静岡チョーチューのキム・ガンフン part4
1970年 夏
在日朝鮮人3世として熱海で生まれたキム・ガンフンは、小学生時代、熱海にある日本人の小学校に通っていた。
そんなキム・ガンフンが小学3年生だったある時、朝鮮総連静岡支部関係者2名がキム家を訪問。
キム・ガンフンを、静岡の朝鮮初中級学校に入学させたいという勧誘だった。
(この時代、静岡支部関係者は、静岡初中級学校の生徒を増やそうと、静岡各地の在日の家を訪問していた)
「将来仕事で朝鮮に渡った時、母国語も話せなかったら意思疎通も大変だし、何より、在日朝鮮人として自身のルーツを学ぶことは、日本の植民地支配時代に朝鮮人としてのアイデンティティを奪われた我々にとって非常に大事な事ではないですか?日本人学校では自身のルーツは一切教えてくれることもなければ、日本人の立場からの教育で、思考も日本人的に矯正されるでしょう。小学生というガンフン君にとって最も感受性が強い時期に自身のルーツからくる考え方や思考と日本人学校で教えられる事に差異が出た時、ガンフン君のアイデンティティが揺らいでしまう可能性がある。そうすると、精神的に不安定な1人の人間が出来上がってしまう。日本人学校で、確固たるアイデンティティを育む事ができず精神的に苦しんでいる在日同胞を何人も私は見てきました。だからこそ、私は、その部分を非常に懸念しているのです。それを私は、朝鮮学校という場を通して、ルーツに悩まず在日朝鮮人として誇りをもって日本社会で生きられ成長できるようにしたいのです」と熱心にキム・ガンフンのプモニム(両親)を説得。
朝鮮総連静岡支部委員長・ヒョン・チャンス氏の60歳とは思えない、その熱い語りと説得に、悩んでいたキム・ガンフンのプモニムも「朝鮮人として、朝鮮語くらい話せた方がいいだろう」とヒョン氏の勧誘を承諾。
キム・ガンフンは、日本人学校をやめ、静岡朝鮮初中級学校への転校が決まったのであった。
1975年 6月 静岡市中野新田 夕方
キム・ガンフンは、イライラしながら歩いていた。
両手をズボンのポケットに入れながら。
奥様や小学生・中学生が、すれ違いざまに彼に視線をやる。
キムは、その視線に気づきながら無視してノッシノッシ進む。
イライラしてる原因は何だろう?
今の自分に?
自身の環境に?
それとも、自身の将来に?
「はぁ・・・・・・」
キムは、大きくため息を吐いた。
キムは、チョーチュー生として、毎日のように日本人たちと喧嘩しているうちに、静岡市南部で知らないものはいない程の存在になっていた。
既に、同じ中学生には敵はおらず、喧嘩の相手はもっぱら高校生が主体になっていた。
静岡市南部を歩きや自転車で移動している最中に、彼を不良たちが見つけようものなら、脇道に慌てて逸れるか、視線を逸らし道を譲った。
静岡市南部の不良たちから、敵対的存在でもあり、羨望の的(日本人の不良・スケバンの中には、キムに憧れている者も多数いた)でもあったこの在日コリアンのチョーチュー生。
他人から見たら、さぞかっこいい人生を送っているのであろう。
そう見られていた。
だが、当の本人は、自身の人生に不満を抱えていた。
そして、その当時、キム・ガンフンとは別の悩みを抱えている朝鮮学校生も多数いた。
教育や就職問題である。
朝鮮学校生の進学先は、大多数がそのままエスカレーター式で朝鮮高校そして朝鮮大学校。
日本の大学に進むには、大卒資格が必要で(日本の大学の中には朝鮮学校との個別のやり取りで、朝鮮高校生の受験を許可する大学もあった)、朝鮮高校を卒業した後、夜間高校に通い日本の大学に進学するチョーコー卒業生もいた。
就職問題で言えば、朝鮮学校卒業生の就職先は、日本人からの就職差別により、パチンコ屋、ヤクザ、焼肉屋、総連関連、在日同胞関連企業が定番と言われる程、選択肢が狭かった。
これら様々、在日に降りかかる問題が複合的に絡み合い、キム・ガンフンに言いようのない圧迫感や、日本社会という怪物に自身の道を防がれている感覚を与えていた。
その結果、キム・ガンフンを、各駅に停車する気配すらない、暴走特急列車に例えられるほどの日本人の不良に対する、圧倒的暴力の根幹・原動力になっていたのであった。
ピタッ。
歩いていたキムは、目的の中学校の前で足を止めた。
静岡市立大里中学校。
静岡チョーチューから、北に直線距離で約1.6キロ。
こちらも安倍川の近くに位置する中学校である。
「おい!」
「え、え!?」
キムは、大里中学の正門付近で友人とダベッていた大里中学生2人組に声をかけた。
大里中学生2人は、突然大男に声をかけられ戸惑ってしまっている。
「この学校で一番強い奴を呼んで来い」
キム・ガンフンは、在日としての自身を覆う暗い未来を打ち消すように、喧嘩という己の肉体だけが頼りのスポーツ(朝鮮学校生にとって喧嘩はスポーツの一種であった)に増々のめりこんでいった。
それが現実からの逃避だと分かっていたとしても・・・・・・。




