ハマの地獄族vs神奈川チョーコー part13
日限山 深夜
さっきの大乱闘による大騒音から一転。
地獄族の集会所・日限山は、静寂に包まれていた。
時折、強風が吹きすさび、一月後半も相まって、冬の寒さが、日限山とその場にいる数十名の男たちを同時に煽り続けていた。
まるで、冬の神が今行われている暴力を否定するかのように。
「・・・・・・」
キム・ヨンジンとサイ・ガンチョルは、並んで数十メートル先にいる、2人の男のタイマンを眺めていた。
サイとキムの後ろには、約50名の神奈川チョーコー生たちが陣取り、そこから50メートル先の反対側には、地獄族約50名が不規則に並んで同じく陣取って、中央2名のタイマンを観戦していた。
双方から、ヤジや罵声が飛び交い、周辺は異様な空気が充満。
ピリピリしたムード・緊張感が場を支配していた。
(こいつは、空手使いか?)
隅田は、目の前3メートル先にいる貞利を注視しながら、普段使わない頭を目まぐるしくフル回転。
貞利が格闘技経験者か?それともただの喧嘩自慢か分析していた。
これはただのタイマンではない。
そう隅田も地獄族も認識していた。
地獄族という、ハマを仕切るアウトロー集団のメンツと、今後の地元での生き方を左右する大事な一戦。
地獄族という存在を証明し続けるための喧嘩。
それも、相手は日本人ではなく、朝鮮人という「外敵」が相手である。
だから、隅田は、元々のイケイケの性格から一転。
様子見、相手の出方を見る慎重な戦法に切り替わっていた。
いや、切り替えざるを得なかった。
それほど、隅田の両肩にかかるプレッシャーは大きかった。
スゥッ・・・・・・。
隅田が、慎重になっていた時、貞利は、組手立ちから、重心を後ろにかける姿勢に移行。
姿勢を変更後、その場から動かなくなった。
(なんだ?あの構えは?空手か何かか!?)
隅田は、表情は変えなかったが、貞利が取った構えに内心嫌な感じを覚えた。
「後屈立ちですね」
キム・ヨンジンが言った。
後屈立ち。
空手の構えの一つであり、攻めというよりは受け・カウンターを重視した構えである。
「カッコつけやがって!そんな構えしても怖くもなんともねーぞ!」
地獄族の外野が叫んだ。
そんな外野とは裏腹に、隅田の警戒感はさらに高まる。
目の前の男が空手使いかもしれないと脳裏を掠めたのである。
なぜ、隅田が空手使いに慎重になるのか?
それもそのはずである。
70年代の日本は、「空手バカ一代」という在日コリアンの大山倍達を主人公にした空手漫画の影響や漫画原作者・梶原一騎のプロデュースにより、空前の極真空手ブームであった。
だから、その当時を生きた、格闘家・武術家・一般人たちは、極真「空手」にかなりの幻想を抱いていたのである。
隅田も例外ではなかった。
極真空手最強幻想に影響を受けていた1人であった。
だからこそ、このタイマンの重さも相まって、今までやってきたブル・ファイタースタイルは完全に鳴りを潜め、慎重な態勢のまま、隅田は動けなくなってしまっていた。
スス・・・・・・。
(!!)
そんな隅田の心情とは裏腹に、貞利は、後屈立ちの姿勢のまま距離を少しずつ縮めようとしていた。
それに隅田は驚いた。
隅田は、貞利が後ろに重心を置く構えになったことで、カウンター待ちだと思ったからだ。
その予測が外れたのである。
スス・・・・・・。
そんな心情の隅田をよそに、さらに間合いを詰める貞利。
そんな時。
ザッ・・・・・・。
(!?)
貞利の圧力に屈したのか、隅田は後ろに交代を始めた。
貞利は、それに驚いた。
地獄族の特攻隊長を務める地獄族一の喧嘩自慢がタイマンで後退したのである。
ザワザワ・・・・・・。
地獄族側もその姿にざわつく。
間合いを詰めながら圧力をかける貞利。
間合いを取りたいために、後退する隅田。
そんなやりとりが数分間続いた。
だが、そのやりとりも・・・・・・。
(!!)
後退していた隅田の動きが止まる。
背後に地獄族の集団が進路を塞いだような形になり、これ以上後退できなくなったのである。
(くっ・・・・・・)
退路を断たれたような形になった隅田は、唇を噛んだ。
その状況を有利と感じた貞利は、なお少しずつ、すり足で間合いを詰めていく。
そして、その距離は、約70cmほどの至近距離まで迫っていた。
お互い、手を伸ばせば簡単に手が届く位置である。
だが、お互い、手を出さない。
ピタッ。
貞利の動きが止まった。
約70cmの距離を保ったまま、後屈立ちの構えで隅田をジッと睨んでいる。
(・・・・・・)
(・・・・・・)
お互い、睨み合いが続く。
ゴクッ・・・・・・。
その、睨み合いに周囲も固唾をのんで見守っていた。
隅田は、両手は襟の辺りに配置し、両足を肩幅ほどに開き、膝を少し曲げる自然体の構え。
貞利は、重心を後ろに置いた、後屈立ちの構え。
どちらが先に手を出すか?
周囲も当事者たちも考えてることは同じであった。
数分間の睨み合い。
その沈黙の時間も、ついに破られた。
隅田が、貞利に掴みかかろうと上半身を前に投げ出したのである。




