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大田区一の不良、松本一郎

1977年 10月 池袋 


「第7話 立川のチョーチュー」でも書かれているように、池袋はチョーコー生の縄張りであり、遊び場でもあった。

池袋内のゲーセン、ディスコ、喫茶店など学生が屯しそうな場所を重点的にチョーコー生が見回るのだ。

縄張り(シマ)内での見回り・巡回活動は、チョーコー1年生の仕事であり、内心(めんどくさ~)と思いながらもソンベ達の厳しい監視の目があるのでやらざるを得ず、シブシブ縄張り内での警戒・見回り監視活動を1年生が上記の場所中心に行っている。

で、そこで生意気そうな奴らがいたら、シバいてチョーコーとの立場の違いを体で分からせ、今後の交流をスムーズに行えるようにする。

そういうチョーコーの他校との交流活動の一環にもなっているのである。


池袋 ゲーセン内


東京チョーコー1年生・ハ・カンジ。

柔道・極真空手・テコンドーを修行しているチョーコー生であり。

身長は170cm前後、体重60kg。

どちらかと言うと細身である。

今日も、ソンベ(先輩)の命令で、池袋内の主要遊技場などを巡回していた。

巡回する際は、複数だったり1人だったりするが、今回ハ・カンジは、1人で池袋のゲーセンに見回りにやってきた。


「・・・・・・あいつは」


ゲームセンター内を巡回していると、ゲーム台の前に置かれたアーケードチェアに座りながらゲームをしている背を丸めたリーゼント姿の大柄の学生服姿の男がハ・カンジの目に留まった。


ドカッ。


ハ・カンジは、大柄な学生服のリーゼント男の隣の椅子に勢い良く座った。

ゲーセン内は、チョーコー生が見回りに来たというだけで、その場から立ち去るなどして人がまばらになっていた。


「チラッ」


大柄のリーゼント男が、ハ・カンジを一瞥する。

一瞥後、またゲーセン台に向かってゲームを続け始めた。


(こいつ、俺がチョーコー生だと分かって無視してやがんな)


そう感づいたハ・カンジは、チョーコー生として舐められるわけにはいかねぇと戦闘モードに入った。


「ここじゃモノが多くて邪魔だ。ツラ貸せよ」


外でタイマンを張ろうと考えたハ・カンジは、この大柄なリーゼント男に対してそう言って連れ出そうとした。


「・・・・・・」


ハ・カンジにそう言われた大柄なリーゼント学生は、一瞬の間の後、無言で席を立ち始めた。

それを見たハ・カンジも、椅子から立ち上がろうとした。

その時だった───。


バキィ!


ハ・カンジは、目の前に火花が散ったような錯覚。

それほどの衝撃を顔面、特に左目にもらった。

大柄なリーゼント学生の右ストレートが、ハ・カンジの左目にモロに入ったのだ。


「てめぇ!ティジンダ!(ぶっ殺す!)」


それが合図となり、チョーコー生と大柄なリーゼント学生の喧嘩が突発的に始まった。


「喧嘩だ!喧嘩!」


周りの野次馬が興奮気味に大声をあげる。

だが、その野次馬たちの視線の中心にいる2人には、そんな声は聞こえていなかった。


グワラガチャ!

ドガチャ!


ハ・カンジと大柄なリーゼント学生が激しく取っ組み合っている。

取っ組み合いながら右往左往するので、体がゲーセン内の椅子やゲーム台に激しくぶつかり、ゲーセン内にその衝突音が大きく木霊した。


(ちっ!油断した!)


大柄なリーゼント男と取っ組み合いをしながら、ハ・カンジは、己の甘さを悔いていた。


喧嘩の必勝手段は何と言っても先制攻撃・先手必勝。

これに尽きる。

これで大体勝敗の7割がた決まると言っていい。

さらにそれが奇襲だったりするとさらにその確率は上がる。

だが、ハ・カンジは、男としてチョーコー魂として、奇襲や準備が整ってない相手への先制攻撃をことさら嫌っていた。

だから、外で五分と五分の状態でタイマンを張ろうとしたのだ。

その心の隙を、この大柄な不良学生は見逃さなかった。


(片目が見えねえ)


ハ・カンジは、大柄の不良学生と取っ組み合いをしながら、自分の片目(左目)が見えない事にショックを受けた。

これでは、相手との距離感も分からず、相手の攻撃も避けれないし防げない。

ハ・カンジの喧嘩スタイルは極真やテコンドーで身に着けた打撃が主体なのだが、片目が見えない以上組み付いて相手を投げたのち〆落とそうと戦闘スタイルを柔道殺法に切り替えて戦っていた。

組み付いての、大外刈りに体落とし。

それでも倒れない相手。

相手は大柄なだけでなく、喧嘩慣れもしているのが組み付きながら分かった。

左目が見えないだけでなく、あの奇襲パンチで意識が朦朧とし、左目からどんどん痛みが増してきていたハ・カンジは、長期戦では分が悪いと、大柄な不良学生のリーゼントヘアーを思いっきり掴み始めて振り回そうと左右に大きく両手を動かす。

