元の地図に集中していた。
彼が今回受けようとしているのは、掲示板に貼られた2つの依頼だった。
ひとつは、近郊の森で目撃された異形の魔物についての調査と、危険と判断されれば排除するというもの。もうひとつは、同じ地域に生息すると言われる魔物──俗に“沼喰い”と呼ばれる個体から採れる、美容薬の原料になる素材の納品依頼だった。質の良いものを大量に集めれば、かなりの報酬になると評判だ。
そこへギルドの扉が開き、リアがひょいと顔を出す。
「よっ!……って、なになに?何か揉めてんの?」
「おうリアか、ちょうどいい。こいつが一人で“祭壇跡の森”に行こうとしてる。止めても聞きやしねえ。一人でだなんて、まったく最近の若いのは……リア、お前もだぞ?この前も一人で洞窟に行こうとして……」
説教の矛先が自分に変わったのを知り、リアは適当に返事を返した。
「へーい、へーい。まったく、じいさんは心配性だな。……でもまあ、あの森か~、確かに一人じゃキツそうだったな。」
「そうだぞ、お前、ちゃんと分かってるじゃねぇか。……あっ!?」
リアの返答に『分かっているな』と表情を緩めて頷いていたヤルクは、いいことを閃いたとばかりに手を打った。
「そうだ!!リア、お前も一緒に行ってやれ!沼喰いの動き、知ってるやつが二人ってのは心強いし、何よりあんたら顔見知りなんだろう?ぴったりじゃねぇか。」
気のない様子で頬杖をつきながらヤルクの説教を聞いていたリアだったが、彼の案を聞いてパッと顔を明るくし、ルゴルを振り返った。
じっとルゴルの目を見つめたリアは、にっ……と笑った。最高に面白そうないたずらを思いついた子どもの目が、ルゴルの目を見つめてキラキラと輝いている。
「ルゴル。お前と並んで戦ってる時、ほんっとやりやすかった。……これも何かの縁だ、よろしくな、相棒!」
ルゴルは一瞬だけ目を見開き、視線をさ迷わせたあと、観念したように溜息をついた。
「……勝手に決めたな」
ルゴルはしばし沈黙したあと、地図を畳んでリアに目を向ける。
「こういうのは、言ったもの勝ちだからね!」
そう言ってリアは肩を叩くようにルゴルの背中を押す。
「おい、道具はちゃんと持ってけよ!矢と煙玉は多めにな!それから――」
「へーい、へーい!」
ルゴルの肩を抱き、半ば引きずるようにギルドを出ながら、リアは後ろから追いかけてくる説教にヒラヒラと手を振った。
――――
陽の傾きかけた午後、濡れた小道にぬかるみができ、リアは足を取られながらも前を歩いていた。
空はまだ明るいが、昨日降った雨の影響で空気は湿り気を帯びて重い。
「はーあ……もう、ぐっちょぐちょだよこの道。誰か石でも敷いてくれないかな」
ぶつぶつ文句を言いながらも、リアの声はどこか明るい。
ルゴルは少し後ろを歩き、黙ってその背を見ている。歩幅を合わせているのか、リアが足を滑らせそうになるたび、自然と距離が縮まった。
「ん?ああ、別に滑りそうってわけじゃないよ」
リアが振り返り、ルゴルを見て笑う。「でも、ありがと」
リアは肩をぐるりと回し、ひとつ息を吐いた。
「ま、今回も頼りにしてるよ。あんたの矢、キレるからね」
そう言って、前を向いたまま、肩にかかった斧の位置を直した。
リアの素が出てきた。