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騎馬民族の街へ ― 11 ~冷えゆく暖炉と背中の温もり~

 廃村のオークの巣になっていた館は、下級貴族の館だったらしく、質素ながら広かった。

 奥まった部屋には女の人が6人。

 すぐに助け、歩けない人は簡単な台車で運ぶ。

 オーク討伐依頼の場合は、そういった運搬器具をギルドで借りることが出来、マジックバッグに入れて持って来ていたのだ。


 食堂らしき大広間にはシャンデリアを外して持っていった様な跡も有り、廃村の状況は外敵によるものではなかったものと思わせる。

 館に巣食っていたオークは13体も居て、大広間に大きな個体が居たが、大した事もなく、凄いと聞いていた再生能力も、俺達の「役割分担で休むことも考えた連携」で時間を掛ければ別段危険な相手でもなかった。

 思った以上に弱かった印象に、一同戦意が高揚していた。


 初日に館の制圧は完了し、ワイバーンで空から見下ろしてもオークの影は残っていない。

 翌日、村の名主と同行して廃村を見て回り、相談の結果、念の為3日掛けて周囲を掃討する事とした。

 依頼は「巣の討伐」なので、同行した名主的にも館を制圧した時点で依頼は完了との事だったが、辺境に住む俺達はその「討ち漏らしによる再被害」の不安を無視できない。


 それだけでなく、正直皆、戦い足りない。

 近くの森にも出張し、ゴブリンの上位種とグレートボアという大型の猪の魔物、「はぐれ」と見られるオークを数体狩る。

 野外で遭遇したオークは3体だったが、館の中の様に奇襲も毒による弱体化も出来ない。


 いい機会という事で真正面からぶつかったが……


 ――強い。


 最初の1撃が入るかどうかで戦局というのは大きく傾く。

 奇襲が出来ないだけで大きく苦戦する事に少し気落ちしたものの、4段攻撃はそれなりに効果的だった。

 が、木の枝が邪魔で勢い付けた突き込みが出来ず、致命傷を与えるのが難しい。


 停滞した局面の中、カロが突然オークの背後から現れ、首元を短槍で、もう一体の脇腹に細剣を深々と刺したところから戦局が大きく傾いた。

 傷口を押さえながら戦う二体は次々と俺達の刺突を喰らい、戦闘後半になるにつれて邪魔な枝は取り払われ、4段攻撃の5週目には用意した通りの連携が決まった。

 突進してくる無傷のオーク1体をフィンが脇から刺し、刺した槍を思いっきり横に蹴ると槍の穂先が深くこじれ、内蔵が数個寸断されている様に腹の中を引き裂く。


 その槍をブラブラと腹から下げながら雄叫びを上げるが、ペーターの魔法、エストリックの背後からの一撃が入ると声が悲しげに変わった。

 最後に首筋を深くこじった所で、死体を狙う狼が数匹此方を睨むのが見えた。

 周囲を警戒しながら血抜きを始めると、散り散りに逃げて行く。


 ボアとオークは解体し、素材となりうる物は全て鞄に収納し、1/3は被害にあった村に配った。

 食料不足の中での差し入れに、村長からはかなり感謝され、「何でも言って下され。」と申し出を受け、小川近くの池で歓待を受けた。

 焼き立ての肉と、タケノコの様な植物の若芽、洋梨の様な果実と酒で(もてな)され、遠目から何人かの若い女の人が俺達を見る。


「被害は甚大です。 本当に有り難い……特に、食料が厳しい。 これからの冬がどうなるか……。」


 と、名主と呼ばれる村長と、その息子2人が語り始める。

 語る口調は、苦労の成果を奪われた深い絶望と怒りが滲み、期待の出来ない救いを望む詠嘆が語気に混じる。

 遠目に見ている女の人達は、どうやら俺達の歓待に含まれている様だった……。


「いえ、子供達もおりますので。」

「ええ、そうでしたな。 では、失礼させましょう。」


「いえ、では、服の洗濯をお願いします。」


 と、ドラコさんが銀貨3枚とパンを入れた袋を村長に渡す。


「あ、お気遣い、有難うございます。 つかぬこととは思いますが、その、奴隷とは言わずとも、何人か孤児となった子は……。」


