偽村長
魚の漬物10壺と干物10kgを、マジックバッグに入れる。
――この魚の漬物、どっかで嗅いだ記憶がある匂いがするなぁ……
何か懐かしい臭いだ……
記憶を探る……いや、今じゃなくていい。
後にしよう。
さて、これらの土産だが、これはこれから会いに行くエレノアさんと、牙人族の好物なのだ。
牙人族は、全身が毛に覆われた、犬と人を合わせたような魔物で、
二足歩行をする。
ゴールデンレトリバーのような愛情と知性を持っていることで知られる。
首輪を嫌う為、普通の人が飼いならすのは難しい。
怒ると非常に獰猛で、3倍数の狼の群れを簡単に駆逐する。
俺は、彼らと上手くやり取りできないと詰むと思っている。
我々は大軍を作れない。
ここのところ『近隣連合』で15個の村を纏め始めているが、それぞれが500人~1500人程の村だ。
2万人の人口がせいぜいだ。
――少数でも堂々と生きている彼らを是非とも見習いたい。
そして、……できれば仲間にしたい。
そもそも異民族の国の、信用できない貴族の中枢、伯爵家、公爵家に飛び込むのだ。
俺たちが「数が根拠にならない相手」であると認識させたい。
そうできれば、彼らは諸所で判断に迷うようになり、対話を望むように成りうる。
エレノアさんと会う、これは勝算は悪くない、少なくともマイナスにはならない確信を持っている。
◆ ◇ ◆ ◇
武器屋と革細工屋で、孤児達3人の装備を買い揃える。
小さな子達の嬉しそうな顔を見るのは、なかなかに楽しい。
闇に紛れる真っ黒い革のマント、小物を入れるやや大きめのポシェット、ポケットが沢山付いたベストと腰帯にナイフの鞘を付けて貰う。
特に、3人共ポケットが沢山付いたベストに、「沢山入れれる!」と、興奮気味に喜ぶ。
山、川をよく歩いていた3人は、小さな発見を拾い、ポケットに入れるのが楽しいと、ニッコリだ。
そう言えば最初の出会いでは服のポケットから、ミランダはどんぐりが沢山、アリーヤは柑橘の皮を沢山入れていたのが出てきたのを思い出す。
「可愛い」のと、「良い匂いがする」から、集めていたのだそうだ。
その上に、別の服屋で買った濃緑のフード付きポンチョを羽織らせるととても可愛い。
野営中に冷えることもあろうと、ツバ付きの耳あて付き帽も被らせる……妖精の様だ。
女子陣は終始キャーキャー楽しみ、仕立て屋で貰ったばかりのスカーフを巻いてあげて興奮している。
「ヤバい、可愛すぎ。 ポプラン君は今日は私の膝の上ね。」
「いやだよ! 俺はフィンとヴェル兄の所が良い!」
と、やり合う。
ポプランはフィンに生意気な態度を取り、どういう訳かタメ口で呼び捨てだ。
が、好きな様でよく絡みに行く。
それを姉のミランダがはらはらしながら窘める絵が繰り返される。
三人其々に小さな水筒を渡し、その中に栄養汁を入れてやる。
味噌汁の様なスープで、塩と栄養が取れる。
はぐれる事もありそう、と、念の為の非常食料代わりだ。
これだけでも数日耐えれるし、水が有れば1ヶ月生きられるらしい。
アリーヤちゃんとミランダちゃんは大切そうに撫で、ポシェットのホルダーに括り付けた。
因みに、家財道具はマジックバッグに殆どの物が入り、他の離散した家からも農具を一通り貰ってきている。
遺品としては味気ないが、この子達の人生にプラスになるはずだ。
ポプラン君は貰ったナイフが二本になり、今日貰った新品のものと見比べてにんまりしている。
他の兄弟達にナイフの手入れを教え、自分だけ持っているなめし皮を自慢した。
二人もこぞって手入れを楽しみ、「なめし皮ほしいなー。」「お兄ちゃん、ありがとう。」と、ポプラン君に影響される。
「次に何か狩ったらあげるから待ってな。 二人は何時もどんなお手伝いをしてたんだい?」
「料理と洗濯とお掃除。 水汲みと、草履作りとかもやってたよ。」
「薬草を採ってた。 それと、農作業も手伝ってたよ。 何でも言って下さいね。」
と、村の子らしい答えだ。
短剣とクロスボウも一個だけ買ってあげ、馬車の中で隠れている時に何か気を紛れさせる様に使い方を教える。
この子達は戦えない分、危険に晒すよりも馬車の中に隠れて貰う事が増えると予見してのことだ。
買い物を終え、冒険者ギルドで、エレノアさんの情報を聞き出す。
色黒の女性で、火と土の属性魔法を使うらしいこと、魔術の名人でありながら、身のこなしが鋭く、スカウトの技を学んでいる……と、聞くだけで難敵だ。
もともと亡国の軍人で、年齢不詳。 仕えていた亡国を愛していたとか。
部下に裏切られて大敗し、後にその裏切った部下を暗殺しているという女傑。
非常に気難しく、怒ったら手が付けられないが、姉御肌で部下想いだったという逸話が残っている。
意外にも「可愛いものと甘いものが好き」、という解像度の高い情報が得られ、人物像を想像する。
そして、現在は森の中で牙人族と共に住んでいるとの事だった。
他から聞いていた話とも一致する。
カロが、騎馬民族に滅ぼされた国を知っていた。
エツ国という国で、穏やかな民族が暮らす国だったそうだ。
友好関係を築いていた騎馬民族の|電撃作戦《空と地上の高速機動部隊の挟撃》により王都が陥落し、滅びたという。
念の為、出発前に蜂蜜酒の在庫を確認した。
ここで冒険者ギルドから呼び出ししてもらっても依頼自体の話は終わる(説得と言う形で)のだが、仲間にしたい。
直接会いに行き、好物と聞く魚の漬物で接待する……という、素直過ぎる作戦だ。
――ふと思ったが、ここでギルドから呼び出ししたらどうなるんだろう?
