第4話 偽りの神
教会に戻ると、そこは熱中症で助けを求める人々と、その家族でごった返していた。セーラとオトーシアは、ココハッジョから無償で手に入れた材料を使い、急いで大量の「干しブドウの聖水」を作り上げた。そして街中を駆け回り、苦しむ人々にそれを配って歩いた。
夕暮れ時、ようやく最後の一人に聖水を渡し終え、教会へと戻る道すがら、オトーシアは心からの感謝を口にした。
「セーラさん、本当にありがとう。あなたがいなければ、今日だけでどれだけの人が命を落としていたか……」
「私も、自分の知識が正しく使われて満足よ」
セーラはそう答えながらも、その表情はどこか晴れなかった。カジノウ修道士の存在が、心に重くのしかかっているのだ。
「オトーシア、カジノウはまだ教会にいるのかしら?」
「いいえ、彼は魔女狩りを口実に各地の教会を回り、セイラム派の勢力を拡大しているようです。今日もどこかへ出かけているはずですが……」
オトーシアは表情を曇らせた。
「魔女って、この世界では一体どういう存在なの?教えによっても考え方が違うって言ってたわよね」
セーラの問いに、オトーシアは足を止め、真剣な眼差しで説明を始めた。
「はい。エバリオン教には、魔女の捉え方を巡って二つの派閥があります。一つは、魔女を人々を惑わす悪の存在とみなし、断罪すべきとする『セイラム派』。カジノウ修道士はこちらに属します」
彼女は言葉を続ける。
「もう一つは、魔女を、世界を脅かす魔獣に対抗するために神が遣わした特別な力を持つ巫女と考える『ニコラ派』です。先代の領主夫人は未来予知の力を持つ魔女で、その力で何度もこの街を災いから救いました。ですから、この街にはニコラ派の考えを持つ人が多いのです。私も……」
オトーシアは、この教会の神父への尊敬を込めて語った。
「ここの神父様もニコラ派で、分け隔てなく人々を救う、素晴らしい方なのです。ですが、最近は中央教会でセイラム派が力を増し、ニコラ派の聖職者を異端者として審問にかけるという、恐ろしい噂が……」
彼女がそこまで話した時、二人は教会に帰り着いた。しかし、教会の入り口は物々しい雰囲気に包まれ、見慣れない騎士たちが何人も立っていた。
「どうしたのですか!」
オトーシアが中にいた修道士に尋ねると、彼は青ざめた顔で答えた。
「中央からセイラム派の役人たちが……!神父様を、異端審問にかけると言って、奥の部屋で……!」
「そんな……!」
オトーシアの美しい顔が絶望に染まる。その時、教会の奥から、数人の騎士と修道士に囲まれた老神父が引き出されてきた。
「神父様!」
オトーシアが悲鳴のような声を上げると、神父を連行する一団の中から、憎らしい顔がぬっと前に出た。カジノウ修道士だった。
「オトーシア。この神父は、魔女を神の巫女などと偽り、信徒を惑わした大罪人だ。この罪は王都で開かれる異端審問会で裁かれることになる。……そして、もしその隣にいる女が魔女であると証明されれば、お前も同罪だということを忘れるな」
カジノウは、蛇のように冷たい視線でセーラとオトーシアを射抜いた。
「カジノウ……あなたが、裏で手を引いていたのですね!」
「当然のことだ。偽りの教えを説く者と、それを生み出す魔女は、この世から根絶やしにせねばならん」
カジノウは冷酷に言い放つ。
「勝手に魔女を悪だと決めつけて……!あなたたちこそ、神の名を騙る偽善者じゃない!」
セーラが睨み返すが、カジノウは嘲笑うかのように鼻を鳴らし、神父を連れて去っていった。
残されたオトーシアは、その場に崩れ落ちそうになるのを必死でこらえ、わなわなと震えていた。
「神父様は……孤児だった私を拾い、育ててくださった、父のような方なのです……。あんなに優しく、信仰深い方が、なぜ……」
彼女の目から涙がこぼれ落ちた。だが、次の瞬間、その涙は止まり、瞳には静かだが燃え盛るような怒りの炎が宿った。
「セイラム派……カジノウ……。神の名のもとに、このような暴挙が許されていいはずがない。……もし、本当に神がいるのなら、なぜこのような不正義を見過ごすのですか……」
おとなしいシスターの口から漏れた、神への疑念と憎悪。彼女はゆっくりとセーラに向き直った。
「セーラさん。……お願いします。不謹慎な願いだとわかっています。でも、私の復讐のために、あなたの知恵を貸してください。あの者たちを、このままにはしておけないのです!」
その瞳に宿る激しい感情に、セーラの心は揺さぶられた。理不尽な権威への反発。それは、自分の知識を理解しようとしないこの世界に対して、セーラ自身が抱き続けてきた感情だった。
「恨み、憎しみ。いいわ、オトーシア。あなたのその感情、すごくよくわかる」
セーラは厨二病的な高揚感を覚えながら、オトーシアの手を固く握った。
「あなたの復讐、私が手伝ってあげる。神の名を騙る愚か者たちに、本当の『知恵』というものを見せつけてやりましょう」
2025 6/20 編集