それに必死に抵抗する大柄な不良学生。

ゲーセン内は完全に修羅場。

綺麗に配置されていたゲーセン台や椅子が無茶苦茶になっていた。


戦闘開始から早10分ほどが経過した。

お互い肩で息をしていて、疲労が見える。

疲労故か、お互い距離を取りにらみ合う状態になっていた。

ハ・カンジの右手には、大柄な不良学生から抜けた髪の毛の束が握られていた。

ハ・カンジは、右手に持った相手の不良学生の抜けた髪を掴みながら、目の前にいる大柄な男を改めて見直してみた。

タッパは185cmほどありそうだった。

通りでパンチに威力があったわけだとハ・カンジは思い返した。

目の前の大柄な不良学生は、俺の目の状態を確認し「フフン」と明らかに勝ち誇った顔をしていた。

ハ・カンジは、それが非常に癪に障った。

そんな膠着状態の時だった。


「よぉカンジ。見回りご苦労」


3年のソンベたち3人組が、ゲーセン内に現れハ・カンジに声をかけてきたのだ。

それぞれイルボンサラム(日本人)の女学生の彼女を連れてのんきにやってきた。

大柄な不良学生の顔色が変わった。

明らかに不安な顔になっていた。


「?なんだ、その目」


1人のソンベ・イ・ジョンホが、ハ・カンジの腫れた左目に気づいて声をかけた。


「こいつにやられたのか?」


その言葉に、大柄な不良学生は完全に動揺。

震え始めていた。


「いえ、こいつにやられたのではありませんミダ」


ちなみに、チョーコー生が外で上級生と会話する時は、日本語の末尾にウリマル(朝鮮語)を付けて会話をする。

それがチョーコー敬語である。

話を戻す・・・・・・。


「は?」


ハ・カンジのまさかの返事に、イ・ジョンホらソンベ3人だけでなく、喧嘩相手の大柄の不良学生も「え?」という意外な顔をした。


「こいつは無関係イムニダ」


ハ・カンジは、ソンベ達に自分があの男に負けたとは言えず。

目の前の大柄な不良学生とは無関係を装った。

ハ・カンジのその言葉に、大柄な不良学生は安堵していた。

もちろん、ハ・カンジは、目の完治次第復讐してやろうと闘志を燃やしていた。


後日、ハ・カンジが喧嘩していたのは、ソンベたちから、

「目障りだから、早めに潰しておけよ」

と言われていた、大田区で一番喧嘩が強いと言われていた、松本一郎という高校生であることが分かった。

その事を知ったソンベ達は激怒。


「あの野郎が松本だったか!ちっ失敗した!あの時やっちまえばよかったぜ」

「カンジ。必ず奴の居所を突き止めて再戦させてやるから待っとけ!」


と池袋で、チョッパリ不良学生たちへのソンベ達による集中取り締まりが行われた。

松本の顔写真を手に、池袋で日本人不良学生を見つけ次第ぶん殴って松本一郎の実家をはどこだと尋問する。

そんな激しい取り締まりが数週間続いた結果・・・・・・。




大田区内 某木造アパート前 夜


「カンジ。ここが松本一郎の実家だ。奴の居所は2階のあそこだ」

「イェ。(はい)」

「ちょっと待ってろ、奴を呼んでくる」


ソンベ達数人が、松本一郎の実家を特定しハ・カンジをその実家前まで連れてきていた。

ボロボロの木造アパート2階建て。

そこに松本一郎は家族と住んでいた。

ソンベ5人が、2階へと駆け上がる。

それを見ながら、ハ・カンジは何か言い知れない罪悪感と同情心が沸き上がっていた。


小学生の頃、ハ・カンジが公園で遊んでいると、日本人中学生グループ10人ほどに殴る蹴ると襲われた事があった。

悔しさで泣きはらしていたハ・カンジ少年は復讐を誓い、近くの極真空手道場に通い始める。

1か月徹底的に己の肉体を鍛えた。

そして、復讐決行の日。

その中学生たちのリーダーの家に1人で襲撃行った時、その中学生の家がボロ家の一軒家であった。

そのボロボロの家を見た瞬間。

ハ・カンジ少年は、何故だか猛烈な復讐心が萎えていくのを感じた。


ふと、松本一郎の実家を見ながら、数年前のそんな出来事を思い出してしまっていた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


昔を思い出していたハ・カンジの耳に、大きな男の悲鳴が聞こえてきた。


「まてこらぁ!」


ソンベ達の怒鳴り声も追って聞こえてきた。


カンカンカン!


ソンベ達の怒鳴り声の後、階段を駆け足で降りてくる男の姿が見えた。

松本一郎である。

その顔は、喧嘩した時とは全く違う恐怖に怯えた哀れな顔であった。

ハ・カンジは、復讐心と共に、急速に闘争心も冷めていくのを感じた。


「はっはっは!」


松本一郎は、ハ・カンジに気づいたのか気づいていないのか、一瞥もせずに息を荒げながら、素足でそのままどこかに走り去ってしまった。


「逃げ足だけは早いチョッパリだぜ」


1階に降りてきたソンベ達が、松本一郎を馬鹿にしたように言った。


(もう奴はこれで十分だ)


ハ・カンジは、あの恐怖におびえて裸足で逃げていった松本一郎を見てそう思った。

今後、チョーコー生に手を出すこともあるまい。


ビュゥゥゥゥ!


松本一郎が消えていった路地を見ていたハ・カンジの顔を強風が襲い掛かった。


(いつぅ!)


まだ完治しきれていない左目が夜の強風に染みた。

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