S級なら、指名依頼で呼び出すことも可能なはずだ。
が、ちょっと考えて全く魅力的な選択肢では無い事に気付く。
ギルドもバカじゃない。
呼び出した後に俺達が告げ口したとしても、恐らく知らぬ存ぜぬで誤魔化すだろう。
ヴォイルシュ家も、書面が間違いだったとか言って、俺達に謝罪くらいはするかも知れないが、エレノアさんとの関係もなんとか工面するだろう。
エレノアさんを味方にする機を逃すだけな気がする。
ボツだ。
しかしながら、冒険者ギルド……
こんな酷い依頼を受け付けてる時点で、もう癒着と言えないだろう。
腐敗……いや、汚職だ。
◆ ◇ ◆ ◇
エレノアさんと、愉快な牙人族が住む隠れ里は、深い森の中に有ることで知られていた。
森の木々の間に家を立て、周辺の魔物を狩り、果実や木の芽、キノコといった山の幸を中心に生活しているという。
山の斜面を見上げるように広がる森には小川が多数流れ、湿地帯や泉が広がり、水に困る事は無い。
豊かな森の恵みを得、踏み躙る外敵から里を守り、周辺の村と協力して冬を越す。
コトコトと揺られる馬車の中、孤児達にエズネス語を教えながら進む。
カルタの様に絵と言葉が書かれた木札を取らせ、段々と言葉を知る楽しみを教えていくのは、可愛い子供達が相手だと中々に楽しいものになる。
アストリッドとフランが読み上げ、頭をパフパフして可愛がるエストリック。
エニスはデニスと二人の世界。
ポプランは言葉を覚えるのがやや苦手の様で、姉二人に負け続け、俺に「頑張れば後で甘いものあげるぞ~」と言われてまたやる気を回復する。
ポプランの実力も上がり始め、圧倒的な差があった道中も、一晩泊まる予定の村が見え始める頃にはアリーヤちゃんに迫る程に迄実力を伸ばし、ブツブツとおぼえた単語を呟くようになっていった。
ミランダちゃんはどうやらフィンが気に入ったようで、「喉乾いてませんか?」「マントがシワになってますよ?」と、フィンの事を気に掛ける様が可愛らしい。
それを受けるフィンは、腰を折って頭を撫でながら「ああ、少し貰うよ。」「うん、お願い。」と、相手にする。
若夫婦の様なやり取りに、周囲もほっこりする。
そして、そこから離れた場所で二人になっているエニスはデニスと二人の世界。
その付近だけやや空気が甘い。。
……
山間の村だった。
ここを最後の宿泊地と決めるのに、丁度良い位置なのだ。
村長に会い、話を聞きに行く。
領主からの依頼だったが、この村の村長も関係者のはずだ。
「いやいや、ようこそおいで下さいました。」
「困ったときはお互い様ですから。」
割りとぽっちゃりしている村長だ。
――村長ねぇ……
この辺りは確かに土壌が豊かな様だが、ここまで太る程かは疑問がある。
フィンから聞く限り、村長は他の村との折衝や村人同士の仲裁等、気苦労が多い。
つるつるの肌で俺達を迎える男に、言いようのない深い違和感を感じる。
村長宅近くに幌馬車が駐まり、辺りに屯する人足が数人。
服は農民の服だが、何人か荷物の運び出しを生業としているような、筋肉が発達した体をしている。
人足達は離れの辺りにある小屋に入ったり、馬車の中に入ったりし、思い思いに過ごしている。
数人が俺達を観察し、馬車の影から伺う気配が朧気に伝わり、その数秒後に値踏みするような視線が集まったのが気配で感じ取れた。
随分と見られている様だ。
――余所者は珍しいのだろう。 それに俺達は外国人だ……。
完全に人種が違い、此方の白人に近い、金髪碧眼の人種からすると珍しいのだろう。
数人が子供達を見て目を細める。
が、鋭い視線と、普通の人足にしては、どうも身軽な者が多い事に違和感を感じる。
――村長も……なんだか怪しいしな……
人足を連れ、ふっくらぽっちゃりと太る。
村長にしてはドラコさんや、ウチの村の村長と比べると随分と雰囲気が違う。
――商人っぽいんだよなぁ……
貴族と繋がりがある近隣の商人とか?
