町歩き(ルゴル)と広場で合流
ギルドを出て右手の坂を下り、路地を抜けた先の通りへ出ると、金属を打つ音が早くも響いていた。
鍛冶屋はもう火を入れているようだった。開いた扉の奥には、煤で黒くなった壁と、数本の剣がかけられた棚が見える。店主はまだ奥にいるのか姿はない。だが、この時間なら裏の工房で作業中だろう。ルゴルは無言のまま一礼し、作業台の隅に自身の装備袋を置いた。
革の包みをほどき、ナイフを抜く。鍔元には細かな傷が走り、わずかに刃こぼれもある。鞘の内側にも砂が入り込んでいた。無言で鞘を傾け、溜まった砂を指で払う。
「……」
そのまま棚から砥石を借り、石台に腰かけると静かに刃を滑らせ始めた。一定のリズム、無駄のない動き。石が鋼を削る音が、周囲の朝のざわめきと重なる。
やがて、店主の男が工房の奥から顔を出した。
「おや、ルゴルじゃねぇか。今日は早いな。……お、また削れとるな。昨日のか?」
「ああ」
ルゴルは小さくうなずいた。
「分かっちゃいるだろうが、粘液を切れば錆びやすくなる。油さしといたほうがいいぞ。これ使え」
手渡された油壺に、ルゴルは一礼だけで応じた。店主は気にした様子もなく、ひとりでしゃべりながら作業へ戻っていった。
刃の手入れを終えたあとも、ルゴルはしばらく黙ったまま、革紐の締め直しや留め具の点検を続けた。
使い慣れた道具たちにひとつずつ視線を落とし、鋼の静かな光を確かめるように目を細める。
そのまま棚から小さな袋を取って腰に下げると、扉を押して外へ出た。
朝の光はまだ柔らかく、道の石畳に長い影を落としている。
人通りはまばらで、遠くから子どもたちのはしゃぐ声が風に乗って届いてくる。
通りを歩きながら、ルゴルは時折、立ち止まるような仕草で周囲に視線を走らせた。
並ぶ露店。高く積まれた果実の籠。窓を開けて朝食の香りを逃がす家。
一見、どこも変わらない。
だが、その「いつも通り」に、なにか、薄く張った膜のような違和感がある。
気のせいかもしれない。だが、五感のどこかがそれを無視できなかった。
道具屋の看板が見える。ルゴルは歩を進め、その扉を押した。
「おや、ルゴルさん。珍しく朝からですね」
店主の老爺が声を上げた。背後には整然と並ぶ小道具や素材の棚。
ルゴルは軽くうなずくだけで、店主の脇をすり抜けるように棚へ向かう。
手袋、針金、仕掛け用の留め具、予備の紐――。
必要なものを手際よく拾い上げながら、指先の動きだけは止めず、視線だけが棚の奥で一瞬だけ止まる。
何かを探しているのではない。ただ、どこか、気配に耳を澄ませるように。
店主はルゴルの様子を気にするふうもなく、帳簿をめくっていた。
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広場の一角、まだ人の流れがまばらなうちから露店がいくつも開きはじめていた。色とりどりの果実が籠に盛られ、棚に積まれたパンの香ばしい匂いが風に混ざって鼻をくすぐる。
そんな喧騒の外れ、石の縁に腰かけていたリアが顔を上げる。軽く結った髪が、朝日を受けてやわらかに揺れた。
「ん、おかえり。思ったより早かったね」
通りを横切ってこちらへ向かってくるルゴルに声をかける。ルゴルは軽くうなずきながら、彼女の隣へ腰を下ろした。
「早く行って正解だったかもな」
「そっか。あ、パン食べる? さっきあっちの屋台で買ってきたやつ。ハーブ入りで、けっこういけた」
そう言って差し出した袋を、ルゴルは小さく頷いて受け取った。
「……あのさ、ルゴル」
「何だ?」
「今朝さ、なんか変な夢見たんだよね。誰かの声がして、名前を呼ばれた気がしたんだけど……起きたら、何も覚えてなくてさ」
リアの言葉に、ルゴルはわずかに眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。代わりに、広場を見渡すように視線を遠くへ向ける。
「……子どもが多いな、今日は」
「うん、昨日の祭りの名残だろうね。夜でもまだちびっ子たち、街角でお菓子もらってたし」
リアの言葉を裏付けるように、数人の子どもたちが笑いながら走り抜けていく。その中のひとりがふと振り返り、リアに気づいて足を止めた。
「あっ、このお姉さん、昨日もいたー!」
「いたいた。よく気づいたなあ」
リアが軽く手を振ると、子どもは満足したようにまた走り出していった。
「さて、と。あとは宿で荷物まとめておくか」
リアが立ち上がり、背伸びをひとつすると、ルゴルもそれに続いた。
朝の光を受けて、ふたりの影が並ぶ。
日が高くなってきた。街も、ふたりも、動き出す時間だ。
ひとりでしゃべりながら作業へ戻っていく職人さん、「そういう職人さんっているな~」という感じで好きです。




