討ち入り・3
馬車で進む貴族街は、前に来た時よりも警備の騎士達が街角に立ち、緩やかな空気を引き締めていた。
流石に前回の騒動に警備体制を厳にしたものと思われる。
茶会を開く庭は依然と同じく緩い空気が流れ、子供達が犬を追いかける景色や池の畔に佇む老人が見え、全体的に長閑な空気は変わらない。
家々それぞれの花壇の香りに癒されながらも、皆緊張した面持ちで馬車に揺られる。
秋風は俺達の感情を撫でつけながらも、残暑の残る湿気を孕んだ空気が思いを熱く昂らせる。
兎に角、まずは生きて帰る事、それを全ての力を掛けて勝ち取ると胸に誓いながら出来上がっているイメージを更に踏み固める。
領主邸に着くと、一つの部屋に案内される。
20m程の長方形の部屋は、前回のご婦人との会合の時より小さい。
葦毛の長目の毛の絨毯がふかふかと心地よく、高そうな毛皮が敷かれた上に、黒塗りの長机。
銀とワインレッドを基調とした調度品が並び、白銀に輝くフルプレートを着込んだ護衛がそれぞれ四隅に立ち、領主脇にも一人居る。
執事が茶道具の脇に立ち、紅茶の善い香りに満たされている部屋。
そこでは既に、領主と見知らぬ男が談笑しながら待っていた。
訊くと、「あれはギルドマスターだ。」と、エレノアさんが短く答える。
その答えを横目に、二人の緩む笑顔を見やり、静かに勝機を感じ取る。
エレノアさんは入り口付近に立ち止まり、俺達を先に行くように促し――
――入室、扉が閉まると同時だ……ドアのパタンという音に紛れ、皆が一斉に瞬歩で動く。
フランとフィンの二人が護衛を牽制する位置に、
ペーターは一瞬領主に突っ込むように一直線に動く――
と見せかけて、部屋の中央付近で止まり、意味ありげに詠唱風の滅茶苦茶な言葉の羅列を呟き、「謎の術式風」に大魔法を装う。
護衛は一瞬ペーターに釘付けになり――
ペーターが止まる直前にフィンとフランが動き、護衛達が領主近くを固めるのを牽制する。
ドア前の脇に、陶器の様な硬い土壁が作られた。 フランの土魔法だ。
その頃に動き始めるエレノアさんのするりと護衛脇を抜ける動き。
丁度その瞬間、俺達を縛っていた縄はブチっと切れ、はらりと床に落ちる。
――俺達を縛っていた縄には切り込みを入れておいたのだ。
慌ててエレノアさんを警戒する護衛達が一斉に魔術の詠唱をしつつ前に出ようとするが、通り道は俺達がことごとく塞いでいる。
――聞いていた通り、軍人は基本的に無詠唱が出来ないらしい。
戦場ではむしろ詠唱があった方が連携が取り易いらしく、無詠唱の辛い訓練を自主的にする理由が弱いのだ。
そして、無詠唱は十代の頃の方が劇的に習得し易く、その機を逃すと軍エリートでも習得はほぼ無理という。
近衛ともなると、軍の戦歴や所属年数等の厳しい出自審査も有る為、更に無詠唱技術保持者が少ない。
――一部の下級貴族が習得する事が有るらしいが、どういう訳か軍で出世する事は無いらしい。
出る杭は打たれるのが身分社会の常なのであろう。
お経のような呟き声が続く――
とても不気味な空間に、口元が緩みそうになるが、笑う迄の余裕は無い。
護衛は5人いる。 ドア脇、壁際、領主脇……
