辺境都市ウル・3 ~ 初めての魔道具屋と、ブルジョワという言葉
翌日、都会の街並みを生まれて初めて楽しんだ。
いろいろな店が立ち並んでいる。 見慣れないものばかりだ。
夕方に差し掛かる昼下がり。
ついに、かねてより行きたかった魔道具屋に連れて行ってもらう。
店は古びた重厚な洋館風で、窓枠のステンドグラスが色とりどりで見る者を楽しませる。
魔法使いが杖を振るい、光で明かりを灯すデザイン、その周りに飛び回る色々な道具がデザインされていて、魔導具のある種の面白さを醸し出していて期待を膨らませる。
入り口の前に立つと、自動で扉が内側に開き、中から老婆の元気な声が響く。
「いらっしゃ~い。」
同時に薄暗い店が明るくなった。
見たところ60歳くらいのおばあさんの様だ。 店主だろうか?
「部屋に人が入ると明るくなる魔道具なんですよ。 他にも防犯の魔道具なんかもありますよ。」
カロとウィルが楽しそうに見ている。 そうか、こういうの見るの好きか。
「久しぶりねぇ。 うちはこういうのはなかなか買えないからね。」
「むははは、今日は一個くらい買えるんじゃないか?」
ウィルはカロの差し込みをうまくいなせない様だ。
こりゃカロになんか言われたら買わされるな。
持ちなれない大金を持っているからか、ウィルはいつにも増して転がされている様だ。
しかも、昨日の大失態が有る。
そりゃ3000ディナールなんて大金、普通持ち歩くもんじゃないもんな。
昨日初めて金貨を見て今日こんな風に転がされるのである、人生のアップダウンがここに集約されるような感じだろう。
若干気の毒でもある。
所狭しと並べられた魔道具。
本当にいろいろなものがある。
虫の形をしているライトや、オルゴールのようなもの、ぜんまい仕掛けと組み合わさったホログラフィボックス等、昔映画で見たこんなもの無理だろうな~と思ってたものが、ここには実はあったりする。
家電量販店程ではないが、安い小物類が載ったカートもあり、掘り出し物を探す客が口々にどう使うかを話し合う声が聞こえる。
両親夫婦から少し離れた場所にいる店主に声を掛ける。
「因みに、魔道野営セットってあったりします?」
一瞬店主の目つきが鋭くなるが、俺の小さな体をみやり朗らかに解れていく。
変なことでも聞いたのだろうか?
ひょっとするとあの本に載っていた魔導具は取り締まられてたりするのだろうか?
「あら、良く知ってるねぇ。
あれは性能が良すぎて生産中止になったんだよねぇ……。」
言いながらなにやら考えている様だったが……
しかし、予想はしていた、疑問に思っていたのだ。
やはり。 恐らくだが……
――あれは禁術を使った魔道具……。
本に解説されていなかった属性だったのが気になっていたのだ。
……今は売る事は許容されていないのか。
「そうでしたか。
……残念です。」
色々見る。
玄関チャイムのようなもの、
魔法の鍋、
携帯コンロ、
魔石。
etc. ……
あまり俺の生存確率を上げてくれそうな物は見当たらない。
少し歩く。
――あれ?
陰になっているが、完全には隠れていない、緑色のシート……
ちょっと引っ張ってみる。
見えてはいけないもの、あの魔導テントっぽいものが目の前にある。
――テントだよね?これ。
これ、ちょっと色が違うか?
「あれは……この、これ、違うんですか?」
棚の陰においてあったテントを指さす。
見た限りでは、あの本の宣伝ページに載っていた魔道野営セットの品だ。
「はっはっはっは……見つけちまったか~。
……その代わり、ウチの事は話すな。
……いいね?」
そういうことか。
そんなに危険なものならもっと厳重に隠しておけばいいのに。
そもそも隠す気が無いのか?
――確かに、見た目は只のテントだ。
普通は見てもあれだと判らないだろう。
――判った人には売る事にしているのだろうか?
