アルベルト・フォン・ヴォイルシュの悲しき陰謀
伯爵、アルベルトは後悔していた。
なぜここ迄問題が大きくなってしまったのか。
目の前にいた子供は、見る限り知性の光を目に宿していた……が、ガキだ。
どうにかして短剣も奪い返し、全てを元に戻す、そのつもりだった。
冒険者は冒険者に任せる、それは古来より使われてきた一般的な貴族の手法だった。
……
思い返せば、伯爵家として公爵家の美女、マーサを娶ってから、少しづつ運が向いてきていた。
仕事が増えていたが、中央から回ってくる予算が2倍近くに増え、この辺り一帯の発展に力を注いできた。
我がヴォイルシュ家は、先代から地元に根をしっかりと張ってきた一族だったが、この代になってからの家臣の増加は今迄と比較にならなかった。
皆が寄ってたかって神輿よ冠よと我が家を担いだ。
私は王都の公爵家に、さらなる上を目指す貴族家としての薫陶を受けるべく、度々上京していた。
私の留守中には、マーサに来客の対応をするように言いつけてあった。
どうも、留守中の方が来客が多かったらしい。
王都から帰る度に、茶や、茶菓子が大きく減っていた。
王都から離れて、自家よりも下の伯爵家に嫁いでくれたのだ、俺も甲斐性を見せたい。
それに、婦人方との付き合いもあるものと思っていたので、旦那のいない間にある程度羽を伸ばすくらいは、と、許していた。
私よりもマーサを目当てに、様々な貴族が会いに来ていた。
ウチは伯爵家。
そして、ここは辺境。
中央の公爵家とのツテはいろいろな所で利く。
金を借りる時の金利すら変わったりする。
コネがモノをいう封建社会、子の士官先にも困るまい。
◆ ◇ ◆ ◇
ある日、執事から報告が上がった。
――行き過ぎた忖度が、マーサを変えていると。
つまり、こういう事だった。
近隣の地方貴族達は中央との繋がりに飢えており、マーサに取り入る為に個人的に親しくするだけではなく、賄賂や、便宜を過剰に提案してくるようになった。
そんなある日、三男のオリヴァーが近隣の村の娘を誘拐し、村から抗議に来た村民を殴って追い返した。
そんな中、それを揉み消すことを提案される。
マーサは躊躇いながらもいつも慕ってくれている貴族だと、「好意として」甘受した。
――ここできちんとオリヴァーを教育し直し、示しをつければ良かったのだが……
その後、またオリヴァーが近隣村から娘を誘拐したり、平民を恐喝したり、娼館で騒いだりするようになった。
その度に、揉み消しますからご安心下さいと言われ、マーサは「夫の留守中に問題は起こせない」と、甘受した。
いつの間にか、それが当たり前になり、「いつものようにお願い」になっていった――
それが今回の話の発端だ。
公爵家令嬢として、高度な教育を受けて来たのがこれか?
と、同時に「公爵家の令嬢ともなると、世間知らずでも生きて行けるもんな」、という冷淡な感想が同時に湧いた。
息子にも怒りが湧いた。
この三男はキレやすく、簡単に癇癪を起した。
家から追い出しても、何をするか分からない男だと一目でわかる。
何度か教育した。
よく貴族がやるように、意趣返しで反撃し、「お前の意見はこんなもんなんだぞ。」と、浅はかな思慮を攻めた。
簡単な例だと、借金を踏み倒した話を聞いた時、金を奪い、「お前は踏み倒すのにか?」と言ってやるとか。
浅知恵を振り回す輩にはこういうやり方が効く。
しかし、思慮が深まらないのは、母親からの遺伝なのだろうか。
公爵家の他の兄弟はまともなのに。
そしてある日、貴族社会での立ち位置に影響が出かねない事件が起きる――
ある日突然、オリヴァーの婚約が破談となった。
婚約相手の他地方の男爵家は、オリヴァーの身辺を調べており、流石に気づいたらしい。
ザネ家を通じ、破談を通知しにきた使者から、「酒場の地下室は引き払うように。」と言われ、流石に調べた。
ウチの手の者を使い調べると、そこには誘拐したと思しき娘たちの死体や、鎖に繋がれた状態の女性が居た。
貴族の子息の素行というものは、未来を映す鏡と言われ、中々に重視される。
遊び半分に人の人生を奪う者は、一つ歯車が狂えば逆の立場に陥り易い。
家の安寧を求める貴族家にとって、子息の素行不良とは衰亡の兆しなのである。
評判が下がれば、それを旗頭とする寄り子達の動揺も広がり、他の寄り親からも軽く見られるようになっていく。
バカな権力者の下について、巻き添えで衰亡する例は、歴史上も数多見られる。
態々愚かな滅び方を選ぶ阿呆は、少ない。
それが貴族社会だ。
泥沼にはまっていた。
揉み消し続けるしかなかった。
下位貴族からも、強請られるようになっていた。
なるようになったという事か……と、息を吐く。
公爵家の義父に相談しようと思った矢先だった。
暴力事件、誘拐に、殺人だ。
もうここまで汚泥の様な話では相談もし辛い。
相談の仕方を深く考えたが、答えは出なかった。
◆ ◇ ◆ ◇
そして今回の一件だ。
正直、渡りに船な部分もある。
オリヴァーに反省してもらう契機になろう。
が、最終的には貴族社会内での噂や評判の低下が王の耳に入れば大きな問題になる。
領主とは、そういう責任を担わなくてはならない。
死んだ村娘達には罪悪感を感じていたが、最後には揉み消さなくてはならない。
そして、相手は平民だ。
潰せば何とでもなる。
そう思って立てた計画だった。
嫌な汗は止まらなかった。
こういう汚れ仕事の経験は、アルベルトには無かったのだ。
当然、蝶よ花よと育てられたマーサにも無い。
――……あの書面はまずいかもしれない。
暗い部屋、一人考え事に耽る。
夜が更けていく。
……時間は、私の心の余裕を食い潰していくようだった。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
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