暗示
魔力の気配が爆発的に膨らむのを感じる。
――奇襲か?
風魔法を渾身の力で前に放出する様に魔力を練る――ガードにならないか?
エストリックが素早く後ろに飛んでいる。
ドアノブを握った俺が先頭の位置だ。
後ろからフランが「下がって!」、と言っている。
これで全開です、下がってます、と思いながらも後ろにステップする。
フランが魔法を解放し、石礫がドアを突き破る――中から光が飛び出す、爆発だ!
壁を出して欲しかったと思うが、言葉にならなかった。 いや、壁だったら俺が一人で生贄だわ、と気付く。
必死で……腕輪を擦りながらも魔法を放出する。
俺の魔力の頼り無さ……心細くも無いよりマシだ。
絞り出すように、祈るように……両手から念を……と、肘の辺りからなにかが入って来る様な、いつもと違う感覚に驚きつつ、風をただ前に、と、祈るように放出――
目の前がブワッと光る。 目が焼けるような熱……赤い……
ゴォォォォォォォォォォォォオオオオ……
熱い風が来るのがわかる……
――薄目で前を見る――
爆発は魔法で切り裂かれたかのように道を開け、俺達には向かって来ない。
高温の風は俺の風魔法で大分押し返せた様で、焼けた箇所が俺達を中心に流線型に避けている。
同行した皆が壁まで飛ばされていたが、怪我は無い。 フランに感謝だ。
……ギリギリだった。
風魔法と土魔法で何とか炎は躱したが、俺とフランはガクンガクンと魔力切れの痙攣を起こしている。
魔力切れの発作で寒気が来る――体がゆっくりと痙攣する。
後ろから抱き留められた、フィンが治癒してくれている。
魔力切れの発作は消えた。 ……が、フラフラする。
魔力を回復する魔法ではないので、症状だけが消えるのだ。
フランも治癒して貰っていく。
水魔法で、丹田の辺りの内臓の状態を整えることが出来るという事だ。
魔力は丹田の辺りの内臓で保持され、過放出すると神経のバランスが崩れる。
それを直すのだ。
「あのメイド達が……誘導したと思わない? 捕虜の処遇としてはアレくらい普通だよ。
わざわざ文句を言う理由も無いのに絡んできて、部屋に誘導するような中途半端な情報提供。
『暗示誘導』、ってやつじゃない?」
このところの本屋との密なやり取りの中で読んでいた心理戦の本に乗っていた、「暗示」。
前提を省いた説明、知っていないと言えないような発言等、暗示は至るところに溢れている。
「なぜあの人は頭が良いのか?」という発言も、暗示の一種だ。
頭が良いという前提を植え付ける、印象操作の暗示である。
今回は、「メイド達は魔法が使えるが、属性が解らない」という状況を植え付けられた訳だ。
この状況は俺達にとって致命的な危機を誘発するリスクを孕んでおり、俺達は無視できない。
――かなり高度な、戦術眼を感じさせる暗示だ。
「はぁ……はぁ…… ああ、そうだろうな。
魔法を使えるかのような言い回し、火か土属性を使えたら厄介な状況……
状況を利用されたのは俺達の隙だがまんまと……。 だけど随分と命を掛けるもんだね。」
ぐぅぅ……と、唸りながら体を立てる。
魔力切れなど随分慣れてるが、今回のは今までの中で次元が違う程の重さだ。
吐き気が止まらない。
こんなことなら問答無用でひん剥いて、魔法使い用の縛り方で両手を使えなくしとくべきだった。
両手が使えないと、トイレでも手を使えない。
自ずと下半身だけでも裸にすることになる。
女の人ということで掛けた情が、仇になった訳だ。
俺達が生き残った以上、彼女らは深い怒りをぶつけられる事になる。
3人共、結構俺好みの美人だった。 許せん!
「本当。 殺されても文句言えないよ。」
「殺すよりも良い考えもあるけど、どうしようね。」
と、恨み節を零しながら治療が進む。 フィンが何時になく怒っているのが解る。
カロが顔を真っ赤にして無言で走ってくる。 深い怒りを感じる。
ドラコさんは村長の家の外側に回り込んで、爆発した部屋の外から何か取り出せないか見ているようだ。
俺も、立ち上がり、皆に声を掛けるよりも先にペーターが叫んだ。
「皆、無事か!」
「ペーター!」
後ろを見回す……全員無事だ! よかった。
エストリックとデニスが走り、燃えている部屋の崩れた壁を蹴り飛ばし、何かないか見る。
「あの鞄だな。」
「ああ。」
爆発したのは鞄だったようで、それを中心に放射状に壊れている。
部屋の壁と屋根は吹き飛び、外から部屋の内部が完全に露出している。
アストリッドは俺達から距離をとり、家の中と外の両方を俯瞰してくれている。
こういう全体像を把握しようとする動き、素晴らしい。
カロが水魔法で消火しに走り回り、火の元に覆いかぶさるような水をざばっと掛けた。
それを繰り返す。
そんな中、魔法杖のような物を見つけた。
――メイドの中に魔術師がいる?
メイドを閉じ込めていた部屋はエニスとドラコさんが監視していたはずだ。
ドラコさんが此方に来ている……
――エニスだけだと危ない!
此方に防衛力はもう必要ない。
「ピーター、デニス、ドラコさん、あとフィンも!
エニスが危ない!」
ここはもう発動した罠しか無いのだ、皆に見に行って貰うのが良い。
ここは俺と残った5人で人手は十分だ。
フランもカロも居るなら、魔術師も十分だろう。
まだ燃えているが、下火になった部屋を見る。
書類などが有ったのだろうか?
羊皮紙の欠片が舞っている。
――焦げて読めないが、取っておこう。
壁際に何個か燃え残りの鞄を拾う。 ゲットだ。
あまり派手な爆発音では無かったが、それなりの音だった。
村人達が家から出て様子を遠巻きに見ている。
音が音だ、素早く駆け付ける人は数人だ。
「何が有った?」
村の中年に差し掛かったであろう、屈強そうな男に声を掛けられる。
「あなたは本物ですか?」
カロは怒っている。
気づくと既に細剣を抜いて歩きだしていた。
慌てて俺が翻訳する。
「俺は様子を見に来ただけだ!」
近付くカロに警戒し、後ろに飛びながらなので早口だ。
内容をカロに教える。
「様子を見に来たなら逃げないで!」
俺はそれを翻訳して男に伝え、双方を落ち着かせるのに必死だった。
――通訳って…… 疲れる!
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
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