騎馬民族の街へ ― 7 ~エグみのある交渉~
広々とした部屋だ。
判り易い例えで言うと、25m程の長方形の部屋だ。
ふかふかの絨毯が踏んで心地よい。
それに、甘い、良い香りで満たされている。
痺れたりするような変な香だったりしないか心配になり、カロの顔を伺う……
目で訊くが何も指示はない。
問題は無いと解釈するしかない。
「まずは、ご迷惑につきまして、理解しましたわ。」
不遜。
そんな一言だ。
外の声が聞こえていたのだろう。
状況は理解している様に思えた。
その証拠に、婦人は顔に汗をかき、側仕えにうちわで扇がれている。
召使い達も濡れた布や水を持って、忙しそうだ。
俺は少し安心していた。
実はもっと酷い、「無礼者!」といきなり怒鳴られる様な、それこそ平民を人と思わない様な対応を覚悟していた。
フランやエストリック等貴族と会うのは初めてだろう。
憤慨を露わにしている。
ペーターも初めてのはずだが、いつも通り、平常運転だ。
落ち着き、超然としている。 大物か……。
まあ、普通に考えたら不愉快な態度だが、貴族だ。
こんなもんだろう。
「でもねぇ。
ウチの揉め事はね、いつの間にか掻き消えるのよ。」
と。
俄かに頭に血が上る気もしたが、少しづつ頭を冷静に戻すよう努める。
何しろ権力者なのだ。
貴族街でもなかなかに存在感のある邸宅を持っている家柄なのだ。
何が出てくるか、まだ分からない。
それから暫く俺達を屋敷に案内したご老体と貴婦人の早口の問答が続いた。
所々聞き取れなかったものの、要所要所の単語を繋ぎ合わせると、裏で揉み消していたのは、この目の前に居るバカの母親らしき美熟女貴婦人のようだった。
だが、あまりバカの親の割にといっては何だが…… 変な事は言っていない。
殺す、だとか奴隷落ちにさせるだとかの話は言い出していない事にほっとする。
でも考えてみれば、俺達が居る前で堂々と話すとも思えない。
一応、道理にかなった会話をしている。
謝罪するとか、弁償、賠償するだとか宿の代金だとか諸所の賠償を考えている様な問答に聞こえる。
こんな世界だ。
貴族が冒険者と揉める事はたまにあるのだろう、とも考えられる。
何回か痛い目にあってるなら、こういう対応の仕方が広まっていても不思議はない。
それに、俺たちは顔つきが違う異国人であり、大国のエズネス帝国の国民だというのは見れば判る。
変な揉め方はしたくないのかもしれない。
そろそろか?
と、カロを見ると、俺の顔をみて頷いた。
あまりに長いご老体と貴婦人の問答に、ペーター以外の他の面々も顔を顰め始めていた。
ペーターだけなにやらにこにこ顔だが……
「まだ説明が足りないのでしょうか? ご婦人。」
これ迄大人しくしていたカロが、ずいと前に出た。
腰縄を付けられた10人と、自分の息子、当然聞こえて来たであろう罪状と延々続く自己紹介。
悪夢だったのであろう……
よく見ると、貴婦人の唇は青くなっている。
貴婦人はドラコさんの手の短剣をチラリと見た。
最初にあった剣呑な目つきがふっと消え、焦りの表情が出る。
――さっきの短剣……効力があったってことか?
恐らく、こういう場面になる事を想定し、ご老体が気をまわしてくれたのだろう。
封建社会や身分社会、こういう建前を与える物というのは話をシンプルにしてくれる場面は多い。
――揉み消しを止めさせ、賠償させる為の交渉になる。
俺は北方語で言った。
いきなりだが、|BATNA《交渉決裂時の最善の対応》を提示する。
「ここまでの騒ぎになりました、他の家の方にも相談すればいいですか?
どうすれば揉み消しをやめますか? この辺り一帯の家々を回りましょうか?
この腰縄が付いた状態で回ることになります。
最後尾には貴方も加えて。」
アストリッドは小声で俺たちの言葉にも翻訳している。
「申し訳ございません、もう…… 二度としません。」
「いいえ、此方はもう二度も見逃し、命も許しているという状況を考えて戴けませんか?
