札に染みたモノ
新年を迎えた日本の児童たちが何よりも楽しみにしているイベント……それは、『御年玉授与式』である。
いや、『授与』という表現は大袈裟かもしれない。
簡単に説明するのならば、親戚、あるいは親から御年玉を受け取る瞬間の事だ。
普段はどんなに気を使う児童でも、御年玉を受け取る時だけは集中モードに入るものだ。
貰える御年玉の額により、遊べるステージが変化する。
御年玉を大人たちから天使の顔で搾り取り(言い回しがエグい)なるべく好印象を相手に与え、それぞれの額を見えない場所でコッソリ比べるのが、醍醐味。
額が高い大人をマークし来年の御年玉にむけてその大人のご機嫌をとり、お気に入りの可愛い児童である事を脳裏に刻んでやるのだ。
額がそこそこの大人には、それなりの当たり障りのない通常な言動を見せ、まあまあな関係性を築く……児童の頭には、御年玉の棒グラフが作成されてある。
殆どの児童が御年玉の額で大人を格付けしているが、そんな中、心から天使な児童の愛ちゃんがいた。
愛にあふれている愛ちゃんには、特殊な能力が宿っている。
お札に染みたモノが、見える……そんな奇妙な能力が在るのだ。
(他の親戚の人たちがくれた御年玉には働いた汗が染みてたのに、輝乃伯母さんがくれた御年玉には……血が染みてた)
輝乃伯母さんから貰った御年玉が納められたポチ袋を膝元で強く握りしめ、愛ちゃんは居間でテレビをみている。
輝乃伯母さんは愛ちゃんに御年玉を渡した後、いくところがあると言い残し、出掛けていった。
(多分だけど、輝乃伯母さんは、ここに行ってる。
ケジメをつける為に)
テレビが面に映る場所……警察署の風景を見て、愛ちゃんは膝元に置いている手をより強く握りしめた。
御年玉をくれた時の輝乃伯母さんの表情には、少し影がかかっていた。
〈愛ちゃん、あけましておめでとう。
はい、御年玉よ!
伯母さんちょっと出掛けて来るわね〉
(笑顔を見せてたけど、いつもと違う笑顔だった……。
戻ってくるのは、多分先になるね)
立ち去る時の輝乃伯母さんの一言には、意味深な思いが見え隠れしていた。
〈愛ちゃんは伯母さんみたいになっては……ダメよ〉
愛ちゃんには子供ながらに他者を思いやる心がある。
輝乃伯母さんを何年でも待ち続けると、自身の心に誓った。
テレビ画面に映る警察署の前で、リポーターの男性が説明を下す。
『弟を鬱状態にした上司を殺害しようとしていた女が、先ほど警察署に自首してきました。
話によりますと、女の弟は長年勤めていた会社の上司からパワハラを受けており、精神的に追い詰めたとの事です』
全身から布を被せられ手錠を掛けられ警察に連行される『女』の歩き方で、誰なのか愛ちゃんには分かっている。
(伯母さん、ワタシ待ってるね。
いつか再会したら、普通に話して、普通に遊ぼうね!)
愛ちゃんが握りしめるポチ袋の中のお札に染みた血は、いつの日か消えていくだろう。