戦闘終了→素材収集→帰路
スキタリドの死骸が岩間に横たわる。地にこぼれた毒液は粘つくような音を立てて蒸発していた。
「ふぅ……」
リアは肩で息をつきながら剣を鞘に戻すと、わずかに首を回し、男の方へ顎をしゃくった。
「助かったよ。矢がなければ、あと一手で私の剣が逝ってた」
男は無言で頷いた。矢筒に残る矢を確認してから、岩陰を回ってリアの近くに歩み寄る。
「さっきの連中と一緒じゃなくて正解だったな」
そう言う男に、少し疲れの滲んだ声でリアが答える。
「……ああ。すれ違った二人はあんたの仲間か?」
「まぁ、そうだな。即席の『仲間』だ。そっちと似たようなものだ」
『仲間』を強調する男の言葉に、リアは少し笑顔を浮かべた。
「まあな。大型のスキタリドを見た瞬間、逃げ出したけどな! あんたの『仲間』達は一回は戦おうとしたんだから、まだ優秀だな」
クツクツと笑いながら上機嫌に話していたリアだが、ふいにスンと鼻を鳴らし、顔をしかめた。
「……毒のにおいがキツいな……彼らが粘液まみれになって帰ってきた理由も、毒消しのにおいがしていた理由も、やっと腑に落ちたよ」
そう言うと、リアは成体のスキタリドの腹を無造作に足で蹴り飛ばし、呻くように呟いた。
「これ、追加報酬つくやつだな……」
「牙と心臓部、忘れずに切り取れ」
男が淡々と指示する。
「……ああ、そうだった。心臓はえーと、ここら辺の……」
剣を手にリアがぐっと屈みこむが、やや逡巡するように動きを止める。
「毒袋に気をつけろ。傷つけると飛び散るぞ」
「えっ、そういう細かい作業、苦手なんだよな……」
リアが眉をしかめて、少し困ったような笑みを浮かべる。
「俺がやる。ここの殻だけ外してくれ」
男が指先で殻の継ぎ目を示す。
「……あぁ、助かる」
リアが殻を外すと、男は無駄のない動きで鋭い短剣を取り出し、手早く毒袋を摘出する。手際よく肉を裂き、染み出す毒液がこぼれぬように布片で封じる。
「毒矢に使える。保存できれば、ギルドで売ることもできる」
「へぇ……慣れてるな。あんた、素材屋でもやってたのか?」
男は目を逸らさずに答えた。
「違う。ただ、生きるために色々やってきた」
少し間を置いて、リアがふっと息を吐くように笑う。
「なるほどな。私よりはるかに器用ってわけだ」
「剣を握る方が器用なやつもいる」
そう返す男の声は低く、湿地の風に紛れるほどだった。
二人は手際よく必要な素材を切り出し、麻袋に詰め終わると洞窟を出た。
ぬかるんだ道を踏みしめながら、リアがふいに問いかけた。
「あんた、逃げたパーティーにいたのか?」
「俺は後衛だった。前が崩れたら、下がるしかない」
リアは少し意外そうな顔をしたあと、冗談めかして言う。
「……あんたみたいな奴でも、そういう言い訳するんだな」
「言い訳じゃない。事実だ」
男はあっさりと返す。続けて、少し声を落とした。
「お前はよくやっていた。前に立つのは簡単じゃない」
リアが目を細めて、ちらりと男を見る。
「ふーん……あんた、口は悪くないんだな」
「口で飯は食えない」
「いや、うまく使えば交渉の時とかに……って、まあいいや」
冗談とも真面目ともつかない会話が、草むらの軋む音とともに沼に溶けていく。
傾きはじめた陽の光が、湿った草葉を鈍く照らしていた。
――――
森を出ると、日が暮れかけていた。日差しの温かさがまだ岩肌に残る谷間を抜け、道が開けたところで、リアがふと口を開いた。
「そういや、あんた。名前、聞いてなかったな」
男は少しだけ口角を上げ、淡く返す。
「バルゴル。……だが、だいたいのやつは『ルゴル』と呼ぶ。」
「ルゴル、ね。じゃ、呼びやすい方でいいか」
リアも悪戯っぽく笑いながら、手袋の泥を軽くはたいた。
「私はリア。リナーリアが本名だけど、長いし面倒だし、だいたいリアで通してる」
「リアか。……剣、悪くなかった」
「そっちの弓もね。あれだけ急所を抜けるなら、充分食っていけるだろ」
谷を抜けた先には、山裾の小さな町。その中心にあるギルドの石造りの建物が、午前の光を受けて白く輝いていた。
「じゃ、とりあえず報告と報酬だな」
リアが前を指差すと、ルゴル――初めて名前を知った彼もまた、それに無言で頷いた。
ようやく名刺を交換できました。