既に領主の後ろには、ペーターに注意が向いた一瞬ですり抜けたエレノアさん――
風属性の達人でもあるエレノアさんは、足を動かさずともある程度滑るように動けるうえ、一つ一つのステップが鋭い。
予備動作が無く、護衛達の反応がいちいち遅れ、少しずつのズレが致命傷を招く。
まあ、ペーターが思いの外良い動きで敵を撹乱したのが奏功した部分もあるが、完全な不意打ちで此方の意図した位置取りが完成する。
その後も俺が素早く動き、少し遅れて他が加速した事で注意の行き先が迷い、護衛は殆ど動けていない。
――俺たちは、背後を取らせない位置取りをして包囲。
※ 配置図①
- 考慮: 壁際の護衛は都度向きを変え、包囲を狭める動き。
領主の両脇に護衛と執事が居たが、その二人は……結果から言うと、意味が無かった。
エレノアさんは脇をシュッと通り抜け、見た時には既に領主の首筋に細剣を当てていた。 早い。
領主は一瞬遅れて状況を理解し、舌打ちをする。
その間にも俺達は動き続ける。
シャツの下に隠したマジックバッグ。
そこから油袋を取り出す。
俺は領主と近くの護衛の真上に油をピュッと飛ばし、風で手早く油を広げるようにかける。
空を、薄い膜のように舞った粘性の油は、領主と護衛の二人の頭と顔、そして上半身にべっとりとかかる。
ペーターが火玉をポワッと掌から無造作に空撃ちする。
素早く他の油袋を取り出し、他にも有る事をアピールしつつ、繊細な操作でギルドマスターにも油を浴びせつつ言う。
「護衛は引いて下さい――」
と、言う声に重ねて後ろでバシャリと水音が響く。
フィンが奥壁両脇の護衛二人から集中砲火を浴び、水で叩きとした所だった。
落とし切れなかった石礫が壁にタタンと音を立ててめり込む。
護衛達は俺の言葉を無視し、油まみれとなった領主脇の護衛は、引かずに剣を抜くのをペーターが苦々しい顔で火炎放射。 油をひっ被った護衛の上半身を広範囲に焼き払う――
「燃えますよ――」
領主に燃え移りかねない位置を察し、燃えた護衛が横にズレようとするが、構えた剣を何処に向けるかの迷いが見える。 狙い通りだ。
エレノアさんは既に剣を領主の喉元に突きつけており、
ペーターは遠い、俺も机の向こう側であり、構えて対峙しても意味がない。
俺達の位置取りはどうやら絶妙な位置取りだったらしい。
護衛達は逡巡を繰り返し、固唾を呑んでじりじりと領主に寄って行くのがせいぜいだ。
領主は平静を装いながら軽く舌打ちを漏らす脇で、遅れて状況の変化を認知するギルドマスター。
ここからはエレノアさんが主で対話する流れだ。
ペーターは遊撃。 俺も交渉を考えた位置取り……領主の視界に入る斜め前に立つ。
「判断…… 遅いですよ?」
俺の言葉に領主が目を怒らせたが、俺も睨みを利かせ、
「衛兵に引けと言えば良いでしょう!」
と怒鳴る。
このタイミングで大声を出す自分の小物感を感じ、自分が嫌になる……
勿論、内心「領主様にこんな事言って良いのかな?!」、とビビっているが、もう引けない状況なのだ。
とは言え、一般人が突如ヤクザ風貴族を怒鳴りつける場面を押し付けられたとする。
……多少の心の準備が取れていたとしても……無理だろ?