「見える場所に置いてあるという事は、
……本気で隠す気はあまりないのですね?」
店主はふむ、という顔をした。
カロとウィルもこちらを気にして近付いてくる。
店主とカロが目が合い、微笑んだ後にこわばった顔で店主が呟く。
「ブルジョワって言葉を知ってるかい?
……こっちにもいろいろあるんだよ。」
店がトラブルに巻き込まれた事を察する。
ひょっとしてあの手記、詩編5巻に書いてあった革命の話と関係が?
いや、……ブルジョワ?
――共産主義革命?
共産主義では悪とされている「ブルジョワ」。
店主のおばあさんの顰められた顔が気になる。
『共産主義革命につきもの』の、虐殺が既に始まっているのだろうか?
共産主義体制下では、あらゆる商売が役人により規制される。
貧富の差を産まない為の予防策ということだが、結果的に「役人が儲かる」様になっていき、それに味占めた役人たちが増長していくのが現実だったりする。
政府発足当時、配給で生活を賄い切れるだけの安定した配給が十分に行き渡る事は普通、無い。
常に配給は過不足し、普通は不足する。
配給量は末端の役人達が少しづつ誤魔化し、余った物は役人の懐に入るという訳だ。
その皺寄せを受けた平民達は優遇を受けようと役人にゴマを摺ったりして生きていく。
闇市が立ち、足りない配給を補おうと商売も発生し、結局貧富の差は生まれるのだが。
その闇市の食料が何処から出ているのかというと、当然「余ったものを懐に入れた役人」から出てたりするのだが。
魔導具の世界でも同じ事が起きる可能性が高い。
難癖をつけて販売禁止にし、売れないなら持っていく、と。
それが後で闇市に出回る、と。
酷い話であるが、前世の世界の共産主義国では闇市が何処でも横行していた。
どこでも余るほどの食料やモノを持っているのは、誤魔化したりなんだりして懐に入れる事ができる役人しかあり得ない。
「ところで、お金はあるかい?
売り切ってしまいたいものが有るんだよ。
まあ、本当はとっておきの品なんだけどね。」
手をひらひらさせて奥に案内される。
綺麗に掃除された廊下。
殆ど距離は無い。
俺が歩いて入ると、薄暗い部屋が、ぱっと明るくなった。
目の前にはガラスと思しきショーケースと、その中に水瓶がある。
広告の水瓶と少し違う?
「この水瓶の水は、使っても使ってもなくならないんだよ。
高度な水魔法が使われている。 しかも冷たい水が出る。」
これは凄い。
これ、世が世なら凄いものだ。
村、いや、やりようによっては砂漠一つ救えるのではなかろうか。
どれくらい出せるのだろうか?
「水を出してみせて貰っても良いですか?」
「いいよ、そりゃ見たいよね。」
バケツ位の大きさの桶を持ってきた。
それに入れる。
ドバドバと結構な流量で水が出る。
触るとキンキンに冷たい。
「金貨10枚だ。 王都では売れるんだけど、ここではなかなか売れないんだ。
最も、今となっては王都で取り扱えなくなっているんだけどね。」
こんな便利そうな魔導具が禁止魔導具になっているなんて信じられないが……
王都ではもう役人に狙われ、難癖を付けられているのだろう。
ウルではまだ扱える、が、時期が来たら取り扱えなくなる……
そう予想しているのだろう。
だが、ウルでは買い手がつかないという訳だ。
少し考えるとなんとなく解る。
貴族の場合、召使いに水を汲んで貰える訳で、使い所がないのか。
召使いなど、どうあろうと雇う者だろうし、水汲み自体のコストは、コストとして浮き出ないのだろう。
そして、平民で金貨10枚、つまり1000ディナールはなかなかにハードルが高いか。
金貨10枚は流石においそれと出せない。
でも、今後の事を考えるとあってもいい。
毎朝長兄のニールスが難儀して井戸迄水を汲みに言っているのを見ている。
そして、ひょっとしたら色々な場所に旅に出たり逃げ回ったりする可能性が、この世界の事情には有る。
革命後の不安定な世情では何が起きるか予測するのが難しい。
――欲しい。
前世の日本人の水をじゃぶじゃぶ使う感覚がどれだけ贅沢なことだったか、こっちの俺は骨身にしみて理解していた。
――風呂、使い放題の水、いつでも飲める水……
振り返ると、ウィルが腕を組んで考え込んでいた。
金貨10枚。 4歳児にポンと与えられる金額じゃない。阿呆みたいな話だ。
でも、これの価値が判れば買いだろう。
旅の最中でも水を飲み放題というのは、この世界ではこの上ない贅沢かもしれない。
「本当にとっておきですね……びっくりしてますよ。」
金貨10枚は……
「いいぞ。 買え。」
へ?