 と、語尾を濁すが、察する。


「村長、申し訳ない、また明日もありますので……。」


 と、遠回しに辞退する。


「いえ、気が変わりましたらどうかお願いします。 できるだけ気立ての良い子を選ばせて戴きますので。」


 と、声が弱々しくも、それが責任なのだ、と、覚悟の籠もった目は、甘くない辺境の現実を伝えていた。

 その後、割り当てられた小屋で眠りに就く。

 体を拭く布を受け取りに来た洗濯の女の人は、胸を強調する様な服装でドラコさんに声を掛けていた。



 ……



 被害に遭った村と、オークが住み着いた廃村はかなり近く、討伐中も何度か帰り、野営よりも良質な睡眠に助けられる。

 村としても用心棒代わりになる訳で、肉と引き換えに野菜、穀物等も分けて貰う。

 釜で湯を沸かし、サウナのようになった暖房部屋で体を拭き、暖を取り、村の子供達と交流する。


 その度にペーターが行方不明になり、二日目の夜、カロがペーターと言い争っている声が聞こえる。


「犬や猫じゃないのよ?! あんた正気?」

「正気でございますとも。 それに、ここの子達が口減らしに売られるのは目に見えてる話でしょう。」


 ペーターのベルトに付いていた御守りが机の上に載っている。


「幸いなことに、ウチの村には食料が有り余っています。 数人養うのに何が問題でしょう?」

「言葉とか文化とか、それにその子達のその後の人生もあるでしょう。 食べれれば良いってもんじゃないのよ?!」


「でも、まずは食べれてからでしょう。 ここの村に余裕が出来てから帰らせてあげる事だって出来ます。」

「その子はどう言ってるの?」


「最初に言った通り、その子からの申し出ですよ。 知らない人に連れて行かれるより、貴方方が良いって。

 それに、実際にオーク等に襲われた後の村では洗濯婦として助けに来た兵隊達に付いていく女の人が出るのは良くある話って言ってましたよ。」


 話が見えてきた。

 この村の畑の惨状は初日に見た。

 収穫間近のイモ類は根ごと力任せに引っこ抜かれ、齧りかけの芋や豆も散乱していた。


 村人達も抵抗した事で女の人が攫われる被害は少なかったそうだが、食料の被害は深刻に見えた。

 残った麦類をやりくりし、ギリギリの生活……それでも賄えない場合、奴隷として売られていくことは容易に想像できた。

 ウチの村は防衛戦力がかなり充実しているから知らなかったが、辺境の村ではそんな話を聞いた事も無くは無い。


 隣村が熊の魔物に馬小屋をやられた時等、ウチの村から大分支援した。


「で、その子は今どうしてるの? 一度見てから……いや、話をするにしても村長さんにも話をするべきだわ。」

「両親が死んだ子なので、三人の兄弟で固まって寝てますよ。 台所がボロボロに壊されて、血だらけでした。

 食料をあげた時も、三日ぶりに食べたって言ってましたよ……。」


 相当悲惨な状況だ。

 ウチの村に移り住むのはアリかも知れない。

 ヨハンの村に預けても良いかもしれないし、ベース付近で北方語の先生をやって貰うのもアリかも知れない。


 それが閃いた瞬間、俺は俄然助ける気になっていた。

 ウチも豊かになりつつ有るとはいえ、村だ。

 余裕ある貴族様では無いのだ。


 働かざるもの食うべからずなのはどこでも同じだ。

 のそりと部屋に入ると、ランプの光が微風に揺れた。


「お母さん、話は聞きました。

 何かの技能がある子や、家畜の世話が出来る子達なら連れて行った方が良いでしょうね。

 北方語の先生は今後を考えると必要です。」


 俺の声に、二人がぎょっとした顔で振り返る。


「ところでペーター、どうやって知り合ったんですかね?」


 と、聞いたところで目が泳ぐ。

 あんまり訊かない方が良い様だ。


「井戸の周りにそういう子達が集まっておりましてねぇ。 数人の村の大人達がそれを眺めながら話し合ってて……。

 で、あたくしが通りがかった時にも色々話されて、閃いたのでございます。