今の俺は酷い顔だろうが、もう、ヤケクソだ。
燃えた護衛が領主から少し距離を取り、燃える上半身の熱さについに剣から片手を離し、体を叩くように消火を試む。 駆け寄るドア脇の護衛が焦り顔でフランに目で前を通らせろと懇願し、それをフランが目礼で通す。
短い感謝の言葉の後、前を通り近づいた一人が水魔法で消火を始める……
俺は風で油を中に舞わせ、ペーターは構えを崩さない。
「消火はさせてやる。 だが対話の邪魔はするな。」
衛兵は答えない。
そのやり取りの瞬間、また後ろで気配が動く――
領主から少し離れた部屋奥壁側の2人の衛兵が動こうとしているのが眼端に見える――
が、フランが石礫で遠目の護衛3人を牽制する。
一人肩口の鎧に当たり、プチンと軽い音が響く……小さい石礫だ。
威力も当たりも浅い。
「やめろ!」
エレノアさんの怒気を含んだ声が響き、護衛達が漸く止まった。
はずみで中空を舞わせていた油がべちゃりと消火を続ける護衛の頭に掛かるが、油塗れのまま消火を続けているのが見える。
護衛はそれ以上動けない―― 領主の首筋の細剣を見れば、そうもなる。
強く押し付けられ、血が滲むのが見える。
遠目の3人の護衛は俺とフィンの牽制により領主近くに入ってくることも出来ず、歯噛みしている。
俺から見て左側のドア脇の一人は、退路確保の為か、位置取りを変えられない役割の様だ。
位置は変えずに手を翳し、魔法の準備らしき構えは崩さない。
その結果、領主は完全に俺達4人に包囲されている。
俺も領主に向き合う中、エレノアさんが話を進める。
「こういうものを拾ったんだが?」
と、ギルドの依頼書を取り出し、エレノアさんが話し始める。
話始めた頃、手筈通りにフランが部屋の外に出るのが見える。
外からの増援への警戒だ。
廊下でドア脇に壁を出しつつ陰から動きを見、異常があれば知らせる手筈だ。
土魔法で壁抜けで奇襲されても壁穴も塞げる狙いもある。
「さて、領主殿にギルドマスター殿。
ギルドマスターは、もう、元、と付くがな。
自分から辞めるなら見逃してやろう。
私もS級だ。 中央で裁判に掛けるくらいできる。 解るよな?」
俺は証拠をポンと投げるように床に並べる。
ここ迄に見せられた護衛達の腕に、しゃがむ等といった隙を見せる行動をするのが怖い。
膝の曲げ伸ばしの僅かな瞬間にも、奴らなら踏み込んでくるのが明確に想像できるのだ。
昨夜の襲撃者が持っていた割符、続けて先ほどカロが持ってきた早馬の割符を見ると、領主が顔を顰める。
その横で、ギルドマスターは震えている。 髪の毛が上の方から燃えていく。
部屋の状況から癒着、汚職の全てを察したエレノアさんが激怒し、火を付けたのだ。
ガチッ!
横合いから聞こえたその音は――俺達が話すその瞬間を使った再度の奇襲……
ペーターの後ろから一瞬で距離を詰めた護衛の一人が、俺達と領主の間に剣を割り込ませる――
それと同時に、エレノアさんの脇の消火を受けていた一人が体当たりする動きのものだった。
武器も抜かぬ、その小さな動きは予備動作が読めない。
――体当たりか…… エレノアさんを弾き飛ばそうとしたな。
領主の首筋にタラリと垂れる血の一筋。
体当たりの弾みで切れた様だ。
目まぐるしく変わる位置関係。
エレノアさん一人に対して護衛3人が、どさくさに紛れて領主脇を固めている状況が作られた事が気にかかる。
そもそもフランが消火を許したのが甘過ぎると思いつつも、俺もすかさず前に動く。
ああいうのは武器を捨てさせてから外でやらせるべきだと……。
今はエレノアさんの援護へ、と、必死に加速する。
※ 配置図②
俺は咄嗟にニ歩横に飛び、シャツ下の魔法の腰袋に手を入れ棍を出すと同時に、ギルマスの鼻を突く。
パチュリと人間の顔からするとは思えない音の後、鼻を押さえるギルマスが目を血走らせる。
それを横目にシュッと跳び上がり机の上へ。 執事が懐に手を入れる怪しい動きをしたからだ。
「離れないなら――」
俺が言うが早いか執事が懐からナイフを出す。
横ではペーターが短槍を突き、消火をしていた護衛の間に入る――
瞬間、燃えていた護衛がまた体当たりでエレノアさんを突き飛ばそうとするのが目に入る――
エレノアさんがそれを躱しながら短剣で難なく捌き、いよいよ怒りを露わにした。
「死ぬ覚悟をして下さいね――」
俺の声と重なる打撃音。
ガチッ……サクッ! バシュッ!……ブホッボッ!
