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騎馬民族の街へ ― 8 ~人の道理と貴族の道理~

 ご老体は先代の当主クルト、バカはオリヴァーと言う名前だそうだ。

 バカの母親は、マーサと言い、もともとザネという公爵家の二女だったらしい。

 

 ややツリ目にスッキリとした上品な眉はその育ちの良さを表しているが、口角が上がり、やや不真面目そうな口元は、品性の至らなさを暗示するように、どことなく不誠実な印象を与える。

 だが、……まあ、かなりの美人だ。

 きりりとした眉と輪郭は、ややふっくらとした姫騎士を思わせ、勇ましい物腰や物言いも意外に、似合う。


 この国の五つの公爵家の一つ、ザネ家は非常に格式高い名家で、元は傍系王族(王族の親戚)だったらしい。

 それを聞いた俺は開いた口が塞がらず、腰が砕けそうになった。

 ヤバい。 相手は国家レベルの権力を持つ最上位貴族だった。 泣きそうだ。


 そして、目の前の元傍系王族だった公爵家の二女、マーサ、この家のご婦人は、

 「私の持っている父親から与えられた短剣に、担保になる力がある。 そちらで許して欲しい。」

 と、表面上はしおらしく言っている。

 

 ――うーん…… 上級貴族のこういう態度、鵜呑みにする?


 言葉は俺の頭を横に一度通り過ぎ、3回くらい頭の中を往復してから俺の頭の中に入り、俺を体を3秒ほど痺れさせた後で大脳で処理された。

 危ない。

 緊張と余りにも大きな想定外の「前提の変化」に、頭がマトモに働かない所だった。


 最初にご老体に渡された短剣は、そういう短剣だったとの事だった。

 最初の時点でこの展開と、そこ迄読み切っていた御老体は只者ではないと確信する。


「その紋章は、ザネ家のものなのだ。」


 と、貰った短剣の紋章を指して言う。

 貴婦人のネックレスにも同じ紋章が掘られており、もう一つ、家の玄関に描いてあった紋章の飾り石も付いていた。

 おそらく本当だろう。 それと、玄関についていた紋章はこの家の物なのだろう。


 が……だ。

 

 冷静になれ。

 担保としてはイマイチピンとこない。

 盗まれたとか言われたらどうなるのだろう?


 まあ、ハンコと一緒だ。

 あんなものに証明の絶対性など、無い。


 ご老体が続ける。

 今度は辿々しいながらもエズネス語だ。


「併せ、幣家のものもお渡ししよう。

 ……この街の中であれば、それなりに効力がある。」


 追加で二本、此方はかなり簡素だが、紋章はしっかり付いている。


 見劣りするのは冒険者とかと揉めた時用の捨て短剣って感じだろうか?

 比べると、最初に貰ったザネ家の物は、かなり豪奢で品も良い。


 カロが小声で教えてくれる。


「家の紋章入りの短剣は、持つ者の行動をその家で責任を持つ、という意味があるわ。

 これを受け取るのはそれなりに意味はあるわね。

 でも、担保かというと微妙ね。

 無くしたとか盗まれたと言って対策することもできるし。」


 やはり、カロも俺と同じ心配をしていた様で少し安心する。

 これをそのままアストリッドに通訳してもらい、エズネス語で皆に伝えて貰う。

 