そう仰るなら、担保を戴けますか。」
今度は俺から、食い気味に言ってやる。
バカの母親は目を伏せている。
曲りなりにもこれ程の邸宅に住む貴族だ。
ひょっとしたら、いろいろ利権を持っていると予想している。
しかも俺達は自国の革命後の予測しきれないヤバい未来を抱えている。
俺達の避難場所になるような隠れ村、港、船…… 出来る限りの物をふんだくってやりたい、という少し無謀とも思える野望がひらめいていた。
しかし、この貴婦人。
数々の揉み消しを事も無げにやってきたと推定できる。
権謀術数は高いとみるべきだろう。
主導権を渡さないように振る舞わなくてはならない。
「腰に縄を付けましょうか?」
俺から言った一言。
貴婦人はいろいろ考えている様だ。
すぐに答えは返って来ない。
ドラコさんが溜息を吐く。
周りを見回し、「これじゃグダグダになるなぁ。」、と、わざと聞こえるようにエズネス語だが、呟いた。
語気を感じ取ったのか、ようやく貴婦人が答える。
「何を担保にすれば……。」
こう来られるとは思わず、俺も少したじろいだ。
――相手の身分すら解らないのだ。 こっちで考えるのは無理がある、言わせた方が良いだろうな。
貴婦人に言わせるなら少し考える間が必要だろうか。
一旦、腰を落ち着けたい旨を話し、続ける。
メイドたちがせわしなく動き、椅子が用意される。
俺は自分で持ってきた水瓶から水を飲む。
皆も自前のコップを出した。
この状況でこの家の食器を使いたいとは、思わない。
毒を塗られる可能性を考えてしまう。
……
暫くしてから口を開いたのは、俺だった。
「どうやって揉み消しているんでしょうか。
力の裏付けや、仕組みを無効化出来る様な物位しか担保になる物は無いのではないですか?
此方はその力を使うなと言っているのですから。」
続ける。
「判りませんか? あなたが約束を破ったときに、貴方が力を使えなくする必要があります。
それができるようなものがないと、担保になりません。
用意できないなら、縄を付けてご近所巡りですが。」
貴婦人は脅された被害者のような顔をし始めた。
畳み込む。
「あなたはそれだけのことをして、我々に迷惑をかけたんです。 もう一度この人達に外で叫ばせますか?」
曲がりなりにも騎馬民族の貴族だ。
屈強な軍を誰かが連れてこないとも限らない。
――時間を取り過ぎるのは危険だ。
あまり騒ぎになっている状態が長く続くと、軍が動く可能性があるからだ。
それに相手は貴族だ。
異変を嗅ぎつけた「知り合い」「親戚」なんかの第三者が軍事的な行動に出たら大変なことになる。
ドラコさんが静かに言う。
「……早くして欲しいのだが。」
その言葉の直後、唇を噛みながら、美熟女貴婦人が答える。
「わ……かり…… ました。」
気丈に振る舞ってはいるが、少々参っている様に見える。
白髪の老人は下を向いて首を横に振っていた。 呆れたのだろう。
◆ ◇ ◆ ◇
そこからは、思ったよりも話が早かった事に胸を撫でる。
まあ、あれだけ大声で恥を晒させられたのだ。
抗議して長話にする気にもならないか。
それと話が変な方向に逸れたら、最悪の場合引き回しさせられると思っているのだろう。
必要なら本当にやるが、此方も避けたかった。
――行き過ぎた恨みを買うのは、今後の永い憂いとなろう。
だが、|BATNA《交渉決裂時の最善の対応》は、交渉を纏めるなら相手の嫌がる事である必要がある。
決裂狙いの因縁ふっかけなら別だが。
外交での交渉だったり、双方の上にいる警察力等の権力が無い場合の交渉は、武力やこういうものが多い。
交渉で一番大切な物は何か、前に言った事を思い出して欲しい。
それは、相手に交渉の結果を護らせる事だ。
それを担保するには、BATNAは強く、エグくなくてはならない。
特に質の悪い相手に対しては、BATNAはよく考えられていなくてはならない。
――BATNAとは、交渉結果が守られなかった場合の脅しでもある。
そして、今回の交渉で考えなくてはならないのが、俺達の手元にあるBATNAは、「殆ど今しか効力の無い物」である事だ。
1週間後に裏切られ、その時にまた「ご近所巡りするのでこの縄付けて並んで下さい」なんて言っても万全の態勢で反抗されるだけだ。
今の交渉で次に起こり得る困る事態を想定し切り、それに対抗できる担保を貰う必要がある。
このエグさも、交渉なのだ。
これが現実なのだ。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
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