「ガッハァァ……」
「う……うぅ……」
近くにいた護衛二人は、エレノアさんの容赦ない火玉の直撃を受け、煙が立つ……
その後からペーターの火炎放射で更に焼ける二人。
しかし、その前のエレノアさんの動きがエグかった。
エレノアさんに体当たりした一人を、肩で逸らして流し避け、バランスを崩したところに顔面に左膝? から出したように見えた火玉――
隣の消火していた護衛は腕を短剣でざっくりと肘脇の鎧の隙間を突き刺された。
その後、二人共纏めてペーターに燃やされている。
俺も足の裏や、ほぼ全ての関節から魔法発動できるが、エレノアさんも出来るのかと驚く。
今度こそ、ペーターの燃焼もいよいよ容赦が無い。
同時に俺から見て左のドア脇の護衛が土壁をギルマスの真後ろに出し、俺の追撃を読み、予防を試みる――
位置的にドアを隠す位置でもあり、領主をこの部屋から逃がす意図の布石と見える。
それよりも、驚くのがエレノアさんの流し受けの技量。
――領主の首から剣を外さずに、全部やってのけた……
ここにいる護衛も流石に精鋭なのだろう。
ギリギリの判断で仕掛けてくるのが……毎度絶妙な呼吸の間を狙い、油断ならない。
この場の最大障害要素を「エレノアさん」と、絞り込み、他は全て捨てて一瞬に賭けたのだ。
流石に近衛と思わせる瞬時の判断……続くシビアな真剣の上のタイトロープに、身の毛もよだつ。
――相手が並の者だったら形成逆転していただろう……。
エレノアさんの強さろ、このメンツで事に及べた事に心から感謝した瞬間だった。
その陰で、俺の背後ではフィンに背後を取られた護衛が一人、腹を不自然に膨らませながらバタリと崩れる様に倒れる。
恐らく援護に行く俺の背後を狙った攻撃を防いでくれたのだろう。
やったフィンも、緊張した面持ちで唇を強く引き絞る表情……その表情が、仕方なしの行動を表している。
一連の動きで、領主の首筋から更に血が流れる。
浅い様だが、少しズレたら致命傷になる危険な位置だ。
燃えている二人はどさくさの中、また俺に油を掛けられ、悔しそうな表情。 それに対して余裕の笑みで返す。
勿論虚勢だ。
この間にも燃え続ける炎……燃えている護衛達は油に塗れ、もう火は簡単には消えないだろう。
俺達ももう消火を許す気は無い。
同時に、エレノアさんの絶技に次元の違いをまざまざと見せられ、気を引き締める。
上には上が居るものだ。
――凄い…… だが、今はまず、話だ。
因みに執事には鼻に一発、横っ面に二発突き、払いで顔面を強打。
後倒しによろけさせ、手元のナイフは棍で絡め取るように数度回し、指先をバチッと払い、落とさせた。 暫くは指先が痺れて何も持てないだろう。
こういう場での戦いに、軽い棍は意外に強い。
執事は鼻を押さえ、涙目で俺を見るが目付きにはもう、力がない。
エレノアさんが領主を見る、どうする気だ? と目が言っていた。
その脇で、
「話の邪魔をしたよな?」
と、怒気を滲ませた声でペーターが消火する護衛ににじり寄る。
最初は耐えていた領主脇の護衛も、熱さに耐えられえずに「うが……」と、声を上げる。
また水を出そうとした護衛を、ペーターが無慈悲に短槍で制し、詠唱を止めない口に、2発の突きを入れて妨害するが、ベコベコに凹んだ兜を他所に、詠唱は止まらない。
護衛が顔を逸らすと同時に腰の剣を逆袈裟に振り上げたところを短槍で小手に強烈な一突き……
連撃で胸元を突き、次の一撃が膝に入り、護衛が痛そうに呻く――膝への一撃が鎧の隙間に入り、血が零れる。
憎々しげな雰囲気が漂う中、フィンが横にズレ、机から飛び降りた俺も横にズレて有利な位置を確保する。
どこまでも油断も隙もない相手だ。
俺達も少しでも優位な立ち位置に移動する必要性を肌で感じ取ったのだ。
※ 配置図③
「領主殿よ。
自分の命と引き換えに、家名だとか貴族の意地だとか言うなよ?