「短剣の正式な保有者となる為に、一度ザネ公爵家の当主と会う方が良いですよね?」


 反応を見る為に言った一言だったが、マーサ様と御老体の顔色が一瞬にして変わった。

 なんとなく嫌な予感がするので、彼らの怒り? 的な感情の向き先を誘導してやる。


「あの、勘違いしないで欲しいのですが、これはオリヴァーさんの為のご提案であることを忘れないで下さい。

 担保として有効性が微妙な物を渡すなら、更に担保を要求するのが普通です。

 そこはどうお考えですか? 本来、そちらからご提案があるべきものです。

 万が一担保が効かなかった場合、どうなると思います?」

「どう……なるのですか?」


 と、聞きつつ、ハッという顔になる。


「少なくともオリヴァー君は二度と冒険者ギルドに行こうとは思わない事態になるでしょうし、貴方の家名、ザネ家の醜聞も大きく広がることにはなるでしょうね。」


 すると、また二人の早口の論争が始まった。

 多分、こういう交渉をしてくる相手との折衝は初めてなんだろう。

 水を飲み、オリヴァーをチラリと見ると、俯く顔はぼうっと無表情で事態を飲み込めていない様に見える。


 ――ホント、怒られた中学生みたいだな。


 親が賠償するとか言う話になった瞬間、子供ってのは他人事になったりする。

 他人の家の話だし言う気は無いが、これは完全に家庭内教育の問題だ。

 こういうヤツが実感無く家族に迷惑をかけるような馬鹿をやり、周囲に不幸を撒き散らす。


 ――社会適正上の資質が低すぎるんだろう。


 バカッターをやるヤツはこういう類のバカだ。

 そして、社会適正というものは、子供をそのままにして勝手に伸びるものではない。

 社会を上っ面でしか見てない様なガキが子供を育てるとこういうバカが大量発生する。


「どうされますか? お金や他の地位や利権だとかにしますか? それとも、調整されますか?」


 軽く畳み込むと、マーサが震える唇で「他の……利権等に関しては、私の一存では……。」と言っている横から、御老体が「なら調整だろ。 公爵家にご案内じゃな。」と、付け加える。

 御老体はやや他人事というか、最近のマーサに思うところがあり、この機会にお灸を据える気らしい。

 公爵家は本来この件に無関係……無理筋が通りそうな流れが恐ろしい。


「公爵家との会合については……後日のご連絡とさせて下さい。

 短剣をお渡しする名目等はお気になさらず、お受け戴くことだけご了承ください。」

「了解致しました。 ご連絡、お待ちしております。」


 併せ、互いの連絡の取り方についてすり合わせ、話を進める。


 そこで、ふと考えた。

 今のやり取りはどうだっただろうか?

 軍を動かす事態になったりしないだろうか?


 もともと色々想定し、対策を考えてきた。

 

 が、その想定は、公爵家や傍系王族なんかの上級貴族レベルを相手にする事まで想定していない。

 大丈夫なのか?

 兎に角不安になる。


 最悪ケースを考える。


 俺たちはこの国では外国人だ。

 一応、……大国であるエズネス帝国から来ている。

 それが有利に働くか……どうだろうか。


 俺達もエズネスの傍系王族なんかであれば意味が出るが、そんなもんじゃない。

 只の平民だ。 貴族社会の戦争は、大抵、権力者同士の揉め事で始まる。

 平民が死のうと何も動かない。


 ――もうどうにもならないんじゃないだろうか……


 変な所でエラい事になってしまった。

 自国の革命どころじゃなかった。

 とんだ頓死もいい所だ。


 ……


 だが、こうでもある。


 この国がどんな判断をするかは正直判らないが、俺達には負う価値のあるリスクだと思う。

 いや、流れとしては、避けられないリスクだった。


 ――然しながら、彼らはこの話で国の軍まで動かせるだろうか?


 それに、もともとくだらない鼻つまみ者の貴族の3男4男の愚行による諍いなのだ。

 この貴族一家が工作、陳述したところで、国王にハナで笑われるだけでは?

 その前に、彼らは国を動かすのに迷い、話が通ったとしてもその後も軍と財務局なんかの合意形成で時間が掛かるだろう。


 だが、相手は、元傍系王族の公爵家の降嫁してきた娘。

 ミラクルが起きる可能性が有るのだ。


 ……


 不安だ。

 不可避だったんだ。

 アストリッドを見捨ててなんて、考えられなかった。


 俺はぼうっと、倒れそうになる頭をなんとか冷静に引き戻し、気合を入れる。

 何とか話を終わりまで持って行くんだ、と、気力を振り絞るその刻、……その脇から小声で呟くペーターの声。


「顎クイがしたい……。 ああマーサ……。 谷間に埋まりたいよ……。」


 ……俺の疲れた脳に、その言葉が染み渡った。

 

「お前絶対それ北方語で言うな。 マジで死ぬぞ。」

「はいはい勿論で御座います、あたくし馬鹿ではございませんから。」


 だがその目はまじまじと、大きく広がるマーサの首元から、その下の深い谷間、その両脇の乳首脇ギリギリ迄開いた胸元から動く事はなかった。





 罪状を認めたバカの家族たちに向き合い、改めて覚悟を決める。


「短剣に加えて罪状と謝罪を書いた紙にサインさせましょうかね。 ご老人、母、子で。

 短剣が盗まれたとか言ったらこれをばら撒くと。」


 俺がそういうと、カロは俺を見ると目を剥き、微妙な顔をした。


 ――流石に…… 引いて…… いるのか……?