若しくはヴォイルシュ家から利権を貰いたい他地方の……だろうか。
「この度の被害についてお聞きしたいのですが……。」
と、ドラコさんが訊く。
「いえね、村の家畜が何頭か攫われておりまして、先日も羊飼いの子が襲われて怪我をして帰ってきたんですよ。」
と、説明するが、村の設備に壊れた様な物は見えない。
「その羊飼いの子には会えます? 攫われた家畜というと、羊ですかね?」
「襲われた子供はもう埋葬も済ませてしまったので会うことは出来ませんが……
攫われたのは――犬と羊ですね。
幸いな事に、小屋が襲われたりしているわけではないので設備に被害は出ていません。」
と、説明に矛盾はない。
が、「犬と羊」と説明する時、考えるような間と左上を見ながら考えるような仕草が気になる。
ウソを考えながらついている人間のボディランゲージに見える。
そう言うと、その村長は夕日の方を見やり、また俺達の方を見て言う・
「さあさあ、軽食をご用意してあります。」
と、俺達を館に促す。
その先にあるのはやや大きめの建物で、そこには人足が屯し、馬車が退けるように移動するところだ。
馬が歩き、馬車が離れ、追うように何人かが身軽に飛び乗る。
その馬車はゆっくりと離れていき、村の外に向かっている様だが……。
「いえいえ、襲われているところ、其方も余裕はないでしょう。
お気持ちだけで結構です。」
と、俺が言うとギロリと睨むような視線で
「お気遣いありがとうございます。 ですが折角用意させましたものですから。」
と、館の中、部屋に迄案内される。
給仕にメイドが3人、部屋の入り口に立っており、その奥側に立つ執事風の男に見覚えがある。
――あの時に駆け寄っていた男?
礼服を仕立てる時に来ていた女二人に駆け寄りなにやら話した男……
雰囲気が全く違うが、背格好が間違いない。
「……少々お待ち戴いて宜しいですか?」
「あ、はい、どうぞ。」
声を掛け、皆を集める。
小声で緊急に情報を共有する。
「あの執事風の男、仕立て屋で俺達を狙ってた女の人と会話してたのを見ました。
この食事、毒か何か入れられてると思うけど。 どうします?」
事態を飲み込めていないフラン達が声を上げようとするのを、ジェスチャーで黙らせる。
「そうねぇ、あの人達に食べて貰いましょうか。
でも、痺れ薬だったりしたら死なないから普通に食べられて終わりねぇ……。」
と、彼らを毒見に使うのは余り意味がない事に気付く。
非致死性の毒だったとしても、俺達が動けなくなった後で殺されるのは目に見えている。
「この村で寝るのも怖いですねぇ。」
「暗殺者が給仕してる時点で食べたくないわ。」
「ペーター、フラン、二人で馬車を見てきて。 急いで。」
と、カロが言い、二人が走る。 何かを予感したのか、鋭い声での指示だった。
ドラコさんが村長を名乗る男に向き合い
「やっぱり我々はご遠慮させて戴きます。 なので、お料理はお食べになって下さい。」
「ああ、そうですか、残念です。」
と、会話が続く。
「ところで、いつごろからの被害なのですか?」
と言うと村長が少し考え、執事風の男をちらりと見てから答える。
「正確な所は解らないのですが、先月の中頃ですねぇ。 埋葬したのが2週間程前ですから。」
と、目が少し泳ぐ。
「はあ、村の人が死んだのに、ですか? 正確な時期が解らないんですか。」
「何分色々と忙しい身でして。」
と恍けるが、大体の事態は飲み込めた。
――ニセ村長か。
調べは付いている。
この辺りはエレノアさんが拠点にしている地域のはずだ。
ギルドから聞いている限り、この辺り一帯の村は、エレノアさんと牙人族に魔物を追い払ってもらった等の恩義があるはずだ。
だとすると、牙人族討伐依頼の口裏合わせの為に村長周辺の人員は総入れ替えしている、という訳だろう。
カマかけしておく。
「以前来た時はもっと痩せた方が村長の方だったようですが、いつ頃から村長になられたんですか?」
「ははは。 村長などそうそう代わる物ではありませんよ。
ここ30年はずっと私ですよ?」
商人ならこれくらい惚けられるか。 ……まあ、でも、ウソは吐いてる様に見える。
瞬きも増えず、落ち着いた雰囲気……だが、村長は、こめかみに汗をびっしりかいている。
俺の後ろでは、打ち合わせ通りドラコさんが激怒したかのような怖い顔で村長を見ている。
予てより、「カマかけの場面では、大人の人は怖い雰囲気を出して下さい。」と、お願いしておいたのだ。
こういう時、人は嘘を吐く時に過剰に緊張する。
ウソを暴きやすくする為の仕掛けだ。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
できましたらブクマ、いいね、評価、感想等、宜しくお願い致します。
誤字報告大歓迎です。 いつも有難うございます。 (*^^*)