 あたくしの世話をするお嬢を数人連れて行っては、と。」


 世話……。

 介護が必要な歳でも無いのに。

 だが、意図を察し俺も加わる。


「確かに武器の手入れや馬の世話、畑の草むしりや木の実拾い、果樹園の世話も人手が足りていませんよね。

 ワイバーンの世話も、獣達の解体も、今後仕事は増えていくでしょう。

 特に、力仕事じゃない、子供でも出来る仕事が。」


 確かに村の規模だけでなく、大きくなりつつ有る畜産の仕事も増えてきている。

 小屋は何個か余ってきてるし、子供でも出来る仕事は結構ある。


「何人か希望者が居るなら、僕は賛成ですかね。 可愛い子の方が良いですね~。」


 と、言うとカロの反対の語勢も弱まる。


「まあ、貴族の子を預かるわけでもないし、ちゃんと仕事をする子なら悪い話でも無いわね。

 さっきの、北方語の先生ってのも、今後の村の選択肢を考えると必要ね。 確かに。」

「言葉だけなら学がなくても良いし、子供でもなんとかなるでしょう。

 武器職人や料理が出来る人なんかも嬉しいですね。

 此方の家畜はエズネスで見たことのないのも居ます。

 何頭か連れていけると更に良いですよね。」


 この村には豚が居たのだ。

 すこしポワポワと短い毛が生えていて、少し猪に近い。

 気性が穏やかそうで、柵の中で寝転んだりして大人しい。


 食料が足りない状況なら村でもオーク肉との交換に応じる可能性は高い。

 カロも段々と真剣な顔で考え始める。


「ですが、一旦その子達の考えとか、僕達も村に連れて行くまでの状況が整理されてからの方が良いでしょう。

 ヴォイルシュ伯との話もありますから。」

「あの話が終わってから、という訳ですね? ですが、それまで待ってたらどうなることやら。」


 正直、あの騒動が片付くまではできるだけ身軽な方が良い。


「何か急ぐようにでも言われてるんですか?」

「いや、アタクシのお気に入りのアリーヤちゃんが、実は明日来る奴隷商に顔見せすると言われてましてね……。」


「ああ、だから今日言ったのか。 じゃ、今から会いに行けますかね?」

「問題はないハズです。 今日の晩ごはんを食べさせてきましたが、やはり食べ盛りでしたよ。」


 食べ盛りの子供が食べられないのは辛い。

 辺境農家育ちの俺も良く分かる話だ。


「じゃあ、見に行きますか。」

「うむ、ご案内奉りま。」


 カロは迷った後、小屋で待つ事になり、俺達二人で向かった先の家々は、木の板がバリバリに剥がされて壊れている物も多い。

 壁の隙間に布を押し込んで無理やり穴を埋めた家や、隙間風が吹き込む家の隙間から火の赤い光が漏れ見える家が哀しい。

 気候穏やかに豊かそうな土壌の草原の村は、オーク被害により寒村の様相に様変わりしているのが見て取れた。


 俺達が通された側の村は、無事な建物も多く、綺麗な側だけ見ていた事を認知する。

 カロも連れてきたほうが良かったかもしれない。

 明日をも知れない、という圧が、目の前に広がっている。


「アリーヤちゃん、ペーターですが。」


 優しい声色に、トコトコと家の中の足音が聞こえる。


「あい。」


 と、言う青い目の金髪の子は、歳の程は12歳程か。

 痩せては居ないが、やや窶れた顔色と窪んだ目に今の境遇を察する。

 三つ編みにした金髪、束ねるリボンから溢れた髪が少し頬に垂れている。


 黒いブラウスの様なシャツは、ボタンではなく帯のような布で結び止められ、くるぶし迄ある白いスカートから覗く足は裸足。

 体からはうっすらと、涙の臭いがした。


「君は何歳位なのかな?」

「11歳です。 言葉、解るの?」


 と、クリクリした人懐っこそうな目が近づく。

 髪からオレンジ果実のような、ペーターが持っていた御守りの臭いがする。


「解るけど、上手ではないんだよね。 だけど、余り困らない位は解ると思う。」

「そうなのですね。 初めまして、アリーヤと言います。 妹と、弟が一人づつ居ますが、大丈夫ですか?」