 カロはその後一瞬目を伏せ、10秒ほどの後、キリリと顔を整えて小声で言った。


「毒を食らわば、皿までなのよね。 この貴族社会での担保って。

 大抵のことは証拠隠滅できてしまう。

 それを考えると、確実な担保は厳しいものになってしまうのよね……。」


 最後の方は、少し震え声だった。


 はっきり言って、やり過ぎかもしれない。

 短剣を差し出すというのは、貴族にとって「犬が腹を見せる」事に近いらしい。

 それに重ねて更に要求を出しているのだ。


 その旨を伝えよう。

 此方もここまでしたくないのだ。

 北方語で伝える。


「短剣を戴いた上で一筆書いて貰うことで、担保にしましょう。

 此方もここまでの事はしたくありませんでした。

 ですが、貴族社会では、証拠の捏造、証拠の隠滅等、日常茶飯事でしょう?

 それに、我々は既に1度もあなた方を許し、裏切られ、2度傷つけられてきている。」


 マーサが息を呑み、俺を不気味な物を見るような目で見つめた。

 ご老体の俺に対する目付きも少し変わった。


 俺は続けた。


「貴族社会の担保は、どうしても厳しいものになってしまいます。

 わかりますか?

 此方もここまでの事はしたくありませんでした。」


 ご老体と、マーサが唇を噛みながら頷く。

 マーサの目にはうっすらと、怒りの光も感じる。

 しかし、道理は理解しているのか、態度には出さない。


 暫くし、ご老体が羊皮紙を持ってくる。

 バカに罪状を書くように北方語で伝えた。


 木札を渡すと、バカが同じ内容を書いた。


「下に謝罪文と、お三方の署名を頂く。 行間を詰めろ。」


 そう言うと、バカはビクッとし、

 暫く俯き、諦めて行間を詰めた。

 意外にも、綺麗な字だった。


 さて、どうするか。

 担保を確実にするなら、最終的に担保の効力の裏付けとしてご当主様に会う必要がある気がする。


 ……公爵家のご当主様に。


 因みに、このバカの家は、伯爵家だった。

 公爵(国の最上位の爵位)の家の二女が嫁いできているのだ、そりゃあそれなりの家だろう。


 正直、彼らの態度が一時しのぎの物である可能性は低くない。


 できればこの者に短剣を渡した、と、ご当主様に直接言ってもらった方が良い。

 ……弱みがあるのは向こうなのだ。

 妥当な恩賞事由も考えてもらおう……か……。


 現時点でそこ迄調整して貰うのは、本来は流石に無理というものだ。

 本来、伯爵家に嫁入りしているマーサは伯爵家の人間として振る舞うのが貴族社会の常識だ。

 便宜上、伯爵家の権力を無効化できる「公爵家の短剣」を担保として認める、そこ迄しか登場人物としてこの件に関わらせるのは無理がある。


 ……しかし、今後を読むにあたり、最悪ケースが読み切れない……。

 この一家がブチ切れて変な暴走をしたりする可能性は計り知れない。

 いや、暴走というより、手の込んだ陰謀でくびり殺されるのが一番可能性の高い未来だろう。


 等と考えているうちに、書面が完成した。

 書面に短剣を渡した事も一応書かせたが、捏造と言い張られたら無駄な抵抗だ。

 署名の後、カロの助言で其々の紋章の印章も入れさせた。


 ある程度言い逃れ出来なくなるらしい。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 カロはその場では親としての怒りで「人の道理」の価値観で動いていた。

 時間が経ち冷静になるにつれて、「やりすぎた」という顔をしていた。


 ……それは、俺も薄々思っていたが、カロが止めないのでやってしまっていた。


 俺達はもう、後には引けなくなっていた。

次話でちょろっと鍛えに行った後、やっと展開します。

お楽しみに。(*^^*)


---

こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。

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