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第2話 干しブドウの聖水

セーラが即席で作り上げた「干しブドウの聖水」は、絶大な効果を発揮した。セーラと、オトーシアと名乗ったシスターが手分けしてそれを配ると、悪魔の呪いに苦しめられていると信じ込んでいた人々は、みるみるうちに顔色を取り戻していった。

「ありがとう、セーラちゃん!」「あんたは命の恩人だ!」

納屋の中は、感謝と安堵の声で満たされていた。自分の知識が初めて正しく評価され、人々を救ったという事実に、セーラの胸は高鳴っていた。


その輪の中に、怒気をはらんだ声が割り込んだ。

「おい、一体何事だ!貴様ら、何を飲ませた!」

金貨10枚の聖水を売ろうとしていた修道士カジノウが、眉をつり上げて立っていた。

「カジノウ修道士。この方が、安価で効果のある聖水を作ってくださいました」

オトーシアが毅然とした態度で説明する。

「これまで私達は、この症状を悪魔憑きとして扱ってきました。しかし、セーラさんによれば、これは『熱中症』という病なのだそうです。高価な砂糖を使わずとも、干しブドウで代用できると」

「馬鹿な!農民の娘の戯言を信じるというのか!」

カジノウは怒りを露わにし、セーラを睨みつけた。「その娘は魔女かもしれんのだぞ!お前は魔女に騙されている!」

「魔女……?」

セーラにとって、それは物語の中の存在だった。オトーシアは声を潜めて説明する。

「魔女とは、生まれながらにして特別な力を持つ者のこと。私達エバリオン教の中には、魔女を災いをもたらす悪の存在と断じる過激な一派もいるのです」

(生まれつきの特別な力……地球の知識を持つ私も、この世界では『魔女』に分類されるのかもしれない)

セーラの背筋に、冷たい汗が流れた。ここで魔女だと認定されれば、普通の生活は送れなくなるだろう。

「ま、魔女なんかじゃないわよ!私はただ、おばあちゃんから教わった知恵で薬を作っただけ!」

セーラは必死にごまかした。しかし、カジノウは聞く耳を持たない。

「そのような効果の保証もない偽物の聖水を、エバリオン教の名において認めるわけにはいかん!」

「ですが、現にこれで人々は救われているのです!」オトーシアが必死に食い下がる。「神への信仰とは、人々を救うためにあるはず。救わない理由に神の名を利用するなど、本末転倒です!」

オトーシアの真っ直ぐな言葉に、カジノウは一瞬言葉に詰まったが、すぐに権威を振りかざした。

「黙れ!私は修道院で正式な医学を学んだ身だ!その知識に基づき、あの症状には砂糖と塩が必要だと判断したのだ!」

その言葉を聞いたセーラの口元に、傲慢な笑みが浮かんだ。

「へぇ、修道院で学んだですって?でも、世界の全てを知っているわけじゃないんでしょう?」

セーラはカジノウの前に一歩進み出て、彼を見上げた。

「『無知の知』という言葉を知っているかしら?唯一の真の英知とは、自分が何も知らないということを知ること。ソクラテスという偉大な哲学者の言葉よ。賢い人間ほど、自分の無知を自覚しているものなの。あなたはどうかしら?」

地球の賢人の言葉を引用し、セーラは畳み掛ける。カジノウはもちろん、周囲の誰もがその言葉の意味を理解できず、ただセーラの放つ異様な迫力に圧倒されていた。

「な、何を訳のわからんことを……!詭弁を弄するな!」

「あら、逃げるの?じゃあ、こう言いましょうか。私が魔女だと言うのなら、その証拠を見せなさい。その前にまず、あなたが悪魔ではないという証明をしてよ」

セーラは「ないことの証明」、いわゆる悪魔の証明の困難さを突きつけた。カジノウは顔を真っ赤にして反論しようとしたが、論理的な言葉が出てこない。

「ぐ……っ!」

周囲の村人たちの視線が、カジノウに突き刺さる。彼はプライドと面子をずたずたにされ、唇を噛み締めた。

「……わかった。その聖水とやらを使うことを、今は認めよう。だが、覚えておけ。もしこれがお前たち魔女の仕業だと判明した暁には、タダでは済まさんからな!」

カジノウは捨て台詞を残すと、足早に納屋から去っていった。

「やりましたね、セーラさん!」

「ありがとうございます!」

オトーシアとセーラは顔を見合わせ、安堵の息をついた。セーラは初めて得た「同志」の存在を心強く感じながらも、カジノウの去り際の目が、ただの負け犬のものではなかったことを感じ取っていた。

2025 6/20 編集

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