第3話 黒い塩
セーラが考案した「干しブドウの聖水」は、カジノウ修道士の(不本意な)承認を得た。酷暑は依然として続いており、オトーシアはこの聖水を量産し、一人でも多くの人々を救おうと決意した。
「セーラさん、お願いがあります。この聖水を大量に作るため、市場で材料を調達するのを手伝っていただけませんか?」
自分の知識がさらに役立つことに優越感を覚えながら、セーラはオトーシアの頼みを快く引き受けた。
翌朝、二人が向かった市場は、むせ返るような熱気と活気に満ちていた。色とりどりの天幕の下、商人たちの威勢のいい声が飛び交う。セーラの知らない奇妙な形の野菜や、嗅いだことのないスパイスの香りが鼻をくすぐった。
「さて、干しブドウと塩を探しましょう。できるだけ安く、品質の良いものを」
オトーシアの言う通り、同じ品でも店によって値段も品質も様々だ。彼女が指差した先には、他よりも安価な値段を掲げた、質素だが小ざっぱりとした店があった。店番をしているのは、セーラと同じくらいの歳の、快活そうな少年だ。
「確かに安いわね。でも、見てオトーシア。この店の塩、なんだか黒っぽいわ」
セーラは商品を吟味する。岩塩を砕いただけのこの世界の塩は、多かれ少なかれ不純物が混じっているが、この店のものは特に黒ずみが目立った。
「色は悪いけど体に悪いもんじゃねえよ」
突然、店番の少年がぶっきらぼうに話しかけてきた。
「俺はココハッジョ。見てくれが悪い分、他より安くしてんだ」
「なるほど。聖水に溶かして使うだけですし、問題なさそうですね」
オトーシアは納得し、購入を決めようとした。その時、セーラがぽつりと呟いた。
「こんな不純物だらけの塩、溶解再製法で精製すれば純白の塩になって、もっと高く売れるのに」
その言葉を、ココハッジョの商人の耳が聞き逃さなかった。
「おい、なんだって?ようかいさいせいほう?詳しく聞かせろ!」
「簡単なことよ。この黒い塩を一度水に目一杯溶かして、布で濾してゴミを取り除くの。そのあと、水分がなくなるまで煮詰めれば、真っ白な塩の結晶が残るわ。化学の初歩よ」
セーラは得意げに説明したが、ココハッジョは半信半疑の顔だ。
「んなことで白くなるもんか。……だが、もしそれが本当なら面白い。おい、お前ら!ここで試してみろ。もし本当に白い塩ができたら、そこの干しブドウと塩はタダにしてやる!」
半額どころかタダという言葉に、オトーシアは目を輝かせてセーラを促した。ココハッジョは手際よく店の裏から火と鍋を用意する。
セーラは指示通り、鍋に黒い塩と水を入れ、火にかけた。飽和食塩水を作り、麻布でゆっくりと濾過すると、布の上には黒い泥のような不純物が残った。その透明な塩水を再び鍋に戻し、煮詰めていく。やがて水分が蒸発し、鍋の底に純白の結晶が現れた。
「こ、これは……本当に塩だ!」
ココハッジョは熱いのも構わず一粒つまんで舐め、驚きの声を上げた。
「すげえ!こんな真っ白な塩、見たことねえ!これなら貴族相手に今の3倍、いや5倍の値段でも売れるぞ!」
ココハッジョは興奮していたが、すぐに商人としての冷静さを取り戻し、真剣な顔で考え込む。
「……いや、待てよ。この製法が他の奴らに知られたら、俺の儲けがなくなる。この知識は独占しなきゃならねえ」
彼は顔を上げ、値踏みするような目でセーラを見た。
「おい、お前。他にもこういう知識を持ってるのか?」
「ふふん。知識の量で、私の右に出る者はいないでしょうね」
セーラは胸を張って答えた。
「例えば、そこにある安物のエール(ビール)。あれをもっと強くて高価なお酒にする『蒸留』っていう技術とか」
「蒸留!?そりゃどうやるんだ!」
前のめりになるココハッジョに、セーラは悪戯っぽく笑いかける。
「商人相手に、これ以上タダで教えるわけないでしょ?」
「ちぇっ。まあいい、抜け目がねえな」
ココハッジョは悔しそうにしながらも、ニヤリと笑った。「約束だ。この干しブドウと塩はタダで持ってけ。その代わり、これからも俺に色々教えてくれ!もちろん、報酬は弾む!お前、面白い商売のネタをたくさん持ってそうだ!」
商売人らしい素早い判断だった。こうしてセーラは、意図せずして二人目の協力者を得たのだった。
教会へ戻る道すがら、オトーシアは心から感嘆したように言った。
「セーラさん、あなたの知識は本当に素晴らしいわ。多くの人を救えるだけでなく、材料費までタダにしてしまうなんて……」
「まあ、私の知識にかかればこんなものよ」
セーラは誇らしげに鼻を鳴らした。自分の知識が、この世界で「価値」を生むことを実感し、彼女の心は確かな手応えで満たされていた。
2025 6/20 編集