そういうのはきちんと筋を通してから言うもんだ、泣き言の代わりに癇癪かい? 情けない!」
エレノアさんが護衛の方をチラリと見やる。
「護衛もよぉ。
主が死んでお前らの名が浮くと思うかい?
それとも仲間が子供だと舐めたのかい?
少しは考えたのかい?
見て分からんかね?
こっちはいつでもあんたらを全滅させられる。」
領主を見下ろす。
「こっちはそちらの依頼やら要望を請け、話をしに来ている!
これまでの犯罪的行為、冒険者同士の同士討ち工作、更には騙し討。 次は殺すぞ?
お前等の軽率で薄っぺらい意地のせいで何人死ぬと思う? こっちはやるなら徹底的にやる。
それこそ証拠も残らないくらいに。 屋敷も全部燃やす事になるだろう。」
堂々たる煽りに感心する。
領主は俺達の一連の動きを見ると目を剥き、今では視線を落として執事を見やる。
執事はゆっくりと首を振り、縋る様な目で領主を見、溜息を一つ。
領主はまた、ドア脇の護衛を見やり、その護衛もゆっくりと首を振った。
肉が焼ける匂いが充満する。
絨毯は見る影もなく、葦毛が真っ黒に大きく焦げ、水に塗れ、護衛が焼けた脂が落ち、時折ジュワッと燃える音が立つ。
「ちょっとは考えろ!」
エレノアさんが怒りを露わにし、護衛達にも怒鳴りつける。
護衛達も領主を見つめる。
沈黙の中……少しの間の後、領主が言った。
「護衛は武器を捨てて外へ出ろ。 無謀な行動は迷惑だ……早くしろ!」
「おい、……武器はここだ。」
エレノアさんが冷静に武器を机の脇に置くように指示する。
さっきの床に踏み付けられた一人は燃えたまま動かない……。
まだ息が有るようだが、顎がカパっと開いて、虚空を見ている。
多分、もう助からない。 自業自得だ。
一人は燃えるもう一人を無言で見つめ、一瞬下を向いて目頭を押さえた。
思い入れのある仲間だったのかもしれない。
2人減り、残った護衛3人、全員が武器をそこに落とす。
フィンに倒された一人は全く動く気配が無い。 死んだのだろう。
――護衛の持つ長物はなくなるだろうが、どうせ隠し武器を持っているだろう。
警戒は止める訳にはいかない…… さっきの体当たりを思い出し、気を引き締める。
エレノアさんが武器を机の下に蹴り込みながら言う。
「フィンと言ったな、集めた武器を取らせない様に、見とけ。」
「はい。」
フィンが武器の周囲を注視し、そこを固める様に前に出るところ、
「直ぐに出ろ……。」と、領主が護衛達に静かに言う。
出ていく横顔に無骨に筋肉の筋が浮かび、顔の皮膚がびっしりと張り詰めている。
領主の裏手の扉から出ていく姿は怒りと焦燥に満ちていた。
領主の首筋から流れる血で、襟元は赤く染まっていく。
かすり傷である事が解っている。
治療は後で良いだろう。
「さて、領主殿。 まずはこの者達に報奨金だろう。
脅威は討伐された。 良いだろう?