「え? ひょっとして本当に付いて行きたいの?」

「はい、ダメでしょうか? 食べさせて貰えるのは、お兄ちゃんしかいない……から。」


 家の奥に案内されながら進んでいくと、進むごとにしょっぱいような、涙の臭いがした。

 暖炉が有る部屋に2人が肩寄せ合い、ペーターから借りているという熊の毛皮に包まっている。


「売られちゃったら、兄弟バラバラになるって言われて……。」


 と、言うなり泣き始めるアリーヤちゃん。

 カロを連れてくるべきだったかもしれない。

 それ程の切実な悲しみと、追い詰められた子供達の感情が伝わってくる。


 妹は9歳のミランダ、弟の方は7歳のポプラン。

 二人共泣き腫らしているが、目がくりくりと丸っこく、可愛い。


「なんでもします。 食べれるなら何でも。 お願いします、お願いします。」


 俺の服の前側に伸し掛かる暖かな重み。

 ポタポタと落ちる涙が、頬を流れ、顎から滴るのを無感情に眺める……といった芸当は俺には出来ない。


「ペーター。 これと向き合っていたのか。 この村で。」


 と、言うとペーターの目が泳ぐ。


「……。 昼寝をする時、温かい方が良いですからね。 抱き枕として、欲しいかな、と。 ははは。」


 と、照れ隠しなのか本音なの解らない言葉に少したじろぐが、笑う気にはなれない。


 ――……かなりヤバいこと言ってると思うが?


 だが、厳しい世界だ。

 こういうのは、偽善の方が良い気がする。

 持ちつ持たれつでなければ、一方的な依存になり、片方の気まぐれで捨てられるという危険な関係にしかならない。


 俺はペーターの事を尊敬する気にはならなかったが、明日からの事を少しづつ、考えた。


「おお~、筆おろしおばさんのところに来てた兄ちゃんか。 男見せんのかよ? なぁ?!

 ご飯はありがとうな!」


 と、元気な男の子がペーターをクリクリした目で見上げて言う。


「いえ、男を見せるのは、私ではありません。 ここにいるヴェルナー、我が弟、そうですな?」


 と、話の急展開に膝から崩れ落ちそうになる。

 筆おろしおばさん?

 なんで俺?


「いやぁ、溜まってしまいましてなぁ、口淫ならパンで良いと言われてしまいましてねぇ、ナハハハハ!」


 その緊張感の無い口調に、俺は全てを察した。

 あれだ。

 村人に聞いたか何かで村の男に男女の交わりを教えるおばさんの場所を知り、来た時にたまたま見かけた女の子がかわいそう……いや、可愛かったから、とかそんな感じか。


 ギロリとペーターを睨みつけ、


「ああ、お兄ちゃんに付いてくるなら厳しいぞ? それでも大丈夫か?

 今度は君が男を見せる番になるぞ?」

「大丈夫だ、覚悟は出来てる。 此処に居ても売られるだけだろ?

 持っていける荷物も選んである。

 だから、お願いします。」


 と、言った、まだ腫れぼったい目に宿る意志と知性。

 ポプランは中々に賢い子なのかも知れない。

 少なくとも状況を察し、覚悟を俺に見せた。


「そうか、色々苦労するな。 安心は、するな。 だが、頑張るなら報いてやれる。」


 その言葉に頷くのは、ポプランだけでは無かった。

 冷えた暖炉に火を入れる。

 残った薪は、少しだけだった。


 眠そうなミランダちゃんをおぶると、軽い。

 俺の背中に遠慮する様にしがみつく冷たい手と、呼吸に応える腹と胸から来る体温……。


 背負う背中の温もりも、悪くない……かな。

 そんな気がした。


 小屋まで連れ、カロに3人を見せる。

 カロは何も言わずに抱き上げた。

こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。

できましたらブクマ、いいね、評価、感想等、宜しくお願い致します。


誤字報告大歓迎です。 いつも有難うございます。 (*^^*)

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