今なんと?
「この金貨はお前のものなんだ。 物も価値があるものじゃないか。」
俺の頭の中で、ウィルからは後光が差していた。
これがウィル?
でも金貨10枚って、1000ディナールだぞ? 円で1000万円だぞ?
穿った見方かもしれないが、昨日の罪滅ぼしで言っている部分もあると思う。 悪いが。
ただ、欲しい。
状況に乗っかっておくか。
「母さんは?」
「買わないの? なら、私が買うわ。」
なんて話の分かる両親だ。
でもこのタイミングを逃したらどうなる?
買わないで後悔したいか? 金も機会も揃っている。
気兼ねなど気にしていていいのか?
「頂いていきます。 テントと水瓶で、お願いします。」
「役立てておくれ。 王都の話は聞いてないかもしれないが、
あたしらの商売もいつまで続けられるのか……」
ひょっとして、革命の事を言っているのだろうか?
いや、当然影響を受けるだろう。
それに、魔道具商等は目を付けられかねない職業だ。
彼女自身が知識階層なのかどうかはわからないが、
ブルジョワ扱いされて資産を搾り取られたりする可能性は高い。
それに、自分の生き方への誠意なのかもしれない。
価値を認められ、誠意ある客への提供なら、矜持に足る。
多少損しても、今後の事を考えるといま放出した方が意義があると考えても自然かもしれない。
俺はこの店主に認めてもらえたという事なのだろうか。
改めて思うが、これは金貨10枚なんかで買えるものとはとても思えない。
蜂蜜酒5壺と等価なんて絶対にあり得ない。
「多分だけどね、壊れても修理は難しいかもしれない。
滅多に壊れるものじゃないけどね。
だけど、調子が悪くなっても私らの仲間のところへはあんまり行かないでやってほしいんだ。
まだ取り扱っていると知れたら危ないからね。
この値引きはそういう意味も含まれていると思って欲しい。 ささやかなお願いだよ。」
革命について、うちの両親は何処まで知っているんだろう?
ここで質問でもした方がいいだろうか。
俺が一人で直接説明して両親が信じるかは難しいものがあると思う。
しかしながら、あの『詩編五巻』の内容の信憑性が高まっていく。
――少なくとも、革命に関してはもう疑う余地はないだろう。
……買い物の経緯、隠れてない隠し方、捨て値での投げ売り、いろいろ合点した。
役人が来たら本当に判らない様に隠すのだろう。
――ひょっとしたらあの本の広告も、限られた人しか見れない広告だったのかもしれない。
そう考えると、合点か。
後で気づき、『魔道大系』がどんな本なのか店主に質問しなかったことを後悔した。
これも後で気づいたのだが、「王都では……」と言っていた。
王都から来たのだろうか。
王都では、もう商売をするのが危険なのだろうか。
ブルジョワという言葉を使っていた。
――彼女自身も嫌な目に会った可能性が高い。
胸騒ぎがした。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
できましたらブクマ、いいね、評価、感想等、宜しくお願い致します。
誤字報告大歓迎です。 いつも有難うございます。 (*^^*)