短剣の処遇も、このギルドマスターも含めて皆で証人だ。 良いだろう?」
ギルドマスターの頭を焼く火が大きくなった。
「判った。」
震えながらの即答だった。
火が消えた。
「此方から議題が出る度に、火が出る。 これまでの経緯を良く考えろ。
此方に要望を言わせるなどありえない無礼だと考えろ。
そちらからどんどん此方が喜ぶような提案をする事をお勧めする。」
数瞬の間を空け、俺が口を開く。
「賠償はどうします? 提案が聞きたいです。」
エレノアさんもフン、と鼻を鳴らす。
またギルドマスターの頭に小さく火が付き、必死の表情で頭を手で覆うが火は消えない。
今度は領主が答えた。
「商業権、居住権、免税権、……それと、望むなら……準男爵位と商業ギルドでの最上位特権。
それと、領内での大抵の行動は目を瞑ろう。 ……エレノアには……国内選りすぐりの奴隷10人。
その他、……欲しいものが有れば……言うが……良い。」
それを聞くと、エレノアさんが満足そうに鷹揚に頷く。
俺も前々から用意していた事を言う。
どさくさに紛れ、村人の逃走経路の確保だ。
「港が欲しいです。 それと、村。」
領主が間を置いた。 ギルドマスターを焼く火が大きくなる。
(港、船は保険の保険だ。 それに暫く使う予定は無いが、こんな機会なかなか無い。)
「無理……だ。 領内に港は無い。」
「……港ですが、奥さんの実家、ザネ公爵家に言えばどうにかなるのでは?
時間が掛っても良いです。
どうしてもだめなら、ワイバーン数頭と、ワイバーンの飼育者と調教師を下さい。
それと、人が200人位乗れて外洋を行ける船が欲しいです。 交易船くらいの。」
ギルドマスターが手で火を消そうと頭を叩き、撫で、振っているが無常にも毛根ごと燃えて行くのが見える。
大火傷だろう。
髪は大分少なくなった。
毛の焼ける独特な匂いが充満している。
エレノアさんが追い込む。
「選べる状況かどうか、解っているはずだ。」
「わか……った。 だが、港は使用権程度の便宜しか図れない。 船が一番厳しい要求だ。
幾らするか解ってるのか?」
苦しそうに言う。
前に試算した事があったが、総木造手造りで名工を数週間単位で占有して作る建造物だ。
となると、人件費だけで最低でも100ギルx1x100人程の金額になるのは間違いない。
100ギルというのは、名工一人の月収目安だ。
人件費の1万ギルに、材料と技術、設計料が乗り、最終的に数十万ギル程の金額になってもおかしくないと想像した。
「10万ギルくらいですかね?」
「……居住性を考えない交易だけの船なら、それ位か。
マスト用に使える立派な木が必要で、それが高価だと聞いている。
用意できるなら、多少何とかなるかも知れない。
が、その規模の船だとその木に対する要求も厳しいものになる。
小型船複数台にできないか?」
因みに、ヴォイン周辺の領の推定年度予算はだいたい400万ギル程と予測している。
日本円にして400億円程。
交易品で潤っていない、単純な農業領地であれば人口x10~20ギルで大体計算出来ると踏んでのフェルミ推定レべルの数値だが、当たらずとも遠からずの金額のはずだ。
農作物で収める税分の食料は、売ると大体その位の金額になることは把握している。
この辺りは近隣合わせて大体20万人程の人口だと聞いている。
10万ギルとなると、年間軍事予算の1/10か、それくらいの額だろう。
貴族からすると、平民に要求されたとなると、孫の代まで祟られてもおかしくない額でもある……。
「年間の軍の予算は如何ほどだろうか? その1/10程に収まる額では?」
「……軍の予算を削って捻出という事か?」
領主が弱弱しい反意の目で俺を見つめる……領主は油を掛けられているのだ。
目の前で火を見せされ、本能的に腰が引けてしまうのだろう。
見る限り文官だが、領主なだけあって肝が据わっている。
が、仕方が無いだろう、油と火と来れば、最早知能の問題だ。
そんな状況での反意の目……余程厳しい要求だと察するべきだろう……が。
「そこまでは言いません。
ですが、我々の侵入を許し、領主を危険に晒している責は問えるでしょう。」
と言う俺の横から来るエレノアさんの視線が冷ややかに鋭くなる。
流石に過剰要求なのか、空気が凍り付くような感覚を感じる。
鋭い視線は、過剰要求は身を亡ぼすという忠告だろう。
「……いや、船は諦めましょう。」
そう俺が言うと、エレノアさんも視線を外し、息を吐いた。
空気が少しだけ緩む。
その中、何かを察した表情でエレノアさんが要求を差し込む。
「それと、公爵との面会だが、私も同行する。 護衛でもなんでもいい、同行だ。
期日は前のまま、変わらないのだろうな。」
「一応打診は取ってある。 日取りは変わらず次月の15の日だ。 吉日だ。」
エレノアさんが続ける。
「捉えた早馬は貰って良いな?」
「そうか……馬は無事か。 ……可愛がってやってくれ。」
腐っても騎馬民族か。
今更同情はしない。
馬に対しては矜持がある事に驚く。
「他に提案は無いか?
