「よく見かけるやつだな」
お互い、「よく見かけるやつだな」とは思っていた。
エルフにしては肩幅が広すぎるし、オークにしては線が細すぎる。
目立つのはお互い様。目立てば覚える、名は知らずとも。
それだけだったはずなのに――今、その二人は、背中を預け合って剣と矢を振るっている。
――――
名も知らぬ男と共闘することになる前、"エルフにしては肩幅が広すぎる女"――リアは、五人組の即席パーティで森の中を進んでいた。
目的は、森の奥にある洞窟で暴れている魔物の討伐。ギルドが掲示した緊急依頼で、報酬は悪くなかった。
もっとも、即席の寄せ集めでは割に合わないかもしれないと、リアは最初から思っていた。
パーティは、前衛がリアひとりで、他は魔法使い、盗賊、そして弓使いと治癒師。
いかにも「足りない部分を数で補っただけ」の構成だったが、急ごしらえの依頼では珍しくもない。
足元がずぶりと沈むたび、濡れた落ち葉と泥の感触が重くまとわりついた。
ぬかるんだ森の匂いのなか、不意に空気が変わる。
「――来るぞ!」
リアの声と同時に、目の前の茂みを押しのけてそれは現れた。
”沼喰い”。
ぬらりとした表皮に覆われた、這いずる巨大な魔物。
長さは人の背丈を超え、泥を吸った胴体から粘液を滴らせながら、音もなく進み出る。
素早くはないが、一度飛びかかって吸いつけば溶解液で体を溶かし、鎧の継ぎ目から全てを吸い尽くす。
「な、なんだよこれ、話が違う!」
魔法使いの男が声を裏返し、後退しながら呪文を唱えるどころか杖すら構えられずにいた。
次の瞬間、ぴしゃりと撥ねた粘液がローブの裾を濡らし、彼は悲鳴を上げた。
「うぇっ、無理無理!誰がこんなもん相手すんだよ!」
続いて盗賊が叫び、転げるように森の奥へ逃げ出す。
リアは制止の声をかけたが、二人は耳を貸さなかった。
残されたのは、リアと、弓使いと治癒師。
三人。
状況は、まだ序の口だというのに。
――――
残った三人で、洞窟へと進むことになった。
先頭を歩く戦士風の男は、さっき逃げた二人を思い出して鼻で笑った。
「まったく、最近の若いのは肝が据わってねぇな。あれくらいで尻尾巻くとか、よく冒険者なんて名乗れたもんだ」
「まあ、あいつらは最初から腰が引けてたしな。見たか?魔物の粘液でローブ投げ捨てて逃げてたぞ。笑っちまう」
リアはその会話に相槌を打つことなく、静かに後ろを歩いた。
背後にはもう何もいないが、どうにも気が抜けない。
洞窟の入口は湿った空気に包まれ、ぬかるんだ森よりもさらに足元が悪い。苔むした岩場を進み、暗がりへと踏み込む。
頭上から水が滴り、蝙蝠の羽音が天井に響いた。
しばらく進んだところで、反対側から複数の足音が響いてきた。
松明の火に照らされて浮かび上がったのは、すでに戦闘を終えて戻ってきたらしい、別の冒険者の一団だった。
彼らは服を泥と粘液で汚し、目を見開いたまま息を切らしている。
一人は肩に怪我を負っており、別の一人は剣を途中で折られていた。誰もが異様なほど無言で、ただ早足に通路を戻ろうとしていた。
男たちはすれ違いざま、その様子に目を留めた。
「あ? なんだこいつら。びびってもう撤退か? ヘタレの集会所かここは?」
「まーた逃げ帰る連中か。ああいうのがいると、逆に俺らが目立っちまうな」
どちらかというと、沼喰いとの戦闘で逃げた仲間たちを思い出しての揶揄だったが、実際のところ、この一団の異様さはそれとは別格だった。
何かに追われているのか、声も発せず、目も合わせないまま、通路の奥からただ逃げてきたようだった。
リアの耳が、すれ違う瞬間に微かな音を聞き取る。
誰かの唇が震え、漏れた声だ。
「……おかしい」「引き返せ」「無理だ……」
その断片が、リアの胸にざらりとした不安を残す。
何かが、この奥にいる。
「……足音、やけに反響するな。妙な静けさだ」
リアがぽつりと呟く。
だが男たちは、それを聞いても意に介さない。
「心配しすぎだっての。こういうダンジョンはビビったもん負けだ」
「そうそう、脅かすなよな〜。ああいうモンスターが一体出ただけで、今日の報酬はほぼ確定みたいなもんだろ?」
リアは視線を洞窟の奥へ向けた。
感じる。違和感。息を潜めた気配が、どこかに潜んでいる。
さっきの冒険者たちのざらついた足取り。言葉。目の奥にあった、諦めの色。
「なあ、ちょっと待て。慎重に行こう。何かいるかもしれな――」
言い終わる前に、二人の男は先へと進んでいた。
言葉よりも欲が勝ったのだろう。大物がいるなら、それを仕留めればさらに報酬が上がる。
それが彼らの思考だった。
リアは舌打ちし、小さく息を吐いた。
前衛が置いていかれては話にならない。足を速めて、男たちの背中を追った。
洞窟の奥――
光の届かない空間の、その先で、湿った音が響いた。
「……おい……なんだあれ……!」
次の瞬間、洞窟の闇がざわめいた。
岩陰から滑るように現れたのは、甲殻を纏った巨大な節足動物。スキタリドだった。太い脚が岩を叩き、毒々しい光沢のある殻がぬらぬらと光を反射する。
その周囲には小型の同種がぞろぞろと這い出てくる。
「ば、ばけものじゃねぇか!こいつ……聞いてねぇぞ!!」
先ほどまで強気だった二人は、怯えた目でリアに叫んだ。
「おい、前衛!時間稼げ!その隙に俺たちが距離を取る!」
「そうそう、後で援護するから!お前は耐えとけ!」
言葉の通り、彼らは真っ先に駆け出した。
振り返ることもなく、狭い通路を通って遠ざかっていく。
リアは剣を抜いた。
逃げる背中に何も言わなかった。
そんなことに割く時間も、言葉も、今は要らなかった。
小型が牙を剥いて迫る。
リアは深く息を吸い、身構えた。
イキりきった即席パーティーメンバーが全てを押し付けて逃げるやつ、やりたかったのでハッピーです。