瞬転
――意図した沈黙の十数秒。
村長の目をじっと見る俺に、口元がぴくぴくと落ち着きがない。
両こめかみ、額からの汗が珠粒になる。
――カマかけには、こういう人を連れて行かないといけませんな。 ククク。
ついに俺の後ろのドラコさんを、縋るような目でちらりと見る。
目つきに怯えが混じる。
と、その時、執事風の男が動く――
その横に並んでいたメイド達は村長を横から掻っ攫うように走る――が、その前に気配を消したカロが立ちはだかる。
「止まれ――」
と言いながらレイピアを腰から抜き、鼻先に突きつける様に構えるが、それを躱すメイド。
俺は他二人のメイドが走る先の出口を見るや、身を低くして進行方向に入る。
外の人足達と連携する気だろう。
数が増えると厄介な事態になるかも知れない。
意を汲んだフィンとドラコさんも左右に展開し、そこから絞り込むように動線を阻む。
マジックバッグから棍を取り出して膝下を狙い、軽くコンパクトに払う。
メイド二人の動きが止まり、俺達と向き合う。
真ん中に俺、左にフィン、右にドラコさんだ。
「止まらないという事は、領主の配下の方――」
言い終わらぬ内に脇下から投げナイフ、もう片方は体を捻るようにしゃがんだ瞬間――
内股から短剣を取り、俺達に襲いかかる。
フィンが水魔法で足元を濡らし、
ドラコさんは棍を持って上段に振り上げる。
牽制の構えだ。
俺はメイド二人の左側から踏み込み、膝狙いから肘狙いに、下から斜めに振り上げつつ踏み込む攻撃で突き込む。
――床が濡れている状態で上半身を振ると、余程じゃない限り転ぶ。
ここの靴は基本、高級な物で革底、安いものは木か草履。
ゴムの滑り止め等、普通は付いていない。
狙いの通り、上半身を振って躱そうとする瞬間、横にバランスを崩すメイド――その先に居るメイドも巻き込んで盛大にコケる。
そこに、そのメイドをバシンと打ち抜くドラコさんの大振りの振り下ろしが真芯で決まる。
一撃で落ちてもおかしくない威力にどよめく。
まさかあの牽制の為の大振りが決まる? と、本人の驚く顔を横目に、俺はカロの援護に入る。
アストリッドとエストリックは逃げ場を塞ぎ、その後ろに孤児3人がわらわらと壁沿いに集まり、真剣な顔でナイフに手をやり、唇を切り結ぶ。
既にカロが1撃入れ、メイドの顔色は悪い。 最早戦う気すら怪しい程焦燥した顔付きだ。
メイドは刺された肩口を抑えながら後退りし、その間に割って入るように執事がトンファーを構える。
背中にポシェットの様なバッグを持っているのを見るに、マジックバッグだろう。
「殺す気は無いんですがね――」
後ろから聞こえるドラコさんの声を聞きながら棍で足を払うと、またフィンが、今度は執事の足元に水を撒く。
途端に苦しそうな顔の執事が慌てて前に出るが、俺の棍に膝をバチッと突き抜かれ、たたらを踏みつつ踏み込む――その一瞬。
突いた棍を引き戻さず、俺は左足を踏み込み半身に腰を回す――
短く持ち替えた棍、くるりと穂先を縦の手前に回すと、棍尻が前に出る。
この短く持った一撃は、トルクが強い。
両手をぐるり、バトントワリングの様に回す棍を上に振り上げ、穂先、棍尻、と更にニ発、執事の顎先をアッパーで打ち抜く。
ガッガチッゴッと音が響き、振り上げた棍をまたコンパクトに、今度は両手で振り戻す。
体重の乗ったガチッと乾いた音が一発――執事が前のめりに倒れる瞬間に、短く持ってまた頬に一発。
更にバックステップしながら腰を回し、宙空でスピンしながら片手で長目に持った棍の一発をスパンと顎先に入れて、意識を刈り取る。
――最後のは俺の得意技でもある、瞬転という技だ。 本当は色々アレンジがあり、もっと威力が出る。
最後の一発を見たメイドが息を呑む。
次はお前とばかりに棍先を向けると、両手を上げて降伏を示す。
「武器を捨てろ。」
と、言うが早いか、武器を手放す乾いた金属音が響く。
その瞬間、外から聞こえるボエェェ……という野太いワイバーンの警戒音。
「カロは残って。 俺とドラコさんで行く。」
と、言い残し、玄関を走り抜ける……覗く外では赤い光が天に昇る。
外の人足が馬車を囲う様に迫るのが見える――パァンと響く炸裂音と同時に動く人影が7つ。
「領主の配下ですか――」
言うより先に棍を一閃。
走り込む先に2人居る。
馬車脇に来ていたペーターも棍を低く構え、馬車前に立ちはだかる脇で、盾を片手に身を低くしたフランが土を飛ばす。
俺の後ろに続くドラコさんが、投げナイフを投げる。
それが相手に届く頃、2つの影が立ち止まり、ギッギンッと鞘滑りの抜く音――二人共短剣の双剣を構える。
ナイフを迎え撃つ様に構える二人の脇を走り抜ける――瞬間、バチィッと、ドラコさんの分銅鞭だ。
――短剣はリーチが短い。 脇を抜けやすい武器だ。
脇を走り抜けた俺は細かく曲がる。
二人の背後を取り、反発ステップ中に足裏から風魔法を一発。
反発する勢いを風魔法でバネに変換、そのまま後頭部をガツンと突く。
正面からは、薄暗い中でのナイフと同時の鞭分銅。 モーションを盗めない鞭攻撃。 見えるわけがない。
勝負は2秒程、片方は俺の棍を後頭部に3発、片方は鞭分銅を顔面に2発受け、蹲る。
鞭分銅が入った所でワイバーンが一頭、ドラコさんの脇に降り立つ。
バサリとホバーすると、ボヘェ! と威嚇する。
薄暗い中にも拘わらず、やや鳥目のワイバーンの共に戦う気に、俺達も活気付く。
ペーターが一人倒し、フランが一人を動けなくしたのが見える。
襲いかかった一人が、火で目を焼かれ、目を押さえて後ずさるのを、ペーターがバフッと火で焼く。
間合いを詰めると、両手で覆う鼻先をブチブチャッと突く突く…… 上手い。
馬車の脇に取り付こうとした他の二人は、俺が走り迫るのを見て手を離す。
棍を振り上げ追い込むと、一目散に走り出したのが見える。
横からバシッと石礫が飛び、一人に当たるが止まらない。
薄暗くなるなか、ワイバーンは使えず、追い縋ったが向こうの加速が早い。
風を使った加速の果て、何とか一人の背中を掴み、組み伏せる――
が、追撃もそこ迄。
風刃は手応えも、動きを止める迄の威力は無く、一人はそのまま逃がす事となった。
――逃げられたのは一人。
情報を持ち帰られ、増援を呼ばれるのは必至だろう。
残念ながら、追手が掛かるのは確定の様だ。
今夜は見張りが必要かぁと、力無く独り言ちた。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
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