我々は曲がりなりにも冒険者だ、喜ぶようなもの、ギルドマスターなら判るだろう?
提案しろ。」
「…………」
またブワっと火が付いた。
今回は大きい。
「……装備の新調と、魔道具……冷蔵庫と、移動キッチン。」
移動キッチン? マジか? 凄くね?
屋台召喚できるヤツじゃね?
シュナイダー博士系列か?
滅茶苦茶欲しい。
「舐めてるのか? お前は我々を殺そうとしたんだよな?
裏切りに対して私が厳しいのは知っているはずだ。」
――え? 移動キッチンでも怒るの?
実物がどんな者なのか知らないからなんとも言えないが、キャンピングカーの様な馬車だったら微妙だ。
マジックバッグに入る、コンパクトに持ち運びできるセットだったら是非とも野営に欲しい。
という俺の妄想を他所に、エレノアさんが物凄く怒っている。 火が一瞬バチッと爆ぜた。
「……ギルドマスター権限で、ギルドでの特権を与えよう。
役職を作る、その後に辞めてやる。
全資料を見れて、指名依頼を作れる役職だ。 これ以上の権限は無い。」
「書面に認めろ。 二通だ。 私と、この者。 ヴェルナーに。
片方が破られた時は、もう片方が証明する。
契約だ、商業ギルドでも登記しようか。」
そんな制度があるのか。
契約登記?
へぇ、こういうのが有ったら契約書を巡っての殺人は減るだろう。
後で聞いたが、契約登記とは商業ギルドに行って手続きし、契約書と合意形成の記録をギルドが仲介し、証明する仕組みだ。
――ギルドには、原本ではなく、魔法でコピーした『写し』と『サイン済みの控え』を置くらしい。
原本には番号と刻印がスタンプされ、契約を解消する場合に必要になる。
契約解消時、双方の責任者の合意を商業ギルドで申し出て、当該の「契約破棄契約」で上書きするそうのだという。
――なかなか良くできている。
商業ギルドが腐敗したら微妙だと思ったが、原本が手元に残る。
商業ギルドが焼失した場合でも「登記した契約書は魔法で更に全拠点ミラーでバックアップされている」そうだが、原本が手元にあれば、内部不正があったとしても再手続等の対策も取れるだろう。
前世のBlockChainを思い出す。 まあ、あれもUpdateで不正コードを配布されたら全てが無に帰すんだが。
………………
程なくして、書類が作られ、俺たちは一息つく。
エレノアさん以外、俺たちは皆初めての対人実戦。
ガチガチに緊張していた。
エレノアさんに水を出した。
俺たちが今飲んだら多分吐く。
「気が利くじゃないか?」
と、少し笑顔だ。
流石に肝の座りも違う。 元将軍というのは伊達じゃないようだと、思い知る。
フィンが喉が渇いたと言うので出すと、一気にグイと飲み、見事にムセで咳込んだ。
それを見て物憂げな表情で綻ばせたエレノアさんの顔は、戦いの前の顔に戻っていた。
横目で見る書面上には、署名と紋章がしっかりと刻印されているのが見える。
最後に、エレノアさんが領主を見ずに一言言う。
「口直しに、……何れ美談の一つも聞きたいものだが、な。」
オリバーの話のことだろう。
あの話は醜聞にしても救いようがない。
その一言に、領主が無言で頷く。
外を見ると、まだ空は青い。
夕刻迄、まだ時間は有る様だ。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら
ブクマ、いいね、評価、感想等、宜しくお願い致します。
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